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彼らのつながり

「んで? どうするんだ?」


 街を出て二時間ほどで、ザイルが馬車の中で休んでいるジンたちに声をかけた。

 すでに夜から朝と呼べる時間になり、街からもだいぶ離れることができている。安全とは言い難いが、少し余裕を持っても良いだろう。


「そうだな。地図あるか」

「うん」


 ミリルがディモス家から持ってきた荷物の中から地図を取り出した。地図には歪で、でこぼこしているが、なんとなく小判型だと思える図形に、文字がところどころに書き込まれている。


 一番上には”アイル王国”と記されている。


 鞭で馬にしばらく道なりに歩くように指示を出し、御者席から馬車の中へ。

 馬車は大きく見えないのだが、中はそれなりに広い。四人分以上に物資を持ってきたが、馬車の下部に荷物置き用の倉庫が備え付けられているので、そこにかなり物資を積み込める。そのため人が乗る場所はスペースを確保できて、大人の身長が足を伸ばしてもぶつからない。

 もちろん木製で基本硬いのだが、座席には薄いが簡易クッションがセットされていて、さらにミリルがディモス家から高品質クッションをいくつか盗んできたので、腰への負担は想像以上に軽い。

 ザイルも端っこに置かれていたクッションを一つ取り、どかりと腰掛けた。


「アロンがだいたいここだ」


 ザイルは小判型図形の右下のあたりにある黒丸を指差す。側にアロンと記されていた。

 更に左下へと視線をやると”サリアケの森”と記されている。その向こう側からやってきたはずなので、自分たちの住んでいた村は国のほぼ南端にあることがわかった。つまり、隣国と名乗っていたパルストス王国も、この向こう側にあるということだろう。


「北東ゲートから俺たちは街を出た。北東の街道はほぼ真北に伸びている。まあ二時間程度じゃほぼ変わらんがな」

「確かにな……というか、お前地図読めるのか?」


 心底意外そうにジンが尋ねた。


「まあ今世じゃ貴族なんでな」


 不快に思うこともなく、ただ当たり前といった様子で答えるザイル。


(今世?)

「そーいや、姉貴の話じゃこの国から出ろってことだったな」

「テネスキュリテとかいう面倒な連中が絡んでるんだろ?」

「ええ、今回の奴隷狩り事件、売り手はそんな名前の組織のようね。それにこのままじゃ、私たちが主犯だと考えるんじゃないかな」

「ならやっぱり、この国からの脱出は最優先だな」


 仮にジンが逆の立場ならば、消えた知り合いとやらが怪しいと考える。死亡したと誤魔化してもいいのだが、衛兵たちは雇われて管理されている。死体の数が合わなくなって、これから街を管理しなくてはならないイリアルまで疑われてしまう。ジンとしてもそれは不本意だ。


「なら、ここから北東部にある街、ゲオラスへ向かおう。この国の東国境線の側にあって、国境を渡るには都合がいいだろう」

「なるほど。じゃあそうしよう。次の目的地は国境線、その側の街ゲオラスだ」

「じゃあそれまで馬車旅ね!」


 言うが早いか、ミリルは素早くジンに抱きついた。ジンは腕でミリルを支えたが苦笑いを浮かべる。二人の様子を、ザイルは心底呆れた顔で見ていた。

 あまりにも慣れた様子の三人。ジェッスはどこまでも異常なものを見ている気分だった。


 相手に気を使う様子が無いのは、この際どうでもいい。だが、あまりにも相手を理解し過ぎているような気がするのだ。戦闘中に相手の言葉一つで何をして欲しいのかを受け取り、即座にそれを実行してみせる信頼感。自分の役割を完璧に理解し、最低限の動きで最高のサポートを相手に施す連携力。どれをとっても一石一丁の付き合いで身につく物では無い。

 ジンという人物の異常性は、十分理解しているつもりだった。それでもまだ浅かったのだと、深く深く理解させられた気分だ。


「ん? どうしたジェッス」


 ジェッスの視線に気づいたジンが声をかけた。

 全員の視線が一斉に向き、一瞬怯んでしまうが、生唾を飲み込んで疑問を口にする。


「なんで、そんな親しそうなんだ?」

「へ?」


 ジェッスの疑問に、理解できない。という瞳で答えるジン。


「いや、だって、お前ら知り合いじゃなかっただろ? さっきそこのやつ「ザイルと呼べ」……ザイルが”こんぜ”とか言ってたけど」


 三人一斉に「あっ」と声を漏らした。


 自分たちにはあまりに当たり前過ぎて、他者から見れば異常であることに気づいていなかった。

 少し気まずそうに顔を合わせ、視線でどうしたものか相談する。ひとしきり説明不足のジンを責めてから、説明しようということに決まった。

 ミリルが懐中時計を取り出した。時刻は朝飯にはちょうどいい時間帯だ。


「いい場所を見つけたら休憩しましょう? 食事ついでに教えてあげるわ」


 ニコリと微笑む。驚くほど美しさに溢れた笑みだと、ジェッスは単純ながら思った。

 程なく、街道の側に泉を見つけた。木々に囲まれていて薄暗いが、過ごすにはちょうどいい空間だ。


 馬車を泉のほとりに留めて下部の倉庫から食料を取り出す。台となる石とフライパンがあれば料理はできる。汎用型の火の魔法で食材を熱し、皿に盛り付ければすぐに完成する。

 ミリルは手早く料理を完成させ、目玉焼きとベーコンを皿に乗せた。


「女王様がそんな料理作るのか?」


 ザイルが揶揄うように声をかけた。


「今世じゃあ普通の子、料理くらいするよ。それに私は女王じゃなくて王妃。あなたこそ昔より学が身についたようじゃない?」

「へーへーすいやせんでした」


 ミリルの返しに、舌を出しながら謝るふりをするザイル。

 すぐに料理は出来上がり、綺麗な岩や持ってきた椅子に腰掛ける。皿を受け取ったジェッスは、随分と久しぶりの温かな食事に、人知れず感動していた。

 食事中、ミリルはジェッスのフォークの握り方、そして食うことを優先し過ぎたあまりにも汚い食べ方に眉を顰めていた。


 疲れのせいもあって、四人はすぐに朝食を食べ終わった。もちろん、馬に食事をやることも忘れていない。持ってきた野菜を与えると、二頭同時に一度いなないた。

 食事後のコーヒーブレイク、といっても子供舌のジェッスはジュースにしていた。そんな時だ。ジンがポツリと呟いたのは。




「俺たちには前世の記憶がある」




 ずるずると音を立ててコーヒーを飲んでから、ジンはポツリと言った。静かな泉ではただの呟きのような声ですら、すぐ側で呟かれたかのようにすっと耳に入ってくる。

 ミリルとザイルは表情を変えない。この状況で唯一表情を変えていたのは、オレンジジュースを飲んでいたジェッスだけ。言葉を理解できないジェッスは、ポカンとした顔でジンの目を見ていた。


「どしたの? 理解を超えちゃった?」


 ミリルはジンの腕をだきながら、くすくす笑ってジェッスへ微笑む。


「いや……前世ってなんだ?」

「えっ?」

「ああそうか、そもそも概念を知らなかったのか。元奴隷だものな」


 前世とは一般教養ではない。そういう意味でミリルとザイルは納得した。だがジンの発言によって、二人は同時に強烈な殺気を撒き散らす。

 光の差し込む美しい泉だったはずなのに、なんだか影の方がやけに印象に残って見えるくらい、暗くて鋭い殺意に満ち溢れた空間に様変わりした。ジェッスはまるで蛇に睨みつけられたカエルのように一切動けなくなっていた。


「……お前らやめろ」


 ジンの言葉で、スッと殺気が引っ込んでいった。途端に泉が汚れを拭い去ったように晴れやかに映る。

 自分とは違う遥か高みにいる強者。その殺気はジェッスには耐えかねるものだ。ようやく呼吸を許されたかのように、ジェッスは大きく息を吸い込んだ。


「ったく」

「ごめん」

「悪かった」

「ジンも……初めて奴隷だったこと話した時、同じことした」


 偉そうにしていたジンを、二人がジトリと訴えかけるような瞳で見つめた。

 立場逆転され、ジンは気まずそうに後頭部を掻く。

 ひとしきり視線でジンを責め終わってから、ミリルは大きくため息を吐く。


「で、前世がわからないって話なのね」

「あ、おう」


 ずれかけた話題を無理やり修正するつもりのようだ。話題が思いつかないので、とりあえずジェッスのそれに乗っかることにした。


「まず、すべての生き物には魂があるって考えるの」

「魂?」

「生き物の意識、それを形にしたようなものよ。死ぬと、魂は生き物から抜け出し、死後の世界で別の生き物として生まれ変わりこの世に戻ってくる、という考え方があるの」

「……ほんほん」

「私たちは、魂が生まれ変わる前の記憶を持っている。それが前世の記憶、ってものよ」

「ふん……ふん」

「まあ、軽く理解できていればいいわ。つまり私たちは、すでに人生一回分、生きた記憶を持っているってこと。私たちが仲良しなのは、その記憶のおかげ」

「なるほど!」


 ジェッスからすれば正直ちんぷんかんぷんな話だ。最後の一言でようやく理解できた程度には難解に感じられる。同じく難しい話に興味の無いザイルは、少し離れた木を背もたれにしてあくびをしていた。


 難しいことは理解できていないが、理解力、というより基礎知識が無いなりに理解しようと工夫していた。

 最後の一言で極めて理解しやすくなった。理解していればいいのは、目の前の三人は今が二回目の人生であること。そして一度目の人生ですでに知り合っていることだ。この情報があれば、ジンの異常な強さも頷ける。

 一度納得し、またむくむくと疑問が湧いてくる。


「……お前ら、なにもんだよ。どーせ聞いたってわかんねえけどさ」


 質問に対し、最初の回答は微笑みだった。複雑なものなど一切ない、父親が息子に向けるような、極めて優しいもの。


「俺はジン・ラバウル、ミリル・カルフ、ザイル・ディモス。元国王とその仲間たちだった、ただの少年と少女だ」

「……おーさま、ね」


 聞いたとて、王様がどれほどすごいのか分からないが、とりあえずなるほどとだけ反応して見せた。しかし一番意識を持っていかれたのは、ジンの表情だった。今までで一番、ジンの表情が爽やかに見えたことだった。


ここまで読んでくださってありがとうございます! 更新が遅れてしまってすみません! これからも遅れることがあるかと思いますが、楽しみに待っていてくれると幸いです! 感想! ご評価! いつも通りお待ちしております!

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