第2話 イリス族の修行
子供というものは、環境の中で形作られる。
しかしアークは違った。環境がアークの中で形作られていくような、そんな奇妙な逆転が、彼の幼少期にはつねに漂っていた。
イリス族の修行は、過酷だった。
虹を信仰する民として、族内の子供たちは物心がつく頃から七つの精霊との対話を学ぶ。
大地の精霊、水の精霊、炎の精霊、風の精霊、音の精霊、光の精霊、そして智慧の精霊――それぞれと感応し、共鳴することが、イリス族における一人前の証だった。しかし七つすべてと感応できる者は、族の長い歴史の中でも数えるほどしかいなかった。
アークは、五歳で全ての精霊と対話した。
◆ ◆ ◆
族内の長老ハルマが初めてその事実を知ったのは、早朝の修行の場でのことだった。
精霊との対話は、心を無にして行う。余計な思念が混じれば混じるほど、精霊は遠ざかる。
それが長老たちの教えだった。だからこそ年長の子供たちでさえ、一つの精霊と安定して対話できるようになるまでに数年を要する。
しかしその朝、ハルマが修行場を見回ると、アークは砂の上に胡座をかき、目を閉じて静かに座っていた。その周囲の空気が、微かに七色に揺れていた。
「アーク」
ハルマは声をかけた。
少年は目を開けた。澄んだ目だった。淀みも、迷いも、何一つ映っていない。
「今、何をしていた」
「話していました」とアークは答えた。「みんなと」
「みんな、とは」
「精霊たちです。七人とも、今朝は機嫌が良かった」
ハルマは返す言葉を失った。
◆ ◆ ◆
それからのアークの成長は、イリス族の誰もが予想しなかった速度で進んだ。
しかし不思議なことに、アーク自身はそのことをほとんど意識していなかった。七つの精霊との対話が他の子供たちより容易だということも、自分の体が時折発する淡い虹色の光も、彼にとっては生まれた時からある当たり前のことに過ぎなかった。
むしろアークが熱中したのは、別のことだった。
壊れたものを、直すことだ。
仲間が傷を負えば、気がつくと手を当てていた。枯れた草木に触れると、翌朝には緑が戻っていた。
族の年寄りが長患いの床に伏せると、アークは毎日その傍らに座り、
何をするでもなくただ手を握り続けた。やがてその老人は起き上がり、十年ぶりに自分の足で歩いたという。
七つの精霊とのリンクが生み出す、再生の力。
ガイアスはそれを見て、何も言わなかった。ただ、目を細めた。その目の奥に何が宿っていたのかは、傍にいたエルヴィだけが知っていた。
◆ ◆ ◆
エルヴィはアークにとって、族長の父とは異なる種類の存在だった。
ガイアスが大地のように揺るがない安心感を与えるとすれば、エルヴィは風のように寄り添う存在だった。彼女はアークに武術を教えた。知識を教えた。世界の歴史と、七つの属性の秩序と、光の求心力という概念を、子供にも理解できる言葉で語り聞かせた。
しかし彼女が決して語らなかったことが、一つあった。
アークの出自だ。
アークはある時期から、自分がガイアスの実の子ではないことを知っていた。族内の誰も口にしなかったが、子供というものは大人が隠す秘密の輪郭だけは敏感に察知する。
しかしアークはそのことを、エルヴィに問わなかった。
問えなかったのではない。問う必要を感じなかったのだ。
自分がどこから来たかよりも、今ここにいるという事実の方が、アークには遥かに重かった。
大地があり、風があり、七つの精霊が傍にいる。それで十分だと、少年は思っていた。
エルヴィはそんなアークを見るたびに、複雑な表情を浮かべた。安堵と、罪悪感と、そして言葉にならない何かが混じり合った、複雑な顔を。
◆ ◆ ◆
十四歳の秋、アークはエルヴィに呼ばれた。
「来年、成人の儀を受けてもらいます」
エルヴィの声は、いつもより硬かった。
「聖七光学園に入ることになります。そこで七つの光の試練を」
「知っています」とアークは言った。「族の子たちは皆、その話をする」
「あなたの場合は、少し……違います」
エルヴィはそこで言葉を切った。窓の外の夕空を見て、それからアークに視線を戻した。
「詳しくは、虹の聖者の試練を終えてから話しましょう。今は、その準備に集中してください」
アークは頷いた。問わなかった。しかし初めて、胸の奥に小さな引っかかりを感じた。
エルヴィが何かを、隠している。
その確信だけが、静かに芽吹いた。




