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5 森の主

 殺戮兵器のような光が少女を襲った。

 光が消えた先に残ったのは、黒く焦げたような地面だけ。骨も、髪も、血も、何一つとして残ってはいなかった。存在ごと消えたように、初めから何も無かったように。


「…………あれは一体……どういうことでしょう」


 朝は震える声で目をつぶったまま俯くセシラに尋ねた。低く、静かで起伏のない声。思わず敬語に戻る程に、衝撃的なことだった。

 

「ごめん……まだ、詳しくは言えない」


 グッと強く握られた手とは反対に、セシラの答えは酷く弱々しい。

 朝は一度深く息を吸って、諭すように言い放つ。


「…………セシラ。私は貴女に恩があります。信頼に足る人物だとも。故に、できる限りの事は手を貸したいと思っています。けれど、この惨状に対する釈明がなければ、その信頼が瓦解するのは是非もなしかと」


「…………」


 何も言い返さないセシラ。昨日までの堂々とした喧嘩屋か極道のような立ち振る舞いとは打って変わって、親を亡くした幼子のように酷く小さく見えた。

 そんな彼女を補うように、ラシュが言葉を挟む。


「朝。説明はちゃんとする。ただ今は場所が悪い……それだけの事なんだ。だから、一旦着いてきてくれないか」


「……私があの人たちに見つかると、あの消えてしまった子の二の舞になるから……ですかね」


「その通り」


「わかりました……セシラ、手、離して?」


 ラシュの言い分に多少は納得した朝。先導する彼について行こうと立ち上がるが、手を繋いでいるセシラが動かなければ朝も動けない。

 駄々をこねる子供、もしくは散歩途中で立ち止まった犬を見ている気分。一言も発さないセシラの頭に、朝の手がふわりと乗せられた。


「この手、私が表に出ないように止めるためだったんでしょ? もう行かないから、ね?」


「…………ん」


 漸く重い腰を上げたセシラ。僅かに赤くなった目尻と血が垂れる唇から、彼女とて救えなかったことを悔やんでると伺える。

 やはり、彼女達はあの村人達とは違う。迷イ人を助けたいと思っているのだろう。朝は自分の中で揺らいでいた信頼がほんの少し、磐石なものへと打ち直されたように感じた。


 ☆


「っえ〜、大変見苦しい姿を見せました。忘れろください」

 

 隣を歩くセシラの耳が僅かに赤く染まっている。朝からすれば優先すべきことを踏まえている我慢強さだったが、彼女にとっては痴態に含まれるらしい。


 ラシュに先導され、村の外に広がる森林を進む朝達。

 土の湿った匂いと草木の爽やかな匂い。風が枝葉を揺らしサラサラと奏で、小動物だろう気配が其処彼処(そこらかしこ)にこちらを伺っている。

 悪意も歪な信仰もない無心に広がる自然の摂理が、朝の動揺を落ち着かせた。


「それで……今はどこへ向かってるの?」


「最後の協力者のとこ。この森の中なら村の爺たちも易々と入ってこれないから、内緒話にはもってこいなんだよ」


 セシラが飛んできた小鳥を腕に乗せながら答えた。鳥も彼女も随分と慣れているらしい。

 満足したように羽ばたく小鳥を見上げながら、朝は二つ目の問いを投げかけた。


「協力者?」


「見ての通りわたし達は護リ人の集落の中では異端児だ。村の意向に真っ向から反してるレジスタンス……あ〜、抵抗軍みたいなものだからな」


「オレとセシラ、そんであと一人。確定で信頼できる仲間だよ……性格というか嗜好がちょっとクソ野郎だけど……」


 「でも説明はいちばん上手い」と補足したラシュ。どこが呆れたような諦めたような声に、朝の不安が煽られる。


 足場の悪い獣道。人が通ることなど全く想定されていない道無き道を迷いなく進むラシュ。

 前を見ても後ろを見ても、どこまでも続く森。村はもう見えず、最早方角も分からない。逸れれば抜け出すことも困難だろう。足元とラシュの白髪を交互に見ながら歩みを進める。

 

 歩き続けること数分。(ひし)めき合っていた木々が刈り取られたかのような広間に出た。

 手入れされた花が咲き、小さな川が流れ、動物たちが身を寄せ合う。喧騒から隔絶された楽園のような場所。その奥には丸太でできた小屋が置かれていた。


「着いた。ちょっと待ってろ、呼んでくる」


 そう言って小屋へ向かうラシュ。その彼とすれ違うように、黒い何かがこちらへ向かってきた。小屋の方からガタガタと、知らない男の声も聞こえる。


「おい待て、コラ!」


「ワフッ」

 

 朝が避けるよりも早く、その物体は朝を目掛けて勢いよく飛びかかる。


「えっ……」


 思わず受け止めると、ほんのり暖かいふわふわの手触り。腕の中でもぞもぞと動くそれは、黒い仔犬……否、狼だった。


「あれ、ルフじゃん」


「ルフ……?」


 頬擦りするように顔を押し付ける子狼の頭をセシラが撫でた。ガウガウと何かを訴える小さな命は、ルフと言うらしい。


「こいつ、例の協力者のとこの子だよ。本人、そろそろ来るんじゃねぇか?」


 「ほら」と指さすセシラ。釣られて小屋を見ると、ちょうど扉を開けようとしたラシュを押しのけるように、別の青年が飛び出した。


「ルゥゥゥフゥゥゥ!!」


 大声で朝の前まで駆け寄り、朝やセシラには目も向けず子狼の首根っこを掴む青年。無理やり持ち上げられ、歯をむき出しにして唸り声を上げる狼。両者互いに正面から睨み合い――


「グルルルル!」


「何? 逆ギレ? 大雨降らせるぞって? やってみろよ、できたことないくせに〜。そもそもお前がおれの昼飯ひっくり返したんだろ!?」


「ウゥ〜〜ガウッ!」


「違います〜〜。机の上で遊び始めたお前のせいですぅ〜〜。飯の時間に机に乗るなってあれほど言ったよな!?」


 ――と、何故か通じあっているのか言い合いを始める始末。それも内容がかなり家庭的というか庶民的というか。年の離れた兄弟のような喧嘩である。


 もう一人の協力者。森の奥に住み、ラシュに嗜好がクソと貶され、それでも説明は一番上手いと評された者。

 朝はてっきり、もっと頭がおかしくて取っ付きにくい学者のような人間が出てくると思っていた。

 想像とかけ離れた人物に動揺しつつ、念の為セシラに確認を取った。


「えっと……彼が例の…………?」


「そ、この森の実質的トップ。野生動物の頂点に立つクソ野郎――ソル=ドラッドだ。」


 セシラも半分鼻で笑うような投げやりさ。動物と大真面目に喧嘩する様子も、彼女から見ればいつも通りの光景らしい。

 

 名を呼ばれたことで、青年は漸く朝の存在に気がついた。彼は慣れた様子で子狼を自らの頭に乗せ、こちらに向き合う。


「よお、セシラ。あー、そういやさっきラシュもいたか? こんな森までご苦労さん…………で、だ。聞いてるぜ。アンタだな? 戦える迷イ人ってのは」


 強い風か森に流れた。木々が騒めき、鳥が羽ばたく。


「初めまして。そして、ようこそ迷イ森(ウッズメイズ)へ。おれはソル=ドラッド。森を仕切る(かしら)として歓迎するぜ、お嬢さん?」

 

 彼の黄金の瞳孔は揺れることなく一直線に、朝の瞳を貫いた。

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