急襲
二人は弾かれるように飛び出した。とにかく逃げなくては、という思考が体を支配して、猫のような反射神経で動き出したのだ。同時に、本能的にキクリは太陽の鍵を手にしていた。ここを奇襲する目的など、それ以外には無い。
二人とも、ほとんど前に転ぶような姿勢で歩き出し、とても速度を出すためとは思えない無様で醜い走り方をしている。そんな走り方のおかげか、馬車の出口まで、普段ではありえない速さでたどり着いた。
それでも、二人は馬車から弾き飛ばされて外に出る。
後ろからの強い衝撃にせき込みながら、二人は空中を乱回転した。ジェッスはとっさにキクリを掴み、自分が下になるようにして着地する。見事背中を強打し、肺の空気が一気に噴き出したような気がした。
「大丈夫ですか?」
激しくせき込むジェッスを撫でながらキクリが叫ぶ。何とか顔を上げると、そこには少女が居た。細身でキクリよりも低く見える身長に、不釣り合いなやけに長い刀を携え、美しい輝きを放つつり目を無表情のままに、一歩一歩二人へ近づく。
ジェッスは魔力を手に集中させた。魔力の集中も、魔法を学び始めたころからはずいぶん早くなっている。
それでも目の前の少女には意味が無いらしく、ガードに腕を構えるよりも早く相手の姿が掻き消え、横から強烈な攻撃をくらわされた。地面を水切り石のように跳ねて、瓦礫の山に激突する。
「くそが!」
(切れてない! 打撃って舐めてんのかよ!)
相手は剣を握っているのに切れていないということは、そもそも殺す気が無いか、殺すまでもない相手と認識されているということだ。恐らくは後者だろう。爆弾魔のメビュムの時は圧倒的な魔法の習熟度の差で「仕方ない」とも思えたが、目の前の年下だろう少女にはさすがに腹が立つ。
瓦礫から抜け出すと、キクリが少女に捕まりかけていた。触れられていないだけで、逃げられる距離ではない。
瓦礫を一つ握りこみ、力任せに放り投げた。思ったよりも勢いがついて、少女の頭部へと飛んでいく。
「じゃま」
ポツリと聞こえたかと思うと、少女は瓦礫を剣で弾いた。空中へ打ち上げられ、山なりの軌道を描いて少女の手にポトリと収まった。
驚きのあまりジェッスは言葉が出なかった。それはキクリも同じだ。特にキクリには目の前の同年代だろう少女が、途方もない戦力を持った化け物にしか見えなかった。
歯が不快な軋み音を立てた。歯ぎしりなど人生初の経験だった。
キクリは今、人生最大級の選択を迫られている。恩人を救うか、宝具を守り抜くか。こんな時でさえ、計算や利害という考えが前に出てくる自分の考えが嫌だった。仕方ないことだとはわかっているのだが割り切りたくない。
目の前の少女は、少なくとも自分たち二人を簡単に殺すことができる。気があるのか無いのかは知らないが、戦力的には間違いなく。
少女は視線をジェッスへ向けた。どうやら面倒は先につぶすつもりらしく、剣を握りなおしてジェッスへと向けた。呼応するようにジェッスも腕に炎を発生させる。オレンジの光がその場に広がる。大きめのろうそく程度の光だが、無いよりマシだ。
「魔法、素人だね」
「うるせぇ!」
ジェッスが両腕を向けると、その間から砲撃のように炎が飛び出した。技名すらも無い、ただ単なる魔力放射だ。
少女はそれを当たり前のように切り裂いた。身の丈に合わない巨大な剣を当たり前のように振るう姿は、どんな大人よりも強そうに見える。
炎が中空に消えると、少女は地面に手を着き、猫のように体を丸めた。背中が盛り上がっていく様を、二人はぼんやりと見つめている。やがてそれが人体の限界を迎えた位置へ到達すると、爆発したように少女は飛び出した。ジェッスが反応する間もなく、少女はジェッスの傍を通り抜け、腕に深い傷を与えた。
「があっ!」
腕からドロドロと血が流れだす。地面に落ちて、テラテラとした重い輝きの水溜まりができた。
夜で暗い中、ジェッスの出している炎で中途半端に照らされている。キクリにも少し離れた赤色が見えるくらいには明るい。
それを見た瞬間、キクリは己の鼓動が早まるのが分かった。呼吸がだんだん浅くなり、まともに酸素を吸えているかどうかすらも怪しくなってくる。
太陽の鍵を入れた袋を握りしめた。
「カウンターの気配無し。やっちゃうね」
さっきの攻撃はわざと外したのだ。今度は本気の一撃が来る。少女は現在ジェッスとは距離があり、ジェッスの放つ炎程度では見えない。つまり反応することすらもできない速度の攻撃が、今度は完全な暗闇の中から飛んでくるのだ。
徐々に視界が狭まり、暗い世界がより闇に染まっていく。そんな中でも、ジェッスだけはやけに輝いて見える。炎を纏っているせいもあるだろうが、ひときわ特徴的に見えた。
少女は再び猫のように体を折り曲げる。ジェッスは腕を抑えながら、自分の腕に纏った炎を大きくした。せめてもの抵抗だろうが、小型動物が自分を大きく見せようとしているくらい、情けなく見えてしまう。
「さよなら」
「だめ!」
少女が飛び出す直前、キクリは太陽の鍵を取り出した。ランタンの摘まみを握り、一気に回す。
何も起こらない。ジェッスは内心、痛みを忘れるくらいがっかりした。
突然少女が苦しみだす。目を力強く押さえつけて、地面の上をのたうち回っている。暗がりのせいでよくは見えないが、音と声で随分苦しんでいることは伝わってきた。
「何をしたんだ?」
「待って」
疑問に応えずにつまみを元に戻し、もう一度ひねった。
するとランタンのガラスの中から、光の玉のようなものが現れた。手のひらサイズのそれは、しばらく空中を虫のように飛んでいたかと思うと、ジェッスの目の間にすうっと入っていった。
「一度目を閉じて」
言われるがまま目を閉じて、再び目を開ける。すると、目の前には昼間のように明るい世界が広がっていた。だが少し違うのは、建物の隙間さえも明瞭に見えることだ。昼間だって影がさす場所も、どこまでも見通せる。
思わず自分の目に触れた。触るだけでは普段と操作して変わらないが、わずかに熱を持っているような気がした。
「今、あの子はあまりの光に目が見えなくなっているはずです!」
「……わかった!」
ジェッスは未だこの状況に納得しかねていたが、とりあえず視界良好で戦えることは理解した。
両腕の炎の勢いを強める。もっと強く、大きく、激しく。相手を焼き尽くすために。安全のために。殺すために。あいつらのようにやけ焦がすために。
湿りきった記憶が、強烈に蒸発していくような気持ちだった。頭の中をかき乱されているようなのに、不思議と悪い気分じゃない。
ジェッスの殺意と魔力が合わさった時、炎の色が変化した。さっきまでの炎らしいオレンジから、血を燃やしたような赤色に。
キリルは炎の色に、本能的な恐怖を抱いた。抜き身のナイフを向けられたような、ヒヤリとする感覚だ。
純粋な殺意に満たされた。心中はほとんどそれだけ。
手のひらを向けて、炎を放つ。炎は壁に着弾した。
瞬間、ジェッスの腹に大きな切り傷が刻まれた。血が溢れ出し、周囲に飛沫が撒き散らされる。
振り返ると、そこには目を閉じた少女が、血のついた剣を肩に乗せていた。
「嘘……超強烈なフラッシュを浴びせたのに……見えないはずなのに……」
「噂通り……太陽の鍵の本質は光を与える力。光を与え見えるようにしたり、目を奪うほどの光を個人に与えたり」
解説しながら剣を撫でる。
「目が見えなくても、音で、空気で、魔力で感じ取ればいい」
そう言って少女は目をこする。
二、三歩進んだところで大きめの瓦礫に躓き、体ががくんと揺れた。
その動きが本当に見えていないと証明しているようで、二人は小さく震えた。
「ハンデはあげた。戦おうか」
改めてだが、二人は恐怖した。
目の前の少女の体躯はキクリとそう変わらない。そのはずなのに、途方も無い化け物に見えた。ジェッスは少女に、ジンを重ねていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます! 感想! ご評価! お待ちしております!




