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23 最適解

(とは言ったものの……天災落とすにはちょっと天気が良すぎるな…………)


 キラリと刃は陽光を反射する。突き抜けるような晴天を今日という日ほど憎んだことはない。

 朝は未だ頭に疑問符を浮かべているソルにそっと尋ねた。


「あの……魔法で雨雲作れたりとか……しない?」


「……村の誰かならできっかもだけど……おれには無理よ? 獣化(これ)しかできないです」


「だよねぇ…………」


 神が天災を所望ならば、いっそ天災――本物の(いかづち)その慢心に叩き込んでやろうと宣言したが、実の所、これは朝一人でできる所業ではない。

 

 雷術――自身の()(かみなり)に変換して戦う術の最高峰。その奥義とも呼べるものは、幾つもの条件が噛み合ってこそ。自然を味方につけることが最も重要で、最も難しいのだ。


「現状村で頼れるやつなんて居ないしな……まぁ、ここは晴れてるけど海の方雲あるし、かなり湿度高いから上手いこと気流を操れれば〜…………なんて、現状それも難しいんだけど」


 朝の無茶ぶりにも真剣に頭を(ひね)るソル。湿度やら気流やら何か難しいことを言っているが、朝の頭ではほとんど理解できていない。

 うんうんと唸るソルを横目に朝は一人、既に全身の気を薙刀に集めることに集中し始めていた。


(ものすごい負荷がかかる上に仕留めきれない可能性があるのが懸念(けねん)点だけど……ここまで来たならもう自力で何とかするしかないか……!)


 

 ☆。.:*



 ずっと見ているだけだった。吠えることしかできない自分が憎らしい。

 ずっと早く大人になりたいと思っていた。留守番だなんて言わないで。


 戦場から離れた安全な土に降ろされた。大好きな人達が離れていくのを見ていることしか出来なかった。

 足裏を焼く大地はとても怖い。ちりちりと焦げる匂いが自分を囲うのもすごく怖い。けれど、何よりも怖いのは――自分が何の力にもなれず、ただただ大切なものを失うこと。


(いつもそう……この世界に来る前も、みんなみんな居なくなった……)


 雪に埋もれる母親や兄弟たち。突き飛ばされた自分だけが生き延びた。仲間たちの夜闇のように真っ黒く暖かな毛が、だんだん白く固まっていくのを、どうすることも出来なかった。


 寝床の探し方も、狩りの仕方も、雲の呼び方も。教わったことは何も習得できないまま。彷徨(さまよ)ううちに気が付けば見知らぬ世界へ落ちてしまった。


(でも、また暖かい家族が出来た)


 迎え入れてくれた知らない匂いの獣達。抱き上げてくれた強く兄のような人間。そして、つい昨日会ったばかりだけど、優しく撫でてくれた安心する匂いの女の子。


 そんな人達が命の危機に瀕しているのにお前はまた何も出来ないのかと、記憶の中の自分が強く責め立てる。


(失いたくない! 守られるだけはいや! できることを……できるはずのことを、成し遂げなくちゃいけないの!)


 小さな毛玉は震える足を必死に奮い立たたせる。

 全身の毛に神経を通わせるように力を込めて、ずっと昔に教えてもらった自分のルーツを思い出す。

 彼女は喉を焼くように熱い空気を肺いっぱいに吸い込み、涙を零す目をぎゅっと瞑った。

 

 戦う牙は小さくても、聡明な頭脳を持たなくても――


(それでも、せめて力になりたい――!)


 幼くも立派な遠吠えは、清々しい空へ向かって強く、高く、彼女の願いを打ち上げた。



 ☆。.:*



 突如、背後から高らかに響いた咆哮。懇願(こんがん)するような祈るような、あるいは何かに(いきどお)るような強かさを含んでいた。


「いまの…………ルフ?」


 空に鼻を向け、透き通るような声を上げたのはとても小さな狼の子供。その毛先は昨日見た時よりも大きく、煙を上げるようにユラユラと揺らめいている。


 彼女の悲痛な泣き声が一つ世界に轟いた。同時に彼女の涙を表すように、朝の鼻先にポツリと何かが降り注ぐ。

 空を見あげれば薄らとだが、天を彩る蒼穹(そうきゅう)を灰色の幕が覆い始めている。じわじわと紙に薄墨が染み込むように、ゆっくりと。


「あ〜! そうだ!!」


 パッと顔を明るくしたソルの言葉に朝の肩が跳ねた。


「その反応は……何か思い出した?」

 

「下手くそすぎてすっかり忘れてたが、喧嘩になるとあいつよく自慢してたんだ。『本気になったら雨雲だって呼べるんだぞ!』って」


 一段高くなった声がソルの高揚をありありと示している。

 彼は翼を広げ、未だアウアウと泣くルフの元へ飛び去り、その小さな命を頭に乗せた。


「振り落とされるなよ! どうせ呼ぶなら、もっと高いところに連れてってやるから!!」


「ガウッ」


「朝!雨雲はこっちでなんとかする――天神、任せるぜ」


 空高く羽ばたくソルの声が降りかかる。下手くそと罵りながらも、彼の目には確かな信頼が燃えていた。

 自信満々に叫ぶ彼に朝は無言で強く頷いた。


(まさか、こんな近くに頼れる子がいたなんて……セシラが私に会った時、彼女はこんな気分だったんだろうな)


 つい一昨日のことなのに、ひどく昔のことのよう。最初に会った彼女の人形のような淑やかさから繰り出されたある言葉。

 朝は胸に刻むように、弱った自身に言い聞かせるように声を上げた。


「きっとこれが正しく最後のピース。私にとっての――最適解(ジャクポット)!!」


 薄暗く、どんよりとした天気が、今はこんなにもありがたい。

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