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8 冷たい覚悟

 零れた吐息に湯気が揺らいだ。

 朝は手にしていた湯呑みを腿に下ろし、温まるように両手で包み込む。

 先程彼女が提示した三つの問の一つ、『護リ人とは何なのか』。それに対するソルの答えについて、朝は目を閉じ一つ一つ整理していた。


「つまり、護リ人とは本来異世界人――迷イ人を保護するべき一族であるにもかかわらず、今の彼等は神の供物として利用している、と」


 少なくとも、『護リ人』という名を持つ者達が一枚岩ではないことはよくわかった。朝は自身の認識があっているかを確かめるため、簡潔に要約した。

 

 目を開けると、深く頷くラシュと、俯いたまま黙り込んだセシラの姿が写る。彼等の足元をウロウロと歩いていた子狼が、慰めるようにセシラの足に手を置いた。


「話が早くて助かるぜ」


 と、ソルは朝の手から空になった湯呑みを取り、新しい茶を注ぐ。彼がこんな辺鄙(へんぴ)な森奥に小屋を構えているのは、聞いた話から察するに家族関係が関わっているのだろう。

 

 朝に二杯目の茶を手渡したソルは、呆れたように鼻を鳴らした。


「今の爺さん達は酷く傲慢でさ……なまじ最強種族なんて言われてるせいで、戦えない迷イ人を見下してる」


「その常識を打ち倒すために、戦える私が必要……ということですね」

 

「そういうこと」


 二つ目の問――『朝が必要な理由』についても、これで理解が追いついた。

 

 今まできた迷イ人は、魔法やそれに類する力を使えなかったらしい。否、使えたとしても、戦えるほど使いこなすことはできなかったそうだ。故に、朝を騙したかの人攫い達も「迷イ人は戦えないはずでは」となどと疑問符を浮かべていた訳だ。


「で、神の話ね。朝ちゃんも見たんだろ? あの光柱」

 

「はい……神とやらの姿は見えませんでしたが、声だけは聞こえました。あれは、迷イ人を捕食している……ということでいいのですか?」


 再び暖かい茶を口にする。

 数時間前に見た惨劇が脳裏に蘇り、朝の手に自然と力が入った。

 その様子を見たソルが、落ち着かせるようにあえて緩やかに、そして穏やかな声で話を続ける。

 

「だいたいそんな感じ。あれは準神の一つ、天を司る神だそうだ――おれ達は勝手に天神って呼んでるけど。あれが昔から護リ人の村にいてさ、あることないこと吹き込んでは自分の力を底上げするための贄を欲してるってワケ」


 説明しながら肩をすくめるソルに、ラシュが補足を入れた。


「アイツの邪魔さえ入らなければ、とっくに迷イ人帰還用の魔術式は使えるんだ。理論上は……」


「理論上って言うな、おれの式は完璧だっての。ま、(やっこ)さんもみすみす手前の餌を逃す筈無いって事だろうよ」


 ラシュの言葉尻が気に食わないのか、ソルが変なところに噛み付いた。

 重い話の中で交わされる軽口に、かつての仲間が重なって見える。

 

 その記憶がきっかけになったのか、朝は芋ずる式に故郷の敵対者を思い出した。

 何も知らない子供を殺し、男手の無い家へ踏み入り金品を盗む。圧倒的力で部下を従え、洗脳とも脅迫とも言える統制を強いる者。


「どこの世界にも『搾取する側』というのは存在するものですね……」


 今の朝は、腸が煮えくり返るほど憎悪と憤怒を抱いている。それかは確かだ。

 しかし、思考回路や心拍は反比例するように冷たく、静かに、淡々と仕事をこなしている。

 

 研ぎ澄まされた朝の思考が、一つの解を叩き出す。

 それは、この世界の恩人(セシラ)たちのために己は何を成すべきかという行動指針。

 

 既に、覚悟は決まっていた。


 

 ☆


 

「なるほど……だいたい状況は掴めました。じゃあソルさん、外に出ましょう」

 

「なんで?」


 一通り質問への回答を受け取った朝は、満足したように立ち上がった。そして、ソルに向かって手を差し伸べる。宛ら「早く立て」と言うように。

 

 一方、何も分かっていないように目を丸くするソル。間の抜けた表情に、今度は朝が首を傾げた。

 

「……? 手合わせするんじゃないんですか?」

 

「あ?…………あぁ〜そうだったそうだった」


「自分で言っといて忘れんなよ」


 朝の言葉に漸く思い出したらしいソル。彼が朝の手を取るのと同時に、ラシュから呆れた一言が放たれた。

 短いようで長い時間。既に体が固まってしまっていたらしい。朝は小さく、悟られない程度に伸びをして外に出るソル達へ続く。


 ソルが戸を開けると、暖気とともに草木の香りが舞い込んできた。耳に届く音が火種の弾ける軽快なものから、小川の流れる清涼なものへと切り替わり、眩むほどの陽光が目に刺さる。

 小屋から数歩離れ、ある程度開けた場所で立ち止まったソルが、準備運動のように体を動かしながら振り返った。


「手合わせ前に一つ。敬語、外さね? セシラにはタメだろ? じゃあおれもそうして」

 

「……はぁ、まぁ、いいけれど…………」


「よっしゃ〜!」


(敬語、嫌いなのかな……)


 何を言い出すかと思えばそんなこと。曰く、ずっと敬語で対応されていたことに疎外感を抱いたらしい。それが嫌だっただけの事だそう。

 朝からの許可を得たソルはガッツポーズで喜びを顕にした。先程までの重苦しい語り口調と異なり、随分と感情の切り替えが早い男である。


「ソル、準備はいいぜ! 余程派手にやらなければ隠せるはずだ。あんまり高く飛ぶなよ」

 

「わかってるって、セシラ。サンキュー!」


 気が付けば森の開けた一角を隠すように、白いベールが辺りを覆う。セシラの使う魔法と言うやつだろう。


 準備が整ったのか、相対する朝とソルの間にラシュが入った。


「やり過ぎだと思ったらオレが止める。いいな?」


 審判のように両者の前に手を差し出したラシュ。その言葉にソルと朝が同時に頷いた。

 朝は長柄を握る仕草をし、ソルは体勢の低い構えをとる。

 

 相手は朝の雷術を知っている。しかし朝は何も知らない。既に情報の優位性を取られているのだ。

 異世界という未知の戦法。朝はソルの一挙手一投足を見逃さないように心を落ち着かせる。


「それじゃあ朝ちゃん、殺すつもりでいいからな。自慢の雷術、見せてみろ」

 

「…………鷹槌朝、参ります」

 

 森全体が固唾を飲むように静寂に包まれる。


「お二人さん準備はいいな? ――――始め!」


 無音の世界を打ち破るような鋭い声が、勝負の火蓋を切った。

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