第80話 カウンセリング
「患者としてお話するのは初めてですね。美奈子さん。」
以前と変わらない落ち着いた穏やかな口調でカウンセラーの羽賀先生は話す
「お忙しいのに申し訳ございません。私なんかより羽賀先生の力を借りたい人はたくさんいるのに。」
「いいえ。私はずっと案じていたのですよ。拓人さんも極限状態でしたが…美奈子さんも極限状態でしたから。美奈子さんは依頼主でしたからケアすることが出来なくてもどかしい思いをしてました。こうして美奈子さんを患者として対峙することが出来て嬉しく思います。」
「フフッ。私が哀れで見ていられなかった?」
「いいえ。美奈子さんはずっと勇敢で強い人ですよ。私の力なんて必要ないぐらいにね。」
「さっきの話と矛盾してるけど。」
「孤独に1人で強く生きていく美奈子さんが心配だったのです。今こそ話すことが出来ますよ。強くなんかなくても弱くても人と助け合うことで生きていけることが出来るってね。」
「私にはとても難しかったです。」
「どうしてですか?」
「羽賀先生…私、大切にしたいなどう思える人に出会ったんです。」
「それはよかったですね。」
「愛を…たくさんくれるんです。私の望んだ幸せな恋人そのものです。」
「とても素敵な人に出会えたのですね。」
「でも…幸せな自分が居心地が悪いのです。場違いな気がして…心の底から笑えないんです。こんな幸せに浸かっている自分を醒めた目で自分自身を見てしまうのです。」
「美奈子さんが望んで手に入れた幸せなのに?」
「愛されたいとずっと願っていました。誰かの特別になりたいと…でも今更すぎたのです。普通の幸せを手にするには私は汚れすぎてしまいました。軽薄な関係性しか築かなかかった私が愛されて生きていこうなんておこがましかった。」
「どうしてですか?おこがましいだなんて誰が言ったのです?」
「え…でも…私には身の丈にあっていない…」
「誰に言われましたか?身の丈にあっていないと。」
「私がそう思うのです。」
「ではその先入観を捨てましょう。身の丈に合わない幸せなんて存在しません。幸せへ誰にでも平等に与えられるものです。」
「…ハハッ。誰にでも?平等に?バカバカしい。じゃあ私はどうしてこれだけ努力しても愛されなかったの?私の両親は私を愛してくれたことなんてなかった。不平等だわ。」
「確かに環境による不平等はあります。でも…幸せになろうと思う気持ちには不平等さはありません。誰にでも幸せになる権利があるのですよ。」
「幸せになる権利…」
「そうです。幸せは自分で掴むものです。」
「掴みたいですよ。でも…無理なんです。幸せな家庭に吐き気がするんです。自分とは全然違う愛されて生きてきた人間に恨みを募らせてしまうのです。妬みを感じてしまうのです。幸せを願うことが出来なくなるのです。」
「その妬んだ幸せをやっと手にしたのでしょう?素直に喜べばいいじゃないですか。」
「私だって素直に喜びたかったわよ。でも無理なの。愛されたり大事にされると虫唾が走るの。」
「でも…幸せになりたいんですよね?」
「…。」
「だから私が呼ばれたのでしょう?」
「そうよ。」
「うん。素晴らしい回答だ。カウンセラーはね話を聞いて患者を救うことが仕事だけど…生きることを諦めていたり、治す気がない患者はどうしようもなかったりするんだ。拓人さんはそういう意味ではとても厄介だった。生きる希望は迫田玲だけ。迫田玲を崇拝して死ねるなら本望だと言っていたからね。でも…美奈子さんは違う。美奈子さんは“幸せになりたい”とはっきりと意思表示をした。さすがだよ。前を向いて改善しようとする人を救う手助けが私の仕事だからね。」
「それで?私はどうすれば幸せになれるの?専門医ならなんとかしなさいよ。」
「そうだね。まずは心のトラウマから解消しよう。美奈子さんが愛されることに虫唾が走ることになったきっかけは何かな。」
「それは…両親に愛されなかったから。どれだけ努力しても孤独だったから。孤独に暮らす日常しか出来なかった私にとって普通の幸せな家庭は妬む対象だった。」
「美奈子さんは両親に愛されたかったんだね。」
「…。」
「幼い頃の美奈子さんは両親に愛されたくて仕方がなかった。でもそれは叶わなかった。だから…愛されている人間を妬むようになっていってしまった。」
「そうよ。」
「では美奈子さんが両親に愛されていたら…素直に愛されて愛することが出来ると思いますか?」
「…そうですね。普通に両親に愛されて育ったならこんなことにならなかったと思います。」
「わかりました。では催眠療法をしましょうか。」
「催眠療法ですか…?」
「私のコインを眺めていると…美奈子さんは3歳の頃に戻ります。」
「胡散臭いですね。」
「催眠療法は立派な医療なんですよ?」
「わかりました。コインを眺めていればいいんですね。」
「はい。このコインを眺めてください。美奈子さんは今から3歳の頃の意識に戻ります。」
羽賀先生は糸の先にコインを吊るしてあるテレビで見る催眠術と同じことをしてきた
目の前でコインが左右にゆらゆらと揺れるのを見つめる
「美奈子の意識はどんどん子供時代に戻っていきます。20代から10代に…そして今は3歳の子どもです。」
「…。」
「貴方は何歳ですか?」
「…3歳。」
「そう。美奈子さんは両親に愛されたい?」
「愛されたい…」
「でも愛してくれない?」
「うん。私と全然話してくれないの。うるさいって言うの。」
「そっか…それは辛かったね。」
「お父様もお母様も私がいてもいなくてもどうでもいいの。」
「お父様とお母様からは愛されなかったかもしれない。でも…美奈子さんは大人になったら大事な人に出会ってたくさん愛して貰えるようになる。」
「…本当?」
「本当だよ。だから…大丈夫だよ。美奈子さんは愛される人間なんだ。大好きだよってたくさん言われるんだよ。」
「信じられない…本当に?」
「だから…もし本当に大事な人が現れて愛してくれたなら…美奈子さんもその人を大事にして愛してあげて欲しい。」
「うん!約束する!!私絶対その人のこと大事にするしたくさんたくさん愛してあげるよ!!」
「そう…なら大丈夫だよ。美奈子さんは幸せになれる。」
コインが再びゆらゆらと揺れる
「3歳から意識はどんどん現在へと戻っていきます。10代…20代…そして今現在29歳まで戻ってきましたか?」
私は何故か涙が止まらなくなる
3歳の頃にあんなに愛されたいと願っていた相手を私は…手にすることが出来ている
その事実が嬉しくて涙が溢れて止まらない
「うっ…ひっく…ひっく…」
「美奈子さん…約束覚えていますか?」
「はい…」
「今…美奈子さんの大事な人を愛して大事にすることは出来そうですか?」
「はい。こんな残念な私を愛してくれた。大事にしてくれた。だから…私も大事にする。たくさん愛して幸せになります。」
「親に愛されなくて妬ましい気持ちはありますか?」
「愛されたかったけど…今はもうどうでもいいです。だって私を愛してくれる人を見つけたから。」
「トラウマは無事に解消出来たようですね。美奈子さんの幸せのお手伝いが出来てよかったです。」
「催眠療法ってすごいんですね。胡散臭いとか言ってすみません。」
「いえ。経験しないとわからないですからね。」
「ありがとうございました。羽賀先生。」
「美奈子さんの幸せを願っています。頑張ってください。」
心のトラウマを解消することが出来てスッキリした
羽賀先生は凄い名医だな…
今なら理解出来る
幸せは平等に人は願えるんだと
身の丈にあっていない幸せなんて存在しない
私は桜井さんと恋をしてもいいんだ




