一
八月の終わりだった。
深夜一時を過ぎたコインランドリーには、自分のほかに誰もいなかった。蛍光灯の白い光が、並んだ洗濯機のステンレスに反射している。乾燥機が低く唸っている。それ以外に音はない。
ドアが開いたのは、乾燥機があと十二分を示していたときだった。
女性が一人、駆け込むようにして入ってきた。大きなランドリーバッグを肩にかけて、息が上がっていた。年齢は自分と同じくらいか、少し若いか。髪をひとつに束ねていて、Tシャツの襟元が汗で湿っている。八月の深夜にそこまで汗をかくのは、急いでいたか、どこかから逃げてきたか、そのどちらかだった。
彼女は自分のほうをちらりと見て、軽く会釈した。それから奥の洗濯機のひとつにバッグの中身を入れ始めた。慣れた手つきだった。洗剤を投入口に注ぎ、硬貨を入れ、ボタンを押す。一連の動作に迷いがない。
洗濯機が回り始めると、彼女はそのまま隣のベンチに座った。自分とは三台分の距離がある。
彼女はスマートフォンを取り出したが、画面を見つめるでもなく、膝の上に置いたまま、ぼんやりと洗濯機の窓を見ていた。衣類が水の中でゆっくり回っている。蛍光灯の光が、彼女の横顔を均一に照らしていた。
目を逸らした。乾燥機の残り時間を確認する。十分。
それだけだった。
乾燥機が止まって、衣類を取り出し、畳んで袋に入れた。彼女はまだ同じ姿勢で座っていた。洗濯機の回転音が、さっきまでの乾燥機の音に取って代わっている。
店を出るとき、自動ドアの手前で少しだけ振り返った。理由はわからない。彼女は自分のほうを見ていなかった。膝の上のスマートフォンが、立て続けに震えていた。彼女はそれに触れなかった。
外は八月の夜気がまだ重く、アスファルトに昼間の熱が残っていた。自転車の鍵を外しながら、コインランドリーの窓越しに、蛍光灯に照らされた店内を見た。
彼女の肩が、少しだけ丸まっているのが見えた。
それ以上見なかった。自転車を漕ぎ出して、夜の道をまっすぐ帰った。




