強者は死線を越えるべし
冒険者委員会支部を出た二人は、依頼書にあった薬師の居るらしい場所へ向かった。ジンはその間、ごく普通の旅人のふりをしつつ、町の観察を行っていた。
活気があり、人々が笑顔で、綺麗な街並みがある。平和で、ある意味理想とさえ言える町の様子。
思わず頬が緩む。ジン、いやドミが作り上げようとした平和の形が目の前にあること、それが嬉しくてたまらないのだ。
「なんだその顔気持ち悪い」
ジェッスが一切歯に衣着せぬ物言いをする。
ニヤケ面から苦笑いに切り替えてそれに応じた。
「なんだよ。別に良いだろ?」
ジンはそのやり取りに確かな楽しさを覚えていた。
はっきり言えば、ジェッスの中で自分は恐怖の象徴だと思っていたのだ。なにせ目の前で、どれだけ友情があったのかは知らないが、同僚を虐殺してみせたのだ。どこまでも恐れられて当然と言える。
常識が無いのか、それとも命をすでに投げ捨てているのか、その心の内側はジンにはまだ理解できないが、それでもフラットに、それこそ友達のような軽い態度で接してくれるのは、ジンにとって大きな救いになっている。
「そういや、さっき何したんだ?」
「さっき?」
「あの三暴衆とかいうのに囲まれた時だよ」
そう言われて、ようやく「ああ」と思い至る。
「殺意を向けた。それだけだよ」
言葉を耳が認識した途端に、ジェッスは心の疑いを前面に押し出した顔をした。
ジンはそれにまた苦笑いを浮かべる。
「三暴衆が息苦しい空気を発してたのはわかるだろ?」
「ああ」
思い出すだけで、ジェッスは僅かに体を震わしてしまう。あれこそ、この町トップランクの冒険者チームの殺気だった。
だがそんなジェッスの様子を、ジンは思いっきり笑い飛ばした。口が裂けるのではないかと思うほど大口を開けて、それこそさっきのジェッスのように体を震わして、膝を大きく曲げて笑っていた。
「あんなの素人さんさ。おびえる必要は無い」
「素人って……一応まとり? って高いランクの冒険者なんだろ?」
そう。彼ら三暴衆は態度こそ小物そのものだったが、マトリという七段階あるランクの真ん中に属している。最上位ランクのユルテム、二番目のパルフが超天才で人間の領域を出るレベルの実力が無ければ到達できないとすると、上から二番目と言い換えてもいい高ランクっぷりだ。
でもジンからすればド素人も良いとこだ。
「多分さ、あいつらは簡単な依頼ばっかりこなしてマトリランクになっちゃったんだよ」
ジンは目を閉じ、思い返す。
彼ら、三暴衆の放った殺気は、確かに高いランクの冒険者に相応しい程度の鋭さと圧力を持っていた。
だがそれでも、ジンのレベルからしてみれば稚拙すぎた。
ジンはリーダーであるコッセの鎖鎧を見て新兵を重ねたことから例えると、彼ら三暴衆の殺気は戦場慣れしていない新兵が、矢と殺気の飛び交う戦場で、敵も見据えないまま「ぶっ殺してやる」と叫んでいるようなもの。
それとジンの殺気を比較すると、ジンの殺気は一対一で相手を見据えた上で、確実に相手を殺すという意思を見せつけた。というものだ。
第三者から見ると結局同じ殺気という圧力なのだが、比較するとこの程度の差があるのだ。
そしてマトリランクでありながら新兵さながらとジンが評した理由を、さらに語ってゆく。
「簡単な依頼をこなしまくって条件を達成し、僅かずつ実力を上げる。確かに安全だし、確実に実力もつくし、条件も達成できて金を稼ぐ機会も増える。それでも、死線を潜り抜けた経験が足らない」
「死線?」
「そう、死線」
死線を越える。
命の危機に瀕するほどの相手を相対し、自分の経験と現在の実力を総動員して、仲間とも連携をとりつつ事態を乗り越える。肉体、精神共に追い込まれ、傷だらけ血だらけ泥だらけになったとしても、一皮剥けたような清々しい感覚を味わう死線を越えるという行為。
ジンも、ドミとして何度も経験してきた、自分という殻を破壊してより上へと登る、脳内で何かが爆発するような快楽的な感覚。
その経験が無い実力者は居ない。それで実力者を名乗る者は、良く言ってさえ三流以下だ。
「あれじゃあ、マトリ以上は行けないね」
「そう……か?」
ジンの辛辣な評価にいまいちピンと来ていないジェッスは、こてんと、少女のように首を傾げた。
「そうそう」
二度首を振って肯定する。それでもジェッスの納得できていないようすに、ジンはまた苦笑いをした。
そこまで雑談して、二人はようやく目的の薬屋に辿り着く。木造の建物で、建ってからそれなりに時間が経っているらしく、外観はかなりの年季を感じられた。
扉の程よい高さに設置されたガラス窓から、中の様子が見えた。店内には商品である薬が棚とテーブルの上でところ狭しと並び、奥には支払いをするためらしいカウンターがあった。
一応ノックをしてから扉を押し開け、巨大なリュックがぶつからないように気を使いながら入る。扉を開けると同時に鈴の音が響いた。
「はい」
店の奥の方から、来店客への挨拶が聞こえてきた。
どたどたと騒がしい音が響き、カウンターの向こう側からジンと同年代だろう、ブカブカの作業用着に店用エプロンを纏った少女が現れた。
切りそろえられたボブヘアは、ぱっと見ただけでは白に見えたが、実際には青空を切り取ったような薄い水色をしていた。瞳はルビーのように輝き、きめ細やかな白い肌と相まって、まるで輝きを放っているようにさえ思える。さらにはそのメリハリのある体系。まだ少女と呼べる年齢にしては、“出すぎている”と言っていいくらい出るべきところが出ていた。誰もが目を引かれる、女性としての美しさを詰め込んだような姿。
ジェッスはその姿を見た瞬間、思わず息を呑んでしまった。
それはジンもまた同様だったが、受けた衝撃の種類はわずかに異なる。
少女がジッとジンの青い瞳を見つめていたのだ。一瞬であれば、目が合った程度だとわかるが、あまりにも長い間、ジェッスが見つめていると理解する程度には長かったので、見ていると理解したのだ。
「あの……なにか?」
視線に耐えかねて声を漏らした。
それでようやく自分が見つめていることに気づいたのか、雪のような肌に紅を刺して視線を逸らした。
「すみません。……どこかでお会いしたことがありませんか?」
一度謝ってから、絞り出すように、そして祈るように訪ねてきた。
「いえ? 初対面だと思いますが」
首を曲げて「わからない」というアピールをした。
こんな美人なら一度見たら忘れないと思うが知らないし、今までの人生でほぼ村から出たことの無いジンが、村から離れたアロンに住む少女と知り合う理由は無い。
どうやらその解答がひどくショックだったようで、少女は大きく目を見開いた後顔を引きつらせて、ゆっくりと顔を床へ向けた。
「そうですか」
地面から響いていると錯覚するほど声が沈んでいてさすがに狼狽する。
手が空中を泳いで、触れていいのか、それとも声をかけたらいいのか動揺してしまう。
ジンがしばらく混乱していると、隣からわざとらしい咳払いが聞こえてきた。目だけ動かしてそちらを見れば、目を細め、軽蔑をにじませたジェッスがそこに居た。
目は口ほどに物を言うとはよく言ったもので、ジェッスの瞳からは「この屑め」という意思がはっきり伝わってくる。
ジンは下がりに下がった自分の名誉を回復するために即座に手を横に振った。しかしジェッスの軽蔑の意思は変わらない。
「あらあらこんにちは。どうしたんですか?」
店の奥から、もう一人が現れた。穏やかな雰囲気を纏った禿げ気味の老婆だ。腰を曲げながらも確かな足取りで歩いてきていた。
「どうも。冒険者委員会の支部で依頼を受けました、ジン・ラバウルです。こちらはジェッス・ドミラス」
「ども」
ジンは出てきた老婆に丁寧に頭を下げる。ちなみにジェッスはジンに叩かれてから頭を下げた。
ジンの視線は老婆へと向いたが、ジェッスは未だに少女の様子が気になり見ていた。少女はジンが名乗ると同時に、より一層暗い感情を強めたのがよく伝わってきた。
「あらどうも。私はこの薬屋の店主、ケレン・カルフです。こちらは孫のミリル・カルフ」
名乗ると同時に頭を下げるケレン。祖母の紹介で紹介を取り戻したのか、ミリルもまた視線を二人へと戻した。
しかしジェッスははっきりと、自分よりもジンに視線と意識が向けられていることを感じていた。それ自体はどうでも良いが、どうしてミリルがそんなにジンを気にするのか。その一点にジェッスの好奇心はひどく刺激された。
なぜならジェッスにとって、未だジンは謎の象徴だからだ。その情報が一つでも手に入るのなら、ミリルにジンを差し出していい。
「どうも。ご依頼を受けたので来ました」
「なるほど。どうもありがとうございます。依頼内容は書かれている通りです。そして量に関してですね。ミリル」
「……はい」
ミリルは店の奥へ引っ込んでいくその最中も、できるだけジンから視線を逸らそうとはしなかった。その行動がどこか縋りついているようにも見えて、ジンとジェッスは同時に首を傾げた。
ミリルのそんな様子を見たケレンは、口元に手を当てて上品にクスクス笑った。
「どうやらあなたの事を気に入ったようですね。あんなに人に興味を持っていることなんて珍しいです」
「そうですか? えと……お孫さんってどこかに短期留学とかしたことありますか?」
「いいえ? この町から長期間離れたことはありませんよ?」
回答によってジンはまた頭を悩ませる。
ジンの頭にあった可能性は、自分が暮らしていた村の近くの森に何かしら希少な薬草が群生していて、あのミリルという少女が両親と共に故郷の村に短期間滞在し、その頃に知り合っていたという可能性だ。
この想像には忘れるほど幼い頃、という前提条件が付く。それでも欠片ほども記憶が無いし、祖母本人によってその想像は間違いだとわかった。
頭を悩ませていると、ほどなく店の奥からミリルが戻ってきた。そこそこ大きな籠を持っている。背負うための紐が結わえ付けられていて、背負えば背中を覆える程度はある。ケレンはミリルから籠を受け取り、籠の中を指さした。
「依頼で指定した薬草を、この籠に入れてから持ってきてください」
「分かりました。それで、依頼にあったカモカという薬草を見せてもらえませんか。もちろん特徴や絵は依頼書にありましたが、一応実物を」
「もちろんです。ミリル」
声をかけられるまでもなく、ミリルはカモカを取り出していた。
茎が長く、妙に身長の高い植物で、生えている葉っぱが妙に鋭い形をしていた。花に当たるだろう部分は先に行くほど窄んでいて花弁が閉ざされていた。
「この花です。茎から取ってくる必要はありません。薬効があるのは茎ではなく花の部分なので」
ケレンが指さし解説してくれた。おかげでジェッスにもどんな花なのかが理解できた。
「これは魔法薬の原料になるんです」
「魔法薬、ですか」
魔法薬は、自然界に自生する薬草に自身から放つ魔力を配合するという、特殊な製法で作られる。通常の傷薬よりも回復効果の高く、戦場でも用いられた。
五百年前から存在していた概念で、ジンからすれば多少懐かしかった。
「なるほど。わかりました。では向かいます。ですが、さすがにこれほどの大荷物なので、置いていっていいですか?」
「構いませんが……冒険者委員会に預けては?」
「いやあ。まだ冒険者ではないんですよ」
「なるほど、通過儀礼ですか」
呆れた口調で目を細める。どうやらこれはいつもの事、らしい。
「すみません。というわけでお願いします」
「ええ。では頑張って」
荷物を預け、二人は店の外に出た。持ち物は依頼書だけ。
「出口ってあっちか?」
「こっち」
早速道を間違えそうになったジェッスをジト目で見ながら、正しい道を示す。
歩き出そうとしたとき、後ろから鈴の音がした。振り返ると、そこにはやけに頬を紅潮させたミリルが居る。
出たばかりでまだ道の真ん中に立っただけだ。そんな状態の二人に向かって、ミリルはたったそれだけの距離を走った。目の前にたどり着くと同時に、ジンの手を奪い取るかのような勢いで握りしめた。
「えと?」
その行動に困惑を隠せないジン。笑みとも苦笑いとも言えない顔をしてしまった。
ジンの様子を気にするでもなく、ミリルは手の力を強めて、目を合わせる。
「あの……絶対戻ってきてくださいね!」
「……はい」
とりあえず困惑した。
二人がこれから向かう森はリエルのすぐそばにあるサリアケの森。それに行動するエリアも新人冒険者が言っても問題ないレベル安全エリア。道に迷わない限り、命がどうこうということは無い。
それでもこんな美人に手を握られて悪い気はしない。ジンはわずかな罪悪感と共に首を縦に振った。
それに満足したのかミリルは店の中へと戻っていった。
「なに? 前世で徳でも積みまくったのか?」
「ええ? うん、まあ?」
ドミ・ステイルの人生を徳を積めたと言っていいのか分からず、あいまいに首を振ることしかできなかった。
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