戦場であるが故に
「すまん助かった」
簡単に謝罪しながら立ち上がる。
ジンの謝罪に呆れたように鼻を鳴らすザイル。
「ジン! やっと会えた!!」
立ち上がったはずのジンは、飛び込んだミリルに押し倒され、背中から芝生に叩きつけられた。
鈍い痛みを感じつつ憂鬱そうにミリルの顔を見る。その顔は真っ赤で、喜びに満ち溢れているのが見てとれる。豊満な胸をぎゅうぎゅう押し付けて、捻り上げんばかりに腕に力を込めていた。
ミリルの様子、というより自分に向けた表情に、ジンは覚えがあった。
「お前……アリシア?」
「やっと気づいた! 遅いよも〜!!」
口調と声色はやや怒っているようでも、その溶け切った表情から怒りは一切感じられない。
肯定されたジンは目を大きく見開き、さっとミリルを抱きしめ返した。
「悪い……気づかなかった」
「こっちも怖くて声かけなかったし、仕方ないよ」
ジンは謝るが、ミリルも覚えていなかったら、と思うと怖くて、声をかけられなかった。どっちもどっちなのだ。
「いちゃついてんな立ち上がれボケ! 戦闘中だゴラァ!」
見つめ合う二人が鬱陶しくなったザイルが叫ぶ。普段おとなしい息子の野蛮な態度に、エルノウは軽くショックを受けた。
ジンは苦笑いしながら、ミリルは露骨に不満そうに立ち上がる。
ここ最近で、恐ろしかっただけのジンの印象が二転三転して、ジェッスは苦笑いとも引き攣りとも形容できない微妙な顔を浮かべた。その全てを見て、グォンは口の前に拳を当ててクツクツと笑った。
「皆変わらないようで」
「見た目は、まあ変わったがな」
容姿は、当然皆変わっている。転生しても同じ見た目などありえないのだから、当然ではあるだろう。五百年の時を経て再開しようと、魂や個人の在り方は変わらないということなのだろうか。
その事実がジンにはどうにも嬉しくて仕方なかった。
過去に浸っていると、大量の足音が近づいてきた。貴族街を守る警備兵たちが、ジンたちをぐるりと囲んだのだ。
「余裕、だとでも?」
「ああそうだ」
ジンが一歩前に踏み出た。
「戦争は数じゃない。繊維旺盛にして勇猛果敢、愛国心に溢れた兵士こそ戦争の勝利を掴むのだ」
「ならば、私たちこそが勝者となる」
エルノウが片手を天へ向けた。
一斉に兵士が襲いかかった。あまりの物量に、ジェッスは思わず体が硬直するのがわかった。もう剣も無い、それに魔法を使えるようになったとはいえ、使うこなせているとは言えないのだ。
対抗するために手に魔力を集中させた時、ジンが肩を叩いた。
「安心しろ。そして俺たちを見ていろ」
その言葉で、ジェッスは不思議と安心させられた。
「バウン、キエル」
ジンの言葉に、呼ばれた二人は黄泉的な表情を浮かべる。ザイルは心から楽しげだったが、グォンはわずかに葛藤を含んだ顔をしていた。
「ステイルの威を示せ」
「「かしこまりました我が王よ」」
警備兵の約半数が魔法を放つ。その魔法の全てを、ザイルの発生させた水晶で受け止めた。立ちこめた爆煙に紛れて、水晶の影から飛び出して兵士たちを一瞬で切り伏せた。月明かりの元、宙に吹き上がる血飛沫が地面に散らぬうちに、次の敵、そのまた次の敵と、連続して切りつけていく。
魔法を発射しなかった警備兵の方にはグォンが向かう。グォンは得意の雷属性の汎用型魔法を発動させた。応用形・雷飛沫という魔法で、合わせた両手から放たれた一つの巨大雷が分裂し敵を襲う。熟達したグォンの雷を、魔法を使えない者が防げるわけもなく、当然のように腹を貫かれて死に至った。
ジン自身も飛び出し、エルノウに攻撃を仕掛けた。銃弾を数発放たれるが、ジンはそれらを全て力場で受け流す。
それは全て、エルノウの計算通りだ。
強いだろうというのは大体察していた。ジンが強いのだ、それに従う者たちが弱いはずもない。警備兵が集まってきたことだけが予想外であり、初めから狙いは一つ。
白い一角獣が真っ直ぐにジェッスを狙った。迂回やフェイクなどしない、真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ最高速でジェッスを狙う。
風切り音でジンはそれに気づいた。魔法を発動して受け止めようとするが、それをすぐにやめる。なぜなら、最も信頼する女性が魔法を構えていたから。
「この天の下」
女性の手元に野球ボールサイズの氷が発生、そこから雨粒ほどの氷塊が無数に放たれた。降り注いだ氷を受け、白い一角獣は全身穴だらけになった。そして光の粒となって中空で消滅する。
ホッ、とジンが息を吐いた。直後のことだ、さっきよりも凄まじい風切り音が、離れたところで聞こえた。
エルノウの固有型魔法、騎士もまた獣は、白い一角獣が電気属性の汎用型を使用し、黒い一角獣が自らのエネルギーを弾丸とする魔法を使用する。両者の大きな違いは、その目立った性能にある。白い一角獣はわかりやすく攻撃性に優れる。黒い一角獣は、時間帯に関係なく高い隠密性を発揮できる。魔力を隠蔽し、黒色が目立つ青空の元であっても素人では発見困難なほどに優秀なのだ。ジンが見づらいと感じたのは、夜のせいではない。その性能が原因なのだ。
そんな一角獣は今、自身の能力を最大以上に発揮していた。元々能力で見づらいというのはあるが、それ以上に兵士と白い一角獣に注意が向いていたために、全員の意識が黒い一角獣から外れてしまっていたのだ。
気付けたのはジン一人。フォローをするには遠い。力場を発生させようとするが、そこで、ようやく自分の魔力がかなり減っていることに気づいた。
歯噛みしながら手を伸ばす。脳裏に映像が浮かぶ。戦場で同志たちが死にゆく姿が、無数に現れては泡のように消えて、記憶の向こう側に咽び泣く死者の家族が浮かんだ。王であり、戦争の指揮を、民の責任を持っていた以上は一生背負わなくてはならない咎だと理解している。転生したとて振り切れるものではない。そもそも、自分が忘れたくないのだ。もう目の前で、懐に入れた者が死にゆく様を見たくないのだ。
願いながら止めようとするが、届かなかった。
ジェッスを守ったのは、教育係。
突き飛ばされ尻餅をついたジェッスは、呆然としながら顔についた生暖かいものを撫でる。
脇腹を貫かれて、口から血を吐きながら、自分を突き刺した一角獣ごとぐらりと倒れた。
「バウ」
駆け寄ろうとした。だが、刺された本人が指で示したのだ「行け」と。
王としての自分が合理を叫び、教え子としての自分が情を叫び、戦士としての自分が冷徹のまっとうせよと叫ぶ。全てを汲み取ることはできない、だからまず、教え子を切り捨てた。
力場で拳を大袈裟なほど分厚く覆い、全力で振るった。エルノウは抵抗のために魔法を何度か放ったが、ジンの力場に触れると、風が物に当たり流れていくように、ジンの周囲を逸れていった。
周囲からは触れてもいないのに殴り倒された。そんなふうに見えただろう。実際には拳を覆っていた力のエリアに触れ、質量などよりもより本質的かつ見ることのできない力そのものに、殴り倒されたのだ。
脂肪を揺らしながら倒れていくエルノウ。顔面が腫れ上がり、口からは出血していた。
本来であれば、首を挙げたり、確実な死亡確認、もしくは拘束してから安心しなくてはならない。戦場で生きてきたジンには本能と呼べるレベルで刷り込まれていた行動のはずだった。だがこの時、ジンの心中で教え子が頭を擡げた。恩人のことが心配でならず、反転して走り出したのだ。
だから、気付けなかった。エルノウが最後の魔力を片手に集中させていたことに。
エルノウは根本的に魔法の天才だ。固有型魔法の開発において、自律的に活動する召喚獣の作成は高難度とされている。そんな才能の持ち主が、全力で汎用型魔法を使おうとすればどうなるか。
「汎用型魔法応用形、雷飛沫」
片手から巨大雷を放ち、それが小さな雷へと分裂する。無数に別れた雷がジンたちへと襲いかかる。戦闘中かつ仲間が負傷していたとはいえ、ミリルとザイルは素人のジェッスを庇いつつ自分を守る程度のことはできる。しかしジンは、脇目も振らず走っていた。だから気付けなかった。
「バウン!」
敬愛する恩師が自分を庇い、雷によって穴だらけになるのを、ジンは間近で目撃した。
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