不穏なる貴族
時は、ジンとジェッスが街に辿り着く数日前まで遡る。
アイル王国ディモス家管理領地内都市・アロン。防衛用城壁第二層内部。貴族在住地区。
このエリアには文字通り、貴族が住んでいるのだ。中でも、ディモス家という貴族のクラス館は群を抜いて豪華。他の貴族の館が銅だとしたら、少なく見積もって銀くらいは豪華さには差がある。
なにしろディモス家はこの街を管理している家系。周りの中小貴族たちからは媚び諂われる立場にあるし、街に出れば大名行列さながらに市民たちが頭を下げて当然の立場にある。実際は色々と面倒だし、仕事に支障が出て街に影響が出れば、巡り巡って家への不利益になる。だから、わざわざこちらから指示してまで禁止しているのだ。アロンに限らず、ほとんどの街の貴族はそうしている。
そんな館の食堂では、ディモス家の家族が一堂に介していた。全員が長テーブルにそれぞれ座り、飲み物を前に難しい顔をしている。
「さて、今回の議題だが、アロンの経済が芳しくない」
葉巻をふかしながら上座に座る大男が言った。腹肉がテーブルにめり込むほどで、決して安っぽくない、丁寧なつくりであろうスーツが妙に似合っている。表情には一切の緩みがない。常時不機嫌。家族にさえそう思わせるほどのブスくれ顔を常に浮かべていた。
男の名はエルノウ・ディモス。このディモス家の現当主である。
こめかみのあたりでピンと跳ねた金髪を撫でつける。手が僅かにポマード臭くなった。
「父様、一応、原因をお聞きしても?」
堂々と言い放ったのは、エルノウから一番近い位置に座る男。スーツの上からでもわかるほどバランスの取れた筋肉があり、妙なほど姿勢が良く背もたれにぴったりと背中を押し当てていた。父譲りの金髪を、きっちりとバックで纏めてある。雪の結晶のように小ぎれいに整った身だしなみだ。
男の名はカモラ・ディモス。ディモス家長男にして次期当主筆頭候補である。
「聞くまでも無いだろう兄さん。どうせ市民どもがさぼってやがるのさ。仕事をほっぽり出して遊び惚けてんだ」
イライラした口調で捲し立てるように言う男は、二人と比べて細身だった。見える肌は病的なまでに青白く、色素の薄い金髪も相まって、寝ていれば何かしらの重病人だと思えるほど。
男はバショウ・ディモスという。ディモス家次男にして、護衛戦団の団長を務める男。
「そうでもないでしょうバショウ兄さん。実際出入りする商人の数は増えているし、子どもも問題なく生まれて、家族が生活しているわ」
ヘアピンで前髪をサイドに纏め、後ろの黒髪も団子にまとめたビジネスウーマンじみた女。手に持つ資料に目を通し、それらを捌いていく様は秘書のようだ。
イリアル・ディモスという女は、ディモス家の長女として街の財政を管理していた。
「ならなぜ街の財政が芳しくない?」
「簡単よ。冒険者になる人間と、市民組合に所属する人間が増えているから」
その言葉に、バショウは思いっきり舌打ちをした。
舌打ちをするのもある意味当然。
まず冒険者だが、これはある意味どうしようもない部分もある。
まずアロン市民に関してだが、街に住み街に根差し街の仕事で働けば、アロン市民として様々な税を徴収することができる。これが街の大きな財源となっているのだが、冒険者委員会に所属するのであれば、ある意味でアロン市民ではなくなる。
冒険者委員会は、ここアイル王国だけでなく、パルストスやイーブ、七大国全てに支部を置いている。この活動において、国家と冒険者委員会との間の諍いを招かないために、各国家と同一の条約を結んでいる。
例えば条文の一つとして「冒険者委員会として、国家間の戦争に協力しない」というものがある。
これはある意味当然である。どこ国にも委員会単位で協力してしまえば、国際的な信頼を失いかねない。ただし、冒険者個人が愛国心から国家戦争に協力するのは黙認されている。ただこの行動は、情報の腕輪に記録される。テロリスト対策も兼ねているが、この情報によって他国での活動がしにくくなるというデメリットがあるため、戦争参加したがる冒険者は少ない。
そしてその条約の一つに「冒険者が受け取る依頼料には課税しない」という条文がある。
冒険者はあくまでも、個人、もしくは組織から冒険者という「個人」で依頼を受けている。委員会はあくまでも仲介する立場である。
そのため、街に根ざして仕事をしているはずの人間から取れるはずの、住民税が取れないのだ。だから冒険者が街に多いと「人口は多いのに税は少ない」という状況が生まれる。
アロンは近くにサリアケの森という、魔獣も薬草も多いという絶好の餌場があるため、冒険者が多い。街としては大きいのだが税が少なく、財政難は常に付きまとうのだ。
さらに頭を悩ませる問題が、市民組合だ。
アロンは魔獣に対し堅牢な防御を誇る代わりに、とにかく維持費に金がかかる。防壁のメンテナンス一回の費用でさえもバカにならない。サリアケの森が近く、危険性が高いエリアとはいえ、とにかく税金が高いのだ。
ある程度生活基盤を整えた市民や、出入りするだけの商人たちならばともかく、雇われている側の人間からすれば、この街はいつ自分たちの生活が崩れ去るのか分からない場所なのだ。そして一度生活基盤が崩れれば人生の終わりへと直結する可能性を含んでいる。
それを救済するために立ち上げられたのが、市民組合だった。
組合の役割は、市民への平等性の追求である。
まず組合は自分たちで自治組織を作った。それが街の出入り口などに居るグォン・ダルメットなどの警備兵たちである。彼らの活動によって街の犯罪率は大幅に減った。それまでは貴族の住む第二層防壁を警備する兵士は居た。しかしあくまでも貴族が個人的に雇っているという位置付けであり、市民の保護までは仕事の範囲外だったのだ。
組合は自治を自分たちで行う代わりに、税率を大幅に下げて欲しいと願ってきたのだ。これの承諾がよくなかった。
自治にかかる費用を全て賄っている組合の主張を無碍にできなかった先々代当主はこれを承諾。結果、さらに市民から取れる税が減ってしまった。
それでも維持費は変わらずかかる。貴族として、街の見栄えを守るため試行錯誤してきたが、それでも限界に近づいてきたのだ。
市民組合は信頼される良き市民とやら、もしくはこの街で長く商売をしてきた街に根付いた、もしくは拠点にしている商人が中心となり、スラム街や経済弱者の救済を目的に立ち上げられたこの組合は、もはやディモス家と同等の力を持っていると言ってもよかった。
現状を見つめ直したバショウは、顔も知らぬ曽祖父に舌打ちをした。そこに含まれた感情は様々だが、とりあえず「余計なことしてくれやがってこの野郎」である。
「姉さん。この資料見る限りだと、結構市民も増えてるけど、やっぱり組合に行ってるの?」
指摘した青年はこの部屋の男の中で最も細身だった。姉と同じ母親譲りの黒髪を撫でながら、資料に指を滑らせるその姿は、どちらかと言えば紙よりも楽器の方が似合う風に揺れる木々のような印象を与える美青年。
名はザイル・ディモス。ディモス家の三男で、長女の補佐を担当する青年である。
「ええ。市民保護にかかる金も、住居の土地代も全て組合にね。だからこの町は財政難なの」
「あ~あ。いずれ権利も土地も、全部買い取られちゃうんじゃないの?」
子供特有のハスキーな声は、この空間ではよく響く。
椅子の足を浮かし、ギシギシ揺らすツインテールの少女。それは兄たちと同じ金髪をひらひらとさせながら、体躯はこの部屋の人間の中で最も小さい。子どもに与えられたお人形のような姿をしている。
少女はワトン・ディモス。次女にしてディモス家の末子である。
「だろうね。俺たち兄弟が頑張っても、いずれ命令に従わなくなる人間も出る。町の管理者として強く命令したとしても、決して人は靡かないだろう」
「兄貴、そりゃあ革命ってことか?」
「おそらくは。グォン・ダルメットはじめ、組合には異常すぎるくらいの戦力が集まり始めている。面倒ごとは避けられない」
長兄と次兄の二人は、貴族としての権力を背景にしようとも、いずれ大規模な事態になることは避けられないと踏んでいた。
組合に所属する兵士たちの実力は、正直そこまでではない。貴族の雇っている警備兵たちは魔獣討伐を生業とする、軍人以上冒険者未満の実力者が多いから、それと比べれば流石に見劣りするのだ。
だが、グォン・ダルメットだけは圧倒的に例外。実力、人気、共にずば抜けている。特に実力が厄介だ。暗殺しようにも、その高い実力が障害となって、最悪は暗殺者から情報が漏れなかねない。
現実的ではない武力制圧、やせ細っていき弱体化する街、いずれ実権を手放さざるを得ないだろう状況。全てが歯軋りをするには十分な状況であった。
突如訪れる静寂。部屋にいる誰もが、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
静かな部屋に葉巻の燃える音が鳴った。全員の目線が父親へと向く。
「このままではゆっくりと首を絞められるだけ。ならば、ここいらで大きく動く必要がある?」
「なにかお考えが?」
財政担当者として、長女はやや食い気味に尋ねた。
一度葉巻を吸い、煙を勢いよく吐き出してから、娘をじろりと見た。
「奴隷だ」
その一言への反応は大きく二つに分かれる。非難と理解だ。
それははっきりと、髪の色で分かれた。
「待ってくださいお父様! そんなことをすれば! 市民との敵対は避けられません!」
「そうです! それに貴族としての外聞も地に落ちます!」
必死になって止めようとするイリアルとディモス。兄弟の中で黒髪同士の二人は、徹底して平和路線の考えを持っている。
仮にここで市民と敵対し、血の果てに市民から街の支配権を取り戻したとしても、得られる果実は半分腐っているようなものだ。そんなものを手にしたところで、旨みは少ないと言わざるを得ない。
一方で理解を示したものたちが見ているのは、自分たちの家に街が戻った未来。
アロンを取り戻し、自分たちが権利と支配力を取り戻してから、街を良くしていけるという理想的な姿。短絡的ではあるが、この状況を改善するにはある意味で最適な策とさえ思える。
だがそうやって夢を見ているものたちにも、懸念事項はある。
「父様、私個人としてはそれに同意しますが、私たちが直接それに関与すれば、どこかで避けられない問題を生むのでは?」
カモラの言葉に、バショウとワトンもうなづく。同意した三人とて、その要素は気になっているのだ。
エルノウは未だ赤く終えている葉巻の先端を灰皿に押しつけた。消化音がまるで悲鳴のように室内で轟いた。
「当然だ。だから、私たちは関与しない」
「と、いいますと?」
「入ってきてくれ」
エルノウは自分の位置から最も近い扉に視線をやりながら言った。
蝶番が軋み音を立てながら、ゆっくりと扉が開く。扉の向こう側には、黒いコートに身と包み、鼻先すら見えないほどにフードを深く被った、小枝のように細く長い男。それだけならばどこにでもいるようだが、その立ち姿にある異様な気配の無さが、その場にいた全員にある予感を走らせた。
一歩、男は前へと足を踏み出した。カツン。足音が室内で響き渡る。それが何度か聞こえた後、男はエルノウの隣へと辿り着いた。
「彼らに、やってもらう」
男は一度頷いた。フードも同時に動いたから、顔は一切見えない。
「父様、一応、お尋ねしても?」
テーブルの上で拳を握りながら尋ねるのはザイル。頭にある予感があるからこそ、拳の震えを抑えるので必死だった。
エルノウは一度男に視線をやった。男はそれに一切反応を示さなかった。
「テネスキュリテだ」
言葉を聞いた瞬間、大きく目を見開いてしまい、ザイルは今度こそ拳の震えを抑えられなかった。
それは言い表しようのない怒りの感情であると同時に、この作戦がすでに不可避のものであり、もうほぼ実行段階にあると知ってしまったからだ。
顔の向きは父と男に向けながら、視線だけ走らせて兄弟たちの反応を盗み見た。同じ反対派であるイリアルだけは、絶望し切った顔をしているが、それ以外の三人は対照的に希望に満ち溢れた顔をしている。
「ただし、彼らの契約上、我々は計画の開始を担わねばならん。ザイルとイリアルは反対派のようだし、カモラ、バショウ、ワトン、お前たちが計画の口火を切れ」
「「「はい」」」
にやりと笑いながら、三人は同時に頭を下げた。
綺麗に規律の取れたその姿。ザイルには三人が血を分けた兄弟には到底思えなかった。
「まだ少し準備があるが、善は急げという言葉がある。急ぐとしよう」
エルノウは一切表情を変えない。いつも通りのブスッとした顔のまま、ごく当たり前の動作で葉巻を取り出しながら宣言している。
言葉を受け取った男はすぐにその場を離れた。指示を下した父は葉巻の先端を切り、燭台で先端を燃やしている。鈍い黒の瞳の中にオレンジの光が灯っていた。まるで人魂のようにさえ感じられる、どこまでも温かみの無いオレンジだ。
「これが、アロンを変える、革命の始まりだ」
エルノウの口角が僅かに上がった。
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