王国最強の夫婦
話は数分前に戻る。
水晶で区切られた反対側。向こうが開戦した中で、こちらは未だににらみ合いを続けていた。
ミリルはいつでも魔法を発動できるように魔力を漲らせているが、ジンが未だ攻撃態勢に入らないので、魔力を漲らせる程度にとどめている。
「君たちは何者なんです?」
いきなり声をかけた。
長身の女と少年は意外そうに顔を見合わせた。二人の身長が離れすぎていて、お互いに首が痛そうな姿勢になっている。
やがて長身の女がジンへ視線を向けた。
「名前を聞きたいなら、まず自分からでは?」
「これは失礼、ジン・ラバウルだ。こちらはミリル・カルフ」
ジンは名乗りながら極めて丁寧に腰を折る。ミリルも同時に腰を折った。
「……変なやつだ。アタシはマダリア・バシューカ。こっちはべヘス・カイタンだ」
マダリアはギラギラ輝く指輪ばかりの手で自分を指した後、隣に立つ少年を指した。
「それで? 私たちに何の用ですか? 私たちはそれほど重要な物を持っていないと思いますが」
「よく言う。昼間、うちの連中を殺したろ?」
「ああ、あの少女を複数人で追い詰めていた卑劣な連中ですね」
「物は良いようだね。あのガキは本来ウチがもらい受ける予定だったものを勝手に持っていっちまったのさ。理不尽な思いしてんのはアタシら。違うかい?」
マグリアが猫撫で声と真面目の中間くらいの声で尋ねる。
それが事実ならば、確かに理不尽な思いをさせられているのは確かに連中の方だ。
けれど、その言葉は信頼できない。態度も、言葉も薄っぺらに思える。
「ひとつ聞かせてくれ」
「なんだい?」
「君たちは暴力という手段を用いた。逃げ回るだけの少女に銃口を向けた。その時点で、君らは戦争に片足を突っ込んだんだ」
この時、隣を歩くベヘスは気づいていなかったが、マダリアはひしひしと感じ取っていた。
ジンは強烈な殺気を放っていたのだ。気配の全てで、マダリアを潰してしまいそうなほど、鋭く、重苦しい強烈な殺気を。
その事実に恐怖しながらも、マダリアはわずかに笑って見せた。
「覚悟、できてんだろうね」
「じゃなきゃ引き金に指はかけないよ」
マダリアは言いながら銃を懐から引き抜き撃った。ジンとミリルは地面を転がってそれを回避する。
たった一発の小銃が、開戦の号砲と化した。ナイフを持った集団が一斉にジンとミリルに襲いかかる。
ミリルはまず、自分に一番近かった男の顎を殴り、次に近かった男の攻撃を受け流して背後から迫った相手にナイフを突き刺した。動きが止まったところで相手からナイフを奪い取り、受け流した相手の喉を切り裂く。
この一連の動きを、まるでダンスでも踊るかのように極めて優雅に行うものだから、すでに誰も攻撃を仕掛けようとはしなかった。持っていた武器をナイフから拳銃に持ち替えて、距離を保って攻撃する体勢を取った。
「その距離は、命取りの距離」
ミリルは両掌を敵たちへ向ける。すると両方の手にプラズマが走り、アピールするように空へと立ち昇る。
二人を囲む敵たちは、その姿に一気に警戒心を掻きたてられた。
マダリアは静止の指示を出そうとしたが、全員が一糸乱れぬと言えるほどいっせいに銃を構えた。人を動かすには、やはり恐怖が手っ取り早い。
ミリルは思い通りになった現状に、思わず口角を上げた。
その表情に一番恐怖を感じたのは隣に立つジンだ。微笑とも嘲りとも思える表情は、五百年前に見覚えがある。それも何度も。そのたびに、ミリル、いやアリシアの本気にぞわぞわさせられてきた。
「汎用型魔法応用形、稲妻の散弾」
ミリルの両手から電気が放たれ合体する。腕ほどの太さを持った雷が敵の集団へと迫り、傘を開くようにばらけて広がった。
元の大きな雷から分裂して現れた細かい雷の弾丸は、敵の握る全ての拳銃を撃ち抜いた。
すべての銃口に雷が入り込み、内側から発射機構を破壊された銃は全てが使用不可能になってしまった。
「落ち着けお前たち! 自分を疑うな! 仲間と共に囲って殺せ!」
マダリアの凛とした声が轟く。混乱に統率を失っていたはずの集団が、女傑の声に導かれてナイフを握りなおす。
ジンは密に心の中で感嘆していた。将の言葉によって兵士が正気を取り戻すというのは、五百年前の戦場で何度か見た光景だ。だが現代で見たのは初めてだし、何よりもたったあれだけの言葉で兵士たちが正気を取り戻す姿を初めてみた。現代、というか、五百年前の戦場でもこのレベルの女傑は珍しい。
マダリアが腕を振った。それはオーケストラを導く指揮者のように流麗な動きであった。
敵の集団の半分がまっすぐにミリルへと向かう。ジンは力場を展開しようとしたが、ミリルの視線でやめた。そしてまるでミリルを盾にするかのように、ミリルよりも後ろに下がる。
ミリルは魔力をたぎらせながら敵と向き合う。
今すぐにでも魔法を放てる体制を保ちながら、同時に相手の行動にいびつさに疑問を抱く。
最初の接触時、徒手格闘だけで三人を殺して見せた。なのに今更大人数で特攻すれば殺せるとでも思っているのだろうか? さすがに恐怖を感じていたとしても、そこまで脳みそがバカになるほどの恐怖は与えていないはずだ。
疑問が脳内で浮かんでははじけていく。霧散した疑問と、つなぎ合わせた答えが一つの形に凝固しようとしている最中、もう半分の集団が、まるで軍隊のように整えられた動きでナイフを胸の前に構え、一斉に炎を灯した。
その姿が、二人には異常に気持ち悪く映る。
軍隊のように極めて統率された動きでありながら、炎の発火の瞬間に至るまで全く同時。いくら鍛えられた軍隊だとしても、コントロールに個人差のある魔法までここまで同時などありえない。
乱れなく整えられた光景が、ミリルの疑問に答えを与える。それは想像しうる中で最も考えたくなかった答えだった。
「撃てい!!」
マダリアの指示が轟く。それと同時にナイフを振る。ナイフの軌跡に炎が残り、半月状の炎となって、地面を抉りながら飛んできた。先に迫っていた部隊は、これも一糸乱れぬ動きでちょうど半分左右それぞれに分かれて攻撃を通す。
「ミリル!」
ジンの声がした。
炎が弾ける音も、地面が削れる音も聞こえていたはずなのに、ジンの声を聴いた瞬間に、彼女の世界からすべての音は消え失せる。
それはまるで福音のように甘美でありながら、閻魔の叱責のようにミリルを強烈に攻め立てた。本人にそんなつもりが無かろうとも、ミリルが許せなかったのだ。
一瞬でもジンを心配させた自分が。
祈るように両手を合わせる。とほぼ同時に半月型の炎が衝突した。蒸気があたりに広がり、暗闇に真っ白い煙が広がった。
マダリアは死んだ、とまではいかずとも、ダメージを与えられただろうとは思った。だが、目の前にはつぼみのような形の水に守られたミリルが居た。それだけならばまだいい。より強い魔法によって、攻撃を弾いた。それだけのことだ。異様だったのは、ミリルの表情だった。
目が血走り、眉間には整った顔に相応しく無い深い皺が刻まれ、歯を剥き出しにするほど口に力を入れていた。
あまりにも鬼気迫る顔に、マダリアは一歩だけたじろいでしまった。
「よくも、よくもジンに心配をさせたな?」
「はあ?」
「殺す……いや、もっと絶望させて逝かせてやる」
凶悪、などという優しい領域ではない。今すぐこちらを食い殺そうとしている獣が、こちらを真っ直ぐ睨みつけているのだ。マダリアのまともな部分が「警戒せよ」と叫ぶのだ。
ジンはミリルの姿に苦笑いをしつつ、魔力を巡らす。
ジンが見るのは、さっきから我関せずを貫いている少年。名前は知らないが、巡る魔力の感覚からある程度実力があるのがわかる。他の大勢よりも、戦うべき相手だと、シンプルな実力者として直感したのだ。
少年もまたジンを睨む。自らの戦うべき相手と直感した二人は、もはや躊躇しない。相手がどれほど強かろうと、どれほど幼かろうと、殺し合うのだ。
殺伐とした空気の中で、ジンは口元をわずかに緩ませた。殺意を抑え込むかのように口元を手で隠す。
「フラットな気持ちで戦うのは、久しぶりだ。楽しませてよ?」
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