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20 光柱と雷刃

 霧の向こうは宴も(たけなわ)。揺れ動く(もや)の影からは詳しいことが分からないが、彼等の戦争もまだまだ続いているのだろう。


(恐らく一番強いソルの親御さんと戦ってるのは……ラシュ。まぁ、あの人なら大丈夫かな……)


 先程己の背を叩いて霧に飛び込んで行った戦友を思いながら、敵に向かって走り出す。

 朝はこちらに手を伸ばす天神に向かって、線をなぞるように薙刀の刃を滑らせた。

 

 真っ直ぐ、一直線に神の腕を切り落とす。雷が落ちるように力強く、それでいて(しな)やかに。

 寒天でも切るようにするりと肉を断つ刃。それが人間で言う骨に当たる瞬間、金属にぶつかるような甲高い音と共に、強烈な振動が朝の腕に伝播(でんぱ)した。


「うっ――――あ゙ぁ゙っ゙」


 思わず手を離す朝。腕全体が骨の髄から麻痺したような感覚。震える音叉を直接触った時の感覚が、何倍にも膨れ上がったような。


「――朝っ!!」

 

 ソルの声に呼び戻され、即座に神の手の届く範囲から抜け出した。――が、腕は未だに言うことを聞かない。

 神の腕に刺さったままの薙刀が、砂のように崩れ落ちた。血の一滴も流れない歪な傷跡だけが、神の体に残される。


「ちっ…………」


 舌打ちと共に朝の眉間に皺を寄る。

 今間合いに入れたのは、恐らく神の慢心故。こうなることがわかっていたから()()()避ける素振りも見せなかったのだろう。


(即決できるのが一番勝率高かったんだけど…………)


 肉を切らせて骨を断つが行動基本とはいえ、今回はあまりに先を急ぎすぎた。戦場で怖気付いてはならないとはいえ、決して無鉄砲であってもならないのだ。

 朝は切り替えるように痺れる手と頭を振り、再び薙刀の顕現を試みる。


 しかし、それよりも神の方が早かった。


『人の身ふぜいが天を断つなど烏滸(おこ)がましい』


 その言葉と共に神の手が振り下ろされ、鉄槌のごとき光の槍が降り注ぐ。まるで地面を縫い止めるような、地に打ち付ける杭のような連撃。

 

 光の跡は焼け焦げたように黒く(くすぶ)り、二度と生命が生まれないような死相が見えるほど。掠っただけでも蒸発するような熱量だ。

 一閃、すぐ隣に降り注いだその熱は、触れていなくても火傷をしたかと錯覚する。


(逃げる方向は気をつけないと……家屋に当てるわけには行かない!)


 冷や汗も干上がるほどの高温。自身の命はもちろんだが、護リ人達の家々を破壊するのも避けたいところ。彼等の中には儀式に参加してない者もいる。朝が憎むべきは敵の上層であって、敵の家族ではないのだから。


(かと言ってこのまま耐久戦をするにはこちらの条件が悪すぎる……セシラの体力にも限界はあるんだから…………このまま逃げ腰になってていいのか?)


 必死に打開策を叩き出そうと回り続ける思考の渦。しかし現状、全く持って希望がない。技を当てればこちらが傷つき、間合いを取ればまるで天罰。

 一歩も動かずに悠々とこちらに手を向ける神に、思わず足がすくみそうになる。これは人間が相手取っていいものではないのではないか――と。

 

 ふと、一歩間違えれば文字通り跡形もなく消滅するこの時に、突然ある記憶が蘇った。


 家々の合間を駆け回り、崩れた廃墟に立ち尽くし、腕の中で消えた無関係な幼子の命が。走馬灯のように鮮明に。


「……敵味方関係なく、被害は最小、最低限。罪なき者に罰はなし、討ち取るべきは(かしら)のみ……」


「……朝ちゃん?」


 自然と零れた在りし日の教え。そばにいたソルが首を傾げるが、それに答える余裕はない。

 こもった空気が窓から抜けていくような、徐々に視界が晴れていくような感覚。


 なに、初めからずっと同じことなのだ。

 やるべき事は変わらない。


「即断即決、先手必勝」


 言い聞かせるように言葉を音にする朝。その目には最初の一撃を食らわせた時よりも、さらに研ぎ澄まされた殺意。


「朝ちゃん…………いいぜ合わせる!アンタが主役(メイン)だ」


 ソルが何かを察したらしい。霧から離れた今、魔法が使える彼は再び鳥の形をその身に宿し、光の柱の間を縫って空を行く。


「――雷術・薙刀」


 朝の手にも先程崩れたはずの武器が形を作る。これは雷、朝の()そのもの。数、形などあって無いようなものなのだ。


 天空をソルが、地表を朝が駆け抜ける。

 多少服が焼け焦げることは気にしない。セシラの好意に報いるためには、服よりも何も手の前の標的を討ち取ること。

 薙刀を振り下ろすように構えた朝が神へと挑む。朝の目に映るのは先程与えた傷、その一点。


『無駄だと言うのが分からないのか――判定:愚行』


 僅かに合間に神の(ふところ)に舞い戻る。朝の靴が速度を抑えて土を抉り、何に触れることなく振り下ろされた薙刀が、ただただ風を生み出した。


『愚者、愚民、神の前では頭を垂れよ』

 

 再度伸ばされる神の手が、朝の眼前に迫り来る。


「頭を垂れんのはそっちだパチモン」


 鋭い爪が目と鼻の先でピタリと止まる。そして、不遜極まりない嘲るような声が降りかかった。


「掴みやすくて結構結構! 中身まで触らなければ変な反動もないみたいだな?」


 無い頭の上に浮遊する、悪魔のような大きな角をソルの鳥足がガッチリと捕らえている。その姿があまりにも自然なものだから、まるで止まり木のようにも見えた。


『グ…………ァ…………ガガ……』


 電波の悪いラジオのように雑音が混ざる神の声。必死にソルを振り払おうと自身の頭に手を伸ばす。


(なんだ……急に反応が悪くなった……頭の角が弱点……かもしれない!)


 ソルの足に神の手が触れる瞬間、またもその手は動きを止めた。


 芯が見える腕の傷から閃光が走り、輪を描くように火花を散らす。バチバチと奏でる破裂音は、腕から肩へ、そして胴へと広がっていく。


「ソル!」


「あいよ、離れますとも」


 朝が声をかけ、ソルが足を離したと同時に、悶える神に亀裂が入る。粉々に砕かれたような切れ目から、漏電するように(いかづち)が飛び出した。神の体を作る肉のようなものが爆ぜ、光となって溶けていく。


『何を……何を?! ――判定:不明、判定:不可』


「簡単なこと。その金属みたいな骨格に、直接雷術を叩き込んだ。外傷がダメなら、いっそ中から壊れてもらおうと思っただけです」


 振動が来る前、刃が当たった瞬間の甲高い音は金属音にも似ていた。

 神が振動で朝の動きを止めたように、朝も神の骨格であろう金属を利用したのだ。鼠花火のように悶え苦しむ神。ドロドロと骨格を残して溶け落ちていく姿は神聖とは程遠い醜悪さ。


 一か八かの賭けだったが、うまく効いたようだ。朝は半分忘れていた呼吸を漸く再開し、ほっと胸を撫で下ろす。

 技の反動で痺れる四肢、ここで効果がなければとんでもなく隙だらけだった。

 

 ふと見上げた先に飛んでいるソルも、緊張は解いていないが穏やかな顔をしている。


『よくも……ありえぬ……あってはならぬ…………』


 雑音に混ざる神の言語もどこか覇気がない。

 

 しかし、呪詛のように紡がれるそれは、段々と波紋を広げ、執念と怨嗟の渦がまく。

 チリチリと刺すような気配に、朝は痺れる手足を奮い立たせ薙刀を握る手に力を込める。


『判定:拒否。決してあってはならぬのだ…………神が人に落とされるなど――――ッ!』


 頭が痛くなるほどの金切り声が襲い、一瞬の後、朝の肩を強烈な熱さが貫いた。それが攻撃であることに、痛みが来るまで思考が追いつかなかった。

 

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