再び旅へと
自分の思い通りに雷が命中しなかったので歯噛みした。直後目撃したのは死にかけのはずの男の、してやったり顔。どこまでも憎らしく、恨むべき怨敵だと感じていた相手だが、その表情にはどこか共感できるものがあった。
地面に倒れ空を見上げる。真っ黒い空がよく見えた。魔力が底を突き、顔面の骨が一部砕け、魔獣も通用しないとわかった。完敗だ。
涙で視界がぼやける。最後の手段すらも通じず、自分の罪は暴力によって暴かれてしまった。もう終わりなのだ。全てが。
「泣きますか。父上」
見下ろしてくるのは、自身が最も無能だと思っていた息子。
一連の流れで分かったが、どうやら無能を演じていただけのようだった。もはや何の感情も湧かない。
「他の……子供達は?」
顔が腫れているせいか、声がわずかにゴワゴワとしていた。
「……兄たちは殺しました。姉さんとワトンは生きています」
「……男女……差別かい?」
「いえ、ただ姉さんは平和路線な人で、ワトンは幼いですから」
「そう……だな」
ザイルは地に膝をつけエルノウに顔を寄せた。
「父よ。あなたは、何を思いますか」
その言葉にエルノウは、数日前の家族会議を思い出す。
自分の言葉をただ肯定する三人と、否定する二人。その中でもザイルは強く否定の言葉を口にしたわけではなかったが、誰よりも不満そうな目を自分に向けていた。
自分の愚かさから目を逸らすように、静かに目を閉じた。
「私は……がんじがらめだったんだ。貴族の子として生まれ、常に金に頭を悩ませ、人の心が離れていくことを感じながら、逃げられん……」
それは謝罪でもなければ後悔でもない。ただひたすらな、振り返りであった。
「ああ……平民に、生まれたかったな」
そして紛れもない、本音だ。
片手を銃の形にする。指先に雷属性の魔法を発動させて、こめかみに構える。
どんな顔をしているのか、体を起こせないので窺い知ることはできないが、これはシンプルなリスペクトだ。偉大なる忠臣へ、そして人の心を掴んで離さない唐突に現れた王への。
引き金を引くと同時に、意識は途絶えた。
全てを見届けたザイルは一人立ち上がる。涙もない、悲しみもない、肉親としての情が僅かだけ。
「父よ。奴隷を選択したあなたを許しはしないし、同情してやる気もない。あなたは、貴族だったんだな」
弔いとも言えない言葉をかけて、王の元へと向かう。
後悔していた。
なぜ油断したのか、なぜもっと徹底的にやらなかったのか、なぜもっと鍛えなかったのか。なぜこの感情を忘れていたのか。戦場で飽きるほど学んだだろうに”もっと”なんて考えても仕方ないことは。
「すまない……バウン」
謝っても仕方ないのに、謝罪の言葉しか出てこない。
「……私は元々病気していました。余命宣告もされたんです。天命ですよ」
無理やり笑顔を作っているように見えて、ジンは心臓を握りつぶされたような気持ちになる。折れ曲がった背にミリルが優しく手を添えた。
「俺は愚かだ、バウン。再び会えたお前を、むざむざ目の前で」
どんどん声が暗くなっていくジンを、バウンは最後の力と言わんばかりに震える拳で殴りつけた。
頬の痛みには覚えがある。ドミが、何か決定的な”間違い”をしたときには、決まってしこたま殴られた。その痛みと全く一緒だ。
「あなたは、誰ですか?」
「……は」
「あなたは……他者がいるとき以外に私を”グォン”とは呼びません……あなたは前世を持つ自分を、この世界から切り離して考えている」
ジンはその言葉がやけに重くのしかかってきた。胃の奥に錘を乗せられたような、ずっしりとして気持ち悪い感覚。
グォンが震えながら、ジンの痛む頬をさらりと撫でた。
「痛いでしょう。生きてますよあなたは……この世界で、等身大で、ジン・ラバウルは生きています……二度目の生でも死ぬんです。ならば生きてみなさい……思うまま、気の向くまま、願うまま、自分らしく生きなさい」
「分かったよ……グォン・ダルメット」
「……あなたの覇道、見られぬことだけが心残りです」
グォンは目を開けたまま事切れた。まるで死の直前までジンを眺めていたがるように。ぴくりとも動かず、やがて温くなっていく。
さらりと顔を撫でて瞼を閉した。やけに満足げな表情だと思った。
すっと立ち上がる。周囲の三人は、その姿がやけにキビキビとして見えた。
館の中から、イリアルと姉に支えられたワトンが出てくる。四人と周囲の状況を見回して、絶句しつつも離れずにその場に立ち続ける。
「キエル……いや、ザイル、この二人は信頼できるか?」
「……妹はガキで未熟だが、姉貴の方は信頼できるだろう」
主人の意図を感じ取ったザイルは、荒い口調ながらも端的に二人のことを表した。
兄の、そして弟の聞きなれない口調に、姉妹は目を瞬かせている。
「全員聞け。筋書きはこうだ。奴隷狩りに気づいたグォン・ダルメットは、知り合いを連れて奴隷街に侵入した。貴族の犯行だと思い込んでいたが、筆頭貴族であるディモス家は裏社会の組織に脅されて奴隷誘拐計画を立てた。グォンはディモス家と協力して組織と戦ったが、その中でディモスの兄弟たちと当主、そしてグォンも殺される。グォンは死に際、次代当主として街を纏めることをそこの姉に託した。なんとか組織の人間は街から追い出し、奴隷を解放した。これが筋書きだ」
ジンの語る筋書きを、ジェッスは理解できなかった。だがまあ、何とか丸く収まるのだろうと、それらしくうなづいてみせた。その辺りの知識の少ない上に、完敗して見逃されたワトンは姉の後ろで縮こまることしかできない。
問題なのは、ジンの話を理解できた三人の方だ。反応は大きく二つに分かれる。ジンを深く信頼し、理解する二人は目を閉じて、ただ静かに頷いてみせた。ジンのことを理解していないイリアルは、落ち着かない様子で足踏みしている。
「何を……言っているか分かっているの? あなたは、この街の問題を解決した人物、つまりこれから、奴隷を売ろうとしたテネスキュリテから狙われる立場になるのよ? しかもそんな話を広めれば、町中の人間からあなたがグォンを殺したと思われる……!!」
グォンが突然死に、一緒にいた知り合いが消える。そんな状況、誰がどう聞いても消えた知り合いが怪しいと考える。正しく話を受け止めたとしても、わかりにくい裏社会の組織などよりも、話にはっきり登場する知り合いの方を恨むはずだ。
背負わなくても良い咎を背負う。恨まなくても良い恨みを買う。それがどれだけ重いことか、経験の無いイリアルでもわかる。
ジンはそれにフッと笑いかけた。有無を言わせず納得させる、絶対的な意思を含んだ笑み。
イリアルは歯軋りした。目の前の男は、父の過ちを止め、阻止できなかったという自分の罪を晴らしてくれた恩人だ。何もできない自分が悔しくて仕方ない。
「だったら……街の北東ゲートのそばに、ディモス家所有の馬車があります。遠征用のため、旅には適切な荷物が積まれていますし、長期運用に耐えるため機能的な作りをしています。貴族用の見た目ばっかりの作りじゃありません。それを使ってください……できるだけ距離を稼いで。この国から脱出して」
「……俺は父親殺しだ、そんなことを言って良いのか?」
「思うところはあります。けれど、大きすぎる恩を受けました」
イリアルは顔を伏せる。表情こそわからないが、声が震えていた。
ジンはもはや何も言えない。
「ジェッス、すぐに荷物を取りに行くぞ。ミリルとザイルは先に南西ゲートに行ってくれ」
「えっ、私もジンと」
「お前宿の場所知らないし、有名な薬師なら目立って仕方ないだろ」
抵抗虚しく、仕方なく先に行かされることになった。ザイルの提言で、先にディモス邸宅を漁り尽くしてからだが。
「あそうだ。私も死んだことにしておいて。爆発する技を使うやつ相手に死体の残らない死に方したってことで」
さりげなくグロテスクなエピソードを混ぜるように指示を出してから、壊れた穴から建物へ戻っていく。
南西ゲート前、ようやく遠くの空が僅かに白み出した頃、ジンとジェッスは荷物を馬車に積み込んでいた。宿の主人がこんな時間でも起きていることは驚いたが、冒険者を相手にしているとよくあることだと笑っていた。自然な会話の中で依頼をこなすと発言し、街を出る旨を伝えてある。タイミングを疑われても、そっちの方が自然であるし、仮に自分たちを疑えば全ての冒険者を疑わなくてはならなくなる。
馬車留めにはたくさんの馬車があったが、他の馬車に比べて作りが大きく、馬の毛並みも目に見えて良かったのですぐにどれかわかった。
栗毛と黒毛の馬に触れる。人慣れしているようで、一度くすぐったそうに身を震わせた。
「よろしく」
さっきまで殺意をたぎらせていたとは思えない優しい声。荷物を整理していたジェッスはやや引いてしまう。
積み込みが終わったところにミリルとザイルが、荷台を引いてこちらへと歩いてきた。
「今姉貴の指示を聞いたやつがゲート管理をしている警備隊のやつに話しに行ってる。もうすぐ開くぞ」
「わかった。すぐにでも出せるだろう。荷物積み込んでおいてくれ」
ジンの指示で三人が荷物を積み込む。
街の方を見た。未だ暗く、全貌を見渡すことができないが、背の高い建物がポツポツとあることがわかる。今世で初めて訪れた街と言える場所、この世界の常識の一部と、現状の世界で欠けているものを知った。
もう一度、この街に訪れたい。別にこの街が好きなわけではない。ただ、変わってくれるのなら、この街をもう一度見てみたいと思えるのだ。
歯車の音がした。ザイルが御者席に座り、鞭を振った。
馬車が動き出し、ゲートを潜る。行先に何が待ち受けるのか不安は間違いない。それでも、信頼する臣下ある限り、ジンは戦うことができる。
覇道をあの世まで轟かすその時まで。
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