最強の王妃であるために、太陽を守りぬために
「おらあ!!」
マダリアの蹴りだ。空気を切り裂くような鋭さと鞭のような柔軟さを持ち合わせる。のだが、ミリルはごく当たり前のように躱した。
まるで槍のような鋭い蹴りを放たれる。ミリルはそれを躱して、伸び切った膝を蹴り上げた。関節に従うように蹴りを入れたため、関節が破壊されることはなく、素直に膝が折れ曲がった。
そのまま、抱え込むように足を捕まえて、マダリアを投げ飛ばす。
空中で乱回転しながら、マダリアはミリルの豹変に驚いていた。
(さっきまでは、分析していたから本気を出していなかったのか!? ふざけんな、あの物量と全力出さずにやり合ってただと!?)
「クソが!!」
投げ飛ばされながら魔力に、水という形を与える。
手に発生させた水に圧倒的な勢いをつけて、まるで弾丸のように打ち出した。
ミリルはその場で、まるで通行人を躱すかのように、わずかに身を捩るだけで全ての水滴を回避してみせた。
「なあっ」
「なんで驚いてるの?」
着地したマダリアを、ごく当たり前のようにミリルは蹴り飛ばした。建物に激突し、わずかに意識が揺らぐ。
恐怖ではない。ただシンプルな困惑。マダリアにとって、自分の体格は格闘術の肝であった。己の恵まれた体格と、鍛え上げた筋肉があれば大抵のやつは殴り倒せてきた。2メートル越えの身長があれば男でさえも見下せた。
なのに、今自分の胸ほどもない体格の少女に投げ飛ばされ、殴られ、無様に地面を転がっている。
屈辱などという高尚な感情ではない。望むのは排除だ。自らの安寧の領域である、暴力の世界に入り込んできた女を駆逐しなくてはならない。そうでなければ、自らの安心の空間は崩れ去ってしまう。
「うざったいんだよ!!」
地上を滑るかのように走る。獲物を狙う猫のように柔軟な動きだ。
ミリルはそれに対し、一切魔法を使おうとはしなかった。近づいてくる様をただ見下ろす。2メートルはあろうかという巨体の女性が、160センチも無い自分が見下ろしていた。
「かあっ!!」
地面を抉りつつ拳を築き上げる。巻き上がった土がミリルの顔に届き、細かい砂煙がミリルの瞼を閉ざさせた。
顎を撃ち貫ける。そう思っていた。
がしかし、拳はごく当たり前のように空を切った。
「ばあ」
「きゃああああ!!」
思わず胸の前で拳を合わせて振るわせた。
振り返ると目を閉じたままのミリルがそこにいた。
「あはは、見た目の割に驚き方は女の子なんだね」
思わず顔が熱くなるのがわかった。自分よりもだいぶ若いであろう少女に煽られたことも腹が立つが、何よりもこんな甲高い悲鳴をあげてしまったことが恥ずかしい。人は咄嗟の時に本性が出るというが、自分の本性がこんな乙女の属性を持つとは、マダリアにとっては決して認めたくない事実なのだ。夜の街に響いてしまった声はともかく、真っ赤になっているであろう顔をミリルに見られていないのは、不幸中の幸いだろうか。
頭が冷静になっていくにつれ、理解した事実に今度は顔を青くする。
ミリルは顔に砂をつけて、まだ目を開いてもいない。つまりミリルは視界を潰された状態でマダリアの拳を躱し、完璧に背後へと回ったのだ。
躱すことだけなら、まずできるだろう。さっきまでの視界を思い出し、確実に拳が当たらない位置まで避ければいい。だが、相手の後ろに回り込むとなると別だ。相手の位置を正確に把握して、相手がどんな体勢なのかまで完璧に理解しなくてならない。そんなことは、目を閉じたままでは不可能なはずだ。
「なんなんだ? お前は。目を閉じていても見えているかのように振る舞い、単純な暴力でさえも私とタメを張るなんて」
「……魔法を使うってのはそう難しいことじゃない。ちょっとしたきっかけで能力が目覚めることもあるしね」
語りながら手のひらに結晶を発生させ、手のひらで踊るように動かした。もう片手には電気を。小さな火花が遊ぶように弾かせる。
いくら両手のひらで体の末端とはいえ、体内を巡る魔力をそれぞれ完璧にコントロールする。それだけでハイレベルな魔法使いであることがひしひしと伝わってくる。その程度のことは、いくらマダリアが肉体派とはいえ固有魔法を使うレベルであれば理解できる。
「真に強者となりたいのならば、表に出ない魔力すらも感じ取り、相手の魔力の波長を理解し、語感によらぬ魔力感覚を身につけること。それが、真に魔力を支配するということよ」
「は?」
マダリアはその言葉に戦慄した。
つまり、ミリルは見なくても、いやそもそも、見えるはずもない他人の体内の魔力の動きすらも理解できるということなのだろうか?
自分の思考に、マダリアは大袈裟に頭を振った。そんなことはありえない。あり得てはいけないのだ。そんな強さの常識から外れたような人間が、ゲラオスのような吐き溜めのような街にいてはならない。
マダリアは片手に魔力を集中させた。
「火? かな。魔力の流れが全く一緒ってことは、さっきの集団は強制的に魔力を動かされていたんだね」
何か恐ろしい言葉が聞こえてきたが、聞こえないふりをして炎を発射した。
ミリルはそれを当たり前のように躱す。
「強くなるって簡単じゃない。あなたの強さは、リスペクトするべきだと思う。けどごめん。単純に、私の方が強いだけ」
目にも止まらない速さでミリルは接近し、マダリアに蹴りを入れた。
怯むマダリアを連続で殴り、よろめいた足を刈り払うように蹴る。転んだマダリアが回避を選ぶ間もなく蹴り飛ばし、壁に体を叩きつけた。そこにタックルして、マダリアごと建物を貫く。
隣の路地に出た二人。マダリアはなんとか立ち上がったが、ごく普通に立つミリルの姿は、もはやマダリアに勝機を感じさせなかった。
「お前は……なんで、そんなに強くなった?」
それはただ純粋な興味だった。
マダリアが強くなった理由はいくつかある。自らの所属する組織は裏社会を生きる組織。強くなければ使い潰されて終わりだし、そもそも死ぬだけだ。生きるためには強くならなくてはならないのだ。
ミリルは顎に手を当て空を見上げた。完全に思考に意識を向けている今でさえ、攻撃を当てることは叶わないだろうとわかる。この程度で隙ができたと思うほど、マダリアは愚かではない。
「うん。簡単だよ」
「それは?」
「太陽を守るため」
マダリアは一瞬ぽかんとした。その一瞬で何度命を刈り取られていただろうかと、意識を戻してから思った。
「その心は?」
「太陽は唯一絶対、穢されてはならないもの。全てにとって平等であり、誰にでも降り注ぐ暖かな光。私はそれを独占したい。自分だけのものにして私だけを照らして欲しい。そのためには近くにいなくてはならない。近くにいるには、強くならなくてはならない。天に手を伸ばすとは、そういうことだよ」
「太陽だと? なんでそんなものが」
その時、マダリアは確かに見た。少女の、年齢には似合わぬ恍惚とした、暗く重苦しい愛に満ち溢れた表情を。ただ明るいだけの愛ならば、どれだけ楽に感じ取れただろうか。そこにあったのは、愛とも狂気とも言える、一線を超えたものだけだ。
「狂おしいほどに望むから、強くなったのよ」
マダリアはもう、逃げようとすら考えていない。
逃げられるのならば逃げたいが、もうそんな領域は過ぎ去っている。
全ての魔力を全身に巡らせ、身体強化へと回した。残りの魔力全てをつかって、一矢報いようとしているのだ。
「一応教えてあげる。私は今、右腕だけに魔力を集中させている。身体強化は全身よりも一部に集中させた方が効果が大きい。あなたの勢いが勝つか、私の実力が勝つか。最後の勝負よ」
全て見切られていることはわかっている。もはや苦笑いも出ない。
ただ最後に一撃に全てを捧ぐのみ。
マダリアは地面に足跡が残るほど蹴った。全ての勢いを乗せた、最速で最高火力の拳を、ミリルにぶつけるために繰り出す。
攻撃が当たる前に、ミリルの姿がかき消えた。
(ああ、なるほど納得だ。身体強化無しで、その程度のことできないで、太陽に届くわけないもんな)
最後にぽつりとそう思ったのが、マダリアの意識が途切れる前の、最後の記憶だった。
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