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冒険者委員会アロン支部

「これか、冒険者委員会ってのは」


 目の前にある町の中でも非常に立派な建物の前で、ジンとジェッスは苦笑いをした。建物そのものが立派すぎて、二人からするとただポカンと口を開けていることしかできなかったのだ。

 もちろんジンはもっと大きくて立派な建物の前に立ったことがあるが、17年のブランクというやつだ。

 ジンは国王であった。そのため国に建てる大きな建物とその用途は常に把握していた。特に建物に対し、何かしらの驚きを感じたことはなかったのだ。だから、目の前の建物に対し、ラッピングされたプレゼントを前にした子供のような心理を味わうなんてことは、初めての体験だったのだ。

 手に泡立つような感覚がある。ドアを握る手が、期待感を抑えきれずにいるのだ。

 ドキドキしながら扉を開く。開けた途端、鋭く強烈な酒の匂いとカビっぽさ交じりの古木の匂いが鼻を突いてきた。

 中には鎧を着た男や皮製の装備でナイフを研ぐ男、筋トレをしている女、何かしらの交渉をしている男など様々だった。

 その間を堂々とすり抜けて、受付に向かった。受付に座っていた女性はゆっくり顔を持ち上げる。そばかすが特徴的な女性で、赤みがかった瞳は琥珀のよう。何の目的か分からないが妙に胸元が開いていて、豊満な胸と谷間を必要以上にさらしている。胸元にもそばかすが目立っていた。


「こんにちは」


 できるだけにこやかに挨拶をした。笑顔は基本好印象を与える便利な外交道具だ。

 返ってきたのは、バードウォッチングみたいな、好奇心に満ちた瞳だった。


「いらっしゃい。冒険者委員会アロン支部です。登録証はお持ちですか?」

「いえ、冒険者登録をしたいんです」

「わかりました。ではご説明しますね」


 受付嬢は紙を取り出して説明を始める。だがジンはそれを聞き流している。八百屋の店主から、冒険者委員会とはどういう場所か聞いていたからだ。

 そもそも冒険者とは、個人や組織からの護衛、警護、討伐、調査、採集などの多岐にわたる依頼を受けて達成し、報酬として金を受け取る職業。国軍や町に依頼するよりも報酬が安く済み、様々な事柄に対応できる職業である冒険者は、あらゆるところに需要がある。

 冒険者事態は五百年前、それこそステイル王国にも存在していた。だがここまで組織化はしていなかった。冒険者と依頼者は個人的な繋がりを必要とし、事態によっては明らかに相場を超えた莫大な金額を要求される詐欺まがいの冒険者も存在していた。だからこそ、冒険者委員会の存在は、ジンの関心を引き寄せたのだ。


 冒険者委員会とは冒険者のサポートをする組織である。大前提として、冒険者とは自治体や組織、個人などから依頼を受けて仕事をこなし、報酬を納める職業の事だ。

 冒険者委員会はそのサポートをしている。大体の依頼は一度冒険者委員会に集められる。そして対象の地域と必要な能力に応じて、適切な冒険者の斡旋、もしくは掲示板に張り出しての受託待ちということになる。

 冒険者は依頼の達成実績とその能力に応じてランク分けされている。下からアンフ、ドアン、ディル、マトリ、クラセ、パルフ、ユルテムとなっている。最下位のアンフが冒険者全員最初に登録されるランク。それから一つ一つ仕事をこなしてランクを上げていくのだが、凡人の限界はクラッセだと言われているらしい。クラッセから先のランクとなると、年に一組生まれるかどうかだそうだ。こう聞くと頻度が高いように感じるが、要はチームですら行けるかどうかの領域。それだけパルフェに到達するのは難しいことであり、ユルティムが隔絶された存在なのだとわかる。

 そしてこれらランクの条件を踏まえたうえで、依頼には、内容、地域、想定される危険などから冒険者委員会がレベルを設定する。冒険者たちは最初こそ委員会から勧められた仕事をこなすが、いずれ経験と内容から自分たちに見合ったレベルの依頼を受けることになる。つまりめちゃくちゃな依頼に遭遇することは基本的に無いのだ。


 と、ここまで受付嬢が説明をしていた。

 懇切丁寧に語ってくれたのだろうが、ジンの頭に浮かんでいたのは気のいい八百屋のオヤジ。悪いとは思ったが、最初に話してくれた人の印象が強すぎたのだ。


「それで、こちらで冒険者登録をしますか?」

「はい、俺と連れの二人を登録します」

「ではこちらにお名前をお願いします」


 差し出された紙に目を通す。自分の知っている文字と同じで少しだけ安心した。生まれてから17年、五百年前に無かった言葉もいくつか聞いていたし、文字も五百年前と同じだと知っていたが、敵国の急襲からこっち、改めて同じ文字を使っているという事実が胸に沁みたのだ。

 紙の内容、主に冒険者として活動する上での委員会との契約内容に目を通していく。内容は委員会を通して受けた依頼の報酬の一部は委員会に渡すということ、規約に違反した場合は特例を除いて委員会から除籍になるということ、非常時の委員会による命令には従うということなど、ある意味契約としては当然の内容が並んでいた。

 その中に冒険者としてランクを上げる方法が記されていた。


 冒険者としてランクを上げるには、そのランクで指定されているレベル数値以上の依頼をこなし、昇格試験となる委員会指定の依頼をこなすこと。例えば、最低ランクのアンフからドアンに昇格する条件は、受けた依頼の合計レベルが500以上達成した依頼数が100以上となっている。

 アンフランクが受けられる依頼の最高レベルが20。つまり最高レベルを二十五回こなせば昇格条件を満たすことになる。だがそれは逆に、二十五回も自分たちを限界ギリギリの危険に晒すということになる。かといって低レベルな依頼ばかり受けていると、自分たちの能力が上がらないし、いつまで経っても昇格条件が満たせずに同じランクで立ち往生することになる。

 そのバランスをとりつつ、自分たちを成長させ、いかに条件を達成するかも、昇格においては大事な要素になっている。とジンは他人事のように考察した。

 ジンはすでにその領域を逸脱しているのだ。


 他の項目も全て確認し、それらしい怪しい項目も無かったので、記名欄にサラサラと名前を記す。

 そしてペンをジェッスに渡した。わずかに狼狽えながらもそれを受け取り、ジェッスも受付嬢の前で契約書に向き合った。


「なあ」


 ジェッスが書き終わるまで依頼が張り出された掲示板でも観に行こうかとしていたジンは、話しかけられたことでやや不快に思いながら視線を戻す。

 すると、ジェッスが間抜けな顔をして紙を指さしていた。


「これなんて読むんだ?」

「は?」


 ジンの口から間抜けな声が出た。

 ジェッスが指さしていたのは最初の一文、スタートのところから躓いていた。


「お前、字が読めないのか? 書くのは?」

「できるわけないだろ?」


 当たり前のことを聞くなと、言外に言われていた。

 視線を逸らし、チラリと受付嬢の顔を見る。受付嬢は少しも不思議そうな顔をしていなかった。聞こえていないというのもあるだろうが、周りの飲んだくれたちも気にする様子は無い。

 この事実にジンは今世でいちばんの衝撃を受けた。


 かつてジンがドミ・ステイルとして生きていた頃、大陸統一を成し遂げたステイル王国の識字率は90%を超えていた。独自の文化で暮らす部族など、教育機関に行くことが無いが、国土に暮らしていることで国民とカウントしていた人種を除けば、識字率は実に95%を超えている。これは統一まで存在していた国々では達成できなかった数字だった。

 人知れず拳を握りしめる。自分が作り上げた国が崩れてしまったことに憤っているのではない。ただ文化や願いが継承されていないことが、どうにも寂しくなったのだ。


「わかった。俺が代わりに読み上げよう」


 ジンは泣きたくなる気持ちを抑え込んで、契約書の内容を読み始めた。ジェッスでも理解できるように噛み砕いて。

 しばらく時間がかかったが、とりあえず内容を理解させてから、ジェッス・ドミラスの名前を書き終わることに成功した。前世で政務などで一日座りっぱなし、貴族が媚を売りに来る交流会など疲れることはたくさんあった。似たようではあるが、まったく別方向の疲れに、ジンは僅かな眩暈を覚えた。

 受付嬢に書類を渡し、しばらく受付嬢は書類に目を通していた。そしてそれを棚の中に仕舞い、再び笑顔を二人に向けた。


「はい、内容確認させていただきました。順次、お二人の登録証も発行させていただきます」

「わかりました」

「それではこちらをどうぞ」


 書類を仕舞ったのとは別の棚を開けて謎の書類を取り出した。それを受け取った二人、正確に内容を読み取ったのはジンだけだが、は眉間にしわを寄せる。


「あの……これは?」


 ジンは渡された紙の内容に怪訝な顔をする。いずれ目を通すと思っていた書類だが、想像よりも早すぎたからだ。

 ジンの心を読み取ったのか、受付嬢はにんまりと人当たりの良い笑みを浮かべて、その豊満な胸の前で手を組んだ。


「通過儀礼です。お二人には、サリアケの森で薬草を採ってきていただきます」

「は?」


 受付嬢の言葉でようやく事態を理解したジェッス。さすがに驚きの声が漏れてしまった。




「お疲れ様」


 声をかけられ、屯所で休憩中の髭面の兵士はその方向を向いた。

 話しかけた男もまた兵士だ。しかしその格好は髭面のものとは異なっている。兵士皆が着用するような茶色の制服は纏っておらず、シンプルなシャツとズボンに紺色のジャケットを纏っている。仮に街中で彼を見かけても兵士だとは思えない。唯一兵士と判断できる要素は腰に刺した直刀くらいだ。

 五十を過ぎている顔には年相応の皺が刻まれている。それでも服の上からでもわかるような筋肉量をしており、筋肉があり過ぎというわけでは決してないため、兵士としては理想的な体型だった。


「お疲れ様です。今日は非番では?」

「まあ暇だったからな。何か変わったことは?」


 男は顎を掻きながら尋ねる。その融和な笑みは兵士とは思えないほど朗らかだった。


「それがあったんですよ! バークベアの死骸を丸々一個持ってきた商人が居たんです!」


 髭面の兵士は鼻息を荒くして、身振りを大きくしながら言った。


「バークベア? それは凄いな。初めて見る商人だったのか?」


 男もこの街の兵士。バークベアの危険性は十分熟知していた。だからこそ、見知らぬ強者が殺したのではと疑ったのだ。

 髭面はそれを、両腕を振って否定した。


「いえ! よく見る商人の一人ですよ! 森で同種の喧嘩による死骸を拾ったと言っていました」

「ほう?」


 男の雰囲気がわずかに変わる。だが興奮する髭面は気づかない。


「どんな死骸だった?」

「綺麗でしたよ、胴体が斜めに一閃、バックリ切られてました」

「そうか……休憩中に悪いな。俺も興味が湧いた。バークベアを見にいってみるよ」

「ぜひ! グォンさん!」


 そう言ってグォン・ダルメットは手を一度だけ振り、屯所を出ていった。


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