式神の道満、主にこき使われる
断片集になります。
■ 断片:内職(屋敷仕様)
召喚は、いつも通り唐突だった。
影の境目が薄くなったと思った次の瞬間には、道満は屋敷の一室に立っていた。
戦場でも牢でもない。
妙に整えられた、静かな作業部屋。
机がある。
紙がある。
筆と朱墨がある。
そして、こはくがいる。
人型のまま、何も言わず、そこにいる。
道満は数秒だけ周囲を見渡し、理解した。
「……なるほどな」
小さく息を吐く。
「今度はこれか」
返事はない。
机の上には山のような札の束。
種類は一定ではない。結界用、封印用、警戒用、簡易追跡用。
屋敷内で消耗する“日常用の術札”だった。
道満は札を一枚手に取る。
軽く見る。
そして、ため息。
「雑だな」
即断。
「誰がこれ作った」
もちろん返事はない。
こはくは視線だけで「やれ」と言っている。
道満はゆっくり椅子に座る。
「……俺は戦場で呼ばれる側だが?」
筆を取る気配はない。
「内職要員ではないぞ」
間。
こはくは動かない。
そのまま、机の横に新しい札束を置く。
追加。
無言の追加。
道満は一度だけ目を細める。
「ふん」
短い息。
「昔からだな、この手の扱いは」
筆を取る。
一枚目を引き寄せる。
朱墨を含ませる。
そこから先は早かった。
迷いがない。
構造を見て、即座に修正し、最適化していく。
線が違う。
符の流れが無駄。
術式の噛み合わせが甘い。
「……これでよく結界名乗るな」
独り言のように吐きながら、筆は止まらない。
隣の術者が様子を見に来る。
そして数枚見た瞬間に固まる。
「……はや」
「え?」
「精度も上がってる……」
道満は聞こえているが無視する。
「こんなもの、量産させる時点で間違っている」
だが手は止まらない。
むしろ速くなる。
朱の線が連続して札に走る。
同じ構造が、わずかにだけ改善されながら積み上がる。
こはくは何も言わず、ただ机の向こうにいる。
時間が経つたびに札の山が減る。
代わりに完成品が積まれていく。
最初に見ていた術者が、こっそり呟く。
「……助かるどころじゃないなこれ」
別の者が続く。
「これ、普通に防衛力上がってる」
道満は筆を止めないまま言う。
「当然だ」
即答。
「元が酷すぎる」
さらに一枚。
さらに一枚。
朱墨が乾く前に次が置かれる。
「おい」
道満がようやく顔を上げる。
「追加が早い」
こはくは変わらない。
視線だけ。
道満は数秒黙る。
そして、軽く鼻で笑う。
「……まあいい」
筆を再び走らせる。
「どうせ暇潰しだ」
小さく続ける。
「戦場よりは退屈しない」
札が一枚完成する。
それを横に置くと、術者がすぐ回収していく。
「ありがとうございます!」
「助かります!」
道満はそれを聞き流す。
「感謝するなら最初から整備しろ」
皮肉はいつも通り。
だが手は止まらない。
こはくは何も言わない。
ただそこにいる。
そして道満は、気づく。
(……呼ばれないよりは、まだいい)
筆を動かしながら、ほんのわずかに目を細める。
「ふん、案外使い道は多いな」
札がまた一枚完成する。
屋敷の防衛力は、少しずつ確実に上がっていく。
■ 断片:講師任命
影の牢ではない。
召喚の術式は、久々に“整った呼び出し”だった。
符の配置。
座標固定。
術者の緊張。
鍛錬場特有の、雑味のある空気。
道満は現れた瞬間にそれを理解する。
「……なるほど」
低く呟く。
「今度は戦闘ではないか」
視界が安定する。
そこは屋敷の鍛錬場。
広い空間。
術式の痕跡。
若い術者たちの視線。
そして中央にいるこはく。
変わらない。
ただ、今日は“呼び出した側”の気配がある。
道満は少しだけ目を細める。
「……講師、か」
隣に立つ術者が息を飲む。
式神でありながら、この圧。
だが道満はそれを気にしない。
こはくは何も言わない。
ただ一瞬だけ視線を向ける。
それで十分だった。
道満はゆっくり歩く。
だがそれでも、場を支配する動きは変わらない。
「まず」
声が落ちる。
「お前たちは“術”を術だと思っている時点で遅れている」
ざわつきが起きる。
当然だ。
道満は続ける。
「術とは現象ではない」
「制御可能な“因果の偏り”だ」
一拍。
「理解できるか?」
沈黙。
理解できない。
当然の反応。
道満は鼻で笑う。
「ならいい」
「理解させる必要はない」
指先がわずかに動く。
符が空中に浮く。
簡単な火術。
だが——発生しない。
誰も術を起動していない。
なのに火が“そこにある”。
道満は淡々と言う。
「これが基礎だ」
「お前たちはまだ“発動”を学んでいる段階にすぎない」
術者たちの顔が変わる。
理解の前段階が崩れる音がする。
こはくは動かずただ見ている。
いつもの無言。
だが道満は気づく。
(評価している)
(……いや観察か)
道満は少しだけ口元を歪める。
「ふん、お前が呼ぶ理由も分からんでもない」
誰に向けたでもない。
講義は進む。
結界術や式の構造、反転干渉。
道満は次々と実演する。
だがどれも“教える”というより“見せる”に近い。
理解できる者だけが残ればいい。
やがて一人の術者が問う。
「式神は……どう扱えばいいのですか」
道満は一瞬だけ止まる。
そして、視線を横に流す。
こはくを見る。
ほんの一瞬。
「扱うな、理解しろ」
空気が止まる。
意味が違う。
だがそれ以上は言わない。
講義は終わる。
術者たちは疲弊しながらも離れていく。
残るのは道満とこはく。
道満は少し息を吐く。
「……退屈ではなかったな」
誰にでもなく小さく言う
こはくは何も言わない。
ただ一度だけ視線を向ける。
それで十分だった。
道満は理解する。
これは講師ではない。
教育でもない。
(観測だ)
(俺という現象の)
その結論に、道満はわずかに笑う。
「……好きに使うといい、どうせ暇だからな」
鍛錬場の空気は戻っていく。
だが一つだけ変わったものがある。
道満は“教える側”として扱われた。
そしてそれを——
ほんの少しだけ、悪くないと思っている。




