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貴族が故に

「まあかけたまえよ」


 エルノウはでっぷり太った体を揺らしながら、ずんぐりとした手で壁際のソファーを刺した。側の小テーブルにはティーポットとカップが置かれている。


 王としてのジンが考えるお誘いを断ることができる場合というのは、のっぴきならない事情ができた時のみ。今は断ることができないと考え、ジンは聞こえるようにため息を吐いてからソファーに腰掛けた。


「なんだ、紅茶か。こんな夜にはコーヒーが合うと思うんだが」


 ポットを傾けてがっかりした。ティーポットを見てそうだとは思っていたが、コーヒー党には少し辛い。


「確かにそう思う。だが子供に夜眠れなくなるものを出すわけにいかんだろう?」


 喉を弾くように笑い、自身のデスクに置いてあったティーカップを口に運ぶ。動作一つ一つに貴族らしい気品があったが、節々に挑発的な雰囲気があった。


 飲めるものなら飲んでみろ作法も知らぬ小僧。


 エルノウのメッセージを正確に感じ取り、ジンは心中で舌打ちをする。別に今この場は作法や礼儀が必要な場ではない。そもそも会談などで来たわけではないのだから、礼儀を守ってやる道理も無い。それでも相手は貴族として、高度な教育を受けたものとして見下していますとアピールしているのだ。コケにしているのだ。

 ジン自身は、別にコケにされたとて構わない。だがドミ・ステイルとして、舐められたならやり返せと教育を受けてきた。ステイルの名は王国の名、ドミがコケにされるということは王国がコケにされるも同じと、グォン、いやバウン・ガダモイルにイヤというほど教えられた。


 ティーカップに紅茶を注ぎ、親指、人差し指、中指で取っ手を摘んで持ち上げる。鼻に近づいた時に、香りを楽しむふりをして毒の匂いを探った。無味無臭の毒もあり得るが、毒が回り切る前に相手を倒せばいいだけだ。

 見せつけるように紅茶を口に含む。芳醇な茶葉の香りが口内から脳への刺激となり、束の間、癒しを堪能した。


「……よく手に入れたな、貴重なはずだな……これは」


 今世では馴染みのない茶葉だが、王だった前世で何度か口にしたことがある。確かこの地域ではないどこかで採れる高級なものだったはずだ。

 チラリと顔を見ると、心底意外そうな顔をしていた。


「ほう、平民がよく知っている。カストミンという高級茶葉でな、カストスという国で採れる希少なものだ」


 疑問が漏れかけたのを口内で噛み砕く。記憶の中では”ステミア”という茶葉のはずだ。五百年ほどの時間が流れたのだ、仕方ないだろう。


「それで? なぜ茶を? 毒も入っていないようだしな」

「わかるか? まあ入れる気がなかった。素晴らしい茶を汚すのは趣味じゃない」


 本心なのだろう。ティーカップを覗き込むエルノウの瞳は、心から愛しいものを見ているようだった。


「ああ、自己紹介が遅れたな。私は」

「エルノウ・ディモス。ディモス家当主でのアロンの筆頭貴族、だろう?」

「知っているのか。ああ、グォンかな」


 あえて被せるように言ったが、エルノウの顔に不快感が現れることはなかった。

 ひけらかすような余裕が、ジンにはどうにも気に入らない。自分は何か間違いを犯したのではないかという気持ちになってくる。心理を探ってみようにも、相手は貴族、交渉のテーブルについた経験も多いようで、ストレートに心を読むことができない。


「なぜ茶を出したか聞いたんだ。質問に答えろ」


 自然と口調に苛立ちが混じる。自分で思う以上に腹立たしいようで、わざとやろうと意識した以上に苛立ちが混じってしまった。


「簡単だよ。君が逮捕されてくれないか? 私は被害者なのだよ」


 さも当然、とでも言わんばかりの口調。

 ジンは指先にわずかに力が入ってしまうのがわかった。カップの取っ手を砕きかねないので、理性で自制し、まずは話してみることにした。


「被害者? どう見ても加害者だと思うが?」

「自分の家に攻め込まれ、部下を殺されている身だ。相当な被害を受けていると言っていいだろう?」


 自己中心的としか言えない表現に眩暈がする。

 物事を多方面から観察するというのは、為政者と公平性には必要な能力だ。だからこそ裁判では弁護と検察側両方で証人を呼ぶことが許される。つまり裁判的視点から考えると、ジンたちの行いは住居侵入と個人所有物破損という罪であり、エルノウが被害者と言うこともできる。ということだ。


 これに対し、ジンは特に反論するつもりは無い。全て事実であるし、何よりそれを踏まえても自分が悪いとは思っていない。

 ジン、いやドミ・ステイルは世界大戦の時代を生きていた人間なのだ。思考回路には、戦争的思考が根付いている。戦争とは勝てばいいというものではない。その後の世界情勢や国家間の事情なども勘案し、柔軟に戦いを展開しなくてはならない。だが同時に、ドミは戦いにおいて勝つことが絶対正義。という価値観も持ち合わせる。理屈で戦いを避けて、その結果負ければ意味がない。だから本来前線に出る必要も無い己を鍛え上げて強くなったのだ。自分で守り勝ち、国家元首が責任を取れるようにするために。

 最悪、どれほどの理屈をこねくり回されようとも、ただただ叩き潰す。ここにくる途中でディモス家の兄弟たちに襲われた時点で、黒ということはわかっている。だから暴力に対しいささかの躊躇も抱かない。戦うのみだ。


「それは認めよう。だが、すでに奴隷として売られてようとしていた人たちが居る。それは?」

「なるほど怒らないか。まいった、どうも簡単じゃないな」


 ジンに揺さぶりが通用しないと悟ると、ため息を吐きながらカップを置く。

 陶器が皿に置かれ、かちゃりと硬質な音を立てた。同時にジンは懐で何かが擦れる音も聞いている。


「今から難しい話をしよう」


 拳銃を向けられようとも動揺する様子を見せてはならない。堂々としていることこそが最も効果的な”脅し”なのだ。

 目線だけをエルノウに向けた。ソファーにより深く腰掛けながら、足と腕を組み、傲慢な態度をとってみせる。エルノウの表情が変わらず、ジンの方が僅かに動揺してしまう。


「私は国から、大量の金を要求されている。月毎に収める金があったのだが、それが最近増え続けていて、貴族としての収入だけでは賄いきれなくなった。だが市民から徴収しようにも、街そのものに金が入ってこないのだ。だから街の管理者としての収入が無い。それでも金が必要だ。どうしたらいい?」


 問いかけ、というよりも同意して欲しがっているように聞こえた。

 わかっておくれよ、苦しいんだよ、どうしようもないんだよ。同情してくれたまえよ。

 そんなふうなメッセージさえ聞こえてくるようだった。


 感じること、思うことはいくつもあるが、ジンはため息を吐いた。あからさまに、そして深呼吸ほどに長く、一度肺の空気を全て押し出すほどに。

 それからエルノウを見つめる。今から言う一言は、エルノウの抱える事情を理解してしまったからこそ、言うのがイヤになる。嘔吐して味わった経験のある、高い立場に立つからこその重さに似ている。


「諦めればよかったんだ。素直に事情を話して、協力してもらって、立場を開け渡せばよかった」


 まるでギロチンの紐を離した気分だ。

 エルノウはきっと葛藤し続けたのだろう。立場を手放すことは何より恐ろしいことだ。今ただでさえ関係が悪くなっている市民たちの前で命乞いに近しいことをすればどうなるかなど考えたくもない。

 エルノウの葛藤を、ジンは踏み潰したのだ。最初から諦めてしまえば楽だったのだと。


「そうだなあ。でもそうできなかったから今がある」


 二、三度、乾いた音が室内に響き、同じ数だけの金属音が床で鳴った。

 ジンは立ち上がり、エルノウを睨みつける。


「それは同意するよ。だからこそお前の決断は許せない」


 魔力を漲らせる。力場がジンの拳を覆い、力の空間が発生した。


「なぜ奴隷を選んだ、なぜ国の要求する金が増加している。答えろ、今この世界で、何が起ころうとしているんだ!」


 ソファーを蹴り飛び込む。

 エルノウは体を揺らしジンを避ける。

 両手を床に向けた。すると光の円が床に発生し、その中から黒と白の一角獣が現れた。流線型で、どう見ても水中で暮らしていそうな見た目をしているが、堂々と空中を泳いでいる。


「固有型魔法、騎士もまた(ナイツ・オブ・)(ビースト)


 凄まじい勢いでジンに激突する二匹の一角獣。両腕でガードしてそれを受け切るが、壁を破壊しながら貴族街へと飛び出してしまう。

 芝生を転がりながら体勢を立て直した。見上げると、空中を獣たちが舞っている。


「やれ」


 エルノウの言葉と共に、白い獣の角から電撃が、黒い獣の角から黒いエネルギーが放たれた。

 魔法で受け切りながらエルノウを狙う。しかし獣たちの動きと魔法攻撃がエルノウへの接近を許さない。さらにエルノウ自身も見たことの無い形の大型銃を使用してジンを攻撃している。

 現在時刻は夜。白い方はともかく、黒は夜闇に紛れ視認が一瞬遅れる。しかも白い方が電撃を放ってくるせいで、視界が光で覆われてとにかく戦いづらい。


(よく練られた魔法だな……平和な時代を作ったはずなのに、この時代でも強さは必要なのか)


 素晴らしい魔法だと手放しに褒めることができる。これが国内の平民であれば、すぐさまスカウトして然るべき職を与えたことだろう。

 ドミ・ステイルが世界を一つの国に統一したのは、後の世まで続く絶対平和を築き上げるためだった。晩年、国内の若者で魔法を習得している者は少なくなり、やがて魔法は生活を便利にしていくために、生活的な方向に研究されていくと考えられていた。それが、五百年経った今目の前では戦いのために利用されている。


 わかっていたことだが、どうしても悲しくなる。あれだけ流した血が、無駄だったと言われてしまったようで。

 戦いにおいて余計な考えは致命的だ。河童の川流れという言葉があるように、如何に熟達した者であっても油断はミスを生む。ジンも例に漏れない。


 回避のステップに失敗し、地面に倒れた。

 力場を展開し、強制的に体を空中に飛び上がらせればいい。なのだが、飛びあがろうとした位置、倒れている位置全てが三者に狙われていた。

 ジンの脳裏に死の文字が浮かび、思わず動きを止めてしまう。ジンの力場であっても、これだけの物量を防ぎ切ることはできない。


「さようなら」


 エルノウの声が寂しげに聞こえた。

 真っ白に光った視界。スパークだろう閃光が収まった後、自分が複数人に囲まれているのが理解できた。


「お待たせいたしました。我が王よ」


 少し傷のできたグォンが、にこりと笑いかけた。


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