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18 霧の中の神話

「あぁ……天神様がお怒りになられておる…………」


「まだ言うかじじぃ。あんな継ぎ接ぎ(キメラ)のどこが神だよ……」


 黄昏(たそが)れるように空を見上げる老人を見下ろすセシラ。

 広場の方で雷鳴のような轟音が度々地面を揺らす。見なくてもわかる、天神の攻撃だろう。視界の端がビカビカと点滅していて目に悪い。


(まぁ、攻撃が続いてるってことは朝とソルは生きてるってことだな)


 彼女は状況から手早く推測し、勝手に自己完結した。

 今自分がすべきことは、何よりも霧を維持し続けること。霧が無くなった途端、村人達を襲う動物は形勢逆転、その戦力は朝とソルへ牙を剥くだろう。


 故に、セシラは自身も参戦したいのをぐっと抑え、見張りを兼ねて目の前に座り込む老人に話しかける。


「はぁ……暇だから聞くけどさぁ、そもそもお前らの言う迷イ人(イコール)災説ってのはどこから来たわけ?」

 

「貴様普段からあれだけ大口を叩いておきながら神話を知らぬわけではあるまい」

 

「はぁ〜? 知っておりますが? 『歴史の証人(ヒストリア)』出身なめんなよ。てか、お前らがうちの親に出向させたんだろ?」

 

「あぁそうだ。数年一度の交流としてな。だが護リ人ともあろう者がその場で死んだ上に、こんな野蛮な置き土産をよこすとは――――ッ!?」


 静かな口論が続くと思われたが、それは長の一言によって終わりをもたらす。

 老人の言葉を遮るように鈍い打撃音が重なり、彼がもたれかかっていた家の壁がパラリと破片を落とした。


「いい加減黙れっての……爺さんよぉ、死人をそう悪くいうもんじゃないぜ? それもその娘の前で。配慮とか言うもん知らねぇの?」


 セシラの拳が壁に食い込む。ふつふつと湧き上がる怒りが、自然と魔力を手に流していたらしい。

 誰だって、自身の親を悪く言われれば腹が立つものだろう。それが自分を守るために死んだとあれば、尚更(なおさら)


 余計なところで魔力を使ってしまったと、冷静な頭が言い聞かせるが、感情はそんな話を聞いていない。ふてぶてしく鼻で笑う長の顔を今すぐにでも歪ませてやろうかと衝動が襲う。


「チッ…………」


 盛大な舌打ちの後、強く奥歯を噛み締めることで何とか拳を収めたセシラ。

 ソルやラシュと練り上げた作戦の前提条件を、こんな些細な事でひっくり返す訳にはいかない――と、理性が正しく働いた。


「ふんっ、そういう所が野蛮だと言っているんだ」

 

「はっ、冷血漢には分かりませんか! この歳だ、知らないついでに聞いてみよう。テメェら護リ人が語り継ぐ歴史ってやつを」


「何を当たり前の事を。エインスカイ神話は、『黒炎』と呼ばれた異界の災を八つの神が倒す話だろう。天神様はその後に生まれた後継者だ」


 「幼子でも知っている」と、何の疑いの色もなく言ってのける長。その顔に一切の悪意は無く、ただ本当に、心から真実だと思い込んでいることがよくわかった。


「ま、想像通りか」


「――故に! 迷イ人など世界を滅ぼす要因でしかない!! ましてや、戦えない彼らに我らが力を貸す理由などあるわけなかろう!!」


 セシラの呆れ顔に微塵も気がつくことなく、長は演説のように声を張り上げる。

 「これが正しいことなのだ」、「なぜ疑いを持つ必要がある」、「何を当たり前のことを聞いている」。彼の言葉の裏にはそんな真意が隠されているように思えた。


「目の前で朝を見ただろうに、まだ言うのかよ」


 穢れを知らない少年のようにも見える老けた瞳が、蘭々と輝いている。あまりに素直で純粋な目に、セシラの中で怒りは悟りに変わっていった。

 

「だったら聞くが、その神とやらはどこから生まれた? 『黒炎』とやらはなぜ強かった? 迷イ人は戦えないんじゃないのか?」


「そ……れは…………」


 続け様に放たれた質疑の(やじり)が長に突き刺さる。言い淀む彼はその勢いを目に見えるほど、みるみるうちに無くしていく。


 そんな彼に向かって、セシラは静かに口を開いた。善悪の区別がつかない子供に諭す教師のように、穏やかに、寝物語を語るように。


「わたし直々に教えてやるよ歳だけ重ねた餓鬼(シルバーキッズ)め。この世界(エインスカイ)が語り継ぐ本当の歴史ってやつを。異世界人とは何者なのかってのを――」


 

 ☆。.:*


 

 不気味なまでに濃い霧の中。

 全神経を研ぎ澄ませ、地を踏む振動を、服のズレる音を霧が揺れる流れを、一切逃さぬ集中力。


 それらを掴んだと同時に、脊髄反射のように体を逸らし守りの体制に入る。

 鋭い金属のぶつかる音が空気を引き裂き、剣先が先程までいた場所に突然現れる。ガリガリと削れた互いの刃先から火花が散った。


(チッ……さすがに重い!)


 軸足の重心をさらに落とし、全身で踏ん張りを効かせる。捻る足がさらに地面を抉り、敵の強さを物語っていた。


「くっそ――――がぁっ!!」


 口が悪いのもお構い無しに、ラシュの大剣が相手の剣を打ち弾く。筋肉に残る緊張はきっと(しばら)く続くだろう。

 固まった筋肉を解すように、軽く手を振る。すると突然、自身の名を呼ぶ声が聞こえた。


「なぁラシュくん」


 ぼんやりとした霧の向こうで、大きな影がゆらりと(うごめ)いた。彼は僅かに震えた声で、迷うように、しかしながら怒鳴るように言葉をかける。


「君の話が本当だと、悪いが俺は信じられない。なぜならば、それが真実だとすれば……迷イ人とは世界にとっての救済ではないか」


「だから――そうだって言ってるでしょう!!」


 一際大きく揺れた影に向かって、ラシュは鋭く踏み込んだ。

 全身を軸にした遠心力。空気を切り、霧さえも吹き飛ばすほどの旋風が巻き起こる。

 

 一瞬だけ晴れた白の(あいだ)から、苦痛と混乱に歪むドラッドの顔が見えた。

 

 戦闘の合間、セシラから聞いた()()()()()を語ったのがほんの数秒前。

 ただでさえ重く精密なゼイルの剣閃が、さらに磨かれていくようだった。まるで、自身の迷いを断ち切るように、切実に。


「今更……今更信じられるものか…………最初の迷イ人――『黒炎』が、災いを倒すための救援だったなど――!」


 再び金属同士の殴り合う音が脳を揺らす。一際大きなかち合いの後、勢いのまま二度三度と手数を重ねる。


「それが本当だと言うのであれば……護リ人が護るべきものとは一体…………」


 激しい打ち合いが奏でられ、大剣と共に舞う霧たちが彼らを飾る。

 

 傍から見ればラシュが押しているように見えようが、優位は現在ゼイルにあった。正確には、実力を発揮しているかどうかの余裕についてだが。


 ラシュの目に映るゼイルの顔は酷く浮かない。思い詰めた彼の脳は、今や神話でいっぱいなのだろう。

 先程までの大振りで殺意の表れのような攻撃は、心ここに在らず。決して楽できるほど軽くは無いものの、信念としての重みが欠片も籠っていない。


「否、変わらない……変わってなるものか…………きっかけが救援だったとはいえ、結局は黒炎が次の災になったのだろう。だから黒炎を倒すために神が生まれた――」


 唐突に決意したように目を見開くドラッド。押して押されての攻防中に、彼の剣が身を引いたように軽くなった。

 拮抗(きっこう)していた力のぶつかり合い。互いを押し合う片方が消えたなら、もう片方はどうなるか。


 簡単なこと。支えを失い、バランスを崩す。


(やべっ……)


 ぐらりと揺れる重心。落ちるようにラシュの体が傾いた。心臓がキュッと縮むような浮遊感。吸った息を吐き出す暇もない。

 反射的に体制を整えようと下げていた足を強く踏み込もうとするが、それも上手くいかなかった。


「――――ならば迷イ人が驚異と言うことに変わりは無い……!」


「うっ――――かはっ」


 腹部を襲う強烈な衝撃。内蔵が潰れたかと錯覚するほどの蹴りがモロに入った。


 数秒、呼吸が完全に止まった。どうやって息を吸うのか忘れるほどに重い一撃。握った剣が手から滑り落ち、虚しく地面に倒れて行った。


 腹を抑えながら、数歩よろめくラシュ。

 心臓が全身を揺らすように大きく鼓動を続ける。肩で息をしながらも、膝を着くのだけは何とか堪えて前を向く。

 

「ゲホッ…………確かに……貴方の言うことは……間違っては無いと思う…………」


「……何?」


 痛みに歪み、生理的な涙が浮かびながらも、ラシュの目は真っ直ぐゼイルに向いていた。


「朝みたいなやつがこちらに悪意を向けてきたら……確かにそれは脅威だろう…………そいつらから世界を護るのも護リ人の仕事ってのは……オレも分かります」


 必死に酸素を吸い、痛みを緩和させようと足掻くラシュ。呼吸の間に言葉を挟み、途切れ途切れにも語りかける。

 

「けどそうじゃないなら、彼らは同じ人間で、会話ができる。帰す方法は既にあるんです……」


  その言葉は段々と強く、堅く、真っ直ぐ意志を取り戻していく。

 ひっくり返りそうになる胃に目を背け、一度休めと騒ぎ立てる鼓動を無視しながら、落ちた剣を拾い上げた。


 段々と薄くなる霧の向こう。息も上げずに立ちはだかる男に向かって、再び切っ先を向けた。

  

「――ただ家に帰りたいと願う人間を切ることが、本当に! 護リ人の仕事ですか!!」


 咆哮が白を揺らし、遠くの地響きが地面を伝う。

 改めて持った大剣は酷く重く、これが自分の覚悟なのだと錯覚するようだった。

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