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見られたくない、とくに清明には

卓を挟んで、札や書、半端に解かれた術式などの紙が散っていた。

 

こはくはその傍らに座り、清明は向かいで筆を持ち、道満はいつものように皮肉を垂れながら横から口を挟んでいる。それは生前にはなかった、妙な均衡を保つ奇妙な静けさだった。清明は何でもない顔で筆を走らせ、こはくは黙ったままそれを見つめ、道満は眉間に皺を寄せて文句を言う。

 

「だからそこは一度切れと言っている」

 

「切ると流れが鈍る」

 

「鈍る程度で済むなら切れ」

 

「お前はすぐ極端だな」

 

「貴様が雑んなんだ」

 

その最中だった。

こはくが何の前触れもなく、ただ思いついたようにふと道満へ手を伸ばした。

ピタリと道満の言葉が止まる。白い指先がこちらへ伸びてくる、その動きの意味を理解した瞬間、道満の顔色が一変した。

 

「——やめろ」

 

低く即座に落とされた声にもこはくの手は止まらず、道満は目を見開いた。

 

「やめろ、今は——」

 

指先が喉元へ触れかける寸前、道満は反射的にその手首を強く掴んだ。

ガタ、と紙が揺れ、卓の端から札が一枚落ちる。その音に、清明の筆が止まった。

 

「道満?」

 

怪訝そうな声をかけられても、道満は振り向かない。こはくの手首を掴んだまま、ひどく険しい顔で睨みつける。

 

「やめろと言っているだろう」

 

明らかにいつもと違う低い声にも、こはくは黙ったまま、手首を掴まれても引かずにただ道満を見つめ返した。道満の喉がひくりと動き、掴んだ指先にさらに力がこもる。

 

「今それをするな。場所を選べ」

 

清明が、ようやく筆を置いた。

 

「……何の話だ」

 

静かな声が響き、道満の肩がわずかに強張る。こはくは相変わらず黙ったまま、手を伸ばしかけた姿勢で静止していた。清明の視線が、不審そうに二人の間を往復する。

 

「道満」

 

昔と同じ、静かな声音で呼ばれ、道満の眉間に深い皺が寄った。

返せるはずがないし、言えるはずもなかった。よりにもよって清明の前で、こはくに力を流し込まれてあの乱れ方を晒すなど、冗談ではない。

 

「……貴様には関係ない」

 

低く吐き捨てる道満に、清明は眉を上げる。

 

「あるだろう。目の前だ」

 

「ない」

 

「ある」

 

即答されて、道満の顔がわずかに歪んだ。その隙を突くようにこはくの指先がもう一度喉元へ伸び、道満はぴくりと肩を強張らせる。

 

「っ、やめろ!」

 

今度は明確に声が上ずった。

清明の目が、そこで初めてわずかに細められる。道満がここまで露骨に、怯えではなく、知られたくないものを庇うように拒絶するのは珍しかった。

 

清明は視線をこはくへ移したが、こはくは静かに、ただ試すように道満を見ている。数拍の沈黙の後、清明は静かに口を開いた。

 

「……私がいてはまずいのか」

 

道満のこめかみが引きつるのを見て、清明はようやく何かを察した顔をした。

 

「成程」

 

何が成程だ、と道満は眉を顰める。清明はこはくと道満を見比べ、それからおもむろに筆を置いた。

 

「席を外そうか。お前がそこまで嫌がるなら、見られたくないのだろう」

 

あまりにも平坦に言われて、道満の顔がわずかに引きつった。完全に図星だった。

清明はそれ以上追及せず、ただ少しだけ面白がるように目を細める。

 

「珍しいものを見た」

 

「……貴様」

 

「安心しろ、出る」

 

清明は立ち上がり、筆を置き、紙を避けて卓を回る。その足取りの軽さが、道満にはひどく癪に障った。

戸口の前で一度だけ振り返った清明は、穏やかな声をかける。

 

「終わったら呼べ。道満が落ち着いた頃に戻る」

 

「戻るな」

 

即答だった。

清明は「そう拗ねるな」と少し笑うと、そのまま何でもない顔で部屋を出ていってしまった。

パタンと戸が閉まり、静寂が落ちる。

 

道満はこはくの手首を掴んだまま深く息を吐き、ひとまず最悪の形は避けたと安堵した。だが振り返れば、こはくは相変わらず静かにこちらを見つめており、白い指先はまだ伸びたままだった。

道満の眉間が深く寄る。

 

「……後で覚えていろ」

 

しばらく二人は動かなかった。道満は喉の奥で息を整え、眉間に深く皺を寄せたまま白い指先を睨みつける。

こはくは黙っていたが、数拍の後、急に興を失ったようにふと指先を引いた。あっさりと、何事もなかったように、最初からただの気まぐれだったとでも言うように。

道満のこめかみが引きつる。

 

「……貴様な」

 

低く落ちる声には、呆れと苛立ちが混じっていた。

こはくはもう手を引き、卓の上の札へ視線を落としている。本当にただ思いついただけだったらしいその態度を、道満はしばし無言で睨み、やがて掴んでいた手首を放した。

白い手がするりと下りる。

 

「やるなら場所を選べ。人前でやるな。見せるものではない」

 

吐き捨てるようなその声音は、いつもの皮肉ではない、はっきりとした叱責だった。

 

「いいか、今後はやめろ。特に清明の前では二度とするな」

 

一語ずつ区切るように言う道満を、こはくは赤い目でまっすぐ見つめていた。否定も肯定もないが、道満はそれを構わず睨み返す。

 

「貴様は加減を覚えろ。何でも試せばいいと思うな」

 

言い切る道満を余所に、こはくの指先が卓の上の紙を一枚ずらした。まるで話は終わったと言わんばかりの態度に、道満の眉間がさらに寄る。

 

「聞いているのか」

 

無言。

 

「返事をしろ」

 

無言。

 

「せめて反省した顔をしろ」

 

無言。

道満は深く息を吐いた。

 

「……本当に貴様は」

 

言いかけたところで、戸の向こうから気配が近づき、一拍置いて戸が控えめに開いた。

 

「もう済んだかな」

 

清明が、何でもない顔で戻ってくる。道満の顔が即座に険しくなった。

清明は室内を見回し、卓、散った紙、平然としているこはく、そして露骨に機嫌の悪い道満という状況を一目で眺め、小さく目を細めた。

 

「落ち着いたようだな」

 

「戻るなと言ったはずだ」

 

即座に返す道満に、清明は戸口に立ったまま、わずかに肩を竦める。

 

「終わったなら戻っても構わないだろう」

 

「構う」

 

「そうか」

 

清明はあっさり頷くが、その軽さが余計に癪に障る。道満は眉を顰めたまま吐き捨てた。

 

「主は気を利かせろ」

 

清明が瞬く間に、道満はさらに鋭く続ける。

 

「お前は気を利かせるな」

 

数拍の沈黙の後、清明はそれを受けてほんの僅かに目を細め、それから静かに口元を緩めた。

 

「注文が多いな」

 

「貴様が余計なところで察しがいい」

 

「褒め言葉として受け取っておこう」

 

「違う」

 

即答だった。

清明は声には出さず、ただ少しだけ楽しげに笑う。道満の眉間の皺は深いままだった。

こはくはそのやり取りを、まるで最初からこうなるところまで含めて眺めていたように黙って見ている。道満はそれに気づき、さらに顔を顰めて低く睨みつけた。

 

「……貴様もだ」

 

こはくは瞬き一つ返さない。

道満は舌打ちした。どうにもならないが、とりあえず。

 

「次からは本当にやるな」

 

それだけを、もう一度きつく念押しした。

 

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