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紬の人生

島本紬は別れた夫・相川匠の両親の元を訪れた。

離婚して初めての訪問だった。

匠の両親は快く迎え得てくれた。


「紬さん……何が原因か聞いてません。

 あの子と離れても、娘だと思っていますよ。」

「お義父さん……。」

「それは変わらないわ。」

「お義母さん……ありがとうございます。」


紬は泣いてしまった。

その姿を見た匠の両親は狼狽えている。


「私が……私が悪いんです。」

「誰が悪いとか……そんなことは、もうお仕舞だよ。

 離婚したのだから……。

 これからも辛いことがあったら頼って欲しい。

 本当に頼って欲しい。

 頼りないと思うだろうけど……

 頼って貰えなかったから離婚に至ったように思うのだよ。」

「勿論、紬さんには立派なご両親がおられるけど……。

 私達も見守っていること忘れないで下さいね。」

「………ありがとうございます。」


匠の両親に謝罪して、感謝の言葉を繰り返して別れの言葉を述べた。


「さようなら、どうか、御元気で!」

「紬さんも元気で!」

「また! 来てね。」

「さようなら……お義父さん、お義母さん。」


何故だか、匠の両親は「さようなら」とは言わなかった。



紬は⦅こんなに優しいご両親の元で育てられたから、あの人、優しいのね。⦆と思った。

離婚の原因を匠は親に話していない――それは、匠のプライドではないと紬には分かっていた。

⦅優しいから言葉を濁すか……それとも、自分のせいにした?⦆などと考えながら帰路に着いた。

弁護士に依頼したことがある。

相川匠への慰謝料を渡すことだ。

弁護士は直ぐに渡せるよう調べてくれた。

弁護士から慰謝料補支払いを聞いた匠が紬に連絡して来た。

スマホに電話が架かって来たのだ。


「紬?」

「はい…………あなた? 匠?」

「うん、俺。

 今日、聞いた。」

「うん、受け取って! 少ないけど……今支払える金額なの。

 ごめんなさい。弁護士費用が掛かったの。

 それで、少なくなってしまって……80万しか用意出来なかったわ。」

「否……要らないって言ったのは俺だから………。

 それから、うちの親に挨拶に来てくれたんだって?」

「ええ…………ありがとう。あなた………。」

「え?…………何が?」

「離婚理由。」

「あぁ……言ってないんだ。何も……。

 うちの親も聞かなかったし……ただ収入が違うことだけ話した。

 会社が結局、倒産したし……それで、分かったと思う。」

「倒産したの?」

「うん、結局……駄目だった。

 社長も頑張ってたんだけどな。

 中小では、あることなんだろうな。」

「今はどうしてるの?」

「就活中だ。倒産は先月だから……。

 だから、済まない。助かる。」

「そんな……助かるって言わないで。

 あなたの当然の権利よ。

 謝り続けるのは私。」

「紬は寂しがり屋さんだからな。

 実家が旅館だから、お義母さんも俺の母とは違って……。

 紬は寂しかったんだよな。」

「あなた………。」

「分かってたのに……聞いてたのに……。

 俺はお前を一人にしてしまった。」

「それは、仕方ないことだわ。」

「会話すら真面(まとも)にしてなかった。

 こんなことになってから気が付いたんだ。

 離婚してから………遅すぎるよな。

 寂しがり屋の紬は『こよなく愛されたかった』んだよな。

 俺は出来なかった。」

「あなた……あなたは愛してくれたわ。

 私が悪いのよ。」

「ごめんな。

 結婚する時に誓ったのに……愛すると……。」

「あなた………。」

「『こよなく愛されたかった』のに、こよなく愛せなくて…………。

 ごめん。」

「………あなた………。」

「その人なら『こよなく愛してくれる』?」

「ううん、別れたって言ったよね。」

「本当に別れたのか?」

「うん、もう戻らないわ。その人には……。」

「………そうか……俺……ずっと不安だった。」

「何が?」

「俺は高卒で中小企業で真っ黒になって働いてる工場勤務。

 紬は……大卒で東証一部上場の大企業に勤務。

 違い過ぎて……なんで、俺を選んだのか分からないままだった。

 今も分からない。」

「あなたが優しい人だから……あなたの傍は居心地が良くて……。

 安心して居られたの。」

「そっか……。」

「他の男の人には無い懐が深い所とか………あぁ……ごめんなさい。

 ただ、好きになったの。

 理由なんて分からないわ。

 好き過ぎて……いつも一緒に居たかったから結婚して欲しかったの。

 いつも傍に居て欲しかったの。」

「それは本音?」

「ええ………本音。

 でも、終わったの。私が愚かだったから……。」

「つむぎ………。」

「少しだけど、あなたの役に立つお金になれば嬉しいわ。」

「紬。俺は」

「あなた! 匠……幸せになってね。

 遠くから祈ってるわ。

 電話くれて本当にありがとう。

 もう二度と、あなたの声……聞けないと思ってた。

 聞けて嬉しかった。

 ありがとう……今まで……本当にありがとう。

 元気で! お幸せに!」

「紬!」

「さようなら。」


紬は電話を切り、スマホを置いて泣いた。


⦅後悔先に立たず……って、このことよね。

 幸せに……って言えたわよね。

 少しだけ、いい女で終われたかしら?

 ほんの少しだけ、そう思って貰いたい。

 悪い妻だったけど……ほんの少しだけ………少しだけ……。⦆



それから、紬の父親が倒れた。

紬は実家に帰り、嫌がっていた家業を継ぐと決めた。

帰る前に木村に別れを告げた。

もう何の感情も無い男性になっていた。


「私は『こよなく愛されたい』女なのよね。

 そして、あなたは……。」

「『俺しか愛したことが無い』男だな。」

「相性最悪ね。」

「そうだな。最悪の相性だ。」

「結ばれない方がいい相性だったのね。」

「最悪だからな。」

「元気で居てね。そして幸せになって!」

「君も……誰かと幸せにな。」

「あぁ、それは無いわ。」

「どうして?」

「だって、私、HIVですもの。

 誰かと付き合うのは無理だわ。」

「そうか……だがな、理解して貰えるかもしれないぞ。」

「ふふふっ……そんなに世の中甘くないと思うわ。

 だって、これが私がしたことへの罰だから………。」

「罰か………俺も……だな。」

「じゃあ、二度と会いませんけど、あの日々は楽しいこともあったわ。」

「まぁ、快楽だけだけど……。

 なぁ、別れたご主人と……そのもう一度って……。」

「無いわ! 戻れないのよ。

 HIVは言ってないの。」

「そっか………。」

「不倫は罪深いのよ。」

「そうだな……罪深い。」

「罪を背負って生きていくわ。あなたもね。」

「そうだな。俺もだ。

 じゃあ、元気で……。」

「ええ、あなたも……さようなら。」

「さようなら。」


紬は実家に戻って家業を継ぎ女将になった。

だが、誰とも付き合うこともなく、勿論、結婚をすることなく最期まで独りだった。

別れた夫・相川匠が再婚したことも知らずに………。

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