王が憎む罪
マダリアとミリルが戦う横で、少年とジンは睨み合う。
先に仕掛けたのはジンだ。片手を銃の形にして、指先に集中させた魔力に電気の形を当てる。グォンの得意とした、雷属性の応用形。
「電気の矢!」
矢の形をした電気が、文字通りの速さで少年へと迫る。
少年は一度ジャンプをして、まるでサーカスのようにくるりと身を翻して建物の上に着地した。あまりに軽い身のこなしに、ジンは思わず孫を褒めるような気持ちになった。
「ねえ。なんで僕らと敵対するの?」
少年が建物の縁に手をつき、膝を曲げてこちらを見下ろしている。
突然の質問にジンが動じることは無い。冷静に意図を探るのだ。敵対するというのは政治と同じ。心理を読み切り、自らの勢力にとって最良の状況を引き寄せる。
「なんで? とはどういうことだ? 襲われたから反撃しているんだ」
「そこがおかしいんだって。だってこの人数だよ? 普通降参するか逃げ出すって」
「なるほど」という言葉を、ジンは口の中で転がした。
言われてみれば、確かにこれだけの人数差があれば普通は逃げ出している。
それをしないのは、自分たちの実力を信頼しているからともう一つ、このような状況に慣れているからに他ならない。
戦場ではこの程度の人数差など別に日常でしかなかった。それに自分たちの力であれば、この程度の敵はいくらでも蹴散らせる。そういう自負と仲間への信頼があるからこそ、逃げようという考えがよぎりすらしなかった。
「まあ、実力に自信があるもので」
「そうなんだ。じゃあその思い上がり、僕が正してあげるよ」
少年は懐から二丁のリボルバー銃を取り出した。月光に照らされて銀色に輝く銃は、それだけで僅かな威圧感を放っている。
銃との戦いはジンにとって慣れないもの。実力に自信はあるが、ジンは警戒度を僅かに高めた。
「実力者が戦う時は、互いに名を知るべきだろう。俺はジン・ラバウル。よろしく」
「ああごめん。そういえば名乗ってなかったね。キュレイブ・タイン。死ぬ時までよろしく」
名乗ると同時に、キュレイブは弾丸をジンに放った。
ジンは身体強化魔法を使用して弾丸を躱し続ける。二、三発撃ったあたりで射撃をやめて近づいた。
小手調べとばかりに繰り出されたジャブをリボルバーで受け止め、超近距離で射撃をした。ジンは反射的にそれを躱し、キュレイブの小さな体を蹴り飛ばす。その蹴りの勢いに乗って、大きく跳ねてそこから射撃を繰り出した。力場で受け止められたことを確認すると、着地してから走りながら射撃する。それも力場で受け止めるが、ジンが弾丸に意識を割かれた隙に小柄な体を生かして低空から懐に入り込み、ジンの腹をリボルバーで殴りつけた。
ジンは思いっきり攻撃を受けてしまい、咳き込みながら後ろに下がる。
キュレイブはジンが腹を抑えている姿を見ながら排莢する。
金属が地面に落ちる音を聞きながら、キュレイブは容姿に似合わない生々しい舌打ちをした。
(こいつ……完全に僕の能力を探りにきてる。こっちの残弾を把握した上でさっきは拳しか無いと見切ってたっぽいし……)
「ん? どうしたの? 来ないの?」
ジンはそう言ってにこやかに笑って見せた。
キュレイブは体格が小さく筋力が低いため、それを補う銃を使用している。
それにしたって確実に急所に渾身の一撃を入れていた。なのにけろりとした顔で「もって攻めてこないのか?」などと言われては、軽く絶望を感じても仕方ないだろう。
「リロードは終わったよ。もう一回、行くよ!」
リボルバーを構えて連続で弾を撃ち出す。
ジンはそれを当然のように力場で受け止めたり回避する。動きの異常さにも半ば慣れてきたキュレイブは、再び引き金を引く。
次の弾丸はさっきまでと違っていた。
引き金を引くと同時に放たれた弾丸は、すでにジンの背後にある建物に着弾していた。
力場を展開していたにもかかわらず、背後の建物にすぐ着弾するほどの勢いを持つ弾丸。
ジンはそこに魔法を感じ取った。
「なるほど。その年で固有魔法持ちか」
相手の能力が少しも判明していない、ピンチには変わりない状況のはずなのだが、ジンはワクワクする感情を隠しきれなかった。
「行くぜ?」
ジンは頭ほどの大きさの氷を発生させた。そして同時にある一方向へ向かう力を持つ力場を発生させる。
氷プラスある一方向への強力な力。つまり氷を撃ち出す簡易的な発射台である。
片手に氷を持ち、ぴょんぴょん飛び回るキュレイブに狙いを定める。そしてもう片手で氷を叩き、力場の力を叩き込む。
「偉大なる砲撃!!」
氷は手のひらから真っ直ぐ撃ち出され、まさしく大砲並みの速さを持っていたが、キュレイブからすれば回避は案外容易かった。
乱回転する氷の砲撃が民家に命中する。するとガラガラと派手な音を立てて屋根が崩れ落ちた。
「化け物め!」
降り注ぐ弾丸を躱し続ける。
自分が砕いた建物に近寄ると瓦礫に触れた。すると瓦礫は氷と同じように、突然浮いてキュレイブに向かって動き出した。
キュレイブは素早くリロードして、自分に迫った瓦礫を素早く撃ち砕く。大きな破片は全て砕かれ、砂がキュレイブに降りかかった。
キュレイブは舌打ちしながら魔力を片手に集中させる。
すでに弾切れだ。だが魔力を込め、普段魔法をしようするのと同じように魔法を使うことで、魔力の集中率と使いやすさを向上させた攻撃を繰り出すことができる。
「汎用型魔法基本形! 水弾!」
銃口から水が打ち出された。水は速さによっては鉄すらも切断する。銃というイメージを持ちやすいもののおかげで、より速さのイメージを魔法に反映することができているのだ。
ジンは水を転がって回避する。
転がった先に連続して水の弾丸が撃ち込まれた。ジンは走ってそれを回避する。
速度は普通の弾丸並みだが、正直異常に早いあの弾よりはマシだった。
やがて路地へと追い込まれる。
睨み合う二人は、互いに魔力に集中した。
「水散弾!」
キュレイブが発射した水の弾はさっきよりも大きかった。途中で弾けて、散弾となり襲いかかる。
ジンは力場を展開し、全ての水を受け止めた。
「流石に、この程度の弾丸じゃダメだよ」
その時だ、ジンはキュレイブが片方の銃口しかこちらへ向けていないことに気づいた。
キュレイブはぴくりとも表情を変えず、素早く腰のホルスターから拳銃を引き抜き引き金を引いた。
ジンはキュレイブが引き金を引くよりも早く両手を構えて力場を展開した。
確実に間に合った。ジンはそう確信した。視覚だけではなく、ドミの頃から培った、百戦錬磨の感覚が、勝ったと告げていたのだ。そのはずなのに、ジンの手のひらは撃ち抜かれ、丸い穴が空いて血が流れ出ていた。
全てを防ぐことができていたはずなのに、力場がいとも容易く撃ち抜かれた。
ジンはチラリと後ろの壁を見る。建物にも、小さな穴が空いていた。
「何ボケっとしてんだよ!」
視線を外していたせいで、キュレイブの蹴りをまともに受けることになってしまった。
壁を突き破り、建物の中へと吹き飛ばされる。
土煙と瓦礫に塗れながら、薄汚れた暗い部屋でなんとか立ち上がった。
「いってて」
痛む頭を撫でる。
ふと視線を下にやると、そこには頭から血を流す妙齢の女性が居た。寝ぼけ眼の子供が、何が起こっているのかわからない顔で女性に寄り添っている。
やがて温かいものが漏れ出ていることに気づき、月光でそれが赤いことに気づいた。
「まま? まま!?」
異常事態を理解した子供は半狂乱になって女性を揺さぶる。
「……うるっさいな」
キュレイブは子供を撃ち抜いた。
頭から血を流し、子供は倒れ静かになってしまった。
「なぜ、撃った?」
「……うるさかったから。それ以外に理由要る?」
悪びれる様子もなくガンスピンをする。
ジンは一度子供を見た。片手はボロボロのブランケットを握っている。おそらくは母親と共用していたのだろう。半分ほどはまだ母親に乗せられたままだ。
ジンはこの時、キュレイブに初めて明確な殺意をぶつけた。それはアロンの冒険者委員会で発したものとは違う、ヘドロが絡みつくような、暗くおどろおどろしい殺意だった。
それを真正面から受けたキュレイブは大きく後ろに跳び退く。首に手を添えると、生暖かい汗が溢れ出てきていた。
(……血かと思った……)
「……悪びれたなら、これは事故だと、俺も罪悪感を感じ、反省するつもりだった。いや、母親の方に関しては、俺もそうだ」
ゆっくりと建物から外に出る。
「互いに武器を向ければ戦闘相手さ、いくら殺しても、殺されても文句は言えない。ただし、そうでない相手は別だ。武器を向けていなければ、どこまで行っても部外者だ」
キュレイブは素早くリロードをした。次の動作は間違いなく違う。そんな本能的な叫びが、キュレイブの体を突き動かしていたのだ。
「部外者を戦いに巻き込む罪深さ、その体に教え込んでやる」
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