再会する親子
話についていけないジェッスとキクリを連れて、全員で馬車へと戻る。未だマダリアの意識は戻らず、キュレイブと共に腕をロープで拘束して荷物のように無理やり引きずって運び込んだ。
マダリアとキュレイブを雑に投げ入れ、それぞれの位置に座り込む。これもまた、ついていけない二人を混乱させた。
ジンの隣にミリルが座る。それまでは良い、だが、ミリルがべたべたしていない上に、なぜか膝の上にさっきまで殺し合っていたはずの少女が頭を乗せている。しかも飼い猫のように甘えた様子までみせて。
「おいラスティア。なんで戦わない。お前なら殺せるだろ」
どうやらラスティア、というらしい。
キクリは頭の上に疑問符を浮かべた。さっき三人は、少女の事をハルと呼んでいた。
横に座るキクリが首をかしげたのを見て、ジェッスはキクリの内にある疑問のほぼすべてを理解できた。そして同時に、納得の表情を浮かべた。
「ラスティア? それが今の名前か?」
「うん。ラスティア・メリボッシ。でもハル・ステイルの方が好き」
「そうか。嬉しいよ」
そう言って、ジンはラスティアの頭を撫でる。するとまるで猫が喉を撫でられたように、ラスティアはご満悦の表情を浮かべた。
これに三者三様のショックを受ける。
さっきまでこちらを殺そうとしてきた少女が、自分たちの味方に心から甘えている姿が異様に思えてならない側と、自分たちの味方のはずの少女が敵に心から甘えている姿、付け加えるなら針山のように鋭い態度を取っていたはずの少女が甘えていることに違和感を抱いた側だ。
「ジン。そいつもか?」
「そうだ、ハル・ステイル。僕たちの義子でステイルの王女だった」
ジェッスはジンの回答に納得の色を浮かべた。周囲はそうでなかったが。
「えと……ステイルって、あの伝説の王国の? でもそんな遠い時代の話……」
「まあまず飲み込め」
面倒な話が始まりそうだったので、キリルの口を抑え込み黙らせる。不満げな視線も無視し、さっさと話題を進めろと、視線でジンに促した。
口よりもうるさい視線に、ジンは苦笑いしながら、マダリアとキュレイブの方を見た。
「教えてくれラスティア、こいつらは何者なんだ?」
ミリルに膝枕をされたまま腕を組み、考えるそぶりをみせて、起き上がって首を曲げた。
「ん~……ごめん。言えない」
「言えない? どうして?」
ミリルが覗き込んで尋ねる。
ややめんどくさそうな顔をして起き上がり、おもむろに腹を見せた。
キクリが反射的にジェッスの目に拳を食らわせる。悶絶するジェッスをよそに、ジンたちはラスティアのへそに注目していた。
ラスティアのへそを中心に、不気味でこちらをにらみつけるような目のようなマークが刻まれている。
「なんだそれ」
「誓いの目、仮に秘密を語ってしまった場合、死の呪いを受ける魔具。これはその効果が出てる証拠」
「なるほど。それがある限り話せないというわけか」
「うん。作戦に参加したみんなにあるよ。場所は知らないけど」
ザイルが勢いよく立ち上がり、腕を縛り上げた二人の体を無造作に確認する。大きさは違うが、マダリアはうなじ、キュレイブは腰にあった。
ジンはゆっくりとラスティアの腹に触れる。一本一本、感触を確かめるかのように指を置き、やがて手全体で撫でる。ラスティアが少しくすぐったそうにして、ミリルは優しく体を抱きしめた。
「人の娘に、こんな気持ち悪いものを付けやがって……」
軋み音がした。古い床板を踏んだ時のような、不安になる軋み音が。
自然と、首筋を汗が伝っていく。まだ空は暗く、太陽が出ても熱いと感じるほどではない。この空間では誰も炎を出していないし、火に近づいていもいない。
「ぐちゃぐちゃにしてやる」
「ジン。顔怖いよ」
「パパ怒りすぎ」
呆れた顔で咎める妻と、優しく抱きしめてくれる娘が、父親を怒りから引き戻した。
「悪い……少し怒りすぎたようだ」
肺の奥から勢いよく空気が飛び出した。強烈なプレッシャーから解放された安堵感が、弱者たちの体を軽くする。
隣に座っていたキクリは、すっかり魂が抜けたようになってしまい、ジェッスは呆れながら後頭部を叩き、何とかこの世に魂を戻してやった。ちらりと視線をやると、マダリアは強烈な殺気に触発され意識を戻していたようだった。さすがと言うべきか、二人とも驚いてこそいるものの、平然とした顔でジンの方を見ていた。
「ミリル、ラスティア。二人は外に行っててくれ」
「わかった」
馬車から出ていくのを見送ると、ジンはザイルに手で指示を出し、それに従うように水晶龍を抜いた。
二人は拘束したマダリアとキュレイブの前に立ち、刃を二人の間に置き、にらみつけた。
「さて質問だ」
「何を聞かれようと、答える気はないわ」
「気がある。無いの話じゃねえ。黙ってろ」
マダリアの首筋に静かに刃を当てる。あまりの切れ味に、簡単に薄皮が切れた。
「君たちは、テネスキュリテだ。そうだろ?」
二人の表情が変わった。ジェッスとキクリにも、はっきりと見て取れる変化だった。
「ああ、ああ。語るな。わかったから。その魔具はおそらく、キーワードに反応するタイプだろ? つまり俺たちが何を語ろうが、君らがボロを出さない限り大丈夫ということだ。テネスキュリテの事は聞いていたし、そもそも別にテネスキュリテでなかったとしても、何かしらの裏社会の組織であるだろうとは思っていた。テネスキュリテの名前を出して、どんな風に動揺するのかが見たかったんだ」
「あの……」
「なんだいキクリ」
「どうして裏社会の組織だと? 他国の貴族の線も」
「それも考えたが、奪う事のリスクと、宝具を手に入れて何がしたいかと考えたとき、真っ先に売るという手段が思いついた。じゃあ適当に、裏組織と考えるのが普通だろう」
ジンの理屈はかなり粗が多いが、現状思いつく限りの状況としてはある程度適切と言える。
「そうだな。裏社会と気づいた理由をもっと言うなら、捨て駒の彼らのほとんどは全員何かしらの手段で脅したんだろう? じゃなきゃもっと躊躇して命を使う。家族を殺すあたりが適当かな」
「なるほどな。だから俺の水晶を見ても逃げなかったわけか」
「逃げたら家族が死ぬからね。逃げられるわけがない。中にはただの下っ端構成員も居ただろうけど、あれだけの数となるとね」
ジェッスがちらりと二人を見る。
顔を床に向けているから分からないが、やけに汗ばんでいるように見える。ランタンに照らされた薄暗い空間で、二人の顔がやけに青白いように見えた。
気づいているのか居ないのか、ジンはおもむろにナイフを取り出して座らせている二人の後ろに回り込んだ。
「一つ聞こう。解放されたとして、君らはどうする? 作戦失敗を報告に行くか? それともここで俺たちを殺すか? 捕らえて」
切っ先をキュレイブの爪の間に差し込んだ。ミリミリと中へと入りこみ、ゆっくりと爪を剥がす。
「拷問するか」
剥がした爪を、わざわざ顔の横から腕を出して見せつけた。
血が付いた一枚の爪はかなりグロテスクで、キクリは思わず口を抑える。
「趣味わりぃぞジン」
「すごいね。息は荒くなってるが、痛がる様子は見せない。よく訓練されている証拠だ」
「嬉しくないね……」
「そうだろうね。じゃあ、本格的に聞いてみたい情報もあるし、次をしようか」
生爪を捨て、また爪と肉の間に切っ先を差し込む。
「キクリの宝具、太陽の鍵を狙う理由はなんだ?」
初めてキュレイブとマダリアが肩を震わせた。
ジンはゆっくりナイフの切っ先を差し込んでいく。
「君たちの目的はどこにある? 太陽の鍵で何をする気だ?」
見るのも嫌になり、ジェッスとキクリは視線を逸らしたくなった。だが、床の軋み、衣擦れ、空気を揺らした一振でさえも、ピンと張った糸のようなこの空気を壊し、全てが自らに向かって来るようで、二人は視線すらも逸らせず、ジンとキュレイブをまじまじ見つめ続けていた。
やがてナイフはキュレイブの爪を浮かし、癒着していた肉がメリメリ音を立て始める。
「さて、話してくれないか?」
「それはお話できませんよ」
馬車の外から声が聞こえた。
声のおかげと言うべきか、限界だった馬車の空気は一気に晴れ、ジェッスとキクリは喉を絞められた後のように激しく息をする。
ザイルは納刀し、馬車の垂れ幕を避ける。
そこには、服に血をしみこませたボン・グラムがそこに居た。
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更新が久しぶりになり申し訳ありません! リアルがかなり忙しいです! 人生そんなもんですかね。また次回!




