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閑話 「アイドル養成所の日常」


「はい! ワンツー! ワンツー!」


鏡張りの一室で一人の人物が手を叩きながら声を張り上げる。

その部屋にはその人物以外にも数人いるが、誰でもまずはその人物に目がいくだろう。

もし街で見かけようものなら、誰もが四度見すること請け合いだ。

なぜならその人物の格好が奇抜で派手だからだ。


まず頭髪は紺に近い青でオールバックの様に後ろに撫で付けられているが、決して髪はまとまっておらず、例えるならまるでハリネズミのようにツンツンと後ろに流されている。

スーパーハードの整髪料などがないこの世界ではどうなっているのかと不思議がられること間違いない。


顔は非常に整っており鼻梁もスッと通っていて、美人の部類に入るだろう。

まゆは細く整えられており、目には赤いアイシャドーが入っている。

そして唇には濃紺のベニがさされている。それらパーツが黄金比のように完璧な比率で顔に並べられている。まるで芸術家が掘り上げた彫刻像のように。

こちらも道行く人を振り向かせるに十分な要因であろう。


次にその身にまとう衣装だ。

所謂レオタードでキラキラと光を反射していることから、その素材はラメ仕様となっているようだ。そしてそのレオタードの胸元はヘソまで大胆に開いている。

そして背中には孔雀のように大きな羽が扇の様に広がっている。

足には網タイツを履いており、素足よりも逆にエロティシズムを駆り立てるのは必然と言えるだろう。


しかしその程度では道行く人も、三度見がせいぜいだろう。四度見はしない。

ではなぜ民衆はもう一度振り返るのか。

それはその人物が筋肉隆々な男性だからだ。

肩に重機を乗せてるような、セパレーションが多くて数えられないような、筋肉が縄文杉とも言える人物であるからだ。


そんな人物が手を叩きながら声を出しているのである。


その部屋には他にも数人の少女達がおり、先の人物の手拍子に合わせて必死に体を動かしている。


最近でこそ、その珍妙な動きがダンスであることを認識している人間は増えてきたが、ついこの前までは民衆になんとも奇怪な動きとして見られていた。

それがれっきとしたダンスであると認知されたのは手拍子をしている人物の情熱の賜物であった。


「ちょっと! 手首の内側はお客様に見えないよう注意なさいって言ってるでしょう! 指先まで意識して! それにアナタ! また股が開いてきてるんだワ! 常に内股! だけど背筋は真っ直ぐ! そんな事じゃ一流のアイドルにはなれないんだワ!」


その人物が脳に響くような甲高い声で叫ぶと、少女達が負けじと叫ぶように返事をする。


「「「はい! カワセミディレクター!」」」 


そう、ここは日夜アイドルが鎬をけずる養成所であった。

そしていまはダンスの練習中で鏡の前で振り付けの練習をしているのだ。

驚くことに派手な衣装を身にまとい、背中に鬼を飼っている人物は少女達を導くディレクターであった。


「良い返事なんだワ。アナタ達の熱いパッションがビィンビィン響いてくるんだワァ」


そう言ってディレクターと呼ばれた人物はうっとりと自分の頬を撫でる。

心なしか腰もクネクネと動いているようにも見えたがそれを指摘する人物はいない。

いつものことだからだ。

なによりこの人物が日夜少女達に厳しい練習を課すことにより、計算され統率された動きができるようになり、民衆に彼女達の動きがダンスであると認知してもらえる様になったのだ。多少? の奇行はスルーされるのである。


「だ・け・ど。わかってるワネ? パッションだけではアイドルダンスは完成されないことを?!」


「「「はい! カワセミディレクター!」」」


少女達が返事をすると、カワセミディレクターは厳しい眼差しをそちらに向け天を仰ぐ様に腕を広げ口を開く。


「アイドルは?!」


「「「かわいい!」」」


キャピん♪


「アイドルは?!」


「「「清楚!」」」


ピュアん♫


「アイドルは?!」


「「「みんなの希望!」」」


キラん☆


「恋人は?!」


「「「ファンのみんなです!」」」


ホワん♡


「おトイレは?!」


「「「行きません!」」」


ブリん△


「虫が飛んできんだワ!」


「「「キャー! 怖いー!」」」


ブーん♠︎


「お化けなんだワ!」


「「「キャー! 怖いー!」」」


ボワん†


「セクハラなんだワ!」


「「「なにさらすんじゃい! いてまうどワレェ!」」」


ゴシャん!!


「ファンの目が!」


「「「もぉ〜、そんなことしちゃぁ、めっ! だよ?」」」


キャルん◇


「エェエエエエエエエクセレンッッッッットゥ!!!」


恐らくは何度も繰り返されたやり取りなのであろう。

カワセミディレクターの問いかけに一糸みだれず可愛らしいポーズを決める少女達。

そして同時に発した回答も完全にハモっていた。


その素晴らしい完成度に興奮したカワセミディレクターは仰け反りながら奇声を発してしまう。しかも仰け反りすぎてほぼほぼブリッジになっている。通常のブリッジとの相違点は腕を胸の前で組み、足と腹の筋肉だけで地面スレスレまで仰け反っている点か。


「素晴らしいんだワ……。アナタ達はまさしくスターの原石。必ずやアタシが磨き上げてきらめく一番星にしてあげるんだワ」


そう言いながらジワジワとブリッジ状態から起き上がってくるカワセミディレクター。

見事に割れたシックスパックが、ギチギチと音を立てているかのように収縮し、上半身を戻していく。

しかし力んでいるはずのカワセミディレクターの声は一切震えておらず、一部のブレもない。これはいかなる状況でも安定した発声を可能としていることを意味していた。


当然少女達はその光景を見て憧れの眼差しをカワセミディレクターに向ける。


「流石ですカワセミディレクター」


「私たちもあの筋肉を手に入れられれば……」


「一見固そうな筋肉なのに、発生に適した柔らかい筋肉」


「ええ、見せるために肥大したものではなく、体を楽器として正しく声を発生

させるための実用的な筋肉だわ」


「しかも、あのしなやかな筋肉を纏うことができれば、アイドルの動きを頭の天辺から足の指の先まで演じられる事間違いなしだわ」


口々に少女達がカワセミディレクターの筋肉を褒め称え、それに合わせポージングをしていたディレクターであったが、少女の一人が発した一言に動きを止める。


「演じる……?」


動きを止めたディレクターを見て少女達は怪訝な表情を浮かべる。

彼女達からは、ディレクターが後ろを向いてバックダブルバイセップスのポージングをしているので表情を見ることができないが、もし見えていれば息を呑んだかもしれない。

そこに浮かぶ表情はまさしく般若のものであったから。


「演じるですって……?」


後ろを向いたままのディレクターであったが、少女達は不穏な空気を感じ取っていた。

なぜならディレクターの筋肉が蠢くようにピクピクと痙攣を始めたからだ。

しかも格部位が独立したように別々のリズムを刻みながら。


ピクピク。

ビクビク。

ビクンビクン。

段々と激しくなっていく痙攣を前に少女達は恐怖を覚え後退り始める。

だが後ろは大きな鏡でできた壁でそれ以上は距離を取ることができない。

そして出入り口の前にはディレクターがいるため完全に逃げることはできないのだ。


このままでは恐ろしい形相の筋肉だるまを目の当たりにすることで、いたいけな少女達の心に深い恐怖が植えつけられてしまう。

彼女達は今後キレてる筋肉を見るたびに憧憬の念を抱けず、恐怖の念を抱いてしまうのである。これ以上の不幸があるであろうか? いや無い!


だが少女達にはこの状況を打開する術などあるはずはないのだ。

そんな筋肉はないのである!


しかしてディレクターの筋肉達の痙攣が最高潮に達し、まさに彼? が振り向こうとしたその時である!


「お疲れ様でーす」


「「「アヴェルラ先輩!!」」」


ガチャリと稽古場のドアを開けて入ってきたのは少女達の憧れ、今を煌めく一番星アイドル、スター☆プラチニスの歌姫アヴェルラであった。

彼女は総合プロデューサーから渡された新曲のダンス練習をしにきたのだ。


彼女は後輩の悲痛な叫びに一瞬惚けたが、カワセミディレクターを見て軽く眉を顰めてなるほどと呟く。

彼女からはディレクターの恐ろしい形相が見えているにもかかわらず、一切恐怖を抱いていない様であった。今だに筋肉達が脈動を止めていないのにだ。


アヴェルラは一つため息をつくと何気なく一歩を踏み出す。


「えい」


そして気の抜ける様な軽い掛け声とは裏腹に一瞬でディレクターの前まで移動すると、そのままの勢いで抜き手をディレクターの水月に突き刺す。


「おぼぉおおぉおっっ!!」


まるで下水道から汚水が噴き出すような悍ましい叫び声と共にディレクターが前のめりに倒れる。一撃であった。


「あの……、だめですよ? そんな怖い顔を新人ちゃん達に見せたら。逃げ出しちゃいます。そしたら、プロデューサーに怒られちゃいますよ?」


その表情仕草からは気弱な少女の様に見えるアヴェルラは、腰に手を当てプンプンと頬を膨らませながらカワセミディレクターに可愛くお説教をする。


ただ、お説教されている方は先ほどまでとは違う痙攣でビクンビクンしていており聞いていないが。


その光景を見てまたもや少女達は憧憬の眼差しを浮かべるのだった。


「「「かわいい……」」」


果たしてかわいいのはアヴェルラであろうか? それとも痙攣する肉団子だろうか?

どちらにしろ今の光景を見てそう(のたま)える彼女達は、もしかしたら一角の人物になるかもしれなかった。あるいはそう言った人物達であったからこそ、このアイドル養成学校にいるかもしれない。


「あの……。それで、どうしてディレクターはこうなっちゃったんですか?」


おずおずと聞いてくる少女はとても大舞台でメインボーカルを務める人物とは思えない程に控えめだ。


少女達は、しばしアヴェルラをホワホワした表情でみていたが、返事が無いことに慌て出した彼女を見て咳払いを一つしてことの顛末を告げる。なぜディレクターが震え出したかわからないとも。


それを聞いてアヴェルラは腕を組んで小首を傾げてうーんとうなる。

ちなみに組んだ腕は、控えめながらも存在する胸を強調するように下からそれを押し上げている。


「多分……。ディレクターは演じるっていう部分に反応したんだと思うよ?」


そう言うアヴェルラに今度は少女達が首を傾げる。


「あのね……? 私もプロデューサーからの受け売りなんだけど、私たちはアイドルを演じるんじゃなくて、アイドルに成るんだって」


その言葉に少女達はハッとする。


「私たち女の子は誰でも平凡な自分からアイドルに生まれ変われるんだって言ってた」


自分を偽るのではなく、ましてや誰かを騙すのでもなく。

架空の何かを演じるのではなく、誰かの憧れや希望、あるいは妄想と言ってもいい。

そう言ったものに成るのである。あたかも人が神に成り上がるかのように。


故にアイドル(偶像)


アイドルは人々にとって信仰の対象でなくてはならず、そこには嘘偽りがあってはいけないのだ!


「って、キアーラ総合プロデューサーが力説してたんだ。そのお話にディレクターは感動してたから、きっとそのせいだと思う」


多分ね___というアヴェルラであったが、少女達はその話を聞いて自分たちも深く感銘を受けている事から、きっとそれが正解だろうと思った。


そうして少女達が感動していると、突然うずくまっていったカワセミディレクターが弾けた銀杏のように跳び上がり雄叫びを上げる。


「ゔぉおおおおん! キアーラ総合プロデューサー! こんな私にアイドルという希望の光をお与え下さりありがとうございますのだワぁああああああ!」


どうやらキアーラという名前に反応した様であった。

祈るように天に向かって叫ぶカワセミディレクターを見て少女達が感動したように瞳を揺らす。どこに感動する要因があったかは追求しないものとする。


ちなみにカワセミディレクターは一族から追放されたスラムの住人で名前の通りカワセミの獣人ある。

彼の一族はホイッスルのような高めの歌声を発揮できるものを良しとし、それ以外のものを不可とする一族であった。

全体的に小柄な一族で男女ともに高い声を有しているのだが、カワセミディレクターは生来ガタイがよく合わせて首なども太かったため、どうしても野太い声しか出なかった。

しかも体は男で心が女だったのだ。


一族に理解を得られることもなく、奇異を見る目で追い出された。

それでも大好きな歌で生きていこうとするも、彼が無理をして高い音程で歌おうとしても聞き苦しいものでしかなかった。

誰にも受け入れてもらえない歌と自分。

失意のどん底でもはや全てを捨てようと思っていたところで、スラムの芸術化計画を推し進めていたキキに見出され救われたのである。


『アンタが望む歌声を与えてやろう。そしてそれを活かす為の場所も用意してやる』


カワセミディレクターはこの時のことを今でも夢に見る。

自分にとって神が舞い降りたその日のことを。

アイドルという名の綺羅星を自分に与えてくれた日のことを。

それは正しく彼の生まれ変わった瞬間であった。


「「「カワセミディレクター!」」」


思い出し感動をしながら涙を流すカワセミディレクターを少女達が自分たちも涙を流しながら取り囲む。


「あなた達?」


困惑するディレクターに少女達は嗚咽を漏らしながら叫ぶ。


「私たちが間違ってました!」


「私たちもアイドルになります!」


「誰もが憧れるアイドルに!」


「カワセミディレクターのようなアイドルに!」


「……あなた達」


少女達の言葉にディレクターはまた痙攣をし始める。

だが今度は少女達も訝しがることもない。

なぜならそれが感動からくるものだと知っていたから。


「エグゼレンェエエエエエエエエエエンドォ!!!」


涙で化粧が剥がれ化け物じみた顔になったカワセミディレクターはガバリと少女達を抱きしめる。


「必ずあんだだぢをアイドルにして見せるのだワァ!」


「「「ディレクター!!!」」」


その後も抱き合った筋肉の塊と少女達は暫くオイオイと泣き声を上げるのであった。

そしてその姿をドアの向こうでひっそりと覗き見る影が二つ。


「……なんだろうあれ? こえーーーー」


『あんなクリーチャーを生み出すなんて、やっぱり君は悪魔の素質があるかもね?』


「生んだ覚えなんてないんですけど、やめてもらえますか?」


アヴェルラに新曲のダンスの振り付けを教えるために養成所に来ていたキキは、稽古場で繰り広げられる悍ましい茶番劇に戦慄を覚え、今日は帰ろうかどうしようか悩むのであった。


ちなみにその数秒後にカワセミディレクターに匂いで気付かれ即捕獲されるわけだが。


「にぎゃあぁああああ!!! ほおずりすんなぁあああ!!!」


「あぁああ! 神ぃ! 神ぃ! 感謝いたしますのだワァ!」


アヴェルラがこの日新しい振り付けを覚えられたかどうかは秘匿することとする。


お読みいただきありがとうございます!


曲がりなりにも親族にアイドル(元?)がいる身としては、その存在について確固たるヴィジョンを持っているべきだと思って自分なりに定義いたしました。

決して最近Vtuberにハマっているのでアイドルについて考察する時間が増えたわけではありません。


面白いと感じましたら下記の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎を★★★★★こう!

つまらないなぁと思ったら下記の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎を★⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎こう!

普通と思ったら感想欄の一言に普通と書き込んでいただければ幸いです。

よろしくお願いいたします!!


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