ジェッスの覚醒
「ほらほらほらほらぁ! どしたどしたあ!!」
連続して響く爆発音。身体中に響く空気の振動から、ジェッスは転げて逃げ回る。
フード男の攻撃方法は、手のひらが爆発する。その一つだけだ。だが部屋に入った時、どこが爆ぜたのかは分からないが、確実にノーモーションで爆発した。
そのことを忘れていないからこそ、隙を突こうとか、腕だけ警戒していればいいとかの緩みはジェッスから排除された。
死にたくないからこそ、ジェッスの思考と感覚は能力以上に研ぎ澄まされていく。
反対にフード男は苛立っていた。相手に当たらぬことがではない。自分の能力を分析されているだろうことが、だ。
男の経験則と相手の動きからして、相手が戦闘慣れしていないことは間違いない。そんな相手が生意気にも殺されず、自分の魔法を分析している。それがどうにもムカついてしょうがない。
男は抱きしめるように両腕を広げて迫る。それに対しジェッスが選択したのはやはり逃げ。男の予想通りだった。
男は転んだように上半身を床に投げ出した。ジェッスは驚き、一瞬動きが止まってしまう。頭上から踵落としが迫ってきたことに気づいたが、止まってしまったせいで躱せない。命中した瞬間、ガードした両腕に爆発の衝撃と熱が伝わり後方に吹っ飛ばされる。
尻餅をついた瞬間に跳ねるように立ち上がり、次の攻撃を警戒する。ジェッスからすれば当然で、フード男からすれば鬱陶しい事この上無い。
(考えろ、見ろ、考えろ、見ろ、考えろ、見ろ)
頭の中で浮かぶのは常に二つの言葉。それは戦闘において初歩中の初歩、最も簡単な行いだ。
脳内に思い起こすのはジンの戦う姿。ジンは決して戦闘中に相手から目を離さなかった。圧倒的に実力の開きがあったバークベアからも、三暴衆とかいうチンピラからも、目を離さずに居た。
強者であるジンに習いジェッスも決して目を離さない。
「お前! コロコロコロコロ逃げ回りやがって! ザコのくせにヨォ!」
フード男の苛立ちが爆発する。それと同時に、手のひらで起こっていた爆発の威力が上昇する。離れているはずなのに、熱も衝撃も感じるほどに爆発が強く苛烈になっていく。
熱が、ジェッスの肌を焦がす。
(いや、焦げてなんていない)
剣を振って牽制にもならない牽制をした。だが意外なことに、フード男は剣を大袈裟な動きで躱す。大袈裟すぎて、さっきまではカケラも無かった隙があからさますぎるくらいに出ていた。
ほぼ反射的に、その隙へ剣を振り下ろす。さっきまでは当たりもしなかった剣が、フード男の脇腹を撫でる。浅い傷だが、血が流れ出るには十分だった。
その行動は、ジェッスには見覚えがあった。
(俺の魔法を警戒した?)
サリアケの森で見た、ジンとグォンの戦闘。その癖のある動きに似ている。情報量の少ない相手を警戒し、最大限警戒する動き。
その気づきが、ジェッスにひらめきを授ける。
(魔法とは恐怖して、避けるべきもの)
ジンは言っていた、魔法はイメージであり、戦闘手段であると。
魔法のイメージ。具体的ではない単語により、ジェッスは今まで魔法の手がかりをつかめずにいた。でも、魔法の根元にあるものが、恐怖だというのなら、相手を恐れさせるものであるというのなら簡単だ。
考えてみれば当然なのだ。魔法を相手を傷つけるために使っているのだから。魔法は相手に恐怖を与えるものでなくてはならない。
つまりイメージすべきは、心の奥底にある恐怖。
「ふざけんじゃねえ!!」
怒り狂うまま、フード男は攻撃を続ける。
爆発の範囲と威力が大きくなろうと、怒りにより動きが大きくなったフード男の攻撃は、簡単に躱すことができる。ジンやグォンの攻撃に比べれば、鋭さが足りない。
その最中もずっと考える。恐怖とは、魔法とは、そして己がイメージすべきものとは。
(俺が、一番怖いもの)
いや、そんなものわかりきっている。思い出すだけで心がざわつき、心の臓をひしゃげさせられるような痛みが走る、恐怖の記憶。
記憶の中から、痛みと熱さが溢れ出る。と同時に一晩中練習した魔力のコントロールを発動させる。頭の中で起こった熱は体の中心へと走り、指先まで駆け巡った。やや遅れて魔力がそこに辿り着き、体の中から現実世界へ、形を持って暴れ出す。
フード男は、目の前の光景に我が目を疑った。
炎が起こったことまでは、まあいい。戦闘中なのだ、相手がどのような魔法を使ったとしても不思議ではないし、炎は汎用型の初歩みたいな魔法だ。当然使うだろう。
ただ異様なのは、その色だ。
魔法には本人のイメージが色濃く反映される。多くの人間が使う汎用型であれば特にそうだ。普通の人間が使用する炎の色はオレンジ、もしくは青、その色が濃いか薄いか程度の差しかない。
のはずだが、目の前の炎は赤い。地獄の炎を持ってきたかのように、真っ赤なのだ。ゆらめくその形がまるで血溜まりのようにさえ見える。
(警戒……いや)
一瞬首をもたげた恐怖が、男に警戒と停止を促した。だがそれは、男の理性で押し潰される。前にとびだせ、相手を爆ぜろと、体を前に急かす。
足元を爆発させ勢いを作り、前に飛び出しながら腕を伸ばす。それに合わせ、ジェッスは炎を男に向ける。炎の塊から、一部が線のように飛び出した。大雑把で、効率などカケラも考えていない魔法の使い方。男にはそれがどうにも素人くさく見えた。
駆けながらステップで炎を躱す。その時、直撃こそしなかったが、袖が当たるように炎が僅かに男の腕を撫でた。
ただ一瞬通り抜ける程度の接触だったはずなのに、触れた箇所がジグジグと痛み、肉どころか骨の中まで焦げているような感覚がしたのだ。
反射的に後ろに飛び退いた。炎が触れた箇所は真っ赤に焼けていて、未だに引き裂いたような強烈な痛みが腕で暴れていた。
(なんだこの痛み!! ただの炎じゃない!? いやそもそも魔法は本人のイメージの具現化……これだけ炎が痛むってことは、それだけあいつにとって炎が痛みの象徴ってことだ!!)
魔法を習得するためには、自分の中のイメージを具現化しなくてはならない。汎用型魔法に炎や水、電気などの属性が多いのは、イメージしやすいからだ。
人が持つ記憶は、何も別に恐怖だけとは限らない。炎に対し、ポジティブなイメージを抱くものも少なからず居る。それでも炎だ、魔法として一定の攻撃力は保証される。今男を襲っている現象はその反対。この痛みは異常すぎるのだ。ただのやけどならば表情ひとつ変えずに耐えられる。だがこの炎は無理。地面で転がりまわっていない自分を褒めてやりたいくらいだ。
痛みは、体に恐怖と強張りを与える。動きを極端に制限し、行動に制約を設ける。ただし、同時に、等価交換とは言い難い、強力な気づきを与えてくれた。
思わず、上がった口角から声が漏れてしまった。
うまく行ったことに、ジェッスは敵前にも関わらず喜んでいた。もちろん警戒心と逃げの足は残したままで。
喜びの横で、困惑と恐怖の感情がある。自らが生み出した炎を見ると、やけにグロテスクなカラーリングをしているからだ。それにどんな意味があるのか、今のジェッスにはまだわからない。それでも、これが魔法であり、炎であるのならば、有効活用するのみ。
再び炎を放つ。さっきは偶然当たったが、今度こそ当てるために狙った。狙うという行動ひとつとってもまだまだ不安定だったが、確実に炎は前に向かっていった。
男は自身の前で大きな爆発を起こした。衝撃で炎が火の粉となって霧散する。黒煙の向こう側から男が姿を現した。両掌をジェッスに向けて、明確な殺意をそこに宿している。
反射的に剣を振り下ろした。弾かれてしまった炎よりも、剣の方を取ったのだ。
男は両手で剣を受け止め、爆発させた。手ではなく、剣そのものを。男の触れた箇所から剣が真っ二つに折れて、先端は重く甲高い音を立てて地面に落ちる。残ったのは中途半端な長さの刀身と柄のみ。
「はっ?」
口から空気が漏れるように自然と声が出た。残った空気も鳩尾の蹴りのせいで全て吐き出させられる。
後ろに吹っ飛ばされて突き当たりの壁に激突。腹を押さえてうずくまった。
「お前、やっぱ魔法トーシロだろ」
「!?」
「魔法を使うモン同士が戦う時、武器に魔力でコーティングをして相手の魔力に干渉されねえようにする。魔法戦闘の基礎とも言える技術だ」
なるほど、と心の中で独りごちる。
そもそもジェッスからすると”コーティング”などという技術を聞くの自体が初めてだ。心の隅でジンを恨むが、そもそもジェッスは魔法の基礎を始めたばかり。教えられてなくて当然だ。
「さんざ鬱陶しいことしてくれやがって! テメエどうせチンピラだろうがよ!! なら這いつくばって死んでやがれ!」
男は怒りを叫び。何度も何度もジェッスを蹴った。それをジェッスは腕で受け止める。さっきの爆発に比べれば対して痛くなかった。
「どうされました!」
「何かありましたか!」
ジェッスが叩きつけられた壁の側の扉を守っていたらしい警備兵二人が走ってくる。
男はうんざりとした顔で警備兵の方に顔を向けた。
「ああ侵入者だ捕まえてくれ」
この時、男には二つ計算違いがあった。ひとつはジェッスが暴力され慣れているということ、もうひとつは剣をもっと根本から破壊しておくべきだったということ。
自分から意識が離れた一瞬の隙に、体で守り隠していた折れた剣で男の首を狙う。さっきまでうずくまっていた相手だと油断しきっていた男は、攻撃を躱そうとするが遅かった。
男が飛び退いた時、布を引き裂く音と肉が切り裂かれた耳障りな音がした。剣の柄には男のフードがある。男はギリギリで首を断ち切られることだけは回避したが、躱し切れず折れ残っていた剣にフードと首の薄皮を斬られ、柄にフードが引っかかってもぎ取られたのだ。
ジェッスは仕留め切れなかったことに歯噛みする。もうこれ以上のチャンスは訪れない。しかしすぐに、警備兵の視線が自分ではなく、男の方へと向かっていることに気づく。
視線をなぞるように男を見た。耳から首にかけて、おそらく体にも走っているであろう、網目のように体が盛り上がった傷跡。よく見覚えがあるからわかる。やけどの跡だ。
「あっ、あんたそれ」
警備兵の一人が声を上げた。
痛々しい傷を心配したであろう警備兵の胸元に掌を当て、男は躊躇なく爆発させた。プレートに守られていた警備兵は後方へ吹っ飛び、穴の空いたプレートをかけたまま、血を流して倒れていた。その目は静かに開け放たれ、光は失われたように見える。
「ひああああああ!!?」
遅れて悲鳴を上げたもう一人の警備兵。その兵士の顔を掴み、また男は爆発させた。歯が宙を舞ってカラカラ地面に落ちて、警備兵も骸となって崩れ落ちた。
「なんで……殺した?」
「……見たやつは殺す。それだけだ」
さっきまでの烈火のような怒りが消えて、凪いだ海面のような穏やかな感情があるだけに見える。それは逆になによりも恐ろしい、逃げられないという事実の証左だった。
「んじゃ、お前もバイバイだな」
手のひらをジェッスに向けてジリジリと迫る。
逃げようと必死で体を動かす。だが不思議と体が動かない。暴力慣れしているといっても、やはり蹴りがダメージになっていたのだ。
もう数メートルも無い。顔を掴まれて、殺される。
「んじゃ、サヨナラ」
(ふざけるな)
心の中で出たのは、相手への怒りでは無い。人生がここで終わる事実への怒りだった。
クソ生まれ泥水育ち、ゆりかごは硬い石作りの部屋、おくるみは首輪と鎖、血で沐浴させられ、残飯を漁ってきた人生だった。それが気まぐれな殺人鬼にであって、ようやく、復讐できる力を手に入れたと思った。これから自分が殺し回れるのだと。それが、こんなところで終わる? 認められるはずがない。
ジェッス・ドミラスの人生が、ここで終わっていいわけがない。
炎を出そうと腕を動かしかけた。痛みで動かなかった。
顔に、指が触れる。
「やめとこ?」
耳をくすぐるような、この状況が日常の一部であるかのような自然で優しい声。
明らかな乱入者に、男は反射的に動き、爆発させるべく手を向ける。男が相手を視認した時、強烈な蹴りが男の顔面に命中した。ミキミキと軋む音が鼓膜の内側で聞こえ、廊下に這いつくばる。
その白髪をジェッスは知っている。薬師として、相手から仕事を請け負ったはずの女の子。
「流石にこんな状況で喧嘩は良くないよ。チンピラさんたち」
ミリル・カルフは腕を縛られたまま笑った。棘を隠しもしない、花のような笑顔だった。




