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ただ剣を磨くこと

 男の名はカルマン・ネブ。十五歳。

 組織に入り、使い走りと鉄砲玉を行き来するような生活を二年続けてきた。


 組織に入って約三か月の間はほとんど上司のサンドバッグ。上司と言っても下っ端コミュニティの中でちょっと経験が長いから偉ぶっている傲慢な男で、人の上に立つ上で必要な優秀さをかけらも持ち合わせていなかった。

 それから三か月をようやく超えるあたりで、鉄砲玉として使われることになった。本来は組織に入ってすぐ使われることになっていたのだが、カルマンは自分でわざと怪我をして、巧みにそれを回避していた。年貢の納め時かと覚悟を決めて、敵対組織のボスに、拳銃一丁を握りしめて突っ込んだ。驚いたことに、カルマンは奇跡的な生還を果たす。


 この一度の成功がカルマンの地位を大きく変えたということは無い。一緒に鉄砲玉仕事をした男が圧倒的な出世を果たし、自分に靴なめをさせた時は世の理不尽を呪ったものだが、つい最近死んだらしいと知った時は天にも登るような気持ちだった。

 ともかく、その後もしばらくは下っ端暮らしだった。だがそれでも、鉄砲玉に任命されようとも、面白半分で毒入りロシアンルーレットに参加させられようとも、生き残ってきた。


 幸運に包まれた選ばれしもの。

 カルマンは自分をそう認識していた。

 千年、いや万年に一度のラッキーボーイだからこそ、自分はこれまで生き残れてこれたのだ。

 だからこの任務だって生き残ることができる。カルマンはそう確信していた。


「死ねやあ!」


 片手で構えた銃を撃つ。チンピラらしい、手首がガクガクとした安定しない銃撃だ。

 ザイルは走りそれを躱す。

 ザイルの速度に、カルマンは内心舌打ちをした。撃っているのは自分だけではない。周りには自分と共に何人もの人間が撃っている。だというのに、目の前の自分とそう年齢の変わらない青年は走って躱しているのだ。驚き意外に答えが無かった。


「牙を放て。水晶龍ミズチ


 ザイルが剣を振るう。するとどこかから握りこぶしほどの鋭い水晶が無数に現れ、空を走るように、弾丸とぶつかり合いながら飛んでくる。

 カルマンはとっさに腕で身を守った。周りから悲鳴と肉がひしゃげるグロテスクな音が聞こえてくる。だが、痛みはいつになっても来なかった。ゆっくりと腕を戻すと、足元には仲間だった肉片と血だまりが広がっていたが、見る限り自分には怪我が無かった。


 やはりそうなのだ! 俺は数千万、いや億に一人のラッキーマンなのだ。生き残ることができた! このまま俺は幸福になることができる!


 あふれる喜びと共に銃を構えなおした。

 が、驚いたことに、目の前に居たはずのザイルはどこかへ消えてしまった。

 どこへ? と思考を巡らし、きょろきょろと探す。すると不思議と足から力が抜けていって、血だまりの中に膝をついてしまった。そのまま、上半身を投げ出すように血だまりの中へ飛び込む。

 それから、ゆっくりと意識を失っていく。万年に一人のラッキーボーイは、そうして死因を知らぬという最後の幸運を味わいながら、ゆっくりと死んでいった。




「ひどいな。一瞬とは」

「少しも助けようとしなかったお前が悪い」


 ボンは目の前の光景に顔を引きつらせながら、ザイルは返り血を浴びた顔で凶悪に笑いながら、にらみ合う。

 両手に拳銃を構え、ボンは弾丸を打ち続けた。ザイルは当たり前のようにそれを切り裂く。早すぎてボンにはザイルの剣線が見えない。たまに聞こえてくる鼓膜を裂くような金属音が、ザイルの剣撃をギリギリ教えてくれるのだ。


「くっ」


 歯ぎしりをしながら銃を放り投げる。そして魔力を集中させた。


「汎用型魔法基本形、火炎砲!」


 砲弾のように巨大な炎がザイルへと向かう。

 ザイルはそれを、当たり前のように切り裂いた。大火を切った先にボンは居なかった。横から襲い掛かってきたボンの燃える拳を刃で受け止める。


「それで全部か?」

「いやまだまだ」


 余裕をひけらかすと、足元から熱を感じた。ボンが足から魔力を流し、ザイルの足元に炎を発生させていたのだ。後ろに飛びぬこうとするも、炎が足に絡みつき、がっちりと掴んで離さない。

 

「汎用型魔法応用系、螺旋火炎」


 ボンが両手を合わせると、渦巻く炎が放たれた。ザイルはそれを真正面から受けて、壁へと吹っ飛ばされてしまう。元々吹き曝しに見えるほどボロボロだった建物が雷のような音を立てて崩れる。

 中に居た浮浪者が大慌てで外に飛び出す。安住の地を壊したらしいボンを睨みつけるが、ボンはそれを全く意に介さず、建物をただ睨みつける。勢いよく吹っ飛ばしたつもりだ。それでも手ごたえが薄い。

 この違和感が意味するところはすぐに分かった。

 背中から建物に叩きつけられたザイルが瓦礫の中から姿を見せた。違和感の正体は、その姿だった。全身が炎の光を反射するキラキラとしたものにおおわれている。


「なるほど……」


 思わず歯ぎしりをしてしまう。ザイルは攻撃を受ける直前、薄い水晶を身にまとったのだ。それがプロテクターの役割を果たし、大したダメージを本体に与えられなかった。

 腕の水晶にひびが入り、そのまま顔へと続いていく。細かく割れて、顔が半分露出した。やけどなどかけらも無い健全な肌だ。

 ザイルが片腕を動かすと、纏っていた水晶が一気に砕け散る。


「いい炎だ。ただし効かねえ」


 ザイルがもう一度腕を振ると、今度は全身に纏った水晶が砕け散った。

 一連の異常極まる光景を、浮浪者たちは顎が外れそうなほど口を開いて眺めていた。

 ボンの頬を冷や汗が伝う。これはパフォーマンスだ。「お前の攻撃など意味が無い」と見せつけている。

 ボンは同時に、もう一つの事実に気づいていた。


「お前、なぜ攻撃を受けた?」

「なぜ、とは?」

「宝具は道具に魔力を通して効果を発揮させる。その宝具を使用できているということは、お前は魔力の使い方を心得ているという事だろう」

「……」

「炎を使う相手ならば、水の魔法を使えばよかったはずだ。なのに使わなかった。ということはお前は、魔法を使えないんだな?」


 言ってやった。そういわんばかりの静寂が広がる。

 二人の雰囲気に取り残された浮浪者たちが、二人を交互に見る。先に動き出したのはザイルで、己の剣を肩に担ぎ、呆れたような視線を向けた。


「で?」

「強がるな! 魔法を使えないなど! 戦いにおいては致命的だ!」


 再び炎を纏う。

 その炎は非常に洗練されている。必要以上に燃え広がることも、意味も無く燃え上がることもしていない。自分の魔力を完璧にコントロールし、魔力を魔法に無駄なく変換できている証。ジェッスなんぞよりも圧倒的に上手の魔法使いだ。

 その炎を、剣型にまとめあげた。鋭く、細く、多く、長く、形そのものが殺意であるかのように。

 ザイルはただそれを睨みつける。


「汎用型魔法応用形、火炎剣・乱」


 無数に生成した炎の剣を、ボンは無数に放つ。

 

「魔法に対抗する最も効果的な力! それが魔法だ! 様々な魔法を修めるべきだった! 水もそうだ! お前はそれを習得しなかった! 自らの愚かさを呪え!!」


 炎の剣が、ザイルを突き刺す。直前で、全てがザイルの斬撃によって弾かれた。

 

「はっ?」

「確かに、魔法に対抗するにゃ魔法が一番手っ取り早い手段だ。でもな」


 剣を握り、にやりと笑った。まるで狼の勇猛さとサイコキラーの凶悪さを兼ね備えた笑顔で。


「だから俺は、剣を鍛え続けたんだ」


 この時、ボンは初めて恐怖を感じた。今まで、人数と自信に守れ、恐怖を感じることが無かったはずなのだが、堰を切ったかのように恐怖が心の芯になだれ込んできたのだ。

 しかしボンは、自身の恐怖に少しだけ笑った。

 ある意味、この状況は健全なのだ。恐怖を感じ、相手を侮ることなく警戒しなくてはならないと認識している。それが戦いとしては当然、なくてはならない恐怖なのだ。

 自分が感じている恐怖こそ最大の安心材料。ある意味開き直った答えに、ボンは一度ため息を吐いた。


「おい兄ちゃん! 何してんだか知らねえが、俺たちの家壊してんじゃねえよ!」


 突然服を引っ張られた。驚きのあまりボンは一瞬動きを完全に止めてしまった。

 浮浪者が裾を引いたのだ。彼らの薄汚れた手がボンのスーツに触れ、黒い生地に目立つくらいの土汚れがついてしまった。

 反射的に顎に蹴りを食らわせた。浮浪者は口から血を吐いて後ろに倒れる。もうほとんど意識は無いが、気を失う事など許さない。手首をつかみ、魔力を集中させる。

 だが、魔法発動の直前、ザイルの剣が振られ、ギリギリで浮浪者を手放してしまった。


「何してんだ。そいつらは戦ってねえだろ」


 ザイルの目つきは鋭い。その表情に微笑など欠片も無く、ただ純粋な殺意に満ちていた。


「逆に聞かせてくれ。なぜ守る?」

「戦争はやりたい奴か、仕事にするやつだけやればいい。その他大勢は巻き込むわけにいかねえ」

「……理解できない」

「理解してくれとも思わねえ。仲間の命も、他人の命もどうとも思ってねえ連中のよ!」


 ザイルは再び剣を振った。

 ボンも炎で剣を作り出す。二人は激しく打ち合った。剣撃のレベルが高すぎる故に、お互いの攻撃を予想できてしまう。

 同レベルに見える二人だが、一つだけ決定的な違いがある。


「ああ一つ、伝え忘れた」


 炎でできた剣を弾き、喉元に切っ先を突き立てる。


「俺、魔法全部が使えねんだわ」


 刃が喉を貫く直前に地面を蹴り、後ろに大きく飛びのいた。

 地面をける音と同時に、何かが耳に入った気がした。命の危機から脳みそが意識を切り替えるにつれ、ザイルの言葉が徐々に浸透して、理解できるようになってくる。しかしそれは、あまり理解したくない情報だった。


(待て……おかしいぞ? あいつは何ていった? あいつは……魔法が使えない? なら、なんであんな……あんな異常な身体能力をしているんだ!?)


 魔法使いというのは、魔法に傾倒しすぎて体の使い方を怠る者が初心者に多い。そういった魔法使いは、早いうちに壁にぶち当たる。

 軍隊式の魔法トレーニングであれば、兵士としての基本訓練に加えて同時に魔法を訓練させる。そもそも、人数の多い軍において魔法の才ある者は伸ばしてしかるべき。そして多くの軍隊の教育方針は「一定の魔法に特化した兵士」ではなく「多くの事を広くできる兵士」を題材にしている。人材にもよるが、基本的に汎用性が高い方が軍としては便利なのだ。

 そのような考え方から生み出された魔法が、身体強化魔法だ。体に魔力を巡らせ、身体能力を向上させる。

 

 ザイルは地面を蹴り、落下するかのようななめらかさで空中を駆けてボンへ迫る。


 ボンは当然使用している。汎用型魔法の中でも習得しやすく、実力に反映させやすいし、他の魔法とも組み合わせやすい魔法だからだ。

 それでようやく食らいついていけるザイルの斬撃。当たり前に使用する基本的な魔法。使っていると思っていた。思い込んでいた。


 斬撃が頬をかすめた。血が流れ出たのが分かる。


(なんだ? なんなんだこいつは!)

「お前は一線を越えた。もはや水晶は使わねえ。ただただ切り裂いてやる」


 怒っているらしいことは伝わる。のだが、なぜ怒っているのかだけが理解できない。

 戦いにおいて周囲を巻き込むことは普通だ。他人の命など自分の命の糧にしてしまえばいい。なのに、なぜ、目の前の男は怒っているのだろうか。


 剣が弾かれ、腕を貫かれた。

 激痛が走る。叫びたいのを、必死に歯を食いしばって耐えた。


「なんなんだお前はああああ!!」


 ついに気持ちが口からあふれた。

 もう片手に炎の剣を生み出し、何度も何度も打ち付ける。勢いこそましたが、剣を振る姿はさっきよりもずっと不格好だった。


「聖人君子のつもりか!? 人を殺す殺さないも自由なつもりか!! お前程度の慈悲で何ができる!! 人を上から目線で見てるんじゃない!!」

「そんなつもりは無いぜ……ただ」


 ザイルが一歩だけ後ろに引いた。

 最後のチャンス。両手の炎を剣の形から崩し、球体にした炎を相手に叩き込む。


「汎用型魔法応用形!!! 火炎紅球!!!」


 それが相手に触れる前に、腹が冷たくなっていくのを感じた。

 腕の間から腹を見下ろす。血だまりと同じ色をした滝ができていた。デロリと何かが落ちていき、ぼとぼとという、やけに重い音が聞こえてくる。

 全身から力が抜けていく。纏っていた炎の全てが消えて、落下するように血だまりへ倒れ込んだ。

 音も、全身の感覚も薄くなっていくのが分かる。徐々に徐々に、体から何かがはがれていくようだった。


「ただ俺たちは、戦う人間として、線引きを間違えたくないだけだ」


 最後に聞いた言葉と共に、ボンは目を閉じた。


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