いずれまた
「君はたしか」
「ボン・グラム。殺したはずだが」
ジンの前に立ち、剣を抜いて警戒を全面に押し出す。
ボンは腰に刺した銃を抜き、静かに銃口をジンへ向け、銃口が合うなりトリガーを引いた。
静かになったはずの夜に銃声が轟く。弾丸は刀を包み込むように現れた水晶に、埋め込むように止められた。
「凄まじい速さ。鍛え上げた剣技も納得できる」
「おい」
鋭い牙を持つ野獣が、純粋な殺意をむき出しにする。抜き身の刀剣を喉に突きつけられたような殺意を、その場にいる全員が味わった。
「王に銃口を向ける罪、理解できてんのか?」
声と共に、ボンの喉元に噛み付くような突きを繰り出した。
ボンはギリギリ銃で受け止める。銃には深い傷が付くが、機能には問題がなかったようで、三発の弾丸を放つ。ザイルはそれを目にも止まらぬ速さの斬撃で叩き落とし、ボンを大きく蹴り飛ばした。
蹴りの威力に、ボンは空中へと弾き出される。空で弾丸を放ち、それに炎を合わせた。
ザイルは地面に刃を突き刺し、柱を生み出すように天へ向かって水晶を伸ばした。弾丸を当たり前のように水晶は受け止めた。
水晶の上に着地したボンは、ザイルを見下ろし、ニヤリと嫌味ったらしく口角を上げた。
「凄まじい」
「うるせえよ。牙を放て!」
ザイルが刀を振ると、空中に鋭く尖った水晶が現れ、真っ直ぐボンに向かって飛んで行った。
ボンは魔法を発動して大きな炎の塊を飛ばす。だが水晶が炎を貫き、水晶柱に命中した。水晶同士が砕き合い、柱は砕き折れた。ボンは崩壊する足場から飛び降り、軽々と地面に着地した。
「宝具……やはり素晴らしい」
ボンはニヤリと笑いながら銃を握った。
「おい。確かにお前は斬り殺したはずだ。なんで生きてる」
「……君は……というか、王ね……ハル・ステイル、その名は確かに知ってる。けど、死んでいるはずだ。五百年も前に」
「何を」
「君たち、転生してるんです?」
「……沈黙は肯定、ですかね?」
ザイルはすでに思考を放棄していた。
これはすでに、物理的な戦闘から情報戦へと移行している。そういった戦場は自分の居場所ではない。ジンの、自分の属する集団のリーダーの役割だ。
ジンはただ静かにボンを睨みつけていた。
言葉の意味を何度も咀嚼し、思考を巡らせる。すぐに思いついたのは、忠臣にして恩師であるグォン・ダルメットの残した言葉。
目の前の相手が何者なのか? 自分たちの生まれ変わりには何か理由があるのか? わからないことだらけではあったが、一つだけ確かなことがある。ここには自分だけではない、頼れる仲間たちが、これからの可能性を持つ若者たちがいる。若い自分が若者に期待するのもおかしいが、可能性は勇気を与えてくれる。
「お前は、何を言っていて、何を知っている?」
「なるほど。ごまかすと」
「さっさと答えろ」
ザイルが地面に薄い水晶を走らせ、ボンに攻撃を仕掛けた。
ボンはそれをステップで躱し、顎に手を当てて、見下すようなニヤついた顔で二人を見る。
「さすが、守護龍と謳われたステイル最強の剣士、キエル・ドーリシュですね。いや、親殺しのザイルと言えばいいかな?」
二人はその言葉に目を見開いた。
目の前の男は、自分たちの事情を全て知っている。前世だけではなく、前まで滞在した街で自分たちが何をしてきたのか、すらもだ。
ジンは拳を強く握った。現状、問題と言えるのは敵の目的が分からないこと。二人からすれば、自分たちの魂に関わる秘密さえも把握されてしまっている。目の前の男の正体も気になる。
ボンは懐から手のひらサイズの懐中時計のようなものを取り出した。スイッチを押すと、自然に蓋が開き、馬車の中から不気味に輝くピンク色の光が二つ飛んできた。光は懐中時計に吸い込まれるように消えていく。
「今、誓いの目の力を、マダリアとキュレイブから回収しました」
「……ラスティアからは回収してくれないのか?」
「裏切り者ですからね……ですが、二人を開放したら……考えましょう」
ザイルはちらりとジンを見る。
ジンの表情には複雑なものが浮かんでいた。
ザイルでは、そのすべてを推し量ることはできない。政はザイルの仕事の範疇に無い。複雑な大人同士の腹の探り合いやハメ合いなど、一瞬で知恵熱が出て退場処分になってしまう。
浮かぶものの中にはメリットもデメリットもたくさんあるだろう。情報を手に入れる機会を失うだとか、関係性を荒立てれば面倒なことが起こってしまうかもしれないだとか。そういう政治に似たものが。
それでも、ザイルはよく知っている。こういう時に、ジンは真っ先に自分の気持ちを犠牲にしてしまうタイプだと。
貴族の会議などでそんな場面を目撃しては、口を出せない自分の無知を呪った。王はいつでも自分を後回しにして、血を流そうが心が裂けようが戦い続けていた。
学が無ければ戦えない戦場がある。だからこそ自分は刃を振る戦場で戦い続けていた。守護龍などと呼ばれようが、その価値は全て王への忠誠にあるのだ。ジン自身が何を考えていようとも、ザイルの忠誠は、キエルだったころから全てジンのためにある。
思い出して、不思議と笑えた。
守護龍という異名を邪魔に思った事はない。ただ、肩にあった肩書と幹部のマントは五百年のかなたに消えて、王に合ったはずの冠も、上等にしつらえられた衣も消えて、今あるのは忠誠心と意思のみ。背負うものがあることだけは変わらないが、五百年の時と生まれ変わりが、多くて大変だったものを洗い流してくれたようだ。
ザイルは、晴れやかな気持ちでジンの肩を叩いた。
「考えんな。シンプルで良い。俺たちはここに居る」
ジンは僅かに目を見開き、ザイルに手で指示を出した。
ザイルはそれに従い、馬車から手足を縛ったままのマダリアとキュレイブの襟首をつかんで引っ張ってきた。段差で体を打ってもおかまなしだ。
ボンの目の前に捨てるように開放すると、少し離れたところからピンクの光が飛んできて、同じように懐中時計に触れて消えた。
「ありがとうございました。にしても、全員がここまでやられるとは。私はともかく、マダリアやキュレイブも負けるとは思いませんでしたよ。生け捕りにされているあたり、完敗です」
「そうか。じゃあもう一度生け捕りにしてやろう」
「さすがにそれはごめん被ります」
ジンが魔力をたぎらせると、ボンは懐から赤い錠剤のようなものがたっぷり詰まった小瓶を取り出す。コルクを抜いて一粒を摘まんだ。
「最後ですし、私の事を教えておきます」
「ボン・グラム。テネスキュリテ最高幹部の一人です。今回は新人たちの視察のために一般兵のふりをして参加していました。あなた方が敵となれば、我々も楽しくなることでしょう。以後、よろしくお願いしますよ。五百年前の戦士たちよ」
錠剤を地面にたたきつける。すると真っ赤な光が広がって、三人の体はいつの間にかどこかへ消えていた。
「すまない。ザイル」
「きにすんな。思うままやれつったのは俺だ」
せっかくの手がかりを逃してしまったのに、ザイルの表情は明るかった。
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