離婚
すみれが退院して新しい居住シェルターに向かう時、俺は傍に居れなかった。
退院時の清算をした俺は、そのまま会社に向かった。
すみれは入居するシェルターを俺に知られたくないと言ったからだ。
寂しくて堪らなかった。
そして、離婚届に署名する日がやって来た。
その日は朝から雨だった。
⦅まるで、俺みたいだな……晴れの日じゃない。
今から離婚するんだぞぉ~~っ………はぁ………。
まぁ……そうだよな。不倫したんだから当然だ。⦆
森下探偵事務所に着いた。
ビルの案内板に書かれている「森下探偵事務所」という文字を見て⦅ちゃんと事務所があったんだ。⦆と俺は思った。
インターフォンを鳴らすと、女性の声がした。
「木村です。」と言うと、「どうぞ、お入りください。」と返事があった。
中に入ると意外に綺麗な事務所だった。
季節の花も飾られてる。
「木村さん、お待ちしていました。」
「今日は僕達のことでお手数をお掛けします。」
「いいえ、すみれさんは娘のようで……。」
「娘なんて居ないでしょ。署長。」
「おいっ!」
「加藤さん、正木さん、その節は妻が大変お世話になりました。
お怪我の具合は如何ですか?」
「もう大丈夫ですよ。」
「このくらい掠り傷です。あはは……。」
「すみれさんが待ってますよ。」
「あ………来てるんですか?」
「ええ、最後の日には会って別れると……。」
「そうですか。」
俺は意外に思った。
もう、すみれは俺に会いたくないと思ってた。
「どうぞ。」
「はい。」
「あなた……入院中はありがとう。」
「あ………否、俺は何もしてないから……。
それよりも、傷は? 今も痛む?」
「まぁ、ね。」
「………どちらでしょうか?
離婚届。直ぐに署名します。」
「はい、こちらです。」
俺は署名した。
婚姻届の時と違って、嬉しくない署名だった。
「書きました。
提出は? お願い出来ますか?」
「はい、提出させて頂きます。
慰謝料についても同意されているのですよね。」
「はい。用意してきました。
200万円入ってます。」
「200万円! 私が要求した金額の2倍!
あなた、どうして?」
「今の俺が出せる金額だ。
家も処分する。
処分した後は森下さんの口座に入金するから……。
森下さん、お願い出来ますよね。」
「はい、勿論です。」
「財産分与、夫婦共有の口座を下ろして来ました。
これが通帳です。そして、半分を渡します。
少ないですけど……。」
「すみれさん、受け取りの署名を。」
「要りません。書類は何も要りません。」
「ですが……受け取っておかれた方が宜しいかと思います。」
「すみれは、そんなことしません。
後で何か言ってくるようなことは……ありません。」
「そうですか。」
「では、終わりましたので、失礼します。」
「あ……はい。
木村さん、牛島さんのことは安心して下さい。」
「ありがとうございます。では失礼致します。
すみれ……さん、お元気で……本当に申し訳ありませんでした。」
「あなた…………。」
ドアノブに手を掛けて、俺は外に出た。
その時、すみれの声がした。
「あなた!」
振り返ると、すみれが居た。
「今日まで、ありがとう。
幸せでした。
あなた……幸せになってね。」
俺は涙が止まらなくなっていた。
すみれに頭を下げた。
深く深く頭を下げた。
顔を上げる瞬間、俺は事務所を背にして立ち去った。
途中から走っていた。




