ディモス家のきょうだいたち
絨毯は柔らかく、不気味なほどに足音がしない。廊下をしばらく歩いてきたが、誰にも出会わなかった。
幸運か不幸なのか、未だジンにはわからないが、予感がしていた。目の前の扉を開ければ、厄介なことになると。
隠しもしない気配を感じている。闘気とも殺気とも呼べる人の気配を。
鬼が出るか蛇が出るか、どちらにせよ、開かないことには始まらない。
扉を開く。耳障りな軋み音と共に開く扉。向こう側の部屋はやけに開けていた。おそらく三階までぶち抜いているであろう天井の高さ、カーペットすらも無いまっさらなだだっ広い空間。目立つのは壁と床にある無数の傷。
一通り部屋を見渡した後、真正面にある扉を見つけた。それなりに離れているせいで、自分よりも小さくさえ感じられる。
不意にドアノブが音を立てた。
「ふふ、ご堪能いただけましたか? 我らがお屋敷」
ドアの向こう側から現れたのは筋骨隆々の男、細身長身の男、最も身長の小さい男、中肉中背の女、幼いとさえ表現できる女の五人。全員表情は違っているが、共通するのは敵意を一切隠していないところだ。
「夜襲なんでね、時間的に余裕が無い。手短に済ませろ。敵か? 味方か?」
「それを答えるのならば」
筋骨隆々の男、カモラ・ディモスが爽やかな笑顔を浮かべ、両腕に炎を灯した。
「敵、でしょうなあ」
「だろうな。わかりやすくて助かるよ」
ジンはただ、めんどくさそうにため息を吐いた。
長男が炎を発動させたのと同時に、次男であるバショウが地面を蹴り飛び出していた。空中に放たれたとさえ呼べる跳躍ぶりに反応できるものは居ない。ジンでなければ。
さぞ当たり前のようにジンはバショウの攻撃を躱し、反射的に蹴りを叩き込む。体をくの字に折ってしまう蹴り。バショウは久方ぶりに全力で咳き込んだ。
「大丈夫かバショウ」
炎を構えながらカモラが声をかけた。
手をひらひらとさせて応じたが、想像外のダメージにバショウは軽くショックを受けていた。
カモラは普段から弟と手合わせをして実力をよく知っている。汎用型の中でも身体強化が得意であり、シンプルな肉弾戦であれば護衛兵団でも多対一で簡単に倒すことができる実力。冒険者に換算すればマトリ、もしかしたら人類最高峰のクラセにも到達できるかもしれない実力。その弟の不意打ちを簡単に退けるのだ。ただ者では無い。
「お前たち! 兄弟の全力を見せるぞ!」
兄弟で協力して戦いたいなんてお優しい心ではない。ディモス家次期当主としての警戒本能が、目の前の男を全力で叩き潰せと指示を出している。
末妹のワトンが懐から無数の裁縫針を取り出した。
「針の行軍!」
ワトンの指の指示に従って針が空中で踊り出す。
ワトンは齢九歳ながら魔法の天才児であり、すでに固有型魔法をある程度完成させている。年齢故に体内に蓄積できる魔力が少ないのを、操る対象を軽量で殺傷しやすい針に限定することで消費を抑え使いやすくしている。かつ操る対象が軽いので持ち運びやすく、さらに操りやすいというおまけ付きだ。
タクトを振るうように指を動かした。規則的な動きはアリの群れにも似ている。
ジンは躱そうともせず、手のひらを針に向けた。身体中に針が刺さるかと思ったのだが、見えない壁のようなものに阻まれた。何にもぶつかっていないのに、同じ位置に止まる無数の針はややシュールだ。
「へえ、この数の針をその年齢で操るのか。貯蔵魔力の管理もできているとはなかなか考えているな」
カモラの頬が硬くなる。一瞬で妹の魔法の本質を見抜かれたことから相手の戦闘経験を察知し、視線でまだ戦いに参加していなかった弟妹へ指示を出した。弟はそれに驚いたのか、びくりと肩を跳ねさせる。
末弟ザイルと長女イリアルは戦闘力的に兄弟内で大きく劣る。そもそも二人には魔法の才能が無いのだ。だからこそイリアルは知力という面で家族に貢献している。だからこそカモラはイリアルを許している。のだが、ザイルは違う。
ザイル・ディモスは、悲しいほどに魔法の才能が無い上に、勉学においても才能を感じられなかった。単に成績という意味だけではなく、考えるという能力においてすらもとにかくダメなのだ。貴族の同世代と同じ教室で勉強をした時、あまりにもできなすぎて笑われてしまったことは記憶に新しい。今この館に居られているのは、当主であるエルノウが身内の恥を隠したいと思っているからだ。
イリアルは素早く、ザイルはモタモタしながら銃を構える。自分に怯えているのは知っているが、このような状況でもそんなもたつきができるなど、呆れるの一言に尽きる姿だ。
二度銃声がした。一方はジンの足元に着弾したが、もう一方は的外れな壁へ。
「何をやっているザイル! 敵を狙え!」
舌打ちと共に叫ぶ。もう一度銃声がして、今度は四角の柱に命中した。
無能な弟から意識を外して、相手の観察に努める。
(さっきから見えない壁で攻撃を阻んでいる。凄まじいポテンシャルと能力、だがそれだけ魔力と集中力を使っているってことだ)
魔法を使う時、使用中は常に能力に何割か意識を割かなくてはならない。訓練し限りなく滑らかに使用できる者も居るし無意識下で魔法を使用できる者もまた存在する。だが目の前の男は意識的に魔法の発動を切り替えているように見える。
つまりフルオートの防御ではなくオンオフを切り替えるタイプの防御。
であるならば対処はしやすい。
両腕の炎を、鳥の翼の如く大きく広げる。部屋全体に広がるほどでありながらも、部屋の壁などには燃え移らない。訓練の成果である。
「汎用型魔法応用形、火焔鉄拳」
炎を二つに纏めて、両側から押しつぶすように攻撃する。ジンは炎の真ん中で両腕を伸ばす。予想通り見えない壁に阻まれる。
兄の意図を理解した兄弟たちがその隙に攻撃を仕掛ける。
(今あの男は炎の対処に集中している。魔法の集中を解けば炎に焼かれる。兄弟たちへの対処を誤れば死ぬ! これで詰み!)
カモラの予想は間違っていない。
ディモス家の知る由も無いことだが、ジンの固有型魔法・力場は力場を展開する魔法。見えない壁とは押し返す力のエリアを手の前などに発生させて体を守っているのだ。仮に全身に纏うように力場を展開させれば、酸素そのものを押し返してしまい窒息するし、何よりも魔力を消費しすぎてしまい長期戦に耐えられない。
なのでジンは、魔力の節約を一度捨てて、自らの周囲全体に一瞬だけ強力な力場を発生させた。爆発のように衝撃破となって敵と魔法を吹き飛ばし壁へと叩きつけた。
「悪いね。対応できるように魔法は調整しているよ」
余裕をひけらかしたジンに、カモラは激しい怒りを隠しきれなかった。
そもそも、ジンは平民であり、自分にぺこぺこと頭を下げるべき立場なのだ。そのくせに生意気にも抵抗し、素直に攻撃を受けない。
腹立たしいにも程がある。
「総攻撃!」
”各自の判断に任せつつ確実に殺せ”
命令を聞いたバショウは身体強化の魔法を全開にして部屋中を跳ね回る。身体能力を向上させスピードで相手を翻弄する戦い方が得意なのだ。ワトンもまた針の動きを整えた。陣形を組み相手を刺し殺す。シンプルながらも物量と読めない動きに抗えた者は過去居ない。この暴力に加えて一応銃による援護もある。赤子に毛が生えた程度の援護だが無いよりマシだ。
空中へ飛んだジンにバショウの拳が命中した。地面に叩きつけられ、すかさずカモラの炎とワトンの針が滝のように襲いかかる。床を抉るように攻撃した。姿こそ確認できなかったが、到底無事でいられるような攻撃ではない。
そんな炎と針の濁流の中からジンが飛び出した。決して目で追えない速度ではない。のに、一切反応できずポカンと真横を過ぎるのを見送り、カモラの後方に居たザイルを蹴り飛ばす事を許してしまった。
空気を切り裂くような軽快な音と共にザイルは真横に吹っ飛び、武器庫の扉に激突した。
「貴様!」
心が燃え立つようだ。どちらかといえば持ち物を汚された怒りに近いが。
視界の端に長女が見えた。その表情は見るだけで人を殺せそうなくらい鋭い。
イリアルは元々暴力が苦手。魔法の才能が無いことをむしろ喜んでいたくらいだ。だからこそ、平和的でありおとなしいザイルを誰よりも可愛がっていた。
普段温厚な妹の狂気を目の当たりにして、わずかに手元が震えるものの、目の前の外敵排除のためにカモラも気持ちを切り替える。
苛烈になる攻撃を、ジンは当たり前のように躱し続ける。流石に兄弟たちに動揺の色が見え始めるが、カモラの心は冷静だった。なぜなら、ジンは躱すという選択肢をとっているからだ。さっきから攻撃を受けている様子もあるし、やはり無敵にも思える魔法にも限界はあるのだ。そもそも魔法という時点で魔力の限界が存在する。時間を掛ければいずれ勝てる。そんな確信が、カモラに余裕と冷静さを与えていた。
兄弟たちの連携によって、ジンは壁際に追い詰められる。
バショウが地面を蹴り、ワトンが針を結集させ、カモラの炎が迫る。逃げ場など与えない布陣。確実に殺せる。
そんな考えを踏み潰すように、地面から突然水晶が現れた。壁として立ちはだかり、ジンへの攻撃の全てをシャットアウトする。
「なんだこりゃあ!」
壁に衝突したバショウが叫ぶ。人を確実に殺せる速度で突撃したにも関わらず、水晶にヒビすらも入らなかった。自らの速度と威力に自信のあるバショウは派手に舌打ちをした。
「なんだって、見ての通り水晶ですよ。兄上」
意味不明な事態の解説をしたのは、吹き飛ばされた末弟だった。
「なっ、ザイル! 何を言っている!」
「ザイル……?」
バショウが理解不能な弟の言動に怒りを吐き散らし、イリアルがただ純粋に困惑の声を漏らした。
ザイルの片手には、ザイルの足と同じくらいの長さの刀が握られている。等身が霞がかったように煌めいていて、万人を惹きつける宝石のような魅力を放っている。腰のベルトに鞘を刺し、帯刀している姿が異様に似合って見える。
「あ〜くそっ、やっぱこういうのはクソだるいわ」
ザイルは整えていた頭髪を自分の手で崩しみっともないボサボサ髪にした。おおよそ貴族の息子とは思えない姿だ。
水晶の後ろからジンが現れ、ザイルの肩を叩く。
「任せていいか?」
「もちろんだとも我が君。再会直後であろうと、数年間音沙汰無しであろうと、あなたの命令であれば従おう」
「……後でちゃんと話すよ」
「当たり前だバカ」
舌打ち混じりの言葉が、とても弟から発せられたとは思えなくて、イリアルはわずかに足をふらつかせた。
ジンはディモス兄弟が現れた扉へと向かう。
それだけはまずい、とカモラは炎を放った。あの扉の向こうには廊下があり、父の居る書斎への直通ルートだった。
「鱗を出せ」
ザイルの言葉と共に、再び水晶が出現して炎からジンを守った。
ジンが脱出していく音を聴きながら、ザイルを睨みつける。これは歴とした裏切り行為だ。それも家族を、裏切っているのだ。
「なんだ? 不機嫌だな。そんなに気に入らないか?」
聞き取れるかどうかという声量で言っている。その態度すらも腹立たしくて歯噛みした。
「さてさて、兄弟ども。ベタだが、宣言させてもらおう」
刀を放り投げ、一回転させてから切先をカモラに向ける。少年のように勇猛でありながら、殺人鬼のような鋭さを含んだ笑みを携えて。
「ここから先へは行かせねえよ」
「ザイル……無能な弟が……兄に歯向かっていいと思っているのか?」
完全に敵にまわっているのだ。もはや弟とは思わない。イリアルを除いた三人は己の武器を弟に向けた。
ザイルは一度刀を鞘に収めた。甲高い金属音を打ち鳴らし、響かせる。やがてそれが消えていくと、ゆっくりと刀を抜いていく。刀身と鞘が擦れる音が聞こえるほど静かに、その様を見せつけるように。
「王に逆らう者へ災あれ」
ようやく鞘から抜くと、一振り。ピンとした糸のように、張り詰めた緊張感が部屋を包む。
「国王側近キエル・ドーリシュ、戦国を生き抜いた者の剣技、とくとご覧あれ」
その言葉の一割もディモスたちは理解できない。それでも戦いの火蓋は斬られたのだ。
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