森の戦い
とりあえず、カモカなる薬草は目標量集まった。冒険者委員会に帰って報告してから薬屋に届けて、任務は完了だ。ジンは籠を背負い、ゆっくりと町の方に向かって歩き出した。それを追うジェッスの心中には、魔法という“力”への期待感があった。
その時、二人の前に男が現れた。年齢は中年を超えたあたりだろうが、帯刀し、確かな足取りで森を進んでいる。
二人は同時に「冒険者の誰か」と考えた。同じように依頼を受けた誰かだろうと。
当然、するりと横を通ろうと考える。だがそうはならなかった。
目の前に剣が降ろされ、腕を広げたように行く手を遮ったのだ。
「止まれ」
低く、地面を這うような声。
地面に足跡が残るほど強く蹴って後ろに下がるジン。ジェッスは驚きのあまり腰を抜かし尻餅をついてしまった。
地面に座り込んだジェッスではなく、後ろに下がったジンの方に男の視線は向く。その視線はまるで牙のように鋭く、ジンはバークベアと対面したときなどとは全く違う、震えるような緊張が体からあふれ出るような感覚がした。
「あんた、何者だ」
「リエルの警備兵隊、第二部隊長を務めさせてもらっている。グォン・ダルメットだ」
剣を言いながら剣を上段に構えるグォン。
ジンはすぐに察知した。狙っているのは自分ではなく、座っているジェッスだと。
未だ相手の目的は推し量れない。だが理解できることもある。
(少なくともこの剣は、命を狙う剣だ)
下がったさっきとは反対に、地面を思い切り蹴って前に飛び出す。そして拳に力場を纏わせた。
振り下ろされた剣を受け止める。拳と剣の間には明らかに隙間があり、どれだけ押しても引いても隙間を超えることができない。
グォンはまるで鉄の壁に衝突したかのような錯覚を覚えた。
「これは……一体?」
「さてね!」
剣を弾き、全力の拳を突き出す。だがグォンはそれを紙一重で躱し、人差し指をジンに向けた。
人差し指の先に魔力を集中させる。そして、魔力に電気という形を与えた。それに方向と威力という指示を与え、ジンに向けて発射した。
「汎用型魔法基本形電気の矢」
鋭く放たれた電気がジンの肩へと向かう。
反射的にジンは力場で壁のようなものを形成して肩を守った。壁に激突し、弾かれた雷はほんの少しの間宙空をさまよい消えた。
グォンは素早く後ろに飛び退いた。そして数発の雷を放つ。同じ様に見えない力場の壁に弾かれたが、グォンは変わらず無駄に魔力を使い続ける。ジンはそれだけで、グォンを熟練の戦士だと理解した。
対個人戦闘において最も大事なことは、未知の能力に対し、素早く考察を始めること。一般理解の範疇を使える相手との戦闘において、相手の能力を早くに理解しなくては、即座に命を奪われてしまう。
それはジンもよく理解している。だからこそ、即座に足に力場を纏わせ、理解させる時間を与えない。
「うらっ!」
力場を纏わせただけの蹴りは、さも当然のように躱された。
変わらず睨みつけながら、グォンは剣を振り下ろす。今度はそれを片手で掴もうとした。もちろん力場を纏わせるのを忘れない。
だが、グォンは剣をギリギリで止めた。
代わりに命中したのは強烈な蹴りだ。なんとか肘で受け止めるが、威力を殺しきれず、地面に電車道を残しながら吹っ飛ぶ。
木の根っこに弾かれて宙を一回転してからグォンを睨んだ。
「野郎」
向けたのは明確な殺意。今世で初めての、おふざけや緩み抜きの純然たる殺意だった。
ジンは今世で、一番腹が立っていた。子供の頃、同年代に殴られようと、親からどれだけ理不尽に感じる叱られ方をしようと人生経験で笑ってやっていた。だが目の前にいるのは、今世で初めて”強敵”と認識できる相手、戦士として戦うべきだと感じる相手。一人の戦士として、正しい殺意を向けるべき相手だった。
グォンの背筋を冷たいものが伝う。当然ながらグォンも戦闘に対する意識を切り替える。不審者の調査から、全力の防衛へと。
ジンは再び足に力場を纏わせた。バークべアに使用したものと同じ、鋭さを持たせた強烈な力場。そしてそのままジンは走り出した。
足に纏う強烈なポテンシャルをグォンも感じ取った。だからこそ、手のひらに魔力を集中させ、先ほどよりも巨大な形を与えた電気を、放つ。
「電気放射!」
手のひらから放出される、まさにシャワーのように広い範囲を覆う電気。
ジンの速度は落ちない。それどころか加速しているようにさえ思える。
ジンは全身に力場を纏った。周囲をまるで大きなフィルムで囲われたように守ったのだ。
「偉大なる装甲!」
力の領域に触れた雷は弾かれ、中空で少しの間喘ぐように瞬いたあと、大人しく消えていった。
その姿に、グォンは大きく目を見開く。
(その動揺が命取りだ!!)
グォンが明らかに狼狽えたのを見逃さず、ジンは接近に成功した。軸足に力を入れて、力場を纏わせた足を鎌のように振るう。
「偉大なる斬撃!」
グォンはまるで最初のジンのように後ろに引いた。ジンほどは素早くなく、服がわずかに、そして、剣が真っ二つに切り裂かれた。
地面に落ちた剣が甲高い悲鳴のような音を響かせる。その音のせいか、グォンはその場から動こうとしなかった。ジンとジェッスはそれを不審に思いながらも、追撃しようという考えにならなかった。なぜなら、グォンがあまりに無防備な棒立ちのまま、真っ直ぐにジンを見つめていたから。
突然グォンの手から折れ残った柄も地面に落ちた。その衝撃たるや、驚きのあまりジンは何かしらの罠を疑ったほどだ。
そのまま、グォンは大粒の涙を流す。動揺と驚きのあまり、後ろに下がったジェッスは太い木の枝に頭を打ったほどだ。
「なっ、なんなんだ一体」
ジンもまた動揺。
グォンは一歩一歩、確かに地面が存在していることを確かめるかのようにジンへと歩み寄る。その姿は神像へと近寄る狂信者の姿さえ重ねさせた。
異常な様子は十分伝わる。ジンの警戒もまた強くなっていった。
「その技は、正しく力場操作」
今度はジンが驚く番だった。
グランとは確かに発言している。ただ、魔法の名が力場操作だと知るはずがない。であるのならば、なぜこの男は自分の魔法の名を言い当てられたのか。警戒心と同時に、自身でも理解できないような期待感が溢れ出てくる。その期待感にどんな言葉を当てはめればいいのか、ジンは適切な言葉が思い当たらない。だが、とにかく期待しているのだ。
ジンのすぐ前まで歩み寄り、片膝を突いた。そして大粒の涙を流しながらジンを見上げる。
「私です。グォン……いえ、バウン・ガダモイルです」
「は?」
その言葉で、ジンは思わず魔法を解いた。
グォンは立ち上がり、力場も何も纏っていない、茫然として立ち尽くすだけのジンを、思い切り抱きしめた。背骨が歪みそうなほど強く、産毛ですら曲がらなそうなほど優しいハグだ。
どうしていいのか分からず、ジンの掌は中空を彷徨った。ジンの姿を見て、攻撃を仕掛けようとしたジェッスもまた動きを止める。
「バウン……本物か? その名前……本で知ったんじゃ」
「そうですね……私と殿下が出会ったのは、中庭での訓練中でしょうか? 飛ばされた剣を私が受け止めて」
「……!!」
その言葉でようやくジンにも目の前にいる人物が“バウン・ガダモイル”であると確信を持てた。
肩を掴み、もう一度表情を確認する。顔を涙で濡らしたグォンと目が合った。
「久しぶりだな!」
今度はジンから抱きしめた。ジェッスにはそれがまるで、子供が親に甘えるような姿に思えた。抱きしめ返すグォンが「しょうがないな」なんて子供をあやす父親のようにさえ感じられる。
しばらくして二人が離れた。二人の目にもう殺意は無い。あるのは喜びたった一つ。
「何を、どれから、語ったものか」
視線も体の動きも忙しない。楽しみを前にした子供のように落ち着きない。何とも情けないと自分で思いながら、その動きを止めることができなかった。
グォンはジンの心境を見抜いたように、保父のような慈愛を込めた笑みを浮かべた。
「お気持ちはわかります。ですが、私たちは、今この瞬間に生きているのです。ですから、大丈夫ですよ。まずは全て用事を終わらせてから、ゆっくり腰を据えて話しましょう」
「そう……だな。よし、俺はジェッスと先に町に戻っている。それから、冒険者委員会の紹介する宿屋に行くはずだ」
「なるほど。では」
懐からメモ帳を取り出し、紙の上で鉛筆を走らせた。鉛筆が止まったかと思うと、即座に一番上の紙を引きちぎる。
「ここで会いましょう」
「分かった」
メモを受け取ったジンに、グォンは父親のような優しい笑みを浮かべた。
それからジェッスへと視線をやる。目が合ったジェッスは思わず身を震わせた。ただ、その目は極めて優しい、好々爺然としたものであった。おびえきっていた心が、急速に水を浴びて落ち着いていくのが分かる。
「彼を頼みます」
「は、はい」
そうとしか答えられなかった。
答えてからジェッスは、自分が不本意でしか使った事のない、無理やり教え込まされた敬語を使ったことに気づき、僅かに顔を赤くしてしまった。
二人が去った森で、グォンは一人立っていた。
もうすでに影すらも見えないが、歩き去った方向を、愛しく思うような熱視線で見続けている。
全身が妙なほど疲れていた。いや、ある意味仕方ないのかもしれない。泣きはらした子供がそのまま寝てしまうように、感情の発露とは体力を意外なほど消費してしまう。グォンとてそれは例外ではない。ましてその感情の原因は、何よりも敬愛し、尊んでいたお方との再会だ。
まるで酔っぱらいのようによろめき、ぶつかった木の幹に背中を這わせるようにして座り込んだ。
「私がこの世界に生まれた時点で……まさかとは思っていた……それでも、こうも嬉しいとは……」
目頭が熱くなる。思わず指でグッと押し込んだ。
「ゴホッ! ゴホッ!」
突然咳が漏れた。喉を割るような痛みがあった。もう慣れてしまった、付き合いの長いものだから。
何度か咳をしてから、わざと自分で息を吐き出すような咳をして、喉を整える。
「んんっ! あの方にもご報告せねば。しかしいつに連絡を取れるだろうか……」
座り込みながらアロンの町を囲む壁を見つめた。
アロンを囲む城壁は二層ある。一層目がサリアケの森と人間の生活領域を分かつ壁。この壁があるからこそ、アロン市民は平和に暮らすことができているのだ。
そして二層目。これの役割は生活領域の分断だ。二層目の中に市民は決して入ることはできない。
「あのお方は、貴族だからな」
だからこそ、グォンにさえも、そこは魔境のように思えるのだ。
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