守る理由はどこにある
二十九話
ジンを先頭に、少女を追っていった男たちを追いかける。どんどん町の端の方に逃げていくようだが、走り方からして少女に土地勘が無いのはすぐにわかった。
ちらりちらりと後ろを確認しつつ、人を使って偽装したり、道を曲がって誤魔化そうとしてみたり、かなり工夫して逃げている様子だったが、すぐに限界が来た。曲道の先が行き止まりだったのだ。しかもタイミングの悪いことに周囲には誰も居ない。居たところでこの治安では助けてくれる保証もないが。
角に追い詰められたネズミのように体を震わせながら、ジリ、ジリ、と一歩一歩後ろに下がる少女。薄ピンクの髪と合わせて赤みがかって見えた顔は、むごいほどに青ざめている。
優位を確立した男たちは、にやりとイヤらしい笑みを浮かべながら、統率の取れた動きで
ジェッスはその様子を壁に張り付いて隠れながら眺めていた。もう少ししたら、目の前の強い二人が助けに入っていくはずだ。
「さてクエスチョンだ。ジェッス」
なんと軽い声だろう。と素直に思う。目の前で少女は今にも泣き出しそうなほど追い詰められているというのに。
ジンを見ると、声とは裏腹に、瞳には突き刺されそうなほど真剣な色が浮かんでいる。別に殺気を受けたわけではないはずなのに、冷や汗が頬を伝い、背筋をぞわりとしたものが駆け抜けた。思わず生唾を飲み下す。
「この状況、どうする?」
「どうって……お前が助けに行くんじゃ?」
どうするも無いはずだ。乗せてもらうためとはいえ、見ず知らずの御者を助けるため、恐ろしい魔獣のバークベアと戦うジンだ。あの程度ならばすぐに叩きのめせるはず。
しばらく、沈黙して見つめ合う。すると一秒ごとに、ゆっくりとジンとミリルの瞳が呆れに歪んでいくの理解できた。
「いいか? この状況であの子を助けることに、メリットはない」
「!?」
メリット。軍に居た頃に何度か聞いたことのある言葉。
メリットという単語の意味を詳しく説明されたことはないが、それに”無い”という言葉がくっつくと、圧倒的に好ましくない単語に変化することだけは理解できていた。
「俺たちは、おそらく今アロンから疑われている。いかに治安が悪い場所とはいえど、無駄に目立つような行為をすれば、最悪、話は俺たちを追っているかもしれないものたちに伝わる」
ジンの言っていることは正論だ。
要は追いかけているものたちに情報を与えないため、目立ちたくないということ。ごく当たり前の考えだ。ジェッスからしても理解できる。
理解できる、まで考えてから、ジェッスは改めて目の前の光景を見た。少女はさっきよりもさらに追い詰められていて、恐怖に震える瞳からは涙が溢れそうになっている。ジェッスはその姿に、軍時代、奴隷時代の己を重ねた。弱く、震えて、怯えて、誰にも助けてもらえぬ孤独。理解できているからこそ深く心で共感してしまった。
あの時の自分が欲しかったもの。それは単に。
気づいてしまった体は走り出していた。武器もない。魔法コントロールもまだ曖昧。それでも、動き出さざるを得なかったのだ。
足音にすぐに気づかれた。振り返った三人組は異様に必死な顔をして近づいてくる少年に、すぐさま取り出したナイフを向けた。
警告することなくナイフを振る。その動きの一つ一つがゆっくりに見えて、ジェッスはごく当たり前にナイフを躱す。あまりに遅かったので、まるで子供扱いを受けているような気分だった。そして体勢があまりに隙だらけだったので、膝を腹に叩き込んだら気絶した。
「このやろう!」
仲間を気絶させられた二人が、ジェッスの前後から同時に襲いかかる。
流石に両側から捌く技術は体得していない。なので怪我覚悟で前の敵を殴ることにした。刺されても多分死にはしないだろうと。
目の前の男を殴る。さすがに一撃では気絶しなかったので、さらに頭を殴ってやると、やがて気絶した。そこまでやってふと、背後から来るはずの痛みが無いことに気づく。恐る恐る振り返ると、地面に伏した男をジンが踏みつけている姿とミリルが少女の方に手を添えている姿が目に入る。
「お疲れ様」
ジンが満足そうに微笑んだ。
ああなんてわかりやすいことだろうか。こいつらは初めから自分の決断を見ようとだけしていたのだ。腹立たしいと思いつつ、どうせやったって二人には勝てないので、思い切り音が響くように、舌打ちだけしてやった。
「んで。こいつらなんなんだ?」
ジェッスが倒れている男たちを見下ろしながら言った。三人中二人は、ジェッスがやりすぎてしまったために気絶しており、ジンが制圧した一人は普通に意識を保っていた。この事実が二人の実力さを如実に示しているようであり、ジェッスは歯噛みしてしまう。
ジンに組み伏せられている男は睨みながらジェッスを見上げる。恨みが込められた、強烈な視線だ。
「お前ら、こんなことしてただで済むと思ってんのか? 俺たちが何者だか知ってんのかよ」
「知らないな。だから聞こうとしているんじゃないか」
男が威勢良く吠えたが、ジンは冷ややかな声でそれに応じた。殺意などは微塵もないが、同時に慈悲があるかも、という希望すらも抱かせない、冷徹という概念の底に沈んだような声だ。
背骨の中を虫が駆け抜けたような、気持ち悪い衝撃があった。今までの体を突き刺すような殺意とは違う。冷徹というものの本質、ジンのまた違う側面を見せつけられたような気分だった。
恐怖を感じたのは男もまた同じようで、明らかに目を大きく開き、瞳孔がわずかに震えている。
「んで? 結局お前は」
ジンが再び質問をしようとした時、乾いた音がした。するといきなり男の額に穴が空いて絶命した。
その場の全員が男の側から飛び退く。また何回か同じ音がしたと思うと、気絶し倒れていた男たちの急所数箇所からも血が流れ出ていた。
「ひいい」
周囲で戦いを観戦していたホームレスたちが怯える。その怯えたホームレスたちも、次々に頭を撃ち抜かれた。
ジンはジェッスの襟首を掴み、ミリルは少女を抱きしめて壁の方へと走った。
「偉大なる拳!」
力場を拳の周囲に発生させて壁を殴りつける。紙を裂くように石の壁が砕けて、四人はその中を走る。
ジェッスは振り返ったが、こちらへ走ってくる影すらも見えない。見えるのは血溜まりが広がっていく光景だけ。それも建物の影のせいですぐに見えなくなった。
所狭しと並んでいた建物たちの壁を破壊しながら前に進む。中に住んでいた人たちがこちらを不思議そうに見てきたが、それを気にする余裕もなく、置いてあるテーブルやら何やら一切合切を蹴り飛ばしてとにかく前へ。
必死で逃げていると、後ろからガラガラと音がする。どうやら背後から迫っているようだった。足音だけではない。さっきの破裂音のような音が何度も響いている。後ろから喉を閉めたような「ぐあ」という悲鳴と、壁に何かが当たったような小さな音が聞こえてきて、明らかに異常な事態が起こっていることがわかる。
振り向けばあの男たちのようになる。
「偉大なる壁!」
ジンが背後に力場の壁を発生させた。すると銃弾が空中で停止している。
「こいつらなんなんだ! おいお前! なんで狙われてるんだ!」
「っと……と」
「ちょっとジェッス! 今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
泣きそうな顔をするピンク髪の少女。がなりたてるジェッスの姿がまるでいじめっ子のようだった。
ジンがちらりと後ろを振り返る。すると、こちらを追いかけていたはずの二人は立ち止まり、さっと建物から出て行ってしまった。
(なんだ? 俺たちを捕まえるのが目的じゃないのか? いや違うな。体勢を立て直しに行ったか?)
「こっちだ!」
ジンは頭の中で簡単に考察をまとめ、即座に建物から脱出することに。
壁を貫いてまた次の建物へ。そして建物に入った瞬間に扉を蹴り飛ばし、壁から扉を引き剥がして飛び出す。誰かが扉で潰されたらしく破壊音と共にうめき声がしたが、全員で扉を踏みつけて飛び出した。
「どこにいくんだよ!」
「とりあえずあいつらは去った。ひとまずザイルのところに逃げるんだ。そこで話を聞かせてもらう」
言いながらジンは、ミリルが抱きしめながら走る少女を見つめる。少女は下を向きながらも、ひたすら袋を抱きしめていた。
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