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依頼完了

「はい! これで依頼は達成です!」


 受付嬢がにこやかに言った。

 ジンはスッと拳をジェッスに向ける。その意図がジェッスには分からず首を傾げた。


「知らないのか? 拳と拳を合わせるんだよ」

「……喧嘩?」

「バトルじゃなくてだな。拳出しな」


 言われて、ジェッスも拳を出した。ジンはジェッスの拳に自分の拳を当てる。トンと気持ちの良い音が鳴って、いたずらっ子のようににやりと笑った。


「嬉しいときはこうする。俺は仲間からそう習った」

「ふうん」


 どうでも良さそうにジェッスは言う。

 声ではそうだったが、胸にある知らない感情の正体を探ろうと、拳を見つめる。

 その様子がなんだかかわいらしくて、ジンは口元を緩めた。


「これは報酬です」


 受付嬢はそんな二人の感情に気づかず、依頼書に書かれていた通りの金額を渡した。


「ありがとうございます」


 ジンはそれを受け取り、にこやかに礼を言った。

 受付嬢にとってそれは珍しいことであった。


 冒険者は依頼によっては、命を懸けて依頼達成に挑む。魔獣討伐などがその代表例だが、とにかく命を落とすことも珍しくないのだ。そういった仕事の代価として報酬金などを受け取る。だからこそ、冒険者たちの目は金にギラつき、それにかかわる仕事をしている人たちを蔑ろにしてしまうのだ。

 別にそのこと自体を受付嬢はじめ、委員会に勤めている人間は不自然なことだとは思わない。仕事の報酬など受け取って当然だし、受付をしている以上、依頼への不満などで不快な態度を取られることなど珍しくも無い。ただ、報酬の内容は依頼書に初めから明記しているにも関わらず、受け取るときになって委員会、いや受付に文句を吐き散らす輩も居るのだ。どころか、契約書に記してあった「報酬の一部を委員会に渡す」という事にも「守銭奴」だの「暴利」だの見当違いの暴言を吐く者も居る。最悪は暴力もあった。


 依頼を経験した人間は、良くも悪くも“冒険者”になっていく。通過儀礼は、そういった委員会に対して問題を起こす人物を、あぶりだす役割も兼ねている。だからイノシシの巣の近くであったり、ほかの依頼も危険とまではいかずとも、厄介な生物が生息しているエリアへと赴かせるのだ。

 そういった経験をしている受付にとって、何でもない仕事への感謝は、どうにも染みてしまう。

 涙を流しそうになる衝動を抑えて、受付の棚から二つの真っ白い腕輪を取り出した。


「こちら、冒険者登録の魔具・情報の腕輪(エントリー・リング)です」

情報の腕輪(エントリー・リング)?」

「これを腕にセットしてください」


 ジンとジェッスは受け取った腕輪を素直に装着する。

 つけた瞬間に、体の中から何かが引き抜かれていくような感覚がした。知らない気持ち悪い感覚に、ジェッスはその場で何歩か足踏みをして狼狽えた。


 ジェッスには知覚できなかったが、ジンはほぼ正確に状況を感じ取った。魔力を抜かれたのだ。


 改めて腕輪に視線をやると、腕輪はじわじわと真っ白から色を変えていた。ジンの物は白から、鮮やかで眩しい銀色に。ジェッスのものは輝きを放っているようなメタリックな黒に。それぞれの髪色のような色であった。


「ではこちらに」


 二人とも腕輪を返す。

 受付嬢は何かしらの機械に腕輪をセットし、薄い隙間から二人が受けた依頼書を差し込む。機械はそれを飲み込んでいった。


「これは初使用者の魔力を一部もらい、生体登録を行います。変色は登録証明のようなものですね。そしてこちらの魔具で受けた依頼の内容を腕輪に登録し、冒険者の実績を記録するんです」

「便利ですね」

「結構有名なはずなんですが、知らないんですか?」


 受付嬢の瞳は煽っているわけではなく、本当にただただ疑問に思っている瞳。ジンはまた五百年前との常識のずれを感じた。


「ええまあ。森の中の集落で暮らしていたので」

「なるほど。確かにこういった魔具もそこまで浸透していないんですよ。科学大国のイーブから流れてきたばかりで、冒険者委員会の全支部にようやく配置が終わったんです」

「へえ」


 “科学大国イーブ”知らない名だ。


 すぐにジンは、村を襲撃してきた者たちの言葉を思い出した。あの時、兵士の一人が、七大国家と言っていた。であるならば、おそらくイーブもその七大国家とやらの一つなのだろう。

 魔具開発の実績から考えても、統一国家がばらけてから生まれた国と考えても、一度行ってみたいと思うには十分であった。もしその国が、ジンの知らない魔具を生み出し続けているのだとしたら、何かしらこの世界に変革、バランスを崩すような何かをした可能性がある。別にそれそのものを悪いとは思わない。時代とは今この時代を生きている者たちのものだ。だが、バランスを崩し、戦争状態へと突入させてしまったというのなら、責任を取らせて、せめて奴隷文化の根絶くらいまでは協力してほしいものだ。


(仮にそれが“宝具”まで至っているのなら、イーブはより思うよりも危険な国だろうな)

「はい! 完了です!」


 思考に沈んでいたジンは、受付嬢の言葉で現実に引き戻される。

 腕輪を返された二人。どうしようかと視線で迷いを表わす。受付嬢はそれを理解し、腕に着けておくようにとジェスチャーで指示をした。

 ジンが腕輪を付けなおしたのを見て、それに倣うようにジェッスも腕輪を付けなおした。


「依頼の品は委員会でお届けしておきます」

「ああ、すみません。品は俺たちが届けます。荷物を店で預かってもらってしまっているので」


 あちらも仕事だろうが、こちらは荷物を受け取りに行かなくてはならない。二者が行くよりも手間がかからなくていい提案のはずだ。ジンからすればただのついで。だが仕事をする側からすれば、そういうわけにも、という考えに至る。思考を完全に読むジンは、そこに追い打ちをかけて望みをかなえるだけ。


「代わりにお願いしたいのですが、宿の予約を取っていただけませんか? この町に土地勘が無いので、初心者にも手頃な宿をお願いしたいんです」


 土地勘の無い自分たちが彷徨っても、どんな宿に当たるか分かったものじゃないし、最悪は怪しい連中に絡まれることもあるだろう。

 ジンは自分の実力を決して過信していない。その上で、そんな連中に絡まれたところで簡単に撃退できるとはっきり言える。危険が及ぶことそのものが嫌なのではなく、面倒ごとを招くことが嫌なのだ。

 委員会であれば、ある程度信頼できる。


 頼まれた受付嬢は、少しの間だけ混乱したように目をぱちくりさせて、にっこりとほほ笑んだ。


「はい、かしこまりました。荷物を回収した後にもう一度受付に来てください」

「ありがとうございます」


 それだけ言って、二人は委員会支部を出る。


 委員会支部を出て、二人はすぐに薬屋にたどり着いた。


「ども、お届けに来ました」


 二人が扉を開けてなった鈴の音を聞きつけ、奥からミリルが走ってきた。ばたばたと音が鳴って、どうやら慌てているようだった。

 焦っていたせいか、僅かに顔が赤い。ミリルの様子に二人は驚きを隠せなかったが、そんなことに一切気づかず、ミリルはジンに駆け寄った。そしてジンの手を取り、全身をまるで観察するように眺めまわす。少しだけ居心地が悪いほどに。


「あの、なにか変な物でも?」


 そこまで眺めまわされるなんて、変な物がついているというレベルでは無いだろう。しかしそれぐらいの言葉しか思いつかなかった。

 ようやく自分の奇行に気づいたらしいミリルは、パッと手を放し、顔を火が付いたような色に染めた。


「すみません。お怪我が無いかと」

「大丈夫ですよ。さすがに最低レベルの依頼ですから」


 流石にオーバーすぎる反応に少し引きながらジンは背負っていた籠を下ろす。


「どうです? カモカですよね?」


 ミリルは籠の中の薬草を何枚か持ち上げ、観察して戻し、網の間から全体を見て一度うなづいた。


「はい、これで大丈夫です。受け取ります」

「どうも」


 それだけのやり取りの後、ジンは店の端っこに置かれていたリュックを片方ジェッスへ投げた。ジェッスは何とか受け取ることはできたが、あまりの重さに、地面に引っ張られるみたいに倒れ込んだ。

 ジンはヒョイとリュックを背負い、ミリルに一礼をした。

 別れの挨拶だと理解したミリルは、すぐに顔を近づけた。


「へっ?」

「あの、しばらくアロンに居るんですか?」

「ええまあ、来たばかりですし」

「そうですか」


 たった一言だったが、その一言が、二人にはどうしようもなく喜んでいるように見えた。そして、ジンはそれを気のせいだと切り捨てたが、ジェッスは決して気のせいではないと確信を持っていた。


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