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国の裏

 暗闇の中にで、ぼんやりと意識が戻ってくる。

 さっきまで感じていたはずのうだるような熱さは消えて、頬を撫でるようなひんやりとした感覚だけがあった。


 体勢と接触している感覚からして、自分が何かに座らされていることはなんとなくわかった。

 嫌な予感と、行動と相反する目を開けたくないという気持ちと共に目を開けた。


 まず最初に目に入るのは、不愛想な石造りの空間。煤けたような灰色の石で覆われている。目の前に開け放たれた扉と、扉とほぼ直結している階段以外は何も目立ったものが無い、シンプルという言葉すら甘い無機質な部屋だ。

 立ち上がろうとすると、グッと体を後ろに引かれたような感覚がした。力を感じた場所には、自分を木製の椅子に縛り付けるロープがある。椅子の足と肱置きにぐるぐるに巻き付けられていた。

 腕に視線を這わせると、さらにゾッとするものが見える。開いた手の形に整えられた木版に、指の一本一本が木版に縛り付けられている。


 曲がりなりにも裏組織に所属している身。これがどういう状況であるかはなんとなく察せる。

 じわじわと気持ち悪い汗が出てきた。当然暴れるが、ロープも椅子も全く外れてくれる様子が無い。


「なんだ。起きてたのか、元気だな」


 正面から声がした。やけに若い少年な声。


 現れたのは銀髪の少年と、壮年とも初老とも言える程度の男、前者に見覚えは無いが、後者はよく知っている。この作戦の警戒対象の一人であるグォン・ダルメットだ。

 銀髪の少年は冷たいまなざしでアズマを見下ろす。見下すなと吠えてやりたいところだったが、この圧倒的形勢不利でそれをする勇気は無い。


「おはよう。早速だけど、君は何者だ?」


 座っているアズマに顔を近づけ、にこやかな表情で尋ねてくる。しかし親しくする気をまるで感じない声色に、まったく光の無い瞳。こちらに向ける感情が良いものではないことは明らかだった。


「……」


 アズマは一瞬逡巡した。

 直後、重いものが落ちたドスンという音が、椅子の真後ろで響く。

 いつの間に後ろに行っていたのか、グォンが何かをしたのだ。


「俺への無礼はやめておきな。君が必要以上に居たい思いをするだけだ」


 振り返れないことが何よりも恐ろしい。これから何をされてしまうのか、想像するだけで漏らしてしまいそうだった。


「アズマ・カモシュ……」

「そうかアズマ。よろしく。俺はジン、冒険者だ」


 顔を離したジンに、グォンがサッと丸椅子を差し出す。

 ゆっくり腰を下ろした後に足を組み、金持ちか上役のような雰囲気を出している。年齢的に不相応な印象だが、金持ちや上役をよく知らないアズマからしても“やけに堂に入っている”と思わせるような似合い方だった。


「ではアズマ、聞かせてくれ」




「なぜこのようなことをした?」




 言葉と共に、心臓を握りつぶすようなプレッシャーが放たれる。汗が頬を伝い、死をダイレクトに思わせる恐怖がアズマを潰そうと襲い掛かる。

 思わず呼吸が早くなるのが分かった。心臓が痛いほどポンプしている。ただこの場に居るだけで体力を消費してしまう。


「ああすまない。しゃべりにくいな」


 言葉と共にプレッシャーが薄れた。


「……嘘だろ」


 学も経験も無いアズマにでも理解できる。

 目の前に居る銀髪の少年は実力が明らかに上で、どうあっても自分は逃げられない。そして今の行いは、それを理解させるためのデモンストレーションでしかないということだ。

 話してしまえば楽になる。心の奥で、悪魔が甘く囁いてくる。


(そうすれば楽になれる)


 心の中のアズマも同意の言葉を漏らした。

 それでも動機を声にしないのは、何が組織の怒りに触れるのか分からないからだ。


 ちらりとジンの瞳を見る。軽く口角を上げて柔らかな表情をしているが、どこまでもこちらを刺すような冷たい瞳。あまりのありがたさに、逆に自分も笑ってしまいそうになる。

 この瞳を見ていれば、今まで見下されるばかりだった人生を思い出して、燃え上がるような怒りが心の底から己を温め、どこまでも戦えそうな気持ちになる。実力の差はすでに提示された。それでも、組織に戻り、再び上の立場から部下どもを見下す。そんな日々に戻れるような気がするのだ。この瞳があるから、悪魔に従わず、天使に導かれるまま戦うことができるのだ。


 熱を込めた瞳をジンに向ける。しばらく視線がかち合っていたが、やがてジンは視線を逸らした。


(勝った)


 決して吐かないという気持ちが伝わり、ジンとやらが負けを認めたのだと確信した。

 頬がヒクヒクと動く。バレないように顔の筋肉を総動員して抑え込んだ。

 心の中では悪魔と天使が小躍りしてる。勝利を確信したが故の舞だ。


 後ろから、さっきとは違い、軽いものが落ちる音がした。


「アズマ、指の拷問には段階があることを知っているか?」

「は?」


 自分の爪を差し出すようなしぐさで手を振ったジン。その優雅な動きとは対照的に、アズマはあまりにも間抜けな声を漏らした。

 靴音を鳴らしながらグォンが現れる。アズマが見れなかった位置から現れたグォンは、手に後方がくぎ抜きになっているトンカチを持っていた。


「まず、爪を剥がす。一番メジャーなやり方だな」


 グォンがくぎ抜きの部分を指で撫でる。何が気に入らなかったのか、袖で拭いていた。


「そして指先を殴る。この時骨を折らないように注意する。指は神経が集中してる。痛いぞ?」


 グォンがトンカチを軽く投げて、回転させてからキャッチした。


「爪を剥がした場所に針や釘を指す。地味だが効くよ」


 甲高い音が後ろで響く。何か細かいものが飛び散ったようだ。


「骨を折るのは刺した後だ。丁寧に一本一本、時間をかけて折る。指には関節があるからな、脱臼もありだな。肉に針が刺さっているからとにかく痛い」


 ジンが人差し指をピンと立て素早く何度か折り曲げた。


「ここまでくれば大したものだが、あとは指を切る。まあ生活に苦労しないように、薬指と小指までにしといてあげるよ」


 アズマは無意識に薬指と小指を跳ねさせた。打ち上げられた魚のような動きだった。

 その動きをわかっていたのか、グォンはそっと釘抜きを小指の爪の先端に添える。


 全身が泡立つ。恐怖を噛み潰すように必死で歯を食いしばるが、隙間から息が漏れて、耳障りな呼吸音が絶えず響いている。


「じゃあ始めよう」


 至って普通の、食事を始めるみたいな平坦な声。

 こんな非道で残酷な行いを、当たり前だと感じている人間の声だ。それが自分よりも明らかに年下の少年の口から出ているのが、何よりも恐ろしかった。

 なんて恐怖に浸っているうちに小指に鋭い痛みが走った。指先から駆け上がり、体の芯を通ってから脳へ駆け上がって思考を犯す。さっきまで小躍りしていた悪魔と天使が、頭の中でもんどり打って苦しんでいるのがわかった。




(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い)




 それ以外が考えられなかった。

 頬の内側を噛んでいたから声こそ出さなかったが、表情でアズマの苦しみは十二分に伝わっている。

 全てを理解した上で、ジンはアズマに微笑みかけた。


「安心しろ。君が根性を見せたら俺は君に惚れてしまう。だからもう一度、足の指で同じことをしてみたいと思うだろうな」


 アズマの口から力が抜けた。




 扉を開けると、新鮮な光がジンの目を焼いた。思わず瞼を落とし、腕で顔を守る。

 長い夜が終わり、久しぶりの太陽を拝む。家事の現場の方を見てみれば、騒がしいことから未だ事態が収束していないことが分かったが、どうやら火事そのものは消し止められたらしく、火が立ち昇る様子は無かった。

 あれだけの火事を一晩の内に消しとめた警備隊の実力に感心しつつ、同じように一晩の悲劇にため息を漏らした。


「お疲れ様でした」


 階段を上がってきたグォンに後ろから声をかけられる。ジンはグォンの言葉に思わず苦笑を返した。


「疲れたのはお前もだろバウン。一晩中歩き回って、指示出しをしまくったんだから。指示を出す側ってのは結構疲れるだろう?」

「はっはっはっ! あなたは元王ですからな! 私のお気持ちなどご存知でしょう!?」


 大笑いするグォン。

 信頼はしているものの、反射的に周りに人が居ないか確認してしまう。グォンが大声を出した時点で分かっていたが周りに人は居なかった。


 踵で地面を蹴り、目を細めてグォンを見つめる。視線から意図を感じ取り、馬鹿笑いをやめて背筋を伸ばす。


「さて、あとは情報の整理をするか」

「場所はあります?」

「秘匿性に関しては一つ、考える必要があるが……俺たちが泊まっている部屋で良いだろう」

「分かりました。向かいましょう」


 グォンはすっ、と手で刺して道を示す。

 極めて堂に入った紳士然とした動き。顔も年齢も違っているが、あの頃の姿、バウン・ガダモイルの姿と重なって、思わず微笑んでしまう。


「宿の方向はそっちじゃない」


 少し抜けているところも相変わらずだ。


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