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*閻魔の見せつけ

直接的な性描写はありませんが、連想させる表現を含みます。

「だから順番があるんだって」

 

閻魔が茶を片手にそう言うと、道満の眉間に深い皺が刻まれた。

 

「何の話だ」

 

「こはくの扱い」

 

即答だった。

その言葉に道満の顔が露骨に険しくなる一方で、向かいに座る清明は何も言わず静かに茶を啜っている。当のこはくは部屋の隅に座ったまま、相変わらず一言も発さない。

この緊迫感の中で、閻魔だけが妙に軽かった。

 

「触る場所、順番、抜く量、落ち着くまでの待ち方。この辺は覚えた方がいいよ」

 

指を折りながら数える閻魔に対し、道満は「何故私が」と即座に切り捨てる。しかし閻魔は、茶を飲みながら暢気に肩を竦めた。

 

「毎回振り回されてるのお前じゃん」

 

道満のこめかみが引きつる。

 

「振り回されているわけではない」

 

「はいはい」

 

どこまでも軽い態度だったが、それは否定の余地がないほどに正確な指摘でもあった。

 

「まず触るなら首。次に様子を見て、喉か胸元。いきなり深くやると暴れる」

 

閻魔がさらりと続けると、道満の顔がさらに険しさを増した。

 

「貴様は何を当然のように」

 

「経験則」

 

そこで清明が静かに茶を置き、「よく生きているな」と呟く。

 

「地獄の王だからね」

 

閻魔があっさりと返すと、道満は眉を顰めたまま口を閉ざした。そんな様子を横目で見た閻魔は、少し楽しげに口元を緩める。

 

「あと、抜く時は目を逸らさない方がいい」

 

「……何故だ」

 

反射的に問いかけてから、道満は「聞いてしまった」とでも言うように顔を歪めた。閻魔はますます愉快そうに微笑む。

 

「安心するから」

 

その一言に道満が黙り込み、清明は何も言わずにただ静かに茶を啜り直した。それでも閻魔は話を止めない。

 

「あと、終わった後すぐ離すな。落ち着くまで待て」

 

「貴様」

 

「聞いてるじゃん」

 

道満が言葉を切ると、閻魔は笑い、清明は黙り、こはくは静かに座ったままだった。

この部屋の中で、一番真面目に話を聞いているのが自分であるという事実が、道満にとっては、何より癪でならなかった。

 

 

影の牢は、いつものように薄暗かった。


その中で、道満は貼られた符と伸びた縄によって四肢を静かに縛られていた。身動きは取れず、ただ視線だけが自由な状態だった。

 

その視線の先で、突然影が裂ける。

裂け目の向こうから入ってきた閻魔の腕の中には、こはくの姿があった。

抱えているというよりは、支えるように半ば寄りかからせる形だ。こはくの足は床についているものの重心は少し曖昧で、白い着物の裾が影を擦り、呼吸が浅く乱れていた。

 

「はい、実戦」

 

軽い声が響き、道満の眉間が寄る。

閻魔はこはくを影の壁際へ静かに預けて背を支え、座らせた。こはくは抵抗することなく、白い指先を床に触れさせながら浅く息を吐き出す。

 

「……は、……っ」

 

細い息が漏れて肩がわずかに揺れる。赤い目は半ば伏せられ、呼吸だけが明らかに乱れていた。

道満の視線が自然とその姿へ吸い寄せられると、閻魔は振り返り、影の縄に縛られた道満を見つめた。

 

「この前話したでしょ。見てて」

 

軽い調子のまま促され、道満は何も返さなかったが、その視線が逸れることはなかった。閻魔は小さく笑い、こはくの前へ膝をつく。

 

「まず、いきなり深く触らない」

 

言いながらこはくの前髪を指先で軽く払うが、額には触れない。それは視界を塞ぐ髪を避けるだけの、ごく浅い接触だった。

それでもこはくの睫毛がわずかに揺れ、吐息が細く漏れ聞こえる。

 

「……っ、は……」

 

「最初は確認だけ。どこまで張ってるか。どこが一番乱れてるか。先に見る」

 

閻魔の指先がこはくの頬の輪郭をなぞり、触れるか触れないかの浅さで顎先まで滑っていく。その瞬間、こはくの肩がぴくりと跳ねた。

 

「っ……」

 

息が詰まり、小さく喉が鳴る。閻魔はそこで一度動きを止めた。

 

「今ので反応は出るけど、まだ抜かない」

 

見つめる道満の目が細くなる。

閻魔の指先は今度はこはくの喉元へ移り、白い皮膚の上、喉仏の下へとごく軽く触れた。すると、こはくの身体がびくりと跳ね上がった。

 

「っ、ぁ……!」

 

鋭く息が漏れて肩が震え、白い指が影の床を掻く。

その様子に、道満の指先も縄の内側でわずかに強張った。閻魔はその反応を見落とさないまま、落ち着いた声で解説を続ける。

 

「ここで反応を見る」

 

喉元に置いた指を離さないまま、ほんの少しだけ圧を増していく。

 

「喉は分かりやすい。反応が素直に出る。でも、ここで深くやると暴れる」

 

「ぁ、……っ、は……」

 

こはくの呼吸が激しく乱れ、喉がひくりと上下して息が浅く跳ねる。そこで閻魔はすっと指を離した。こはくが小さく息を呑み、喉元に残る熱を追うように肩をかすかに震わせる。

 

「だから一回外す」

 

閻魔はそう言って、今度はこはくの胸元、着物の襟の上の鎖骨の下へと布越しに軽く手を移した。それだけで、こはくの背がびくりと強張る。

 

「っ、……ぁ……」

 

息が揺れる。それは喉とは違う、もっと深い場所が直接震えるような反応だった。閻魔はそのまま、ゆっくりと指先に力を乗せていった。

 

「ここから少しずつ。急に抜かない。流れを作る」

 

声は穏やかだったが、こはくの肩は大きく揺れ動いた。

 

「……っ、ぁ、……は……っ」

 

吐息が崩れ、浅く、細く、乱れながら零れ落ちる。胸元が上下するたびに、布地がわずかに揺れていた。

道満はもう、その光景から目を逸らせなかった。

閻魔の指先が布越しに熱を拾っていくにつれ、こはくの呼吸はそれに合わせるように崩れていく。

 

「ここでようやく抜く」

 

閻魔の声が少し低くなり、指先が沈み込んだ。その瞬間、こはくの身体が大きく跳ねる。

 

「——っ、ぁ……!!」

 

息が鋭く裂け、肩が震えて喉が詰まり、白い指先が激しく影を掻いた。

道満の喉が無意識に鳴る。それは見慣れたはずの反応だったが、自分の時よりも閻魔の手際の方が遥かに滑らかだった。

乱れさせるが、崩しきらない。反応を引き出しながら、同時に整えているのだ。閻魔はこはくの呼吸を正確に見極め、抜く量を調整していた。

 

「ほら、ここ。息が切れきる前で止める」

 

軽く言いつつ、閻魔はそこで少しだけ指を緩めた。

 

「……は、……っ……」

 

細く震えるこはくの呼吸は乱れてはいるものの、崩れ切る手前で踏みとどまっている。

 

「戻す」

 

熱が一拍引くと、こはくが鋭く息を吸って肩を跳ね上げた。

 

「で、落ち着かせる」

 

閻魔の手が胸元から上がり、今度は首筋の脈の上へと指先を浅く滑らせる。こはくの身体がひくりと震えた。

 

「っ、ぁ……」

 

「ここは最後。抜いた後、落とす」

 

熱を散らすように、ゆっくりと首筋をなぞっていく。

その静かな声と動きに応じて、こはくの呼吸は少しずつ浅さを失い、震えが収まって肩の強張りがわずかにほどけていった。

 

「……は、……っ……」

 

細い吐息が徐々に整っていくのを見届け、閻魔はそこでようやく手を離した。

 

「こう」

 

あまりにもあっさりと告げられたが、道満は何も返せなかった。閻魔が振り返り、「見てた?」と問いかけてくる。

 

しかし、道満はすぐに答えられなかった。影の縄に縛られたまま、ただ、こはくの姿から目を離せずにいたからだ。

乱れた呼吸、熱の残る喉元、そしてまだ僅かに震える肩。

閻魔はそれを見つめる道満の視線に気づき、少しだけ笑った。

 

「だから言ったでしょ。順番があるんだって」


 

閻魔はまだ肩で息をしているこはくを一瞥してから、ゆっくりと立ち上がった。

乱れていた呼吸は先ほどより幾分ましになり、白い指先はもう床を掻いていない。肩の震えも、細く残る程度まで落ち着いていた。

 

十分だと判断したのだろう、閻魔は膝についた影を払うように立ち上がると、そのまま道満の方を振り返った。

道満は何も言わなかった。言えない、というのが本音に近かった。

影の縄に縛られたまま、視線だけがこはくに残っている。まだ少し浅い呼吸や、熱の抜けきらない喉元、そして整い切る前のわずかに脆い静けさが、そこにはあった。

閻魔はその視線の意味を察しながらも、小さく笑った。

 

「屋敷ならさ、世話焼くのはいくらでもいるんだよね」

 

軽い声でこはくの方へ顎をしゃくる。

 

「屋敷付きもいる。整力室もある。ああいうのは、まあ、慣れてる」

 

道満は黙ってその言葉を聞いていた。

 

「でも、出先は別」

 

その一言で、周囲の空気が少しだけ変わる。

 

「誰もいない場所で崩れた時、近くにいるのが誰でもいいわけじゃない」

 

道満の眉が僅かに寄ったが、閻魔はそれを見て茶化すことはしなかった。珍しく、真っ直ぐな声だった。

 

「変なのに触らせるくらいなら、お前の方がまし」

 

道満の目が細くなる。即座に言い返そうとしたが、言葉が少し遅れた。閻魔はその隙を逃さずに言葉を続けた。

 

「お前、面倒だし拗れるし文句多いけど、加減は覚えるでしょ」

 

道満は黙り込むしかなく、反論はすぐには出てこなかった。そんな様子に閻魔は肩を竦める。

 

「だから、頼んだよ」

 

あまりにも軽く言われたが、それが冗談ではないことくらいは分かった。

影の牢の空気が、一瞬だけ静まり返る。

道満は眉間に皺を寄せたまま閻魔を見つめた。軽薄で胡散臭く、いつも余計なことしか言わない男が、今だけは妙に真っ直ぐな気配を纏っている。

 

「……貴様に言われる筋合いはない」

 

低く返した道満に、閻魔は「うん。でも頼む」とだけ笑って返し、こはくへ視線を落とした。

壁にもたれたまま、まだ浅い息を繰り返しているこはくの赤い目だけが、静かにこちらを見つめ返している。閻魔はその額に、熱を確かめるようにほんの一瞬だけ軽く手を置いた。

 

「じゃ、俺は戻るね」

 

こはくは何も言わない。

閻魔は慣れた様子で影の裂け目を開いた。黒い裂け目が静かに口を開くと、その向こう側から地獄の薄暗い光が覗く。

去り際、閻魔は振り返らないまま片手を上げて見せた。

 

「今のうちに、ちゃんと覚えときなよ」

 

それが誰に向けた言葉なのかは、わざわざ口にするまでもなかった。

裂け目が閉じ、影の牢に残されたのはこはくと道満の二人だけになった。

 

あたりは静まり返り、ただこはくの細く浅い呼吸の音だけが、未だ完全ではないリズムで響いている。

道満は影の縄に縛られたまま、しばらく何も言わなかった。

 

変な奴にやられるくらいなら、お前の方がまし。

脳裏に閻魔の残した言葉が、妙に生々しく耳に残っている。

 

気に食わない。何もかもが気に食わない。

だが、目の前で浅く息を繰り返しているこはくの姿から、どうしても視線を切ることができなかった。

道満は小さく舌打ちをする。

 

「……勝手なことを言っていく」

 

低く吐き捨てた言葉に返事はなく、ただ細く乱れた呼吸だけが返ってきた。

数拍の沈黙の後、道満は深く息を吐き出す。

 

そして、影の縄の内側で、自身の指先をわずかに握りしめた。

まるで先ほど見せつけられたあの手順を、自分の身体の内側で、確かめるように反芻しながら。

 

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