12 既に終わったこと故に
他愛も無い話が続いた。
この世界の歴史、観光地、魔法について。夢幻のような聞いたこともない世界が小さな小屋に広がった。
話の最中、森に住まう動物達が次々に顔を出し、撫でろ愛でろと頭を差し出す。セシラ曰く、朝がずっとルフを抱えていたのが羨ましかったのだそう。なんとも人懐っこいことだ。
「なぁ、朝のことも聞いていい?」
「いいよ。特別面白いこともないけど……」
前の話題に区切りが着いて、セシラが朝に問いかけた。
「わたし迷イ人には必ず聞くんだ。『元の世界のことは好きか』って――朝はどう?」
彼女にしてみればなんて事ない世間話。異世界の話を聞くため第一歩なのだろう。
答えは単純な肯定か否定かの二択のはずだった。
「……………………好きだった。かな」
しかし、今日の答えは煮え切らない。
否定するにはあまりに尊く、肯定するには最後の記憶があまりに無惨。どちらに偏ることができない朝は、僅かな沈黙の後、壊れ物を置くように丁寧に言葉を紡いだ。
「だった……今はもう嫌いってこと?」
「嫌いではないよ。けど……今は多分、私の好きだった故郷は無くなってると思う。だって私がここにいるんだもん」
「…………?」
その曖昧な言葉にセシラが首を傾げ、朝は遠くを見るように顔を上げた。どれだけ進めど辿り着かない、今や遥か彼方の異世界となってしまった故郷に想いを馳せて。
「……戦争中だったの…………私は、そこの最前線にいた」
息を飲む音が聞こえた。音が遠く聞こえる。耳鳴りがするように、不快感が脳を走った。
人の叫び声、呻き声、喚き声。
鉄の匂い、煤の匂い、肉の匂い。
砲弾が飛んで、血潮が飛んで、首が飛んだ。
ほんの少し思い出しただけで、氷を丸呑みしたかのような冷たさが心を覆う。
大好きだったはずの穏やかな街並みは白昼夢のように朧気で、暗く、酷烈な戦火だけが記憶の中を蹂躙していた。
「自分で言うのも恥ずかしいけど、これでも一応最高戦力として数えられてたから……私がいなくなった時点で、多分戦線は瓦解してる」
朝の声が僅かに震えていた。きっと現実は記憶と同じなのだろう、と。砦のひとつを失い、圧政の後に燃え尽きたであろう故郷の事など、とても考えたくはなかった。
「そっ……か…………それは災難……って言っていいのかわかんねぇけど……」
「でもね、私にとってはある意味幸運だったかもしれないの」
しかし、いつまでも落ち込んでいたとて仕方がない。
しどろもどろに言葉を選ぶセシラに、朝は慰めるような微笑みを見せた。その眉間には少しだけシワが寄っている。
「故郷が無くなっちまったかもしれないのに?」
「だって、どちらにせよ私は死んでた。この世界に来た時、私本当に死ぬ直前だったんだもの。だからきっと、故郷の結末は変わらない」
無意識に朝の手には力が入っている。しかし言葉は諦めたように冷淡だった。
自分でも見ないフリをしていた現実に、思考と行動が一致しない。言い聞かせるように呟かれた言葉は、風に乗って消えていく。
「でもさ――――」
気が付けばセシラは起き上がり、朝のすぐ隣にいた。肩に置かれた彼女の手が、じんわりと温い。
「明日の計画が成功したら、直ぐにでも帰れるんだ。まだ……まだ間に合うかもしれねぇ。なんて言ったかな……迷イ人が教えてくれた言葉で『シュレディンガーの猫』っつーのがあるらしいんだ」
「しゅれでぃんがー」
「わたしも詳しいことはよくわかんねぇんだけど、『箱を明けるまで猫が生きてるか死んでいるかは分からない。二つの可能性が同時に存在している』……とかなんとか? 実際自分の目で見てみないと真実は定まらないってことだろ」
身振り手振りで難しい話をするセシラ。今度は朝が首を傾げる番だった。
「あー……つまりな? 諦めるにはまだ早いんじゃねぇの?」
セシラは自分の中で上手く話がまとまらなかったのか、照れくさそうに頭を掻いた。
朝はややこしい話を得意としない。故に、しっかりと理解できた訳では無いが、目の前の不器用な彼女が必死に慰めようとしていることはよくわかった。
「セシラ…………ふふっ、そうだね。……ありがとう。昨日助けに来てくれたのがセシラで良かった!」
花が咲くような心からの本音が漏れた。心做しか空気が軽くなった気さえする。傾いた西日が差し込み、目が眩むほどだ。
「助ける必要……あったのか? あれ」
「あったよ。昨日も言ったけど、貴女のお陰で、私は人さらいの人達を殺さなかった。それだけじゃない。こうして、次の迷イ人達のために力を尽くすことができる。未来に繋げられる――」
グッとセシラの手を取り、握る。豆ができるほど硬くなった皮膚は、互いの生き様を表すよう。そして、これからの生き方を自分で選び取るという宣誓にも感じた。
朝はまっすぐセシラの目を見て、はっきりと告げる。
「それって凄く誇らしいことだから」
――と。




