ザイル・ディモス
元から予感はあったのだ。
ジンは心中で独りごちた。そもそも戦闘が始まった段階から違和感があった。一人だけ、自分に揺るぎない警戒心を向けながら、表面では何もできない無能のふりをしている奴がいると。
そういう奴は大きく2つに分かれる。自分を隠したいやつか、不意打ちを狙っているのか。
弱者に対しては、その迷彩も大きな効果を望める。一定のラインからは違和感しか生まないのだが。
この場合は違和感を有効活用したと言うべきだろう。自分に気づいて欲しいがためにわざとらしく目立っていた。子供が自分の欲しいものを買ってもらうために、わざとらしく振る舞ったり、悪目立ちするのに似ている。
まあそれも全てメッセージ。ザイルの外した二発の弾丸は「着弾点の間にある扉に行きたい」という意図があった。だから扉に向かって蹴り飛ばしてやった。まさか”アレ”があるとは思わなかったが。
とまれ、奴がいるのであれば大丈夫だろうと、ジンはわずかに口角を上げて目の前の警備兵を殴り倒した。
睨み合う兄弟たちの先陣を切ったのはバショウ。ただしさっきよりも身体強化率は下がっている。単純だ、さっきまでの相手より目の前の弟が強いとは思えなかったのだ。
「汎用型魔法応用形、硬拳」
バショウは拳を硬化させる魔法を発動させた。相手が刃物だから当然だ。
ザイルはバショウの拳を、刃で当たり前のように受け止めた。強化率が下がっているとはいえ、バショウの拳なのだ。軽くいなせる攻撃などではない。続け様蹴りを繰り出した。それも同じく足で簡単に受け止め弾く。
一連のやり取りで、カモラは弟の真実を垣間見た気がした。
少なくとも、ザイルは無能のふりをしていたのだ。何もできぬ無能のふりをして家族すらも欺き、ずっと何かを待ち続けていた。その何かの正体はわからないが、少なくとも、この夜襲によって事態が大きく変化したのは間違いない。
炎と針がザイルを包み込むように襲いかかる。球体を作って包囲するつもりだったが、走力のみで振り切られてしまった。
身体能力はデータ以上、この時点で、記憶にあるザイルを捨てなくてはならない。
イリアルは頼りにならないが、三対一の構図。連携さえ間違わなければいずれすり潰せる。
気がかりなのはさっきも飛び出てきた水晶。
分厚いというほどでもないが、壁として機能するだけの厚みと硬さがあり、どこからともなく突然、素早く生えてくる。魔法であろうということはわかるが、逆に言えばそれ以外の要素が分からない。
カモラは水晶を観察してみた。なんとも美しく水色に輝いていて、防御のため二度呼び出しているがどちらも未だ綻ぶ様子を見せない。
(魔法による物質召喚は、固有型であれ汎用型であれ時間によって綻び、その存在を消失させる……攻撃を受けてさらに時間が経っても綻ぶ様子すら見せないとなると、生やされればこの戦闘中に消滅することはないとみていいな)
だが、それにしては違和感があった。
これほど高性能な魔法を使うことができるのに、ザイルは汎用型魔法を一度も使っていないのだ。
見た目には現れない身体強化を使用していたとしても、蹴りを弾いた時など電気の汎用型を使っていれば簡単に追撃できた。さっきも、走力で魔法を躱せるのだから、走りながら魔法で反撃していれば、当たらないまでもまともな抵抗になったはずだ。いやそもそも、持っている武器が刀なのだから、中距離対応のために魔法を使用するのが普通のはず。あれだけの固有型魔法が使えて汎用型が使えないなんて理屈はあり得ない。魔法の基礎にあるのが汎用型であり、そこから研究と訓練により、自分なりに進化させるのが固有型なのだから。
ワトンは天才が故にすぐ固有型の開発に至った。汎用型も一部使えるが、基本的に”針の行軍”の方が使い勝手がいいのだ。
反対にカモラとバショウは固有型を開発せず汎用型を鍛えている。固有型を開発できるだけの魔法に対する造詣とポテンシャルは持ち合わせているが、単純に開発に時間を割くだけのメリットが無いことと、汎用型でできることが自分たちのスペックにピッタリだったというのが理由だ。
これらのことを踏まえて、汎用型魔法を習得する過程を飛ばして固有型を習得するなどありあえないのだ。使うだけならば先天性習得や覚醒習得でできるが、あれだけ使いこなしているのならば、確実に魔法を学んでいるはず。
ザイルが汎用型魔法を使わない理由はなんだ?
疑問を浮かべながら器用に炎を操作するカモラに、ザイルは薄く貼り付けたような笑みを向けた。背筋を舐めるようなゾワりとする笑顔だ。
「どーせ、俺の魔法がどうのと考えてんだろ? 無駄に頭の良い兄上?」
言葉だけでバカにしているということは伝わる。腹立たしいと思うのは当然だが、それ以上に、百を知っていたはずの弟の、言い表せない不気味さが気持ち悪くて、腹を立てることができなかった。
「俺は魔法使ってねえよ。使ってんのは道具の機能だ」
ザイルはバショウの連撃を躱しながら刃に指を這わせる。まるで愛しい人に触れるように繊細な手つきだった。
地面に刀を突き刺して柄に手を添える。そして顔を刀に近づけた。
「鱗を出せ、水晶龍」
突然地面から鋭い水晶が出現し、バショウを強く弾き飛ばした。空中で乱回転したバショウは天井で一度受け身をとってから着地した。
「へっ、やっぱ機嫌悪いな」
引き抜いた刀を手首で回して、調子を確かめるように二度振った。
「なんだ……機能だと?」
その言葉は大きなヒントになる。つまり今握っている刀は”魔具”ということだ。
激突した扉の向こうは訓練用武器庫兼物置になっていて、そこには当主エルノウの集めた武器コレクションの類も収められている。その中に魔具があったとしても違和感は無い。問題は魔具のイメージと目の前の刀の性能が合わないことだ。
戦闘用魔具は、汎用型魔法を形にした程度の効果しか持たない。燃える刀や氷を撃ち出せる銃などが代表例だ。しかし目の前の刀は、堅牢な水晶を自在かつ広範囲に出すことができる。そんな性能の魔具は存在しないはずで、あったらあったで大きな話題になっているはずだ。
自分の知識を総動員し、カモラはそう結論づけた。
「何を考えているかは想像がつくぜ。現実に生きているやつの想像を読むのは簡単だな」
嘲笑う。その表現が正しいだろう。だって想像を超えなければ、事実には辿り着けないのだから。
「魔法が存在してんだ。いつまで当たり前に囚われてんだか」
刀を振る。すると壁から大きさがまちまちの水晶が生えた。それを足場にして、ザイルは宙へ飛び出す。バショウもまたそれを追いかけて宙へ。
「そうそう、くると思ったよ。自信があるやつは読みやすい」
天井に届くか届かないかという距離。ザイルは部屋に居る全ての人間を見下して笑った。
バショウは勢いのままザイルに突っ込む。動きの全ては完全に見切られていて、ザイルはバショウを軽く踏んでステップするように跳ねた。優雅なザイルとは反対に、バショウは動きを乱されて、カモラの方へ落ちていく。
「じゃ、サヨナラ」
カモラとバショウは直感した。死刑宣告であると。
「牙を出せ、水晶龍」
刀を天井に掠めながら振り下ろす。天井から分厚い水晶の柱が生え、刀を振り下ろすのと同じ程度の速さで伸びる。
バショウに激突しても止まることなく、押しながらカモラへ迫った。
躱せる速さではない。直感したカモラは炎をより強く燃やし、止めようと放つ。もはやバショウごと燃やしているが、それでも構わず、己が死にたくないがために、体内の全魔力を炎に変換し続けた。
焼けこげる匂いがする。不快で本能的に拒絶したくなるが、逃れることができない。燃え盛る水晶が迫ってくるようにも見える。なぜだかスローになっていく視界で、美しい水晶に真っ黒い人形が張り付いているのが確認できた。
人形の目がギョロリと動き、目が合う。その瞬間にカモラの何かが壊された。
魔法は人の写し鏡。魔法を学び始めてすぐに聞いた言葉だ。魔法のあり方こそが人を表す。だからこそ、カモラの炎は強く燃え盛っていたのかもしれない。カモラの自信を表すように。それは弟のバショウも同じであり、身体強化が得意だったのは、己の力のみを示したいという自己顕示欲の現れだったのかも。
水晶はその全てを踏み潰す。圧倒的な力、魔法を、人を寄せ付けない絶対性。「お前の努力など意味は無かった」そう告げられているのではないかと思い込みそうなほどだ。
いやそう言われているのだ。そう思ってしまった。だからカモラは、無力を理解してしまったのだ。
「ああ……」
吐息のような言葉が遺言。
カモラとバショウは、水晶と壁に挟まれて圧死した。
「これが魔具の上位武具、”宝具”水晶龍の力。聞こえてねえだろうけどさ」
チン、という金属音が響き、戦いは決着した。
バン、と無作法な音を立てて扉を開ける。室内には綺麗に整えられたスーツを身に纏う太った男と、銀髪の少年だけが居た。
「やあディモス家の館へ。歓迎するよ平民くん」
「没落する貴族に歓迎されても嬉しくないな」
酒をグラスに注いで余裕をひけらかすエルノウを、ジンは苛立ちを隠さずに睨みつけた。
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