守るべきか、捨てるべきか
「それ本当?」
「ああ。また一つ、宝具が見つかった」
薄暗い空間で、ボンは己が遭遇した集団を細かく伝えた。
失態を演じた。自分が取り返しのつかないミスをしたことはよく理解している。だが、それ以上のものを見つけてしまった。失った命に見合うだけの成果は得てきたというところだ。
「んじゃあ、今度は僕らチームでかかるか。ボンだけでいけるって判断したのは、相手が一人だったからで面倒な相手が出るとなると僕らが戦わないとね」
少年がリボルバー銃を弄びながら言った。あどけない顔立ちと小さな体躯が合わさって銃は完全に不釣り合いの容姿だが、銃を握る姿は異様に様になっている。
「だな。他の連中は?」
「マダリアなんかは、このゲラオスよりも森の方がマシって出てった」
「ああまあ、あいつはそうなるか。クヴァンはどうした?」
少年は静かに親指で壁を指した。
薄暗くて気づけなかったが、壁の側に置かれた椅子で、男が腕を組んで座っている。よく見ると上半身が前後に動いており、半分眠っている様子だった。
「……なるほど。準備万端かな」
苦笑いを隠すこともできなかったが、絞り出したようにボンが呟いた。
少年がケラケラ笑いながら銃を指先で回転させる。
「すぐに仕掛けよう。大丈夫、使い捨てられる命は、まだたくさんあるから」
空はすっかり黒くなった。とっぷりって効果音が似合うくらい黒く。そんな空の下で、三人は焚火を囲みながら座り込んでいた。キクリはずいぶん疲れていたらしく、すぐ傍のぼろ小屋に隠しなおした馬車の中で寝ている。ジェッスは護衛として中に残した。
一度考えるために、ジンは周囲を見回したが、どうにも落ち着かずに苦笑いをしてしまった。
全てがボロボロのゲラオスでは、火は寒さをしのぐために重要な物。他人が当たっていたら奪い取ってでも恩恵にあずかりたい。だからホームレスたちはコミュニティごとに火で温まりながらも、毎晩戦争状態なのだ。貧民街の事情をジンはよく心得ている。
だが今、三人は襲われていない。
どうやらホームレスたちが戦いを見ていたようで、彼らは襲うべからずと、独自のコミュニティで伝わったらしく、遠巻きに何人かがうらやましそうに見ている視線だけが伝わってきている。
「とっととガキ置いてゲオラスを出るべきだろ」
ジンは苦笑いしながらザイルを指差す。
「ザイルの言葉も最もだ。ただ、さすがにあの子を置いて出ていくっていうのもね」
「そうよ! さすがにこのまま見逃すなんてことはできない! 女の子を集団で追いかけまわすなんて! しかも銃までもって」
冷静な話し合いに持ち込もうとしたのだが、ミリルが真っ先に感情をあらわにした。
ミリルはかつてアリシア・ステイルとして、主に王国の臣民に寄り添った活動をしていた。ジンが王であった時代は、ステイルの治世でも特に戦いの多かった時代。そのため民の不満が溜まりやすく、ケアやカウンセリングが欠かせなかった。そういった活動に女王であったミリルが積極的であることで、ステイル王家に対する不満は徐々に薄れていった。
その活動の中で、多くの子供たちを見てきたミリルは、人一倍、子どもに対する愛情が深いのだ。
戦いに対する嫌悪と子供への慈愛。それがミリルの本質だ。
対してザイルは、王の側近として出陣する王の傍に居ることが多かった。王が最前線に立つ事で出陣した兵士たちの指揮は大きく上がり、戦後の人望にもつながってくる。しかし王が最前線に立つことで、必然、王は危険にさらされる。その露払いこそが側近の仕事だ。
誰よりも王を守ることに心血を注ぐ。それが側近の仕事だ。だからこそ、無駄な危険要素を孕んでいる見知らぬ女の子を、ホイホイと守るわけにはいかないのだ。
「それはステイルの人間だけに向ける感情だ! ゲラオスの人間かどうかすらも怪しいやつをどうして守らにゃならねえ!」
「相手が子どもだからよ! 子どもは守るべき対象で、力ある私たちにはその必要があるでしょ!?」
ジンの目の前で二人はにらみ合い。二人はどちらも正しいことを言っている。ただ視点が違うだけだ。
付き合いが長い二人の気持ちの深くまで理解できてしまうジンは、まず自分の理屈を通すことにした。
「お前ら待て、まず大事な事を忘れてるぞ」
「どんな?」
「キクリが宝具を持っていて、それを狙っているやつが居るということだ」
ジンの言葉に、二人はヒートアップしていた口論を一度やめて、冷静に考えを巡らすために座りなおした。二人の様子を確認してからジンは話を再開する。
「宝具を狙う理由については分からないけど、まず売りさばくためだと思う」
「確かに。だが動員されている人数的に、国の刺客と考える方が妥当じゃねえか?」
「ザイルに同意。組織だとして、あの人数を失うのと宝具一つの売り上げで採算が取れるか怪しいと思う」
ザイルの言葉にミリルが同意して見せた。さっきまで対立していたとしても、状況整理と意見を出し合うためには己の感情を殺して事実と考察だけをぶつけ合う。ジンという王を支えるためならばそれができる。王に仕えるとはそういう事だ。
ジンの売りさばく説も、ザイルの国のエージェント説も現状正しいと言える。問題はどちらにも決定打が無いことだ。圧倒的な情報不足。それが彼らの直面している問題だった。
いら立つ感情を隠しもしない荒々しい動きで後頭部をひっかき、ザイルはキクリが休んでいる馬車の方を睨みつけた。
「まずあの宝具、太陽の鍵だったか? がどんな機能を持っているかを知るとこからだろ。水晶龍が戦闘特化の宝具みたいに、系統や歴で金額は大きく変わる」
自分の刀を撫でながら言った。
ザイルの言う事も最もだ。ジンは心中で呟く。金銭目的で宝具を狙うのならば、およそその価値を正確に把握しているはずだ。あそこまでの人数を動員し、情報を持ち帰った。これだけのことをする集団が、次を仕掛けてこないとは思えない。敵は厄介な強さをしているわけではないが、数の予想がつかない。仮に世界規模の組織であるならば面倒は想像を超えてくる。
腕を組み、ジンは考え込む。ザイルは「考える必要ねえだろ」と吐き捨てる。
「何言ってんの! 子供を守ってこその強者でしょ? 何のために強くなったの私たちは!」
「少なくとも! 見ず知らずのガキを守るためじゃねえよ!」
二人の様子にジンはまた苦笑いをした。
そもそも自分たちはもっと年を食ってから一度死んだ身。その頃にはもっと冷静かつ、建設的な会議ができるようになっていた。だがどうにも、見た目年齢に引っ張られてしまうらしい。
ドミ・ステイルは80を超えて死んだ。ジン・ラバウルはまだ17歳。合計年齢に対して幼すぎるのも、俯瞰して考えれば、案外納得がいく。目の前の実例のおかげもあるだろうが。
ジンがまた考え事をしている間にも、目の前の二人は会話をヒートアップさせている。
やや呆れつつ、傍に落ちている建物の破片で地面をたたく。二人も意識を切り替え、ジンの方へ顔を向けた。
「とりあえず。今日はここを動けない。キクリを一度守ってしまった責任として、最低一晩は守ってやろう。明日一日、何が起こるか、どうするかで、これからを決めたい」
ジンの言葉は正しい。いくらザイルといえど、義理や筋のようなものは重んじる。そうでなければ国の戦いの中心は務まらない。
二人はジンに同意し、うなづいた。
三人の会話を、ジェッスは馬車の中で聞き逃しなく聞いていた。これは魔法などでは無い。ただ生まれつき耳が良いだけだ。
自分の意見は求められないのか? そう尋ねることもできない。自分は元奴隷で学が無く、実力で言えば三人の内誰にも勝てない。だから意見を求めることすらしなくても、理解はできてしまう。
ただ、納得はできていない。
守るため、というが、助けてやろうと決断したのはジェッスだ。確かに委ねられこそしたが、自分が一歩踏み出したからこそ、仲間たちはキクリを守ると決めたのだ。
そんな俺に断りもなく方針を決めるのか?
奴隷だった頃にはありえない理解しがたい感情が湧きたってくる。どうしたらいいのか分からず、馬車の床を弱々しく殴りつけた。
「……眠れないんですか?」
拳の衝撃でキクリが起きてしまった。
枕代わりのリュックに手を当て、毛布をよけながらゆっくりと上体を起こすキクリに、ジェッスは理不尽にも舌打ちをした。
「なんで私に舌打ちするんですか?」
「何でもねえよ」
「なんでもねえ人は舌打ちをしませんよ?」
舌戦では勝てない。
学が無いなりに自分を理解しているジェッスは、不機嫌を隠しもしない大げさな動きで座りなおして腕を組んだ。
「あいつら、これからどうするって話し合ってる。それに俺の意見が無いのが、腹立つ。かな」
改めて言語化してみると、かなり情けない理屈のように思える。自分で自分が馬鹿馬鹿しくなるくらいに。
ジェッスが人知れず落ち込んでいると、目の前のキクリはお上品に手を口に当てて、くすくすと笑っていた。
「何だよ」
「だって、そんなの、言えばいいじゃないですか」
「は? 言う? なんで?」
「え? だって言葉は言わなければ伝わないものですよ?」
いや、そうではない。ジェッスが驚いたのはそうではないのだ。
そもそもジェッスの考えに「自分の意見を主張する」というものは今まで存在していなかった。だって主張したところで意味がないし、そもそも自分の意見そのものに存在価値がない。奴隷に意見を求める人間など、存在しないから。
今は、奴隷じゃない。だから自分の意見を出せるし、自分が主体になることもできる。
改めてその事実を理解すると、形容し難い吐き気のような、怖気のような、知らない感覚に襲われる。自分が事実に対して何を感じているのかさえよくわからない。
「俺は……意見できる」
「仲間なら、そうなんじゃないですか?」
キクリは、今度は花を連想させる笑顔を浮かべた。少し照れ臭くなって、ジェッスはゆっくり視線を逸らす。
「何だお前ら!」
突然、外から怒号が聞こえた。
キクリが不安そうに肩を揺らす。
そういう恐怖は、ジェッスだからこそ一番に理解できる。すぐに歩み寄り、毛布越しに肩に手を乗せた。
「大丈夫だ。俺が居る」
震え続けていたし、決してこちらを見ることはなかったが、キクリは確かにジェッスの手に己の手を重ねた。
「それは……安心材料になるの?」
声がした。幼いとさえ表現できる丸みを帯びた発音に、高くまだピュアさを残した声質。この状況で聞こえてくるような声ではないはずだ。
二人が顔を上げた先に彼女は居た。キクリと同年代だろう容姿に、幼さを色濃く残した顔。だがそこに一切の表情が無く、冷徹さも、殺意も、感情すらもなかった。
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