表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/28

4 異世界人の末路

「あの……セシラ?」

 

「なーに? なんか文句あるかよ」

 

「いや、文句とかではなくて……なんかこう…………緊張感が消えたというか……」


 朝は小さく体を丸め、完全に脱力したセシラに向かっておずおずと尋ねた。

 

「そりゃ消えるだろ、風呂入ってんだから」


 間延びした声が反響する。

 ラシュを交えた話の後。セシラの計らいにより、朝は彼女に一宿一飯の世話になることになっていた。

 今は…………見ての通りの入浴である。


「なんだっけ? 風呂は心の洗濯とか言う世界もあるんだろ? 血腥(ちなまぐさ)い事考える場所じゃあねぇんだよ」


「そうなんだけど……」


 温かな湯が染み渡るようだ。(ひのき)を思わせる落ち着いた香りが緊張の糸を解していく。

 今日だけで戦場から死の淵、そして異世界へ来て攫われかける。なかなか忙しない一日となってしまった。思っていた以上に疲労が溜まっていたのだろう。

 ようやく体を労ることができて安心したのか、じんわりと睡魔が襲いかかる。


「ま、色々説明不足なのは認めるぜ。結局アンタが必要な理由については触れてないもんな、わたし達」


 湯に当たりほんのりと頬を染めたセシラが「溺れるなよ」と釘を刺す。

 一人暮らしの家にしてはやけに大きい浴槽だが、本人曰く趣味の一つらしい。第一印象の荒々しさと相反して、意外と趣深い人間なのかもしれない。


 元が白いため真っ赤に逆上せたかのようにも見えるセシラ。彼女は手で顔を仰ぎながら、この世界と朝の現状に対する説明について、自らの不備を謝罪した。


「けどな、こればっかりは百聞は一見にしかずってやつなんだ」

 

「よく知ってるね、(ことわざ)

 

「おうよ。昔来た迷イ人に教えてもらったんだ」


 セシラの声が申し訳なさから自慢げに変わる。しかしその表情からは、どこか懐かしさと寂しさを混ぜたような影も見えた。


(……昔?)

 

 朝は()()()という言葉に引っかかった。結っていた髪が落ち、顔にかかる。

 哀愁漂うセシラに尋ねるのは気が引けたが、同じく迷イ人たる自身の顛末にも関わるかもしれない。と、素直に疑問を投げかけた。

 

「あの……その人は今どこに?」


「…………いねぇよ」

 

「……? 元の世界に帰った……わけではないんだよね。さっきの言い方的に」


 ラシュは朝のような迷イ人達のことを、()()()()元の世界に帰れなかったと言っていた。朝が来たことでそれが可能になるかもしれない、とも。

 

 朝の懐疑的な視線から逃れるように、セシラが勢いよく立ち上がる。


「嫌でもわかる。明日んなりゃあな」


 背を向けた彼女の心情を表すように、湯船が激しく波打った。


 ☆


 物音がする。

 布の擦れる音。誰かの欠伸(あくび)。そして足音。自分ではない誰かが近くにいるのがわかる。

 

 目を閉じたまま気配を探る。

 殺意はない。こちらを伺う様子はあるが接触しようとする意思もない。ただ淡々と火を起こすような弾ける音がする。


「あのさぁ……いつまでそうしてるつもりだよ。朝」


「…………うぅん?」


 突然声をかけられた。狸寝入りはバレていたらしい。

 朝は大人しく目を開け、声の主を視界に入れた。


「はい、はよさん。異世界きて最初の朝はどうだ? よく寝れた?」


「…………セシ、ラ…………?」


 呂律の回らないふわふわとした声で頭に浮かんだ名前を呼ぶ。


「んだよ、寝ぼけてんのか? あっちに水貯めてあるから顔洗ってこい」


「あ……そっか…………おはようございます」


 ぼーっと布に包まる朝にセシラの呆れ声が降りかかった。

 言われた通りに家の裏手にある水で顔を濡らす。刺すような冷たさにようやく朝の脳は覚醒した。


(てっきりまだ戦場にいたのかと……なんかいらない警戒しちゃったな)


 外の空気は燦々と輝く太陽のせいで焼けるように暑い。

 正常に回った思考で現状の把握に務める朝。昨日はそこまで頭が回らなかったが、今ここは夏なのだと初めて理解した。

 

 家屋の中では、鼻歌を軽快に響かせながら何やら朝餉らしき準備をしているセシラ。昨日時点で朝は彼女を、黙っていればお淑やかな女性だとは思っていたが、家事をする背中はまるで母親のよう。

 

 遠く昔に亡くなった母と姿が重なる。髪の色は異なれど、強く、逞しく、甲斐甲斐しく人の世話を焼く彼女が朝の目から離れなかった。

 

「ほら、簡単だけど飯できたから」

 

 不意にセシラが木皿を差し出す。

 そこには見たことの無い穀物や野菜が盛られ、焼き魚が添えられる。かつての故郷と似た食事に、朝の目からじわりと涙が出そうになった。

 そんな様子を知ってか知らずか、セシラが朝の前に水を置く。


「冷めないうちに早く食えよ。これ食ったら出かけるんだからな」


「ありがとう。いただきます…………ん、出かけるってどこに?」


 両手を合わせ丁寧に感謝を述べる。これは、朝が生まれてこの方一度たりとも疎かにしない儀式であり礼儀であった。

 ふわふわとした米のような穀物を頬張り、首を傾げた朝。向かいに座るセシラがバリバリと頭から魚を食べつつこう答えた。


「村の中心。迷イ人たちの行き着く先。一歩間違えればお前の末路になる場所だ」


「…………末路」

 

 ほんの僅かに低くなった声。そして、その言葉の中身は、魚の骨が喉に刺さった時を思わせる痛みと不安を煽るようだった。



 ☆


「よっ、おはようさん。二人とも」


 食事と支度を終え、促されるままに家を出た朝。村の中心に行くと言っていたのに、何故か雑木林の獣道を通るセシラに疑問を抱きつつついて行く。

 数分歩いてようやく抜けた先に立っていたのは、昨日も会った白髪の青年――ラシュだった。


「おはようございます」


「んーはよさん、ラシュ。例の件はどうなってる?」


 深々と頭を下げる朝に対し、軽く手を挙げただけのセシラ。彼女は間髪入れずにラシュに何かを確認していた。


「時間通り。あとはバレないようにお前が霧を出せば……」


「おーけーおーけー」

 

 セシラの足元からぼんやりと薄い霧が現れる。彼女の魔法と言うやつだろう。それは視界を覆うほどの濃さでは無いが、包むように周囲に漂った。


「朝、手ぇ繋いで?」


「えっ?」

 

 二人の会話を黙って聞いていた朝は、セシラに突然手を掴まれた。許可を取るような口調だが、一切の有無を言わさぬ強制手繋ぎ。がっちりと捕まれ、逃げ出すことはできないだろう。その顔は微笑みを映しているが、どこかぎこちなくわざとらしい。


 何事かと考えているうちに、手を引かれて前へ進む。先行していたラシュがある茂みの裏で止まり、朝に向かって真剣な顔をした。


「先に謝っとく、ごめん。今からすげぇ嫌なもん見せると思う」


 囁くように謝罪の言葉が落とされた。

 ラシュの眉間に深く皺がより、目つきの悪さが際立っている。セシラも同様。貼り付けた笑みは影も形もなく、苦虫を噛み潰したような顔で唇を噛んでいた。この先に、二人にとって良くないものがあることは確かだった。


「とりあえず、わたし達が何かを頼むにも朝が何かを決めるにも、これを知らないと話にならねぇんだ。絶対に何があっても……声を出すなよ」


 そう強く念を押したセシラ。繋がれた手が僅かに震えている。


「わ、わかった……」

 

 朝は不安を抱きながらも、茂みの向こうに目を向けた。

 セシラの家よりも大きい建物が立ち並ぶ中心地、巨大な石碑のような何かが祀られた広場に大勢の人が集まっている。彼らもまた、セシラ達と同様に護リ人なのだろう。声だけは聞こえる程度の距離だが、その佇まい、纏う空気から彼ら一人一人が強者であると伝わってくる。


「我らが天を統べる神なるものよ! 此度の迷い子はここに!!」


 人混みの中、一際年配の男が空へ手を伸ばした。その背後には若い青年たち。彼らに手を引かれて現れたのは、目を布で覆われた少女だった。年齢は朝と同じくらい。少女の服は見覚えのないもの。朝の着物ともセシラ達の服とも違う。


「神よ! 天を司る大主よ! 哀れな子供にどうか御加護を授けたもう!!」


 どこか異質な光景だが、老人の言葉に嘘はあまりないように感じる。

 

 朝は首の裏に妙な汗をかきながらも、セシラに言われた通り黙って見守った。

 状況を抜き出し推測すると、朝と同様に別世界から来た少女を護リ人の皆が神を頼って祝福を与えようとしているのだろう。もしくは、今まで不可能だった帰還のため、神とやらに助力を乞うているのやもしれない。


 村の人間たちが一様に手を空へ伸ばし、一心不乱に何かを叫んでいる。すると、巨大な石碑の裏、注目せよというように陽の光が集約されていく。

 やがてそれは光の柱となり、押し潰すような重圧が朝を襲った。

 

『――頭を垂れよ、矮小な者共』


 頭に直接響くような不思議な声がする。しかし、耳に入る音は、金属を擦り合わせたような不快なもの。なぜだか朝の脳はその雑音を言語と認識しているようだ。

 そして同時に、産毛が逆立つような悪寒も感じた。

 セシラ達の不穏な言葉のせいではない。この声から、かつて故郷と敵対していた軍のような傲慢な悪意を感じたからだ。


『世を護るものよ。此度の迷い子を前に』


 光の中からの声に粛々と従う人々。

 目隠しをされた少女が一歩前へ押し出された。彼女自身の足取りは覚束無く、何が何だか理解できていない様子。


『貴様か、小娘。遠い世界より来たりしモノよ、其方の願いを告げるといい』

 

「あ…………あの! 私家に帰りたいんです……か、神様にお願いすれば……返してくれるって聞いて…………それで……」


 涙ながらに必死に声を出す少女。神の重圧を一身に受けているであろう中で、呼吸が荒くなっている。細い足が震えているのが遠くからでもわかった。


『よかろう、其方の願いを叶えよう。さあ、そのまま手を伸ばし、眼前の石碑に振れるのだ』


(……ラシュは昨日、今までの迷イ人に帰れた例はないって言ってたはず。それとも神の力なら元の世界に帰れるの…………?)


 神の言葉と朝の記憶に齟齬が生まれた。しかし詳しく思案する間もなく、少女が恐る恐る手を伸ばす。

 

 その時、頭にガンガンと警告が鳴り響いた。――石を触ってはいけない。前に出てはいけない。言うことを聞いてはいけない――と。

 

 血液が沸騰したように脳が熱くなり、鼓動が全身を揺らす。

 少女の手が石碑触れる前に、朝は思わず走り出そうとした――が、予めセシラに掴まれていたせいで動くことができなかった。

 

 朝は離せと睨みつけるが、セシラはキュッと目を瞑り、息を止めたように首を横に振るだけだった。噛み締めた唇から血が出ているのが見える。隣に控えていたラシュも険しい顔でじっと儀式を見つめている。二人とも、朝が飛び出すのを予想していたのだろう。


 そうこうしている内に、少女の手が石碑に触れる。その時の彼女本人が何を感じたかは分からないが、その口が何かを言う前に、石碑に向かって光が落ちた。

 少女を飲み込み真っ白い柱。貫く槍のような光の塊。


『ああそうだ。故郷を失くした哀れなり迷い子よ。何も成せぬ愚者であるなら、その命持って我の中で眠るが良い』


 朝の頭に響く神らしき声が告げたのは、少女の一縷の希望に対する裏切りだった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ