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魔法修行

 ジェッスの驚きの小ささに、ミリルは少し不満を覚えていた。まあそもそも、前提として魂や輪廻に対する知識がなければ、別に「ふ〜ん」となるような内容かもしれない。まあもっと驚いてもいいと思う部分もあるのだが。


 パン! とジンが手を叩いた。静かな空間に破裂音は、想像外に響き渡るものだ。

 名残惜しく思いながら、夫の腕から一度離れるミリル。


「さてみんな。そろそろ片付けて移動を開始しよう。街から離れたとはいえ、何者がなんの理由で俺たちを追うかわからない。俺たちは貴族に喧嘩を売ったんだからな」


 ジンの号令で動き出し、すぐに馬車に乗り込んだ。御者は変わらずザイルが務める。

 目的地が決まり、馬車はさっきよりも軽快に街道を進む。そんな馬車の中で一人、ジェッスは自分の手のひらを見つめていた。


 周囲の人間がどんなことを経験してきたのか。そんなことに興味はない。大事なのは、自分がどれほど弱いかということだ。あの屋敷で戦ったメビュムの攻撃を、自分は躱すことができていた。しかしそれは、躱す、ということに専念していたからこそできたことだ。攻撃に転じた瞬間、圧倒的な反撃を受けてしまった。偶然炎が掠って相手にダメージを与えることはできたのだが、そこからは相手の攻撃を受けるばかり。

 介入したミリルの攻撃の鋭さからして、自分とは圧倒的に格上なのはすぐにわかった。

 ならばどうすべきか。結論はすぐに出た。


「なあ」


 声を出した。ジンとミリルが同時に反応してジェッスの方を見る。


「俺に魔法の修行をつけてくれ」


 ジッと目を合わせ、自分の誠意を伝える。

 ミリルはジンの腕を胸にギュッと抱き寄せつつ、ジェッスをジッと見返す。ジンはジェッスに笑いかけた。


「そうか。そういえば途中だったな。魔力コントロールはできるようになったのか?」

「えっ? 彼は火の魔法を使っていたようだったけど?」


 ミリルの言葉に、ジンも意外そうな視線を送る。

 改めて自分の魔法について考える。火を出すことは確かにできた。だが、意識的にコントロールできていたか、と聞かれると自信が持てない。必死にイメージして、火を出して、なんとか相手に攻撃したという感じだ。


 教えてもらった魔法の過程を思い出しつつ、体内の魔力に意識を向ける。ジンたちは、指先に自在に魔法を発現させていた。それが自分にもできるだろうか。あの時の感覚を思い出しつつ、指先に魔力を集中させた。途端、巨大な薄い色の炎が立ち上がり、天井に着いてしまいそうなほど燃え上がった。


「うわわ!!」


 ジェッスからすればそんなつもりはない。ただ小さな火を起こそうと火をイメージして魔力を集中させただけ。なのに思った以上の火が出てしまった。

 ともかく火を収めなくては。すぐに馬車が燃えてしまう。


「なにしてんの」


 呆れ声と共にミリルがジェッスを蹴り飛ばした。ジェッスは倒れ込んだ衝撃で集中が途切れ魔法が止まった。


「小さい火を出すつもりだったのに……」

「お前、魔力を魔法にすることはできても、魔法のコントロールはまだまだだな」


 ジンが天井を見上げている。良い木材と何かしらの耐火加工をされているようで、天井に小さな焦げ跡こそできたものの、燃え広がった様子は一切無い。

 天井のチェックをしているジンの横にミリルが戻り、またジンの腕を両腕で抱いて自分の胸に押し当てた。

 魔法においてまだまだ。なんとなく自覚はあったものの、流石にちょっとショックだった。


「そうだな。魔力を魔法にすることができるようになったんなら、魔法コントロールの訓練を開始するか」


 ジンの言葉に、ジェッスは強く頷いた。




「まず、体内の魔力をコントロールするのと、体外に発現させた魔法をコントロールするのとでは難度が違う」


 言いながらジンは片手の指先に火を反対の手の指先にプラズマを発現させた。


「体内で完全にコントロールした魔力を体外に発現するときは、繊細に魔法を支配しなくてはならない」

「って、どうすれば?」

「練習回数が物を言うのさ。それに。魔法コントロールなら俺よりもミリルの方が向いてる」


 ジンは言いながらミリルに視線をやった。一度そっぽを向いて嫌がったが、しばらく見つめられたのち、大きくてわざとらしいため息を吐いてから、名残惜しそうにジンの腕を離した。


 馬車後部の扉を開けて左手を外に出す。そして五指それぞれから、火、水、電気、氷、風と異なる属性の魔法を発現させた。しかもそれぞれがジェッスが発現させた赤い炎以上の規模を持っていた。めちゃくちゃに放たられたように感じられた魔法だったが、ミリルが指先を動かすのに従い、速度を増したり減速したりしながら動き回り、それぞれ別々の方向に放たれた魔法は、全く違う軌道を描いた後、街道側にある木々に命中する前に霧散して消えた。

 圧倒的な魔法能力にジェッスは圧倒され、口が塞がらなくなってしまった。


「こういうことをできるようになれとは言わないけど、自分が放った魔法をコントロールするっていうのはこういうことよ」

「極端な例だけどな」


 さぞ当たり前、みたいに言い放つミリルに、ジンは苦笑いしてフォローを入れた。

 これが極端な例であることはわかる。それでも、目指すべき強さの領域はなんとなくわかった。


「魔法の基本はイメージ。それを理解しつつやってくれ。まずは小さな炎をイメージしろ。具体的には爪と同じサイズの火を一分維持できたら合格。さっきみたいな大袈裟な火を出せば速攻ミリルの蹴りが行くぞ」


 ニヤつくジンの側で、ミリルが大袈裟に足を振ってみせた。大袈裟なブン、という音が鳴る。

 さっきの蹴りの痛みが思い出され、ゾッとする恐怖が背筋を駆け上った。

 ジンの指示通り、片手首を握って小さな火をイメージして火を出す練習を始めた。

 数秒してから火が指先に灯る。


(やった)


 と、考えると、すぐに巨大な炎が燃え上がってしまった。


「はい失格ぅ」

「ぶべら!」


 顎を蹴り飛ばされ、馬車の壁に激突して崩れ落ちた。さながら馬の蹴りとでも表現できる一撃に意識が飛びかけるが、ふらつく意識を魔法への執念で縛り付けて生き残らせた。

 睨みつけてくる視線でどうすべきかはすぐ伝わり、再び指先と魔力に意識を集中させた。




 もう火が落ちて夜と呼べる時間帯、今日の移動は終わりだと、馬車は再び動きを止めた。今度は森に囲まれて、開けた視界などカケラもない森の中。ある意味さっきのひらけた泉よりは安全に過ごせるだろう空間だった。


 ある程度の荷物を下ろし、天然の緑色カーペットに腰を下ろして食事を済ませる。

 食後のドリンクで喉を潤した後だ。ザイルの表情が飢えた獣のように好戦的で獰猛になったのは。


「俺と喧嘩しないか?」


 まずそれに「は?」と答える。脈絡も無く意味不明だから当然だろう。

 救いを求めてチラリと二人を見た。だがジンはコーヒーを啜っているし、ミリルもジンの膝を枕に頭を撫でられてご満悦な様子。


 救いが無いとわかり、同情をもらえるような子鹿のような視線を送ってみた。ザイルはそれを一切意に介さず、視線と動きだけで跳ね除けて、自分の一番手近にあった木に蹴りを入れた。まるでクッションを押したように木が沈み込む。年輪や繊維が潰される音が唸るように聞こえて、他の木と枝を絡ませ合いながら倒れた。

 大木とは呼べないが、腕を回しても両手が出会うことのない太さの木。押そうとも戦うともびくともしないはずなのに、蹴りの一撃で倒れてしまった。

 その事実にジェッスの口はまだ塞がらなくなる。


「身体強化の魔法は存在する。けど今の蹴りは素だ。魔法を使えても、体を鍛えとくに越したことはない」


 正論だろう。実際、ジェッスは館の戦いで防戦一方だった。回避のみに専念していては、ここから先強敵と出会った時、なんの対処もできずに終わってしまう。

 それだけはまずいとジェッス自身理解できている。惨めな人間にだけは、なりたくない。


「頼む」


 返答を発言するや否や、ジェッスの体が宙に浮いた。

 数瞬空中を彷徨ってから地面に落ちる。


「なにやってる。よーいどんはねえぞ。お前の実力に合わせてやるから、かかってこい」


 自分を見下ろす瞳に流石に腹が立った。

 勢いよく立ち上がった。特攻はひらりといなされ、尻に子供へのお仕置きのようなビンタを受けた。明らかに煽られている。


 今度は特攻せず足をくり出した。蹴りの姿勢は非常に不様で、子供の癇癪にも等しい動き。つま先を足の裏で受け止めて額にデコピン。頭蓋骨に響く衝撃に眩暈がするが、闘争本能に全てを任せて動く。

 ジンはカップを置いて二人を見た。闘牛と闘牛士、いや子供の癇癪に付き合う親程度の差はある。そう見えているということは、ジェッスが大幅に手加減をしている証拠だろうが。


「なんだか懐かしいね」


 ミリルが楽しげに言った。


 ジンにはその気持ちが痛いほどにわかる。何しろ一度人生を終えている身だ。未熟なチャレンジャーとしての気持ちも、導くマスターとしての気持ちも痛いほどわかる。今懐かしさを感じさせているのはチャレンジャーの気持ち。見た目のせいだろうが、がむしゃらに強くなろうとしていた頃の自分と、やけに被って見えるのだ。知らないことを身につけて、工夫して技を編み出して、一つ一つできるようになっていく。暗雲が立ち込めたように苦しく、自分のやっていることは正しいのかと思い悩む瞬間もあった。ただそれが生かされた時、身を結んだ瞬間の喜びは言い表しようがない。

 遠い過去だと思うが、感情は忘れようがないのだ。老いたあの頃も、肉体が変わった今でもそう思う。


 ザイルも、誰と重ねているのか、久しぶりすぎてまったく新鮮なのか、どこか表情が楽しそうだった。


「次の街までに、どう成長するのか、楽しみだ」


 紛れもない本心をこぼし、ミリルのさらさらとした髪を指先に絡ませた。くすぐったそうに笑うミリルの声と、涎を吐きながら空を飛ぶジェッスが同時に頭に入ってきた。


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