奴隷産業
今日は、この街アロンにとって極めて最悪の日だ。当然だ、街の四分の一程度が大火に包まれ、貴族連中はそれに我関せずを貫いている。まだはっきり結果は出ていないが、どれほどの人数が死んだのかと、重苦しい悲しみがグォンの胸にある。
だがそれでも、今この世に、自分以上に胃を痛めている人間はいないだろうと、グォンは同時に思った。
適当な言い訳をして、グォンに継ぐ立場の人間に指揮を任せてから火事の現場から離れた。本来、街の警備隊のリーダーであるグォンは離れるべきではない。それでも、ジンの言葉が理屈を超えて働いたのだ。
ある程度家事現場から離れ、喧騒の無いエリアまで来たところで路地に入る。周囲に人がいないのを確認してから、ジンは飲食店の裏口に置かれているゴミ箱に腰掛ける。シンプルな木箱ギシリと音を立てた。
腕と足を組む。その姿はまるでチンピラのようだが、それでもなお消しきれぬ王の風格を漂わせていた。前世といっても、どうやら染みついたものは消えないらしい。
思わず膝を突きたい衝動に駆られるが、鉄の精神で押さえ込む。万一誰かに見られてはあらぬ噂が立てられる。こんな状況で下手に面倒を招くわけにはいかない。
「バウン。ケレンさんを知っているな」
「はい」
ジンの言葉はある意味予想通りだった。
ケレンはこの町では有名な人の一人で、街の皆が頼る薬師だった。グォンもまた、病気や鍛錬、任務中の怪我などで世話になった。ほぼ町医者のような立ち位置だった。
「致命傷だ、おそらく持たない。明らかに人の手によるものだ。犯人は火事を利用して逃げたんだ」
驚きにグォンは拳を握りしめる。
ジンがケレンを助け出してからすぐに現場を離れたために、ケレンの体の状態を確かめることができなかったのだ。抱えられている様子からして、明らかに良い状態ではないことはわかっていたが、まさか致命傷だとは思っていなかった。火事の現場で煙を吸い込んでしまった。その程度の認識だったのだ。
そしてジンの言葉は、同時に「この火事は人災である」という事実を示していた。
なんとなく、グォンもその可能性だけは感じ取っていた。燃え広がり方、燃えている個所の多さ、火事のしつこさ、行方不明者の異様な多さ。断片的な情報から、匂いのようなものは感じ取っていた。
人災であるのならば、これ以上被害を広げないために、一刻も早く犯人を捕らえなくてはならない。
(だが……どうやって?)
いら立つままに心の中で吐きすてる。
人災であることはわかったが、手がかりらしきものが一切無い。火に紛れて相手を殺す手段を心得ている相手だ、この状況で探そうとしても捕まるものでは無いだろう。せめて、何かしらの手がかりが欲しかった。
考えているうちに、脳内にひらめくものがあった。まるで暗がりに見えた光のように、発想に必死に縋りつく。
「では……ケレンさんの孫であるミリル・カルフは?」
同居していた孫であれば、犯人を見ていた、もしくは何かしらの情報を握っているはず。
そう思い発言したのだが、ジンの表情が一気に曇った。
「そこなんだ。ケレンさん曰く、どうやらミリルは誘拐されてしまったらしい。ケレンさんが言うには、犯人は奴隷にすると言っていたらしい」
奴隷。
その単語は、二人にとって重すぎる。
いくら教育係として長い間共にあったとしても、他人の心の全てを理解できるわけではない。
だとしてもだ、奴隷と言う単語に対し目の前の我が君がどのような心で話しているのか、あの頃を知っている身としては察するに余りある。
あれだけの血を流し、手に入れようとした奴隷の無い世界。いや手に入れはしたのだ。あの時代が続くことが無かっただけで、実際に成し遂げた、実現不可能な夢のため、世界征服をやり遂げたのだ。
歯ぎしりしたくなる衝動を振り切り、まずは目の前の悲惨な状況へ意識を戻す。
正確な人数は把握できていないが、かなりの行方不明者が居るのは間違いない。行方不明者の多くが炎のせいで発見すらもできなかっただけだ、と認識していた。しかしこれは、見つけられていないのではなく、すでにその場から居なくなってしまったと考えるべきだろう。
犯人が誰か、も重要ではあるのだが、今何よりも考えるべきは、どこに誘拐されたのか? という部分だ。
かつてグォンがバウン・ガダモイルとして生きていた頃に、何度か奴隷商を潰すために任務に当たったことがある。その時の経験則からして、奴隷狩りは人数のバランスを最も考慮しなくてはならない。
まず奴隷は確保も大変だが、捕まえた後こそが最も大変なのだ。ドミ・ステイルの時代に多く奴隷として誘拐されていたのは、敵国の小さな村落からか、亜人族という人と同じようにコミュニケーションを取れる存在でありながら、人ならざる異形の姿をした者たちだ。この二つに共通するのはどちらも集落に暮らす人数が少数であるということ。単純な話だ、襲撃予定の相手が少人数であれば制圧しやすい。
奴隷など誰もなりたいわけがない。だから当然抵抗されるし戦いになる。奴隷商人たちは襲撃予定の相手を徹底的に調査して、自分たちの有利を確立した上で襲撃する。少人数な襲撃相手は瞬く間に制圧され、奴隷として売り飛ばされてしまうという構図だ。
この時奴隷商たちにとって最も恐ろしいのが反撃だ。抵抗されるのは目に見えている。ならどのときに反撃されるのが一番怖いのか。それは奴隷の輸送、監禁中に反撃されることだ。
捕らえたばかりの瞬間や、輸送中はある意味最も無防備なのだ。だからこそ、捕らえた段階で徹底して弱らせる必要がある。拷問でも絶食でも人数でも、とりあえず相手から抵抗できる要素を奪う。それが奴隷商の鉄則。
この法則を、現代のこの状況に当てはめてみる。徹底したリサーチにより火事を起こす、その状況下で必要な人数を捕らえる。やっていることが派手すぎるという疑問はあるが、手際からして間違いなく手練れ。更に誘拐できた時点で奴隷商としては十分以上の働きをしているはずだ。
ここから奴隷にされてしまった人々を取り戻すとなると、様々な無茶が必要になる。
そもそも、もう町から出ているかもしれない。
すさまじい胃痛がする。めきめきと内臓を握りつぶされているような幻覚さえもある。
「バウン、落ち着け。考えすぎは変わらないのか?」
ジンが苦笑しながら肩を叩く。まるで、というか今は年齢的にそうなのだが、純粋な少年のような表情だった。
グォンもまた同じように苦笑いを返す。少し恥ずかしそうに頬を掻きながら「すみません」と答えて。
肩の力が抜けたおかげで、考える余裕がようやく生まれてくれた。
「そういえば、今も検問は行っているはずです」
「そうなのか? 警備隊の全員が火事の対処に当たってるんじゃ?」
「いえ、警備隊の規則の一つに、いかなる状況であろうと、仕事に従事しているのならば当直の任務を怠ってはならないというルールがあります」
確かに規則表には””厳守”と書かれているが、字面ほど厳しいルールではない。体調不良やのっぴきならない事情であれば休むくらいは許容する。仕事に入ったのならその仕事に従事せよというもので、シフトだったり自分の担当エリアを守れというものだ。
アロンはレベルの高い魔物も生息している”サリアケの森”に隣接している街。そのため街を巨大な壁で囲んでおり、各所には警備隊を常駐させている。火事の只中であろうとも、シフトによって決められたメンバーが常駐しているはずだ。
グォンの説明に、ジンはあからさまなくらい訝しんだ顔をしていた。それも当然だと、心中で納得の言葉を漏らす。火事に動揺しない人間は居ない。
「心配しないでください。不測の事態が起ころうと、自分の場所に穴を作るような人間はいません」
自信満々に言い放った。
やや納得できないという顔をしていたが、グォンの瞳を見つめてから、気怠そうに顔を下に向けてため息を吐いた。グォンにはそれが、納得の意図を込めているように感じられた。
「だとしたら、奴らはどうやって脱出するつもりだ?」
「そうですね。街を調べているのなら、警備隊の体勢も当然調べているはずです」
「……」
ジンは顎に手を当てた。
ただ、グォンはその姿に、かけらほども期待できていなかった。
王を信頼していないわけでは無い。むしろ王が言うのであれば、どんな黒でも白として受け取るだろう。信頼ではなく、知識がないのに真実に辿り着けるわけがないという、至極当然の考えなのだ。
「あー…あの貴族たちは、どこかに出かけることはあるのか?」
なぜか気まずそうに街の中央にある第二城壁を指差すジン。
気まずい顔をする理由がグォンには見当もつかなかったが、とりあえず首で質問を肯定した。
後頭部を引っ掻き、呆れたように腕を振ってから、グォンを見つめるジン。その瞳がなぜか、やけに悲しそうに見える。
「バウン、今回の誘拐計画を主導したのは、貴族の可能性がある」
何か重い鈍器で、頭をガツンと殴られたような気分だった。
いや、その可能性を考えなかったわけではない。だが信じるにはあまりにも酷い可能性であった。いくら関係性が悪いとはいえ、貴族が自分の街の民を襲撃させるなど、信じたくなかったから可能性から除外したのだ。
「どうして奴隷にするかはともかく、貴族がパトロンになっていると考えれば、どういうルートで敵が入ってきたのかがわかるな」
「ええ」
苦虫を噛み潰したような気持ちだ。自然と歯軋りしてしまったのが分かる。
「グォン。俺たちは家事の現場から真っ直ぐに離れてここにいる。そうだな?」
「?」
「答えてくれ。まだこの街の地理には詳しくないんだ」
「……ええ。真っ直ぐに離れてきました」
「……」
ジンは顎に手を当てて考え込む表情をする。
グォンはその顔が大好きだった。ジンの王としての顔、少年としての顔、弟子としての顔、いろんな顔を見ているが、必死に考えて答えを導き出そうとしている姿が一番好きだ。
やがてジンは立ち上がり、火事の現場の方を見た。
「……どうせ事件の最中だ。バレないように行こう」
「……?」
「さて、ここが次のポイントだな」
男は、名をアズマ・カモシュと言う。
アズマは夜闇に紛れるため、全身を真っ黒の外套で覆い、最低限の装備と大量の油入りの瓶を持ち歩いていた。
瓶からコルクを引き抜き、指先にライターほどの火を灯す。本来は魔法など使わなくても良いのだが、ライターを使用せず自分の火での着火が彼のポリシーだ。
瓶を逆さまにして、家の壁と地面の隙間に丁寧に油を垂らす。そして油の道を途切れさせないように、ゆっくりとガスボンベまで繋いだ。自分の安全保障をしつつ完成させた油の道。ガスボンベから距離を取り、しゃがみ込んで、そこに火を。
思わずにやけてしまう。
アズマは別に火事が好きなわけではない。むしろ危ないというまともな思考さえも持っている。ならばなぜ笑ってしまうのか。それはこの後の稼ぎを考えてのことだ。
便所生まれスラム育ち、最底辺の生まれであったアズマは、ごく自然に盗みに手を染め、当たり前のように裏組織に加入した。元々は木端と呼ぶのも烏滸がましい、吹けば飛ぶような組織に所属していて、いつ死ぬかも分からないような鉄砲玉仕事に毎日と命を消費していた。
ある日、自分たちの組織の元締めであったテネスキュリテから命令され、ある要人の暗殺をすることになった。当然鉄砲玉の仕事であり、囮になれば上々、成功など露ほども期待されていなかった。
だが、アズマは成し遂げた。
冒険者のランクで上から三番目であるクラセランクに守られた要人を殺し、生き延びることができたのは、まさに神の加護と類稀なる豪運が成し遂げた偉業と言わざるをえない。
その手柄によって、アズマはテネスキュリテの構成員として取り立てられた。元々所属していた組織がテネスキュリテの下部の下部の下部だということを考えれば、歴史的大出世だった。
上の人間として、元々所属していた組織の上役たちに会った時のあの快感を、アズマは今でも昨日のように覚えている。
いつでも偉そうで金を奪ってきた先輩、楽しそうに暴力を振るってきた纏め役、命を捨てるような指示ばかり出してきたボス。全員が貼り付けたようなニコニコ笑顔で、頭を下げてきた様は、なんとも爽快で、背骨を突き抜けるような強烈な快感があった。いかなる快楽すらもあれには敵わない。思わず股間に熱が集まったほどだ。
今日だって、ただ街に火をつけるだけで、あの頃死ぬ思いでこなした仕事の数倍の金が貰える。
自分は天運に守られている。あの日から感じている自分の人生における最大の祝福。
「さてさて」
火を、油へ近づける。
また立ち昇る大火を想像した瞬間、彼の意識は闇へと消えた。
「ご明察でしたな」
「大袈裟だ。お前も分かってたろ? 魔法を使っても鎮火しないのは次々に火をつけているやつがいるからだって」
「まあ。あとはしらみつぶしでしたがね」
「……さて、とりあえず監禁できる場所はあるか?」
「ええ。まあ多少心当たりが。お昼の前には終わりましょう」
「ああ。さっさと連れてって始めよう。頼んだぞ。元王国特務暗部統括バウン・ガダモイル」
「かしこまりました。我が君」
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