6 手合わせ願おう
「ふーん…………へぇ〜〜〜」
「あの…………私、何かついてますか……?」
顔を合わせるなり早々に人の周りをぐるぐると歩き回り、神妙な顔をするソル。決して卑しさを感じる訳では無いのだが、如何せん居心地が悪い。
どうしたものかと目を回す朝に、見かねたセシラが助け舟を出した。
「ソルぅ〜、流石に初見初手でそれは無い。デリカシーってか配慮皆無すぎ。ラシュに殴られる前に辞めとけ?」
「ぐえっ」
溜息混じりにセシラがソルの首根っこを掴み、物理的に引き剥がす。
ちょうどその時、小屋の近くにいたラシュも戻ってきた。彼はわざわざソルを呼びに行った筈なのに、呼ぶ前にその本人が飛び出して来たのだ。
「ソル……お前…………その人が計画最後のピースになるかもしれないんだぞ。失礼なことするなよ」
「ごめんって」
ただでさえ目つきの悪いラシュが、いっそう深く眉間に皺を寄せてソルを睨みつける。
破天荒なセシラに摘まれ、ラシュに懇々と叱られる彼。「説明がいちばん上手い」などという話は本当なのだろうかと、朝は思わず疑いの目を向けた。
「あぁ〜朝ちゃんだっけ?ごめんね〜不躾にジロジロ見ちゃって」
「いえ……お気になさらず…………」
ソルは案外素直に頭を下げた。
しかし、ラシュとセシラが安堵を示すように互いに見合わせた瞬間――彼は「でもほら!」と軽快に指を鳴らした。
「ジロジロ見たのは悪かったけど、ほんとに戦えるかは実際見てみないとわかんないかな〜。おれはラシュみたいな武人って訳じゃないから一目で強者かどうかは分からんよ。セシラは直で見てるらしいけど、そういう訳でもないし?」
口角を上げるソルが肩を竦めて数歩、ゆったりと足を運ぶ。
予想外の言葉にピシリと固まったラシュ。セシラは「あぁ……」とある程度察していたかのように半目で薄ら笑いを浮かべていた。
そんな二人を一切気にせず、ソルはずいっと朝に顔を寄せ、鋭い視線が朝の瞳を覗いた。明るい声色に反して、その黄金の虹彩は全く笑っていない。
そして、至極楽しげにある提案を持ちかけた。
「てわけで、朝ちゃん。ちょっと一回手合わせしようぜ」
――と。
☆
「い・い・か・げ・ん・に・し・ろ……ソルぅ!」
懲りずに朝へ挑発するような態度をとるソル。ついにラシュが手本のような頭蓋骨固めを決めた。
「ギフギブギブ――ラシュ待ってマジで! 死ぬ!! 意識トブってホント!!」
「一回気絶でも何でもしろお前ぇ!!」
「ルフーこっちおいで〜ゴリラに絞め殺されるぞ〜」
「がうっ」
バシバシと腕を叩くソル。それを毛ほども気にせぬラシュ。そしてソルの頭上から子狼を回収するセシラ。
三者三様、混沌と化した現状を前に、朝はただ一人凪のような静けさで佇んでいた。
やがて彼女は真剣な顔で男二人に近づき、静かに手を挙げた。
「私は構わないよ。強大な敵に立ち向かうための同士を探しているのなら、その力量を図るのは実に合理的だもの」
それはラシュへ向けた静止の言葉。
まさか挑発された本人から止められるとは思わなかったのだろう、ラシュの腕が一瞬緩み、その隙にソルはするりと抜け出していた。
「だよな? 唐突なのは認めるけど、理屈としてはこれですよ。ラシュ君お分かりいただけた〜?」
「その唐突が問題なんだよ」
ラシュから距離を取り、朝の援護射撃を存分に味方につけるソル。彼は呼吸を整えながらも、勝ち誇った顔でラシュを煽る。もっとも、間髪入れずにラシュの正論に玉砕されたが。
「朝ちゃん本人がいいって言ってんだから早速――」
「――ただし。説明が先です」
肩を回し、手合わせに入ろうとするソルの言葉を、朝の冷徹とも言える声が遮った。
「これは私の命に関わる話でもあるんでしょう? いくら恩があれど、なんの事情も知らずに協力するのは流石に不可能です」
昨日から今まで、自身を必要とするという期待だけは受け取ってきた。しかし、肝心の理由を朝は未だ聞かされていない。
神とやらの起こした悲劇を目の当たりにさせて尚、保留とされているのだ。いい加減堪忍袋の緒が切れるというもの。
ピシャリと言い放った朝。ルフと戯れていたセシラが気まずそうに目を逸らしたのが見えた。
対してソルは感心した様な、あるいは意外だと言う様な顔で顎に手を当てた。
「ふーん、流されるだけのお嬢様じゃないってことね。おっけーおっけー。とりあえず家の中、入りな」
☆。.:*
森の中心にひっそりと佇む家は、造りに反して無機質な印象を抱かせた。
丸太造りで火鉢のようなものが置かれ、その上でお湯がポコポコと湯気を立てている。小さな空間の中に様々な小動物が住み着いているそこは、室内にも関わらず森の延長線上にいるかのような、生態系の一部となっていた。
その一方で、人間の生活に必要であろうものが食器と小さな毛布以外に見当たらない。その他は、数字や暗号のような、謎の記述で埋め尽くされた木の板や布が散らばっている。
それはまるで何かを計算しているような、なにかの設計図のような。とにかく、自然界のど真ん中に置かれるにはあまりにも異質さが際立っていた。
「とりあえず適当なとこ座って」
と、丸太の切れ端のような椅子を指さしたソル。セシラとラシュは勝手知ったる顔で既に席に着いていた。
「んで、お待ちかねの説明タイムだ。聞きたいことはなんだ、わかる範囲で嘘偽りなく答えるぜ」
全員が腰を下ろした後、ソルが代表して朝へ質問を促す。
森を歩いていた時から、既に結論は出ていた。
混乱はしている。本音を言えば聞きたいことは山ほどある。しかし、全て聞いていたら日が暮れて夜が明けてしまう。であれば、聞くべきことは極力絞るべきである――と。
「聞きたいことは三つ。まず『護リ人とは何なのか』、『神と呼ばれていたものの目的』そして、『私を必要とする理由』――この場では以上です」
朝は指を一本ずつ立てながら淡々と問いに答えた。
正面にはラシュが目を閉じ深く頷き、セシラはソルの方を――なぜだか楽しそうに眺めている。
そして、そのソル本人は、虚をつかれたような顔で聞いていた。
「へ〜え? てっきり『私はこれからどうすればいいか』、とか聞いてくるかと思ったぜ」
「何故?」
「なぜ…………?」
「いやだって、私がどうするかは私が決めることでしょう?一応セシラにはご飯の恩があるので、納得さえ出来れば手を貸しますが……私は別に貴女方の手助けが無くともこの世界でも生きていく自信があります」
鳩が豆鉄砲に打たれた顔、というのはこんな様子なのだろう。
唖然としたソルを横目に、朝は「何を当たり前のことを」と言いたげにつらつらと話を続ける。
「傲慢だとお思いですか? しかし、案外生きていくだけならどこでもできるものですよ。船があることはわかっているので島から出ることだって可能です。人攫いとて、生きていけるならば利用しましょう」
何も分からない可憐でひ弱な乙女ではないのだ、と言う意志を込めて、目の前の男をじっと見つめる朝。その目が段々据わっていくことに本人だけが気がついていない。
剣呑とした朝の様子に、セシラの腕の中にいたルフが「きゅう」と耳を折った。
「――ふっ、あっはははははは!」
「…………?」
しんと静まり返った室内。火鉢がパチパチと鳴るのがよく聞こえる。
固唾を飲む動物たちに囲まれる中で、セシラが突如腹を抱えて吹き出した。
「だから事前に言ったろ? ソル。こいつ案外狂ってるんだって。セオリー通りの迷イ人から一歩どころか五歩くらいズレてるんだよ」
「……みたいだな」
なにやら極めて失礼な物言いをされたが、今までいた迷イ人という比較対象を知らない朝は、反論できずにきゅっと口を結んだ。
「二度三度と試すようなことして悪かったね。アンタが戦場を経験した戦士なんだってことは十二分に伝わった」
笑いすぎて崩れ落ちたセシラを横目に、ソルが一歩前に踏み出す。
「それはそれとしてしっかりした実力は知りたいから、手合わせは希望するけど…………お望み通り、アンタの質問に答えるよ」
今までの軽薄な態度とは一変して、今のソルは実に誠実な取引に臨む顔をしている。
彼は一度立ち上がり、温められたヤカンからなにやら茶のようなものを用意した。
暖かでどこか懐かしい香りが、尖った空気を弛ませた。




