獣娘
「くあっ!!」
ジェッスの炎を纏った腕に少女の剣が激突し、地面を転がった。筋肉など欠片も感じられない、細腕の一撃を、ジェッスは受け止めきれなかったのだ。
そして少女は素早く影へと消え、再びジェッスに飛びかかる。何とか剣で受ける程度の事は出来ているが、完全な防御、まして反撃に移ることなど、今のジェッスではできようはずもない。
戦うには場所が最悪だ。太陽の鍵のおかげで夜闇は関係なく見えてはいるものの、建物の影がどこにでもある街中では、闇が晴れようとも相手は隠れてしまう。
「クソっ! 当たらねえ!」
派手な戦闘音が離れたところから聞こえてきた。もしかしたら援軍に来てくれるかもしれないし、逆に援軍が来てしまうかもしれない。どちらにせよグダグダと闘っていい状況ではない。
その時、炎をさらに強く纏うことを思いついた。反撃まではできずとも、相手にダメージを負わせる程度のことはできるはずだ。
鎧のように全身で燃え上がらせる。しかし、体に燃え上がった炎が、突然ふっと消えた。
「なっ?」
「ジェッスさん! 魔力が切れたんですよ!」
「なんだと!?」
そもそもジェッスは魔法を習得したて。熟練の魔法使いであるジンたちと共に訓練はしていたが、限界まで追い込むような訓練はまだしたことが無かった。自分の限界点を把握していないが故に魔法を使い過ぎ、魔力が底を突いたのだ。
歯ぎしりをして拳を握りなおす。
こんなところでは死ねない。こんなところで死んでは、自分が生き残った意味が無い。殺してやるのだ。自分をバカにした連中を、力を与えず奪うばかりだった連中を、したくも無い戦争に駆り立てた連中を。復讐するのだ。こんな少女など踏み越えて。
殺してやるのだ。この世界で笑っている全員を。
そんなことを思おうとも、魔力が回復するわけもない。
少女は剣を握り、ジェッスへと飛び込む。
「ちょっと待ちな!」
剣と刀がぶつかった。夜に金属音が残響し、少女は空中で一回転してから着地する。
「ザイル……」
「よ、結構傷ついてんなお前。下がっとけ」
血を流すジェッスに、ザイルはけらけらと笑ってみせた。
さすがにダメージが大きかったので、素直にキクリと同じ場所に居ることにした。
「さて。おっそろしいガキも居たもんだな。ガキが剣をブンブンしてちゃかわいくねえぜ」
「ふん……パパとママにかわいいっていっぱい言ってもらった事がある。私はかわいい」
馬鹿にしたようなザイルの言葉に、少女は鼻を鳴らして胸を張った。
ザイルはやや呆れた顔で後頭部を乱暴にひっかき、気を取り直すように刀を肩に乗せた。
「そうかよ。じゃあ、切らせてもらうぜ」
「どうせ切れない」
「それでも切るから、俺は強いんだ」
ジェッスが猛然と切りかかった。
何かを察したのか、最初剣を構えていた少女は回避を選択した。そして瓦礫を蹴り、空中を飛ぶように加速して切りかかった。ジェッスはそれを受け止めた。少女は受け止めた刀を足場にして再び空中へ。同じようにジェッスもジャンプし、二人は空中で切り合う。
「人の刀を踏むな!」
「しつこい。女の子にしつこいのはストーカー、ロリコン」
「じゃあ人を切っちゃならねえと習わなかったか!?」
ジェッスが思いっきり刀を振るう。少女は勢いを殺し切れず、建物の天井を突き破った。
ジェッスも同じ穴から建物へと入る。幸いにも中には誰も居ないようだったが、暗いうえに土煙が立ち込めて周囲の様子が分からない。
土煙を裂くような鋭い剣が襲ってきた。ギリギリで身を捩るが、脇腹を剣がかすめた。
「身を守るためなら切って良い。パパとママが教えてくれた」
「おっかねえ親だな。よほどバカなんじゃねえか?」
挑発的な笑顔を向ける。
すると少女の顔が変わった。さっきまではほぼ無表情だったのに、かわいらしい顔に凶悪とも言える表情を作ったのだ。
「パパとママを侮辱するな」
剣を引いた。
次の動作を予想する前に、引き絞られた弓のように剣が飛び出し、ザイルの頬をかすめて壁に突き刺さる。
反射的に刀で機動を変えていたが、そうでなければ確実に顔の中心を貫かれていた。
「随分怒るじゃねえか」
ザイルの顔にはもう、挑発も嘲笑も無い。目の前の危険に、戦士として全力で応じる姿勢だけが顔に浮き出ている。
「パパとママをバカにした」
剣を引き抜かず、さっきまで剣を握っていた拳でザイルを殴る。ガードが間に合いはしたが、あまりの威力に壁に激突しひびを入れてしまった。
「謝れ!!」
ザイルと比べて、あまりにも小さな体躯で殴る蹴るを繰り返す。小さいが故に、止めようとした手や足をすり抜ける。
「謝れよぉ!!!」
一度後ろに下がり、全身で倒れ込むように、全力で床を蹴った。蹴られた床は抉れ、大きなひびが何本も走る。
ザイルはガードの上からタックルを受け止め、壁を突き破り、地面を転がった。
少女は倒れるザイルに追撃を仕掛ける。
地面に刀を突き立てて軸にして蹴りを繰り出した。かなり素早い不意打ちに近い一撃だったが、少女はそれすらも簡単に回避してみせ、足に切りかかった。足が伸びきっていたので、ザイルは刀で全身を支えて回転し、投げ飛ばすように少女を蹴った。腹にザイルの足が当たった少女は、横なぎに建物に激突した。
「今、何が起こったかわかる?」
「ザイルが出てきた。そしたらガキが飛んだ」
「だよね」
少し離れた位置で見ている二人からすると、突然ザイルと少女が出てきて、短い間に何かしら攻防が行われたかと思うと、少女が突然吹っ飛んだ。ハイレベルな戦闘を見慣れていない二人には、今の攻防はその程度にしか見えなかった。そもそも少女を目で負いきれていないのだから仕方ないだろう。
立ち上がったザイルは刀を引き抜き、少女が倒れているだろう方向を睨みつける。
「クッソ……苦戦させんな」
「私が言いたい」
少女は当たり前みたいに瓦礫の中から現れた。
うんざりした顔で刀を肩に乗せる。片足を前に出し、膝を曲げて前傾姿勢。チンピラのような構え方だが、今にも切りかかることができる戦闘姿勢。ザイルが本気で切りかかるときの構えだ。
「切らせてもらう」
「うっさい……潰す」
殺意が激突した。
観戦していた二人は、同時に重く温い汗をかく。少女から放たれる殺意はザイルと同質の物。多数の視線を乗り越え、自らの刃を磨き上げた故に身に付く、歴戦の戦士が放つ強烈な殺気。
その時点で、そもそも自分たちの能力が及ぶ領域でないことは理解できる。更に信じがたいことに、少女は明らかに更なるポテンシャルを発揮してきた。
四つん這いになり、まるで猫のように背中を盛り上げ、殺意と共に地面がへこむほど腕と足に力を込める。爪が徐々に伸びて、地面が徐々に沈み込む。蓄えられた力を地面が受け止めきれていないのだ。
「唸れ」
「獣の作法」
二人が技を構えた。
すでに銃は抜かれている。お互いの心臓に銃口は向いている。あとは引き金を引くのみ。
のはずだったが、突然ザイルが殺意を消した。
「はっ」
「獣爪!!」
少女が飛び出すと、地面から強烈な砂塵が巻き上がり、吹き飛ばされた土が離れているはずのジェッスとキクリにまで降り注いだ。
「待て! お前! ハルか!!?」
「えっ?」
ザイルが叫ぶ。
言葉に少女も動揺した。が、空中では勢いを殺すことができず、そのままの勢いで、ノーガードのザイルの腹に激突した。ザイルは涎を吐き散らしながら吹き飛び、建物の壁に激突した。
また土煙が巻き上がる。だが今度は二人とも出てこなかった。
「どうなった?」
「二人とも瓦礫に……」
太陽の鍵のおかげで暗かろうと見えている。瓦礫までは見通せないが。
やがて瓦礫から少女が、完全に気絶したザイルの胸倉をつかんで現れた。二人は絶望しながらも、逃げの姿勢を取る。
再び戦うと警戒していたが、少女は意外にも二人を襲ってはこなかった。
「ねえ! なんで知ってんの!? 私の名前! ねえ!」
少女は白目で涎を流し続けるザイルを乱暴に振った。明らかに気絶しているのに容赦が無い。
「おい! 大丈夫かザイル!」
「すっごい音したけど?」
ようやくジンとミリルが来た。
泣きそうになりながら二人は援軍を見る。すると、少女が両腕を広げて二人に飛びついた。突然だったので抑えきれず、二人仲良く地面に転がった。
「えっ!? 何!?」
「どういう状況?」
二人とも困惑しながら、自分たちに頭を擦り付けてくる少女をなんとなく抱きとめた。
「パパ~ママ~、私だよ」
「へっ?」
「まっ、まさか」
「「ハル!?」」
「正解!」
三人はそのまま、抱き合いながら地面で転がっていた。聞こえてくる声には一切苦しさが無く、むしろ喜びにあふれていた。
「どうなってんだ?」
「さあ……」
さっきまで殺意をぶつけてきた少女の姿に、二人はぽかんとした顔を浮かべるだけ。
「とりあえず……戦いは終わりだ」
腹を抑えながら、ザイルが呟いた。
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しばらく更新が途絶えてすみませんでした。リアルが忙しいのでこれからも不安定になるかとは思いますが、定期的にみていただけると嬉しいです




