第二百二十六話『ダウザー』
ナズーリンも苦労してんな……
「ふんふんふーん」
鼻歌を歌いながら、商品を陳列していたビニールシートを片付ける。今日も今日とて、土樹菓子店は満員御礼。持ってきたのは完売で、財布には程良い重みがあったり。
ふむぅ、いつもならここで酒を買うパターンだが、お茶にするか。成美さんとこの喫茶店で紅茶とケーキなんてどうだろう。あー、でも和菓子も食いたいな。
なんて計画しながら、リュックに荷物を詰め歩き出す。
人里の顔見知りに適当に挨拶しつつ、お茶屋へ。
「っと、近道近道、と」
通りの脇にある家と家の間。人一人がようやく通れるような道がある。ここを通り抜ければ、商店通りは近い。
置いてある桶やらをかわしつつ、路地を抜け……
「あれ?」
商店通りに抜ける直前、地面に巾着が落ちているのを発見した。
ゴミ? にしては、小奇麗だ。落とし物が、偶然蹴っ飛ばされたかなにかして、路地に入ったか?
ひょい、と何気なく拾いあげてみると、じゃら、という金属の音。
もしかして、と開いてみると、案の定お金が入っていた。財布だ。
大金とは言わないが、それなりの金額だ。落とした人は困っているに違いない。
……しかしなあ、どうしようかね。適当にそこらの通りで呼びかけてみるか?
「って、ん?」
はて、なにやら路地裏のネズミがじーっとこちらを見ているような。気のせいか? いや、でも普通ネズミなんか逃げるだろ。そりゃ幻想郷の動物はネズミまで肝っ玉が座っているけれど。
「ちょっといいかい」
「ん?」
後ろから声をかけられて振り向いてみると……ぴょこ、と頭に生えているネズミの耳がまず目についた。
あー、っと。
「ナズーリン? なんだ、こんにちは」
聖さんとこの妖怪ネズミだった。知らない顔でもないので、よう、とあいさつする。
「ああ、こんにちは。偶然だね。ときに、君が持っているその財布……」
ん?
「あれ? これナズーリンの?」
「いいや、それはうちのご主人様のだ。買い物を済ませたはいいが、財布を落としてきてね。しかも、命蓮寺に帰ってくるまで気付かなかったそうだ」
「寅丸さん……」
あの人は……
確か、前の異変の時も宝塔落としてなかったか? 意外にうっかり屋さんなのか、そうなのか。と、心の中のメモ帳に書き入れる。
というか、
「あの人、毘沙門天の化身とか言ってなかったっけ……。毘沙門天がお使いとか、いいの? お寺的に」
「正確には弟子扱いだよ。それに、うちの実質的なボスは聖だからねえ。ご主人様は私のご主人様ではあるけど、あの人も聖に心酔しているし」
「そうか……」
「大体、うちの聖は人間も妖怪も平等って言う人だよ? 家事とかは、住んでる連中全員できちんと分担してる。聖だって率先して料理やら掃除やらしてるし。うちのご主人様も例外じゃないってだけさ」
へえ、なんか正しく共同生活って感じだな。しかも、当主自らが率先して、というところが凄い。連中も見習って欲しい。誰とは言わないが某紅い館とか某冥界とか某竹林のとことかマヨイガとか。
ああ、あと忘れちゃいけない僕が世話になってる某神社の某巫女! お前、家主だからって僕に働かせ過ぎなんだよっ!
「……どうしたんだい?」
「いや、ちょっとここにいない怠け者に文句をば」
面と向かって言えないのだから、これくらいはいいだろう。
ふう、クールダウン、クールダウン。
「しかし、やたら俗っぽいな、毘沙門天」
ふとツッコミを入れてみた。超有名な武神なのに買い物とか家事とか。弟子だからいいのか? そうなのか? でも、命蓮寺的には確か本尊扱いじゃなかったっけ……
「ああ、本物はうちのご主人様みたいに間抜けじゃあないよ。その認識は困る」
「……いや、仮にもご主人を間抜けとか」
「とは言っても、私は毘沙門天様に言われて従ったのが最初だしねえ」
んん?
「え? そうなの? 本物と知り合い?」
「知り合いって言うか、元々はそっちの手下だったんだ。本来は毘沙門を名乗るご主人様の監視役だったんだけど……まあ、今となっては意味はないよ」
肩をすくめるナズーリン。なんかさらっと大物の名前が出ている気がするが、そーゆーのは幻想郷に置いてはスルーが基本だ。うん、スルーするんだ。
「それに、ご主人様はよく落し物をして私に探させるんだ。このくらいの悪口は許して欲しいね」
「あー、そりゃご愁傷さま……」
「ったく、私が失せ物探しの力を持っていなかったらどうなっているんだか」
と、ダウジングロッドをぴこぴこさせるナズーリン。
僕も一応、ダウジングの真似事はできるけど、こんな霊力もなにもない財布を探し当てるのは無理だ。自分の愛用品とかならまだなんとか……ってレベル。地味に便利な能力である。
「さて、随分話し込んでしまったけど、財布を返してもらえるかな? 一応、それは命蓮寺の今週の生活費なんでね」
「ああ、もちろん。どうぞ」
「ん、どうも。っと、失礼」
一言断って、ナズーリンは財布の中身を改める。数秒、中身を数えてから巾着の口を閉じた。
「いや、ごめんごめん。君のことを疑ったわけじゃないんだが、零れてたりしたら大変だからね」
「んなの気にしないって」
なんつーいらん心配を。僕がそんなことを気にするほど繊細な人格に見えるんだろうか?
「伝え聞くところによると、財布を拾ってもらった相手には中身の一割を譲渡するのが習わしらしいね」
「まあ……そうかな」
「しかし、うちの台所事情も中々に厳しくてね。檀家から米や野菜はよくもらっているんだけど、現金収入には乏しいのが現状だ。悪いんだけど……」
「ああー、いいよいいよ。僕、こっちではそんなに金使わないし、酒代くらいは十分稼いでるし。大体、僕が拾ったのってタッチの差だろ」
本当に申し訳なさそうにするナズーリンに、手を振って答える。
「いや、そういうわけにはいかない。……そうだな、お礼と言えるかは分からないが、茶でも馳走しよう。命蓮寺に来てくれないかい?」
「うーん」
別に、この後予定があるわけでもない。好意から言ってくれているんだろうし、どうせこの後お茶するつもりだったし。
「それじゃあ、お言葉に甘えてお邪魔させてもらおうかな」
「よし、じゃあ決まりだ」
なんて、今日は思わぬ流れで命蓮寺に訪問することになった。
んで、命蓮寺に来た。途中、ムラサとか一輪さんに挨拶しつつ、案内されたのは応接間らしき場所。
命蓮寺に来るといつも思うのだが、抹香の匂いがしてなんか自然と背筋が伸びる。
「やあ、お待たせ。ご主人様も連れてきたよ」
と、お盆にお茶を乗せて、ナズーリンが戻ってきた。その後ろでは、身体を小さくしている寅丸さんもいる。
「ええと、こんにちは」
「こ、こんにちは」
挨拶をしてみると、居心地悪そうに返事が来た。……まー、自分の失態を知られてしまったんだから仕方ないだろう。
えーと、なんと声を掛けたもんかな。
「その、気をつけてくださいね」
「わ、わかっています」
「やれやれ、ご主人様。その台詞、何度目だったかな」
「ナズーリン!」
茶々を入れるナズーリンに寅丸さんがツッコミを入れるが、ナズーリンは飄々とかわしてお茶を注いでいく。
「とりあえず、土樹。どうぞ」
「ありがとう」
礼を言って、お茶を啜る。……んー、美味い。茶菓子は落雁か。うん、いい塩梅だ。
と、お茶を堪能していると、寅丸さんがなにやら深々と頭を下げてきた。
「ええと、土樹くん。改めて、ありがとうございました」
「ああ、いや。たまたま見つけただけですし。すぐ後にナズーリンも来ましたし」
「それでも、礼はちゃんとしないと」
「はあ。それじゃ、どういたしまして」
なんか、寅丸さんに頭を下げられるとどうにも居心地が悪い。お茶を飲んで誤魔化し、適当に話題を変えることにした。
「ええと、しかしナズーリンは凄いな。簡単に探し物見つけて」
「まあ、それが能力だからね。でも、こんな能力は普通に整理整頓を心がけていれば、早々使うことなんてないさ」
「いや、でも埋蔵金とか見つけられそうじゃん」
「命蓮寺の資金源になるかと、探してみたことはある。妖怪の山にそれらしい反応はあったけど……」
と、言葉を濁すナズーリン。
あ~~、あの天狗の縄張りに宝探しに行くのはちょっとリスクが大きすぎるなあ。つーか、山に財宝があったとして、それを天狗たちが見つけていないなんて考えられないし。
「なにより、幻想郷は狭い土地だからね。お宝なんてないさ。あったとしても、大抵はどこかの家の持ち物だ」
「……そうねー」
輝夜なんかは、お宝を随分溜め込んでいるらしいしな。あいつの持っているのはキワモノばかりな気がするが。
『金閣寺の一枚天井』とかヌカして馬鹿でかい板をどこからともなく取り出した時は、まじヤベエこの姫と思ったものである。ちなみに、宴会の一発芸で披露してくれた。輝夜的には、凄いお宝を見せて拍手喝采を期待していたらしい。ねーよ。
閑話休題。
「でも、ま。そうは言っても、無闇に出番はあるけどね。誰のせいとは言わないが」
「……ナズーリン。なにを言いたいんですか?」
「普通の落し物ならこんなこと言いませんけどね。以前、毘沙門天の宝塔を落としたこと、私は忘れていませんよ? あの時は聖の事もあったので毘沙門天様に報告しませんでしたけど、次はありませんからね」
ぐう、とこれについてはなにも言えないらしく、寅丸さんは口を噤んだ。
む、むう、一方的に攻められるのも可哀想な気がする。
「ま、まあまあ。寅丸さんもそう何度もあんな大切なの落としたりしないだろうし」
「ならいいんだけどね」
ナズーリンは肩を竦めた。
「まあ、財布にも気をつけてください。お金は大切なんですから」
「はい……」
な、なんか寅丸さんがしゅんとなってる。
しかし、お金、お金かあ……
「そんなに困ってるの?」
「うん? いや、そうでもないよ。ただ、聖は食料品なんかは感謝して受け取るんだけど、現金に関しては必要最低限の寄進しか受けないからね。お賽銭は守矢神社の方に入れてもらうようにしている。あっちは住所的に食べ物なんかを運ぶのは難しいしね」
あ、東風谷んとこと和解したのか? それはよかった。
ふーん。少しくらいなら僕が賽銭いれてもいいんだけど、焼け石に水だろうし。博麗神社の手前があるからな、僕の場合……
「でも、それならナズーリンが探偵でもやればいいんじゃないか?」
「探偵?」
探偵といえば、失せ物探しが定番だ。ナズーリンの能力は役に立つに違いない。地味に、妖精のいたずらで物を隠されて困ってる人は多いし。
「ふむ、それは確かに私向きだね」
「だろ?」
まあ、殺人事件を華麗に解決する小説のような活躍はここじゃ無理だろうが。殺人するのは大体妖怪だからな……
「面白そうだ。命蓮寺の家計に協力できるなら、やってみよう」
これが、幻想郷を代表する名探偵が誕生した瞬間だというのは……今、この時には予想も出来なかった。
……なんてね。




