街を守るは兵士の使命
昼の眩しい日差しを浴びながらグォン・ダルメットは大通りを歩いている。
五十を超えてなかなか思うように体が動いてはくれなくなってきたが、それでもやけに背筋がピンとしていて、歩く姿も人形のようなキリキリとした印象を受ける。
それもそのはず。グォンは今兵士と悟られないようにしている。元々屯所を訪れたときから服装は兵士の制服ではなく兵士らしくなかったが、剣を携帯していた。それだけで町の住民、外部から来た商人でも兵士だと一目でわかる。今は兵士だと悟られることそのものが都合が悪いので、服と背中の間に剣を差し入れ、先端をズボンに刺して隠したのだ。
体につっかえ棒をくっつけた状態で歩いているようなもので、背筋をピンとせざるを得ないのだ。
やがて大通りで最も騒がしい場所へたどり着いた。
通行人や荷馬車の邪魔にはならないように気を付けているようだが、数十人が一塊になるとどうしてもスペースは圧迫される。側を通る通行人たちは皆、やや迷惑そうな瞳を塊に向ける。だがその瞳はすぐに興味の視線へと変わった。
興味も当然。隙間から見えたものは、あの有名で凶悪なバークベアの死骸だったのだから。それもたった一つの大きな傷しかなく、状態が異様に綺麗だったのだ。
バークベアはマトリランクの冒険者十名に依頼し、ボロボロの状態のクマ一匹捕まえられるかどうかというほどだ。
状態がよく、恐ろしく、珍しいものの死骸。民衆の興味が惹かれるのも当然だった。
グォンもまた民衆の塊に自然と混ざり、隙間を見つけてするりと最前列に出た。あまりの自然さに、割り込んできたグォンを誰も気にしていない。
(全体もそうだが……なんて綺麗な傷跡だ……)
グォンはバークベアを観察する。
グォン自身はバークベアと戦ったことは無いが、伝え聞いた強さを知っている。だからこそ、この死骸は違和感の塊のように映った。
塊の中から抜けて、バークベアを展示している商人たちの元に向かった。死骸に近づき過ぎないように御している商人ではなく、店で商品の準備をしている方に。
「すまん。あのクマはどこで手に入れた?」
すでに同僚から聞いている情報もあったが、確認の意味も込めて尋ねる。
商人は気だるそうに顔を向けた。表情が「またか」と言っているようだった。
「森ん中だよ。わかるだろ」
ぶっきらぼうに言い放つ。兵士として接している普段であればもう少し礼儀正しい言い方をするのだが、剣も制服もないグォンでは、相手が兵士だと気づいていないのだろう。
「ほう。誰が倒したんだこのクマを」
これが本題。
クマがどういう状態で確保されたのか。それが知りたいのだ。
商人は眉間に皺を寄せてより不快さを滲ませる。
「同族が殺したんだ。それを知り合いが見たんだよ」
嘘だ。
グォンの経験と勘が叫んだ。
「そうか……ではそんなラッキーな君に少し話したいことがあるんだ。なかなか内密な商談なので、そこに来て欲しい」
と言って建物と建物の隙間、日の当たらない路地を指差す。
なんとも怪しい誘いだが、グォンの平凡を纏った擬態と、商人のギラついた欲、そして幸運が脳を刺激しているのだろう。
ゆっくり二人で入っていく。人垣は誰も気づかない。何せクマに夢中だから。
角を曲がり、完全に人目が無くなったところでグォンは素早く商人を壁に叩きつけた。そして両手を押さえ、口を手で塞ぐ。キツイ体制と年齢からは想像もつかないような強い押さえつけで、商人は嫌な脂汗を額に滲ませた。
当然商人は呻く。できるだけ大きく、助けが来るように。
「静かに聞け。でなければ腕を折る」
両手を押さえつける手に力を込めた。
五十代を過ぎた姿の男からは想像もつかない握力。骨がミシリと音を立てた。痛みに弾かれて、商人はすぐに抵抗をやめる。
「いい子だいい子だ」
声を朗らかにして肩を叩いた。口から手が離れたが、恐怖によって声は出てこなかった。
「さて聞こう。なぜ嘘をついた?」
「嘘?」
「あのバークベアは同族によって殺されたんじゃない」
恐怖からか、商人は身動き一つしなかったが、眼球の動きから動揺が感じ取れた。
グォンは確信をより強める。
何か言いたげだったので、顎をしゃくって次の言葉を促す。
「なんで嘘だと思うんだよ……あんた見てないだろ?」
(何を言うかと思えば)
グォンは心の中で、心の底から呆れた声音で呟いた。聞こえるはずも無いが、その言葉が聞こえたら、心の底からバカにされていると気づくはずだ。
「あのなぁ、同族同士の喧嘩のはずなのに、なんで外傷が一か所しか無いんだよ。打撲したらしい傷も無いのはおかしい」
「爪で一撃だったんだろ!?」
「傷口が綺麗すぎる。明らかに鋭利な刃物を使った人間の仕業だ。それに本当に爪で一撃だったのなら、強すぎる。この町まで話が届いているはずだ」
「未発見だったんだ!」
「かもしれないな。だとしても、あのバークベアに限っては違う。お前は商人、私は兵士。視点が違う」
歯ぎしりの音が聞こえた。それはまるで敗北宣言のようだった。
だめ押しとばかりにグォンはさらに手に力を込めた。商人は強くなった痛みに、さらに顔を歪ませた。
「なぜ嘘をつく? 何者かから脅されているのか?」
「痛だだだだだ!! じゃなんであんたはその人を探してんだよ!」
「仮に、バークベアを倒した人物が想像以上の強者ならば、この町にとっての脅威になりえる。警備兵としてそれは見過ごせないからな」
グォンの理屈はまさに正論だ。
商人の表情が変わる。痛みの苦しみだけを訴えていた顔から、いたずらがバレたような、ギクリとした顔に。
グォンの理屈に照らし合わせれば、自身もまた犯罪者になりえることに気づいたのだ。
要するにグォンが気にしているのは入ってきた強者が“悪意を持つ人物である可能性”であり、仮にその人物が犯罪を起こせば、その人物を町に連れてきた商人も犯罪ほう助という意味で犯罪者になりえる。その可能性に思い至ったのだ。
表情から心理を読み取り、グォンは優し気な微笑みを浮かべた。人を安心させるための極めて優しい笑顔だ。同時に、虎視眈々と獲物を狙う獣のような危険な何かも孕んでいる。
「さて、ここまで言えばわかるだろうが、その人物について教えてほしい」
表情こそ優しいが、言葉には有無を言わさぬ圧力があった。
商人はもう一度歯ぎしりをしてからポツリと水をこぼしたように語りだす。
「ガキだ。森を歩いていたガキ二人と遭遇して、そいつがバークベアを殺したんだ」
「ガキ? 特徴は?」
「一人が銀髪で青い目をしていた。もう一人は黒髪で目つきが悪い。二人とも大荷物で歩いて運んでいいような物量じゃなかった」
「ほう……どっちがバークベアを殺したんだ?」
語り始めてから、初めて商人が不審者を見るような瞳をグォンに向けた。
「二人で殺ったとは思わないのか?」
「傷口が一つなんだ、どう考えても単独犯だよ」
「……銀髪の方だ。何か呟いたと思ったら蹴り一撃で」
蹴り、と口の中で言葉を転がす。
魔法がある世界だ。何があっても不思議じゃない。グォンの経験からしてもそうだ。だがそれにしても、バークベアを一撃で葬る魔法を子どもが習得しているというのはいただけない。
両手を拘束していた腕に力を込めて、放り出すように商人を倒した。
力に従うまま商人は路地に倒れて、グォンを恐怖の瞳で見上げる。未だ腕に走る痛みが、自分とグォンの隔絶された力の差を教えていたからだ。
「情報提供感謝する。舌戦を得意とする君たち商人には言うまでもないだろうが」
「たっ、他言しない!」
悲鳴のような叫びだと、グォンは思った。
「そうか? ならあともう一つ教えてくれないか? なんで情報をすぐに教えてくれなかったんだ?」
「……そのガキに命を助けてもらったんだ……だからだよ」
ここにきてグォンは初めて度肝を抜かれたような気分になった。
「そうか」
それだけ言ってグォンはその場から歩き出す。
(旅の子供、大荷物、おそらくは村からの出稼ぎだろうな。となると、冒険者委員会か。あそこには通過儀礼がある……森か)
グォンは推理から目的の人物がいるだろう場所を推察し、動き出した。
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