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17 天神

 するりと解いた目隠しの向こうは、随分と賑やかな戦場になっていた。

 こちらに手を伸ばしていたドラッドの姿も瞬きの間に霧に飲み込まれ、燃え盛る剣は砂でもかけられたように鎮火している。


「…………グァ……ギィガガ……」


 視界の端で、切り裂いた光の幕が粘土のようにぐにゃりと形を変え、雑音が鼓膜を震わせる。

 まるで孵化する(さなぎ)のような動き。神が姿を表す前兆か。


(本当なら、強敵は本領を発揮する前に無力化しておきたいところだけど…………)


 手に残る初撃の感触を思い出す。そこに何かを切ったという実感はまるでなかった。柳の葉を揺らすような軽さ。

 朝の見立てでは、今の光の塊を切ったとて時間稼ぎにしかならないだろう。


 しかしこの作戦、不意打ち、特攻、即制圧が最重要。セシラの霧が効いている間――護リ人達の魔法が使えない間が勝負なのだ。なんなら、全てはセシラの体力にかかっていると言ってもいい。


 そして、ソルの立てた計画の中で唯一それを突破するだろう人間が一人。


(――――来る!)


 僅かな踏み込みの音。朝がそれを察したのと同時に、白い霧が殺気立った巨躯(きょく)を吐き出した。


 同時に、一歩、軽やかに下がる朝と入れ替わるように、霧に向かって風が通る。


「――チッ……これも防ぐか…………あ?」


「どうも。ご無沙汰してます、ソルの親父さん」


 大地をも砕く重い一撃を、朝のようにいなす訳でもなく真正面から受け止めた一振の大剣。

 目に見えて不機嫌な態度をとるゼイルに相対したのは、雪のような純白の髪に菖蒲色の瞳。


「――ラシュくん……ディアスタシアの家の(せがれ)か」


 ギリギリと鍔迫り合う彼ら。どちらも一歩も引かない攻防。

 先に下がったのはラシュの姿を見て僅かに目を見開いたゼイルの方だった。


 セシラの霧を逆手にとって姿を隠す算段だろうが、詰めが甘い。あれは彼等、この世界に魔法に慣れ親しんだものに対する特攻剤。


(多方、彼の思考としてはラシュも同じく魔法が使えなくなるから問題ない――ってところかな)


 変形を続ける光の塊に視線を送りつつ、戦況把握に務める朝。


「じゃあ、朝。そっちは頼む」


 その肩をぽんとラシュが叩き、彼は躊躇いなく霧に突っ込んで行った。


「うん、任された。そっちもよろしくね」


 自ら不利な地に飛び込む彼を朝は素直に送り出す。その目に心配などというものは欠けらも無い。

 

 何せ、ラシュ=ディアスタシアという男は――死ぬほど魔法が下手なのだから。


 

 ☆


 

「――っとぉ。ラシュは? もう親父とぶつかった?」


 ラシュの姿が霧に消えたのと入れ替わるように、空から身体を半分鳥に変化させたくソルが降りてきた。砂を巻き上げて地に足をつけた彼の手足は、徐々に解けるように人のそれへと戻っていく。


「うん、入れ替わり。そっちの守備は?」


「オールオッケー。今頃向こうは動物達の狩場だよ」


「……侮っているわけでは決してないんだけれど…………」

 

「ただの野生動物が場慣れした戦士に勝てるのかって?」


 神の光が動きを止める。直に出てくるであろう大将首を前に、朝とソルの会話は平然と続いていく。彼女らに取って、最も自然体で本領発揮ができるための気晴らしでもあった。


「ルフのことは知ってるだろ? あいつらのほとんどはセシラの霧に引っかからない能力持ちだ、あんたと同じ」


「あぁ……そっか。なら安心だね――――思う存分、目の前に集中できるってことだから」


 ソルの軽い答えに小さく頷いた朝は、自身の薙刀を改めて構える。ソルは地上に降りたことで霧の影響を受けるのだろう、素手で戦う準備をしていた。


「さぁ! こっからが正念場だぜ。神殺しの再演ってやつのな!!」

 

 そう不敵に笑うソルの顔は、強烈な黄金色の光に照らされている。

 

 朝の視線が光の元を辿る。

 目も眩む程の神々しさ。目の前の塊には亀裂が入り、朝日のように地を照らす。裂けた殻の間から、鬼と人ともつかない異物の手が現れた。


『――笑わせる』


 鼓膜から脳髄を突き抜けるほど鋭い雑音が走った。初めに聞いたものよりも明らかな殺意を含んだ音。カナキリ音にも似たそれが、脳の中で言葉を描く。


『たかが一撃与えたくらいで神を殺すだと? 思い上がるなよ人間』


 ひび割れた蛹から現れたのは真っ白い人型のなにか。手足の爪は鬼のように長く、服と肉体の境目が分からないが、ひらひらと蝶のような衣服を(まとう)うようにも見える。

 

 しかし最も異質なのはその顔。正確には首の上。

 顔にあたる部位はなく、首無死体のように体だけ。鬼のような悪魔のような大きな角が首の上の空間に浮いている。


(神と言うよりも……もはや妖怪に近い造形だな……神なんて見たことないけれど)


 生物として成り立っているか怪しい上に、人が思い描く神とは遠くかけ離れた姿。明らかに不自然なそれに、朝は思わず唾を飲み込んだ。


「ヒュ〜〜流石はパチモン。神話に出てくる神達の寄せ集めみたいだ」


『ふっ…………高々十数年そこらのガキが神話を知ったように語る――判定:不敬』


 拳を握る朝に対して、飄々と煽るソル。彼目掛けて、神の無い顔が不快に歪んだ気がした。中途半端に知能をつけた機械のような言葉を残し、神がその手をゆるりと持ち上げる。


 斬撃か、或いは流れ星でも落としてくれるのだろうか。背筋を濡れた布で撫でられるような不快感が這う。

 敵の動きを考える時、既に朝の靴は地を離れていた。

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