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26 護るということ

 夢でも見ている気分だった。

 弱肉強食、強者は弱者を歯牙にもかけず、弱者、敗者には発言権すらないと言うような長。

 自身の部屋で紫煙と共にふんぞり返っている姿しか見たことの無かった彼が、自ら頭を下げるどころか見下していたものに教えを乞うなどと。


(天神殺したとして、その後の村の体制を変えるのが一番の懸念点だったが……これは何とかなったかもしれねー)


 ソルの計画は天神を殺すところまで。その後迷イ人達の対応をどう変えていくのかを考えるには、あまりに味方が足りなかった。主な権力者達が軒並み敵に回る以上、たった一度の勝利ではすぐに覆されるだろうと考えていた。

 天神への迷イ人生贄制度が無くなっても、ただ処刑に変わるだけかもしれない、と。


(正直その先は行き当たりばったりのつもりだったんだよな……)


 しかし実際は案外上手くことが運んだ。

 長は自らが敗者になったことで勝者の言葉を聞き入れた。さらに言えば、彼の世界を護るという信念、それ自体は天神に歪められただけで修正可能なものだったのだ。


 ソルの中では、決して相容れない水と油だと思っていた老人。圧政と恐怖の象徴でもある彼と和解ができたのは、間違いなくセシラのおかげだろう。

 彼女無しでは、きっとどこまでも平行線だった。


「さぁ。村長の方は一区切り着いたみたいよ。貴方もなにか言いたいことがあるんじゃないかしら、ゼイル?」


 長が席に座り直したことを確認した母親が、手を叩いて話を次の段階へと切り替えた。彼女の視線は一瞬ソルに向いた後、その対面にいる父親(ゼイル)へと注がれた。

 

「黙り決め込んでないでいい加減蹴りをつけなさいよ。ここまでお膳立てしないと話ができないの?」


「うっ…………」


 長年険悪な旦那と息子に挟まれてきた鬱憤がついに耐えきれなくなったのか、蹴りを付けさせるなら今しかないと思ったのか。母はキッと父を睨みつけ別れの言葉を促した。

 その時の父の顔は、致命傷を負ってもそんな顔はしないだろうと言うほど苦悶に塗れ、ソルが初めて見る情けない姿だった。


 やがて観念した父はポツポツと言葉を発した。

 

「以前……お前は、なにかを護るのにいくら外が堅固でも内が脆ければ意味が無いと言っていたな……」


 父の言葉に、じわりと何かが胸に染みた感覚があった。決して不快ではない、懐かしい感覚。

 しかし、ソル自身がその感情へ名前をつける前に、彼の口から別の言葉が飛び出していた。


「言ったけど……何だ! クズの息子の言葉なんざ一言も聞こえてないのかと――」

 

「ソル」

 

「あ…………すまん……こういうのが話を遮るんだよな……」

 

 心の中では悪手だとわかっていても、抑えられない条件反射。――が、その無意識な防衛がヒートアップする前に、二つ隣に座るラシュから厳しい声で名を呼ばれ、急に頭に冷水をかけられた気分になった。

 

「お前がそう思うのも無理はないだろう。実際俺はお前の言葉を半分も聞いていなかった……いや、聞いてはいても、息子の言葉ではなく村の異分子としての言葉だと捉えていたのかもしれない」


 いつもなら、ソルと会話する時の父の目はもっと冷酷で、切って捨てるような無慈悲な形をしていたはず。

 それが今は一つ一つ大切に言葉を選んでいる。戸惑いながらも歩み寄ろうという意思が伺える。


「改めてお前の言葉を考えた時、痛感したよ。この村は中枢から既に道を間違えていたのだろう……最後の天神の姿を見て、あれは俺達護リ人達をどうとも思っていないのだと言うことに気がついた」


 僅かに父の手が震えているのが見えた。

 長もそうだが、天神を信仰していた彼等からしてみれば今の状況は、ずっと親だと思っていた存在がただの誘拐犯だったような裏切りに近い。

 いつかは自分を見てくれると希望を抱く子供。しかし実際はただ利益のために利用されていた駒に過ぎないと知ってしまった。そんなところだろう。


「武力で外を固めるだけでは、護りたいものは護れない。時に敵は内側にある……いや、内部の健全無くして万全とは言い難い……かな」


「親父……」


 そう言った父の目は、随分久しぶりに見る穏やかな色だった。自身と同じ金色の瞳孔が、こんなにも柔らかく笑っているのを見たのは何年ぶりだろうか。


 ソルがじっと父を見たまま固まっていると、両サイドから視線が刺さった。母とラシュだ。「父親は歩み寄った、お前はどうだ」と言いたいのだろう。

 

「今回は……おれたちが勝ったからおれの言い分が通った……けど、あんたが言ってることも決して間違いじゃなくて、理解はできてる……つもりだ」


 二人から無言の圧で背を押され、纏まらないまましどろもどろに声にしていく。


「おれには地位とか、立場とか、家庭とか、そういうしがらみが無いから好きに言えるってのは……認めたくないけどわかってたんだ。多分おれ達どっちも、それぞれ間違ってはいなかった……と思う。ただ完全に正しい訳でもなかっただけで……」


 それは、村の民を歪んだ神話で信仰させた天神と同じ。

 ソルもゼイルも自身にとって必要な部分だけを切り取って、それを互いに武器としていた。本来は両方合わせて初めて一つになることを。


 いつもならうざったいくらいに回る口も、今と言う時ほど動かない。ずっと昔に捨てたつもりでいた心の声を、ソルは大切に掘り起こし、手渡すように口にした。


「だから……後でいいからちゃんと話を……しよう。アンタの言葉を否定しないように努力する……互いに何が足りないのか、何がズレてたのかはっきりさせよう」


「……あぁ」


 絞り出した息子の胸中に対して、父から返ってきたのはたったそれだけの短い返事。それでも、長い間ぶつけ合い、棘で刺すような会話しか無かった二人にとっては、充分すぎるほど穏やかな肯定だった。


 

 ☆

 


「おかーさーん、タオルどこーー!」

 

「寝室の棚!!」


「……わかんなーい!」


 ソルとゼイルの話が一段落ついたところで、タイミングを見計らったようにソニアの戸惑う声が響いた。

 回答にも数秒開けて再び届くヘルプ要請。母はソルとゼイルを一瞥し、立ち上がる素振りを見せた。


「…………ちょっとわたくし席を外しますが、もう大丈夫ですね?」


「「…………」」


「大丈夫ですね?」


「「大丈夫です」」


 男二人の躊躇いが混ざった返事に「まあ及第点」と言わんばかりの顔をした母。振り返ることもせずにさっさと部屋を出てしまった。


「えぇ……では、だな」


 険悪では無いものの、気まずい雰囲気を長の声が無理やり次に引っ張った。


「今後の話をしていこうか……若いの」


 真っ当に、真正面から色眼鏡なく、村を統べる最年長らしく長の静かな威厳が示される。この老人は今まで自己中心的に力だけでねじ伏せてきた訳では無いのだと、実感した。


「話を遮ってしまい申し訳ありません、長。先に俺から一つ提案してもよろしいでしょうか」


「よい」


 ソル達が何かを言う前に、先手を取ったのはゼイルだった。彼は今まであまり言葉を発していなかったラシュを見て、長にある進言をした。


「前も言ったがラシュくん。君は強い。今日みたいにセシラちゃんの霧と組まれたら、恐らく今の護リ人達に太刀打ちできるものはほとんどいないだろう」


「えっ……オレ?」


 唐突に話の真ん中に据えられた本人から戸惑いの声が上がるが、ゼイルはそれをささやかな微笑みで返すだけ。

 狼狽えるラシュを置いて、そのまま自身の隣にいる長に視線を移した。


「そこで現役の戦士全体に、魔法を使わない戦闘訓練の強化を勧めます。勿論、(ラシュ)を中心に」


「ふむ……」


「迷イ人に此度のような異術を扱う者がいるとわかった以上、彼等の中にはセシラちゃんの魔力否定と似た力を持つ者がいるやもしれない。そんな者が牙を剥いた時、現状の我々では苦戦を強いられることは間違いないでしょう」


 ゼイルの意見に苦い顔の長。彼もまたセシラによって無能に変えられた者の一人。なんならこの(やつ)れた体では最も影響を受けたはずだ。

 しみじみと熟考した後、長は深く息を吐いた。


「そうさな。今まで弱者だと侮っていてすまなかった。儂は直接お前の勇姿を見た訳では無いが、他でもないゼイルが言うのであれば間違いないだろう……頼まれてくれるか、ラシュ=ディアスタシア」


「謹んでお受けいたします…………でいいのか?」


「はは、そう固くなるな。お前達にこちらを敬う気がないのは重々理解しているし、もはやそれを咎める気もせんよ」


 そう目尻を下げた長はもはやただの近所の老人のようで、ソルはまた懐かしさを覚えた。きっと、ソルと父が仲が良かった頃の長はこのような顔で自身に接していたのだろう。ソニアが懐くわけだ。


「さて、迷イ人の話が出たところで本題に戻ろうか。今一度聞きたいが、お前達が天神様を討ち取った理由は『神に引き渡すことなく、彼等の意志を尊重するため』……でいいのだな?」


「そうだ。実証は……残念ながらできてないが、迷イ人達を元の世界に帰すための魔法は作ってある」


「そこの技術については後で儂達も確認するとして、お前達はこれからの護リ人に何を求める? ……勘違いするでないぞ。委ねる訳ではない、勝者の意見が聞きたいのだ」


 力の抜けた長は、話題を変えたとたんキッと真剣な顔付きに変わった。無理もない。これこそが、この場で最も話すべき最重要事項なのだから。

 迷イ人の話に聞いた面接官とやらのような面持ちで射抜く老人の視線。ソルは無意識に唾を飲み込んだ。


(ようやく……ようやくだ。この時のためにおれたちは戦ってきた……)


 ソルは隣に座るセシラ達に視線を向けた。彼女達も同様に緊張を感じているのだろうが、ソルに気が付き力強く頷いた。


「おれ達は……この村を護るためには現状維持だけでは足りないと思ってる。迷イ人達をどうするのかってこともだけど、時代に合わせて変わっていかなきゃならないって……」


 ソルは話しながらチラリとゼイルを見た。彼が最も重要視していた、それ故にソルと折り合いがつかなくなった「村の守護」。なにも自分とてそれを考えていない訳では無いのだと言うように。

 視線に気がついたゼイルは一瞬何か思い詰めるように俯いたが、それもすぐに元に戻っていた。


「さっき親父が言った通り、おれも異世界人にはもっと強いやつが沢山いると思ってる。多分朝はその氷山の一角に過ぎないんだ。この世界を護るって言ってそんな彼等と敵対するのか、それとも、柔軟に尊重し合えるのか。それはきっとおれたちにかかってる」


 此度の朝は話の通じる、味方になり得る手合いであったが、それが全とは限らない。長たちが警戒するように、災たり得る物もいつかは来るのかもしれない。

 先手必勝が戦場の常。しかし何の会話もなく、ただの迷子に対して訳も聞かずにその命を奪うのであれば、それは獣と変わらない。否、獣であってもそこまではしないだろう。せめて初めは威嚇で終わる。

 

「家を追い出された子供にそんな他人を(おもんぱか)る余裕、無いだろ?」


 少なくとも今までソル達が出会ってきたものは最初にいざこざが起こることもあれど、皆最後には穏やかに会話が成り立っていた。彼等のもつ知識を、歴史を、文化を誇らしそうに教えてくれたあの笑顔に、嘘も偽りもないだろう。

 

 そんな願いを託されて、叶えることができなかった。

 ソルはその後悔を胸に、せめてここから未来には希望を残したいと強く手を握り締め、静かに言った。

 

「だから、迷イ人達のことを知って、受け入れて、望むのであれば帰してやる。それがこれから護リ人がするべきことじゃないのかって……そう思う」

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