初めての町
ガラガラと音を立てて、土くれを踏みつぶしながら馬車は森を進んだ。
途中から荷物が重くなってしまったせいで、馬の進みが遅くなってしまったが、それでもほぼ定刻通りだった。
徐々に周りの木々が減っていって、それに従って木で隠れていた城壁のようなものが見えた。魔獣の侵攻を防ぐためだろうそれは、ところどころに傷を作りながらも、森を切り開いて作った平原のど真ん中で、堂々と聳え立っていた。
馬車は壁の人が集まっている場所へと進む。そこでは人々、そして馬車が一列になって並んでいた。先頭ではシンプルな木と金属でできた槍を持った兵士らしき二人組が、入ろうとする人たちに質問をして、返答を聞いてから中へと通していた。
この町は森と隣接しているために、魔獣対策の防壁を建造しているのだ。そして国境からも近いために、他国のスパイやテロリストの類を入れないための対策として検問を設けて、何度目の入国であれ質問を義務付けている。
だんだんと人が溜まり、商人の後ろにも新しい入場希望者が並んだ。その人たちが荷物を見てざわめくから、前の人たちも気になって振り返り、余計に騒ぎは大きくなる。並ぶ前から予想していたこととはいえ、御者は居心地が悪い思いをしながら自分の番を待った。
やがて人だかりは壁の中へと流れていき、馬車の番が来た。
当然、兵士たちはざわついた様子を見せる。なぜなら、馬車の後ろ、鎖で繋がれた非常用の荷台には、このあたりでは最も強力で狂暴な魔物、バークベアの死骸が乗せられていたのだから。
「商人? これは」
御者に尋ねる。
御者は商人として何度もこの町に仕事に来た事があった。だからこの町の兵士ともある程度知り合いで、質問してきたひげ面の兵士とも知り合いだった。
「森で死骸を拾ったんだ」
兵士の目が鋭くなった。御者は身を小さくして、早くこの時間が終わってほしいと心で呟く。
二人で荷台のバークベアを中心にぐるぐる回って観察する。胴体には致命傷だろう大きな切り傷が一つ。深いが貫通はしていないようで、それ以外に目立った傷は無い。
「よく運搬できたな」
バークベアの体躯は兵士の倍ほど。大人でも一人で運ぶのは不可能だ。
「途中で出稼ぎに行きたいっていうガキどもを拾いましてね。その二人が協力してくれたんですよ」
「ガキども?」
「ええ、中に居ますよ」
言われて兵士は御者が座っている馬車の荷台に目をやった。天幕で中が見えないが、いつもなら商品がぎっしり詰まっているはずだ。
「確かめても?」
「もちろん」
御者は堂々と頷いた。
馬車の入り口を隠している幕を腕で避けて、兵士は中へ首を突っ込んだ。すると中には二人の見慣れない少年が居た。一人は白髪に青い瞳という目立つ姿の少年、もう一人は黒髪に黒い目とシンプルだが、極度に目つきが悪く、座り方も荒い不良のようなイメージのある少年だった。
不良のような少年と目が合う。一瞬だけ鋭く睨みつけられて、一瞬だけ委縮してしまった。
「兵士さん。どうしました?」
白髪の少年が穏やかに話しかけた。
兵士はほっと息を吐く。黒髪の方と話すより、白髪の方と話したかったのだ。白髪の方が穏やかそうだったから。
「君たちは何者だね?」
「俺たちは村から出稼ぎに来たんだ。その途中でバークベアを発見して、これの運搬を手伝うから乗せてほしいって頼んだんだよ」
顎に手を当て、少年の言葉を咀嚼した。
簡単に言っていることを纏めると、このバークベアは別の何者かに倒されたということになる。バークベアは魔獣のランクBに相当する魔獣、町の前に広がる“サリアケの森”では敵なしの魔獣で、何人が被害にあった事か分からないほどの強さだ。
仮にこの熊が魔獣同士の戦いで敗れたのだとしたら、どう考えても都市決戦を想定しなくてはならない。そんなことになれば町のあらゆる動きがストップするし、何より人的被害は想像もつかない。
額ににじんだ、じっとりとした嫌な汗をぬぐう。だが背中で暴れる悪寒までは消えてくれない。
「心配はわかります」
白髪の少年が優しく声をかけた。
まるですがるように顔を上げる。少年の瞳は優しい、というよりも、まるで慈悲深い王のような瞳だった。
「でも大丈夫ですよ。俺たち見たんですけど、バークベア同士の喧嘩でしたから」
「バークベア……同士? 同族殺しだったのか?」
バークベアが同族を殺すなんて聞いたことが無い。ただ目撃されていないだけで、その可能性もあるのだと感じる。というよりそれにすがりたい。
「ええ、爪が腹を切り裂いて、絶命したんですよ。相手のバークベアもボロボロで、どこかに行っちゃいましたけど」
少年は黒髪に「だよなあ?」と声をかける。ぼーっとでもしていたのか、黒髪は突然を話を振られて「おっ、おう」と一拍置いてから答えていた。
二人が事実として見たというのならばそれを信じるしかない。というかそれを信じたい。
「第一、俺たちがバークベアを倒せるわけないでしょ。二匹が喧嘩してるとき、必死で隠れてたんですから」
白髪の少年が柔らかい笑顔で笑いかけた。
“確かに”と兵士は心の中で呟いた。目の前で笑う少年は服の上からでもわかるほどバランスの取れた筋肉をしているが、それでも威圧感を与えるほどではない。この少年がバークベアを殺せるとは思えなかった。
希望的観測も含んだ考えは、やがてひげ面の兵士の中で、そしてその検問の兵士たちの中で事実となっていく。
「わかった。通ってよし! 商業組合への申請を忘れるなよ! ようこそアロンへ!」
できるだけ勇ましく叫んだ。圧倒されたことを隠すかのように。
御者はそれにうなづき、白髪の少年も「どうも」と言ってお辞儀をした。そして馬車の中に引っ込んでいく。
鞭を叩くピシャリという音がして、馬が再び馬車を引き始めた。
壁の中へと消えていく馬車を見送って、未だずらりと並ぶ列へとひげ面の兵士は向き直る。
「次の者」
町に入ってすぐ、二人は馬車を降りた。
町の様子はジンの思っていたものと僅かに違っていた。道を行き交う人々の様子も、石づくりであろう村よりも立派な作りの家もある意味想像通り。
想像と違っていたのは発展だ。五百年も経っている。ジンの知っている町よりも、大きく発展しているのだろうと思っていた。だが馬車は行き交うし建物も昔に比べてはるかに立派だ。
知識には無い光景ももちろんある。道の両脇に建物や路地があるのは当然として、道の端っこに等間隔に謎の鉄製支柱が突き刺してある。支柱の先端にはどんぐり型のガラスがくっつけられていて、高い位置にあるせいでよく見えないが、中に何か黒っぽいものが設置されているようだった。
表通りの両側には八百屋や精肉店、雑貨屋など多種多様な店が立ち並び、今日もだが、普段からにぎわっているのを感じられた。
「なあ、なんであんな嘘ついたんだ?」
ジェッスが不思議そうに言った。
「嘘? ああ、バークベアを殺したのが俺だとバレると面倒だと思ってさ」
「なんでだよ。馬車も行っちまうしよ」
ジェッスは舌打ちしながら通りの向こう側を眺めた。
さっき別れた御者は商人仲間と合流したらしく、仲間たちと自分が入手したバークベアの事を話している。周囲を驚きに染まった野次馬が取り囲み、さっきまで一緒だった御者は少し誇らしげだ。
「自慢できたんじゃねえの?」
「目立ちたくないんだよ」
ジンは、わかるだろ? と表情で訴える。
確かに三日歩いたとはいえ、この町アロンと滅ぼされた村は街道で繋がっている。だとしたら、帰らぬ兵士たちを探しに来た兵士たちが「この町へ犯人が逃れた」と考えるのも当然の思考。そこで目立つのはあまりに愚策と言えるだろう。
それに何度か登場している魔獣の“ランク”という単語がよくわかっていないのも問題として大きい。ドミとして生きていた頃にも、魔獣の強さで大体分ける程度の区分はあった。おそらくは分け方の一つだろうが、はっきりとしない以上はおおっぴらに自分が倒したと吹聴しない方が良い。御者にも口裏を合わせるように―脅しながら―言ってある。
「そうら美味いリンゴが取れたよ! 早い者勝ちだ!」
八百屋の一つで色黒の店主が声を張り上げていた。叫んだ直後、常連らしき主婦が店主と話してから野菜を購入していた。話し方から、店主の気さくさを感じられた。
狙いを定めてジンは、懐から財布を取りだす。
「おじさん。リンゴください」
「あいよっ!」
にこやかに話しかけた。店主の男もそれに応じ、リンゴを一つジンに手渡す。
「二人とも見ねえ顔だな」
店主が品定めするかのような瞳でジンとジェッスを見た。ジェッスはやや不快そうに視線から逃れようとする。ジンは、ただにこやかにそれに応じた。
「村から出稼ぎに来ていてね? 何もない村人が出稼ぎで稼ぎやすい仕事ってありません?」
ジンはにこやかに笑いながら言った。とても嘘をついているとは思えないくらい綺麗に。
店主は顎に手を当ててしばらく唸った後、ジンとジェッスの体を見て、一度指を弾いた。
「お前ら体力ありそうだからな。一つ心当たりあるぜ?」
「それは?」
ジンができるだけ普通の口調で尋ねた。しかし数日一緒に居るジェッスからは、溢れる期待感が感じられた。
「冒険者だ」
町の名はアロン。
アイル王国の国境近くにある町。
凶悪なバークベアを頂点にした“サリアケの森”が側にあるため、町は堅牢な壁に囲まれて、優秀な兵士たちに守られている。
アロンはディモス家という貴族によって運営される。
この時代において、比較的平和な町である。
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