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16 否定の魔女と森の頭

 村全体が静寂に包まれた。

 光と共に、音も、思考も切り離されたかのような無音。

 誰も、何が起きたと理解がすぐには出来なかった。


「――――迷イ人貴様ッ!!」


 流石と言うべきか。最初に動いたのはゼイル(ソルの父親)だった。

 豆の重なった分厚い皮の手が腰に下げていた剣を引き抜き、刀身は火炎を(まと)う。轟々(ごうごう)と大気を消費しながら襲いかかる。


 目隠しをしたままの少女に、それを防ぐことなどできまい。まして、彼女は戦うすべを持たない迷イ人。

 護リ人の中でも特別強いゼイルの技を、受けるどころか避けることだって不可能だろうと誰もが思った。


「不意打ち……向いてませんね」


 そう呟いた少女は手にしていた薙刀をくるりと回した。その刃は受け止めることもせず、その足は下がることもせず。ただ優しく、撫でるように炎の軌道を横にずらす。


 業火が地面に叩きつけられ、剣は地面を焦がすだけ。ひび割れた大地がその凶悪さを物語っているが、少女の体を傷つけることはなかった。


 初手は少女の勝利。しかしこれで終わる男ではない。すぐさま剣から離された手は、村の脅威を鎮圧しようと少女に伸びる。


「何をぼさっとしている、皆も続け! あの迷イ人を捕えるのだッ――!」


 同時に、長の怒号が響き、呆然としていた村の人間が弾かれたように動き出す。それぞれが各々の魔法を構え、土を蹴った。

 その中心では骨と皮だけの細い腕が杖をむけ、その先端から光が輝き、魔力の銃口が向けられる。

 

 ひらりと服を翻し、自身に集中する敵意から逃れる少女。

 全ての凶器が一点に集まるその瞬間。

 

「――『わたしの前で、魔法は一切使わせねぇ!』」


 凛としたよく通る声と共に、村全体が真っ白く塗り替えられた。

 ブワッと視界を遮る霧が現れ、長の、村の若者の、歴戦の戦士たちの魔法が――消えた。


 

 ☆。.:*



「魔法が打ち消された……否定の魔女か、あのクソガキめ!」


 精錬された技術の極み。生きて到達は不可能とされる域にまで研ぎ澄まされた長の魔法も、たったの一手で使用不能。

 迷イ人()用に取り繕っていた優しげなおじいさんという顔もさっさと脱ぎ捨て、血走った目をこれでもかと開いている。


「おいおい爺さん、口が悪ぜ?無能になっちまったからってそんなに怒るなよ!」


「セシラ=ハイカロンド…………大人しく迷イ人を連れてきたと思えば、余計な真似を……!」


 音もなく長の背後に立つセシラ。周りの護衛は霧と動揺の喧騒に惑わされて気がついていない。

 彼女の視線の先にいるのは今やただの老骨。どれだけ魔法を極めた達人だろうと、セシラのの前ではただの人間。立っているのもやっとな長では一切戦力になるまい。


「この…………神秘の侮辱をするのも大概にしろ! 今すぐにこの霧をどかせ!!」


「あぁーうるせぇうるせぇ、ほんとに口だけは元気だな……」


 ぶんぶんと杖を振り回す長。

 その姿は、普段から権力と魔法の上に胡座をかき、威張り散らす人間とは思えない滑稽さ。セシラは自分でも顔が愉悦に染まっていくのがわかる。


「わたしはずっと言ってたよな? 迷イ人の皆が皆、弱いわけではねぇってよ」


 闇雲に振るわれる杖をパシッと掴み、セシラは社交ダンスでもするように長の動きを誘導する。よたよたと(もつれ)れながらたどり着いた先は、どこかの家の壁。傲慢な老人に、最早逃げ場はありはしない。

 

 蛇がカエルを睨むように、猫がネズミを捉えるように。セシラの碧眼に長の顔が映る。プライドを傷つけられた憤悶(ふんもん)と、底知れない未知に対する不安が滲んだ老人の顔が。


「まぁ見てろよ、パーティはまだ始まったばかりなんだ、神殺しっていう祭典の一幕がよぉ!!」

 

 魔女の言葉は演説のように声高に、舞台の上の演者のように軽快に霧の中に紛れていった。


 

 ☆。.:*


 

 セシラが長と対峙している頃、何も彼の護衛達は怠けていたわけではない。霧の中、魔法が使えない不完全な中で、しっかりと己が責務を果たそうと奮闘していた。


(ま! 前が見えてねー今の奴らじゃあ何の役にも立たないどころか同士討ちなんだけど!)


 混沌とした霧中を真上から見下ろすのは大鷲のような姿をしたソル。手足を完全に鳥のそれに変化し、上空からの高みの見物。

 空は霧の手が及ばない安息地。唯一魔法が使えると言える場所だった。


(それにしても……)


「長! 長はご無事ですか――!」


「おいやめろ! オレは仲間だ――ぐあっ」


 足元は見事な喧騒に包まれている。

 魔法が使えないという不安は、強いて言うのなら両手を縛られているに等しい。そんな状態で自陣が襲撃を受ければならば混乱するのも仕方なし。


 視界不良というデバフを抱えながら剣や槍を振り回す彼らは、そのうち互いに傷つけ合い、疑心暗鬼になっていく。

 少人数で歴戦の戦士たちを相手取るソルたちの作戦は、この「自滅」が大きな狙いだった。


「ふっ…………あっははははは! いや〜仲間割れってのは本当いつ見てもサイッコーだな! 愉快滑稽極まりないっ!!」


 突然腹を抱えて笑い出すソル。

 以前よりラシュやセシラが口を揃えて言っていた言葉――「ソルは信用できるけど嗜好がクソ。クソ野郎」――その真意は全てこの態度に現れていた。


 普段から仲間だなんだと背を預け合っている戦士たち。その矛先がほんの僅かな要因で互いを傷つけ、不和が生まれる。修復できない信用、信頼の瓦解。

 

 全くもって褒められない、輝かしくもなんともない業。空を漂うソルはその光景を漫才でも見るかのように指さし笑い、涙が出るほど笑い転げている。


「は〜〜〜おもろ。さて? そろそろ次の地獄を見せてやるか!」


 そう呟いた彼の口から、狼のような遠吠えが響いた。


 地上の者にはただの獣の声に過ぎないそれも、()()にとっては開戦の狼煙。反逆と復讐の合図に変わる。


「なに……なんだ? うわぁっ――!」


「犬? 鳥……!? いや……なんだよこいつら! クソッ!!」


 家屋の影から、木の中から、そして空から。縦横無尽に襲いかかる爪と牙。森に生きる本能の塊たち。


 それは、ソルと共に過ごしてきた獣の数々。群れから(はぐ)れ、異世界に飛ばされ、神に捧げられることを拒んだ最初の抵抗軍。

 護リ人達に役に立たない害獣と忌避された迷イ獣達だった。


 ソルの咆哮を指示と受け取り、各自霧の中を的確に大地を駆ける。嗅覚、聴覚、或いは別の、人間には真似出来ない武器を(たずさ)え、迷うことなく。

 

 規律も規則もそこにはなく、ただ感情のままに、本能が叫ぶ通りに。

 獣達の頭から最後の指示が、一つ大きく轟いた。


「さぁ森に住まうおれの家族ども! 狩りの時間だ!

 

 ――死なない程度に、食い殺せ!!」

 

 

 

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