新たな敵
「さてみなさん。今日はどのようなご用件で?」
ジンはあからさまに口角を上げて取り囲む相手をせせら笑った。壊れた天井の隙間から、こちらを睨みつける一団が、少し苛立ちにざわめくのが見えた。
見える範囲にも敵は二十人、ジンたちの様子から見てもっと居るはず。ジェッスは自分の折れた剣を握りしめる。柄に毛が生えた程度の刀身が残っている程度の剣だが無いよりマシだ。
スーツ集団の中から一人が前に出る。成人男性とスーツはある程度威圧感を放つ組み合わせだが、テラテラとした輝きを放つほどに整髪料を塗りたくり、髪一本の流れに至るまでピッチリと整え、堂々とサイレンサー付き拳銃を晒す男は流石に恐怖を覚えても仕方がないだろう。
男は襟元をまっすぐ正し、ジンを柔らかな瞳で見据えた。
「こんにちは。私はボン・グラム。さるお方からの依頼を受け、君が匿った少女の持っているものをもらいに来た」
「ほう……スーツの男連中が二十も三十も集まって、ガキ一匹追いかけまわしやがんのか?」
ザイルが馬車から不快そうに降りてきた。腰に水晶龍を帯刀し、敵意を隠しもしていない。
当然男たちは銃を構えようとする。だがボンが腕を上げたことで動きを止めた。
「そうだね。流石に逃げ回られては人数と暴力を使わざるを得ない。我々とて仕事、怖がらせたくはなかったが、期日というものがある」
「期日ね。子供をいじめることに絞め日なんてあるの?」
ミリルがジンの横に立つ。ミリルもまた、怒りを隠そうともしていない。
二人の様子を見たボンは、喉の奥を弾くようにくつくつ笑う。
「戦場において感情を出すというのは、死に自らを導く行為だよ。ちょうどいいけどね」
まるで音楽を奏でるように手を振るった。それに合わせ、男たちが同時に銃を構えた。見える範囲全ての銃口が馬車に向いている。
「いいか? 決して馬車の中に撃つなよ。子供を傷つけることも、宝具を傷つけることも許されん」
警戒を促す言葉だったが、声には極めて濃厚な余裕があった。相手を舐め切っているから。
ボンが手を握ると同時に全員が弾丸を発射する。ジェッスは思わず腕で頭を覆った。死んだ。そう心の中で呟くが、いつまでも痛みは来ない。
しばらく暗闇で耐えていると、ザワザワという人の声と、何かがパチパチと弾ける声が聞こえてきた。ゆっくり腕をどかすと、紫色に輝く電気の網のようなものが、建物ごと馬車を守っていた。弾丸は全て網に絡め取られ中空で止まっている。
「汎用型魔法応用形、紫電網」
よく見ると、ミリルの両手から雷が放たれていた。
皆が雷の網に気を取られている中、ザイルだけは心から楽しそうに笑う。
「撃ったな、撃ったよな、撃ったんだよな。じゃあやっていいよな」
まるで見せつけるように刀を抜く。わずかに濡れたような霞のある刀身が極めて美しい。銃を握って警戒しているのに、思わず見惚れてしまうほどに。
おもちゃを前にしたように純粋で、虫を殺す時のように無邪気。子供を重ねるに相応しい顔だが、その奥にあるものはどこまでも人に向けていい感情ではない。
ジンは横目でザイルを見た。そしてその動きが止まらないだろうことを悟る。
「話が聞きたい。逃すな」
「了解」
馬車を蹴って飛び出す。
ボンが一歩前に出る。懐からナイフを取り出し、振り下ろされた刀を受け止めた。打撃武器と違い、刀や剣が相手に触れる面積は意外と少ない。衝撃さえなんとかできれば刀とナイフのリーチ差でも受け止め切れる。
「やるじゃん」
「お褒めに預かり」
二人とも余裕の態度を崩さない。お互いに、自分の実力に自信があるからだ。
二人は刀とナイフで打ち合った。刃がぶつかる金属音が何度も響く。ナイフに比べて長さのある刀で撃ち合えているザイルの技量を褒めるべきか、リーチの差をものともせず戦い続けているボンの戦いぶりを褒めるべきか、素人とほぼ変わらないジェッスは悩んだ。
打ち合いがあまりにも激しすぎて、周りのスーツ姿の男たちが、二人の戦いにどうやって介入したものかと、銃を向けては外し、外してはまた気まずさから銃口を向けたりと、中途半端な態度をとっている。
唐突にナイフを弾き、ザイルが後ろに飛び退いた。
「よく見てみろ」
隣にジェッスに伝えるには、やけに通る大きな声。それだけ強い命令だろうか、と観察を始める。
やがて、ザイルは服にすら切られた跡が無いこと、ボンは服や体の至るところに切り傷があることに気づいた。ただ激しい打ち合いだと思っていたが、二人の技量には決定的な差があったようだった。
周りから大きなざわめきが聞こえる。スーツの男たちが動揺を分かりやすく露わにしているようだ。
さっきまで心の中にあった恐怖感は、ジェッスの中からすっかり消え去っていた。周りにいる仲間のおかげか、自分自身が成長できたからか。どちらかはわからないが、ジェッスは力強く笑うことができている。
「何してる! 全員でこいつを殺すんだ!! 任務に時間を掛ければ俺たちが殺されるぞ!」
ボンの言葉に弾かれるように全員が銃を構えた。全ての銃口が自身を向いたというのに、ザイルは動揺を一切見せない。
銃口を向けられた本人とは正反対に、ジェッスは目に見えて焦りまくる。隣に立つ人が、やや呆れた様子で、それでもバカにした様子はかけらも見せずに、ジンは肩を叩いた。
「よく見ていろ。あれがステイル王国の剣だ」
「撃て!」
ボンの号令で再びの一斉射撃が始まった。
ザイルはその場から一歩も動くことなく、刀に声をかけた。
「鱗を出せ。水晶龍」
刀を振るうと、切先の軌跡に沿うように水晶が中空に発生し、ザイルの周囲を渦を巻くように駆け上がって全ての弾丸を受け止めた。
「それは!? まさか宝具の」
ボンのさらに後ろに居た黒服の一人が、動揺するまま叫んだ。
叫ぶ間に、ザイルはたった一度の跳躍で敵陣の背後に移動した。チラリと様子を伺うと、ジンとミリルの二人は当たり前のように姿を追えているようだったが、ジェッスからしたらほぼ消えて現れたように見えた。
第三者のジェッスですらそう見えるのだから、相手からしたら本当に瞬間移動に感じられたはずだ。実際、ザイルの近くにいた数人は驚きのあまり隊列を崩してしまっていた。
「さすが。盗人だけあって高いものの知識はあるよな」
チンピラのような口調で言い放ちながら、一番近くにいたスーツ男を切りつけた。袈裟斬りにされた傷から血を滝のように吹き出して男は倒れる。すぐ隣に居た二人が、半恐慌状態になりながら持っている拳銃を乱発する。ザイルはそれを当たり前のように刃で弾き、一人は腹を刺し、もう一人は真一文字に切り裂いた。
もう誰が指示するまでもなく銃を乱射していた。雨のように降り注ぐ銃弾の中で、ザイルは再び剣に声をかけた。
「牙を放て、水晶龍」
握り方を変えて、肘を深く曲げる。もう片方の腕はまるで照準のように前に突き出されている。
突きを繰り出すと、切先から鋭い水晶が弾丸のように飛び出した。ザイルの強さに逃げ出そうとしていた男が、背中から貫かれてしまった。血を吐き出して倒れ伏す仲間を前にして、スーツの集団は完全に恐怖に駆られた。
統制などかけらもなく、さっきと違い銃を構える余裕もなく、全員脇目も振らず逃げ回る。
「まっ、待て!」
ボンがそれを必死に止めようとするが、聞いている者は一人もいない。
ジンはそれを見て、心からの呆れを含んだため息を吐いた。
今までジンたち三人が警戒していたのは、相手の人数と統制力、そして連携だ。相手の人数は気配や銃弾の飛んできた方向から大体察せる。面倒だったのは察せないくらい遠くに居る敵が通信や状況観察で援軍を呼んだり、決定的な場面でアシストをしてきたりすることだ。
だがこうも無様に逃げ出すとなると、バックアッププランのようなものがあるわけではないらしい。
ジンは心中でそう断定し、杜撰な計画と能力の無さに思わず呆れてしまったのだ。
時折飛んでくる銃弾の反撃を弾きながら、ザイルは一人一人確実に切り伏せていく。相手の攻撃など気にするそぶりも見せない。のたうつ蛇ように予測できない動きでありながら、剣線の美しさは一流奏者の楽器使いのように美しい。
ジェッスはそんなザイルの姿に、明確な憧れの感情を抱いていた。
あれほど爽快に勝ちたい。ああやって戦いたい。ああなりたい。
「すげぇ」
誰にも聞こえぬ声量で、吐息のように言葉が漏れた。血飛沫の中で舞うザイルが、ジェッスの目標となった瞬間だった。
一通り殺し尽くした。そう思えるほど、建物の周りは血溜まりだらけだった。ほとんどの敵は完全に死んでいて、生きていたとしても死にかけであり痙攣する程度にしか動くことができない。
「どーです我が君」
ただ一人生かしているボンが、恐怖に体を震わせながら目の前のザイルを見つめている。
「よくやったよ。さすが俺の側近だ」
ジンのたったそれだけの言葉に、ザイルは満面の笑みを浮かべた。隣に立つミリルはやけに不満そうな顔をしている。
ジンが拳をザイルに向けた。ザイルはそれに、さらに明るい笑顔を向けて、タン、と音が響くくらい勢いよく拳をぶつけた。それを見たミリルは嫉妬の限界を迎え、両拳を握って何かを殴るように上下に振り下ろしていた。
「あの? 終わりましたか?」
キクリが遠慮しがちな感じで柱にしがみつきながら建物の奥から顔を出した。
「ああ終わりさ」
ボンの表情が変わった。
ボンの片手に魔力が集まる。それだけでは無い。ザイルの剣で死にかけていた、ギリギリ生き残っていたスーツも片手に魔力を集め始めた。
「汎用型魔法応用形、閃光」
ボンと生き残りたちの全魔力が光となって弾けた。いくら歴戦の戦士だとしても、強烈な光に目は勝てない。反射的に目を閉じてしまった。
反射的にジンが火、ミリルが水の魔法を発動し、適当に放射するが当然手応えは無かった。光が消えた時、そこにボンは居なくなっていて、残されたのは瀕死のスーツたちだけだ。
「まじか……」
ジンは呆然としながら、そう言うしかなくなっていた。
ザイルは苛立つまま、死にかけのスーツ男を一人掴み、無理やり顔を自分に向けさせた。血溜まりに倒れていたせいで男顔は半分真っ赤だった。
「おい! 最初っから死ぬ気だったなお前ら!」
ザイルの問いかけに、男はただ視線を逸らした。
ザイル・ディモスが前世でキエル・ドーリシュとして生きていた頃、戦場で死にゆく者たちをたくさん見てきた。後悔を残す者、恨みを残す者、悔い無き者、精神が壊れた者、相手をバカにする者。さまざまだった。そんな経験が叫んでいる。目の前の男は、後悔と恨みを滲ませていると。
「ありがとう。殺してくれて」
男はそう言った。言葉には何の怒りも恨みもなく、ただ純粋な感謝に満ちていた。そしてザイルに捕まれ、無理やり顔を上げさせられたまま事切れた。
持ち上げた時とは対照的に、極めて丁寧に地面へと下ろす。
(なんだ? この感情は)
ザイルは今、二度の人生全てですら推し量ることのできない不気味な感情を抱いていた。
いや、正確には知っている。知っているはずなのだ。のだが、思い出せない。記憶の領域に鍵がかかったような気分だ。思い出せるようで思い出せないのがどうにも気持ち悪くて仕方ないし、この気分の正体を知ることもやや恐ろしくて、ザイルはむかつくままに刀を振るった。
ザイルの斬撃は馬車から三軒離れた建物を裂き、隣合う建物を巻き込みながら倒壊した。
「キエル・ドーリシュ」
ジェッスの背筋をとてつもなく冷たいものが駆け上がった。背骨から頭蓋骨までつららが差し込まれたようで、気持ち悪さに吐き気すら覚える。
弾かれるようにザイルは膝をついた。表情を窺い知ることはできないが、纏う雰囲気はとてつもなく暗い。
「これはまず、俺たちの失態だ。だが、逃したことはお前の失態だ。ならば、お前の手で失態を取り返せ。いいな」
「はっ」
この時、ジェッスはようやく理解できた気がした。
普段気安く接していても、こいつらはすぐにでも自分を、目の前の敵を殺せる。そして、ジンは王であり、ザイルは配下。明確な上下関係が存在し、そこには力だけではない、何かが存在しているということを。
そしてたったこれだけのミスとも言い切れないミスを、ザイルは決して許していないということを、放つ雰囲気から理解させられた。
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