プロローグ 重ね描いた面影【後編】交わる視線、すれ違う心
2人で話していると特殊部隊の面々がこの中庭を通る。
ここはある意味、部隊たちの通り道でもあるが故、限られた人しか通らない。
その中の2人がトルフェとワリスに軽く頭を下げた。
「もう休憩の時間か?」
トルフェが声をかけると2人はかしこまった様子を崩して親しげな笑顔を浮かべる。
彼の学生時代からの友人、ホライオとナラヒデだ。
「トルフェ様もワリス様もこちらにいらしたのですか?」
「ああ、そちらに合流しようか迷っていたらワリスを見掛けて話をしていた。それより、ホライオ、ナラヒデ、堅苦しい挨拶はよせ、どうせ父上や母上はここに来ないのだから」
トルフェの言葉に名前を呼ばれた2人はトルフェに笑顔になる。
ホライオとナラヒデも先程のワリスとの会話で出たユーラと同じくトルフェの学生時代からの
友人で特にホライオは父親がトルフェの父コルロに仕える騎士なのでユーラのように子供の頃から一緒の時間を過ごしてきた仲だ。
「トルフェは陛下たちとお茶と聞いてたんだ。まーたどこかの貴族とのお見合い話か?」
「うん、まあ当たりだよ」
「どんな娘さんだったんだよ?」
「悪いがあんまり顔は覚えていない。興味ないからな」
フッと口元を緩めながら肩を竦めてみせる。
その様子をホライオの横で見ていたナラヒデが続けた。
「相変わらずだな、トルフェは」
ホライオが笑い、ナラヒデも肩を竦めて言う。
「しょうがないだろ、どんな身分の相手でも美しい娘であってもトルフェの心は動かないんだから。
ま、例外が1人だけいるけどな」
含みのある言い方をするホライオにトルフェは気まずそうに口を閉じた。
特殊部隊の隊長を務めつつ、国を継ぐ王位継承者としても貴族から平民まで人気のある王太子である。
しかし、自分の芯を強く持ち、貴族の令嬢でも心を動かされない男、それが自分たちの隊長であり
この国の第一王子トルフェという人物だった。
ふとトルフェの視線が少し離れた木陰のシルエットへ向き、気配を消して佇んでいた人物に気づき
口元を緩める。
「そこにいるのはわかっているぞ、 ユーラ」
トルフェの声に木陰から静かに一人の男が歩み出てきた。
洗練された無駄のない身のこなし。
どこか影を帯びたクールで深い青い瞳。
特殊部隊第1副隊長であり、トルフェの学生時代からの友人でワリスの恋人ユーラだった。
「気配は隠していたつもりだったんだがな、相変わらず気づくのが早い」
「お前だから気づいたんだ。それより、いつからそこにいたんだ?俺たちしかいないのはユーラがいたところでもわかっただろ?」
「ああ、お前たちの話を聞いてただけだ」
ユーラは薄く口元を緩め、どこかニヒルな笑みを浮かべながら言葉を続ける。
そしてさらに続けた。
「いつものお見合い話を断ったのは当然の選択だな、ホライオやナラヒデの言う通り、例外はあったとしても王太子という重責支える伴侶を他人が持ってきた絵の具の厚塗りだけで決められるわけがない、そうだろ、トルフェ?」
「相変わらず言うな、お前は」
トルフェが苦笑するとそれまで黙って聞いていたワリスがホライオやナラヒデに促されてユーラに駆け寄る。
兄と自分の恋人が話をしているのを横入れするほど子供では無いものの2人に手助けされて彼に近づけた。
「ユーラ!」
「ワリスか、こんな所で兄上を困らせていたのか?」
「困らせてなんかいないわ。兄様とお話していただけよ、そうしたらホライオ達が来たの」
ユーラは駆け寄ってきたワリスへの視線を落とし、柔らかく微笑む。
だがその青い瞳の奥には誰にも踏み込ませない深い影が潜んでいた。
ワリスを愛おしく思う気持ちに嘘はない。しかし、彼の心の最も深い場所には、酒場で歌い踊る女性ノアラの姿がある。
楽しそうに談笑するワリスとユーラ。
その様子をホライオの横でナラヒデは静かな眼差しで見つめていた。
この中庭は様々な思いが交差している場所と言っても過言ではない。
そんな空気を察したのかトルフェはユーラの肩をポンと力強く叩いて口を開いた。
「ワリスが心配してたぞ、ユーラ。最近1人で無理な訓練ばかりしていると。
どうせホライオやナラヒデが止めても聞かなかったんじゃないのか?」
ユーラはトルフェの言葉に一瞬息を呑む。
動揺を悟られないよう意識して何事も無かったかのように彼を見つめ皮肉交じりの言葉を投げかけた。
「隊長にまで心配されるとはな……気にするな、俺が力をつけたいだけだ。居残り訓練も少しはペースを落とすようにするさ」
「力をつけたいなら身体を休めることも大事だ」
そう言い放ってトルフェはホライオやナラヒデに顔を向けて同意を求める。
兄の言葉を聞いたワリスが同意するように話した。
「そうよ、ユーラ。怪我したら気軽にわたしはお見舞い行けないんだから」
拗ねたように言うワリスに優しい眼差しを落とすユーラは彼女の頬を撫でて微笑む。
ちょうどその時、中庭に汗を拭くためのタオルや飲み物を差し入れる侍女たちがやってきた。
ホライオの恋人であるミルルや先輩侍女のジュアン、そしてーーレーニャの姿もある。
ライミカオア王国に仕える侍女たちは優秀な者ばかりだが
彼女達は特に信頼され、ワリスの侍女として抜擢された人達である。
その中でもレーニャは幼い頃からトルフェとワリスと共に城で育ってきた、彼にとって特別な存在だった。
貴族や良家の出身が多い王族の専属侍女の中でも彼女より秀でているものはいないと誰もが口を揃えて彼女を褒める。同い年のワリスの侍女をレーニャが務めていることに異議を唱える者はなく、彼女の優秀さを証明していた。そして、このレーニャこそがトルフェが想いを寄せているその人である。
「ミルル!レーニャ!わざわざこっちに来てくれたのか」
特殊部隊の訓練後、隊員たちにタオルや飲み物などを届けるのは侍女をしているレーニャ達の仕事の1つだった。
隊員の1人であるホライオの恋人であるミルルの姿をみて満面の笑みで返す。
それに応えるようにミルルもホライオに微笑みを返した。
レーニャを想っているトルフェも彼女に話しかけたい気持ちでいたがホライオ達のように
公に気持ちを明かしてるわけではないので声を掛けるのを躊躇ってしまっていた。
そんなトルフェの気持ちを知っている特殊部隊の幼なじみ達はトルフェを笑いながら見る。
「トルフェ、そんなところにいたら話すこと出来ないぞ」
ユーラのお節介によって彼は押し出されるようにレーニャの目の前へと向かい合うことになった。
レーニャにぶつかりそうになりながらトルフェはユーラに振り返りながら話す。
「お、おい、ユーラ!危ないだろう!」
「何が危ないだ。そうでもしないといつまで経ってもレーニャと話すことないだろう」
ユーラの言葉に軽くため息をついて目の前にいるレーニャに謝罪をした。
「すまない、レーニャ。大丈夫か?」
「わたくしは大丈夫でございます、トルフェ様はお怪我ございませんか?」
仲間内だろうとトルフェやワリスに対する態度は変わらないのがレーニャであって
普段は仲間に公の場以外は言葉を崩せというトルフェも彼女の言動をそのまま許している。
「いや、俺は大丈夫だ」
「そうでしたか、なら安心いたしました。本日は陛下と王妃様とお茶会と聞いておりましたので
まさかこちらにトルフェ様がいらっしゃるとは思いませんでした」
そういってトルフェの無事を確認したレーニャが安堵し笑顔を至近距離で見えて思わずトルフェは視線を泳がす。
お茶会は確かにあったがそのお茶会はいつものお見合い話のお茶会。
丁重にお断りして抜け出し、トルフェはここの中庭にやってきたが特殊部隊の練習に合流すれば
レーニャが来ることがわかっていたので彼女に会いに来たとは素直には言えないことであった。
「まぁ、いつものお茶会だったから途中で抜けてきた」
レーニャもその言葉を聞いてトルフェのお見合い話だと気づき、
いつものように彼がお見合いを断ったのを察する。
「またお見合いをお断りになったのですか?トルフェ様……」
国王夫妻のお茶会ではトルフェとワリスにお見合い話が出ることはレーニャにもわかっていた。
それは2人が将来、この国を背負っていく立場にあるのを知っているからだった。
ワリスの気持ちがユーラにあることは知っていたレーニャ。
ただ、トルフェが自分を想って断っているとは知らない。
彼がお見合いを断り続けていることや国王夫妻がそれで悩んでいることは
わかっていたので少し困った様子でトルフェに話を聞く。
それを聞いたトルフェはレーニャの質問に思わず口を閉じた。
自分の思いを今ここで打ち明けられたら……。
そういう思いが心を掠めたのも今日が初めてではない。
レーニャに対して好意を持ったのはいつからだったか。
幼い時に城に連れてこられてからずっと一緒に育ってきた。
身分差に戸惑い周囲の視線に縮こまっていた小さな彼女が、トルフェの差し出した手を真っ直ぐ見つめ、
「ありがとうございます」と凛とした声で微笑んだあの瞬間から彼女だけを追い続けている。
気がついたら彼女は心の中にいて、そして王族としてではなく1人の人間として
向き合ってくれているのは、友人たちを除けば彼女だけだった。
2年前に王位継承権を国民に表明する儀式を受けてから色々な貴族の娘達と見合いをしてきて痛感したのは
自分を影で支えつつ王家のために尽くし、さらにはレーニャのように真っ直ぐ自分自身を見てくれる者など1人もいなかった。
そう思い知らされたトルフェは、目の前にいるレーニャへと静かに視線を向ける。
彼女の言葉に微笑みながら答えた。
「ああ、あいかわらずお見合いの話だ。俺は次期王位継承権を持っている立場として
簡単に決められないからな」
そう言い繕うトルフェの言葉にユーラがいたずらっぽく笑って付け足す。
「レーニャにもわかっているだろう?トルフェの立場上、お見合いという安易な出会いで簡単に心を掴めるはずがないってこと。……まあ、すでに心をとらえて離さない誰かさんが身近にいるのかもしれないけどな」
「おい、ユーラ、今日は随分と言ってくれるじゃないか」
「おおー、今日のトルフェ王子は怖いな」
そんなユーラのからかう言葉を受け、傍にいたホライオとナラヒデが可笑しそうに口を開いた。
「ユーラの意見に同意するが後で特別稽古をつけられても知らないぞ」
「自業自得だろ、ユーラ。お前がトルフェの痛いところを突きすぎるからだ」
気心の知れた友人たちの容赦ないからかいに、トルフェは参ったように頭をかいた。
軽口を叩き合いながらも、全員が自分の状況を理解してくれている温かさに心が和らぐ。
そんな彼らの様子を眺めていたワリスが兄と友人たちを見て口に出す。
「ふふふ、兄様達って本当に仲がいいわね」
ワリスがそういうとレーニャとミルルまでもが笑い出した。
その和やかな光景と彼女の笑顔を見て、トルフェはやはり自分の伴侶としてそばにいて欲しいのはレーニャだけだと改めて強く心に誓うのだった。
そして、周囲がどれほど身分差を理由に反対しようとトルフェの胸に灯った決意の炎が消えることはない。
王族という重責を背負うために生きてきた彼が初めて選ぼうとしているのは
国でも名誉でもなくーー1人の女性と共に生きるという険しくも揺ぎない道であった。
その時、中庭にいるレーニャや妹たち、そしてトルフェたちの背を、ライミカオアの風が
優しく後押しするように吹き抜けていった。
ここまでお読みいただいてありがとうございます。
次回からは1章第3話から物語が本格的に動き出しますのでお楽しみ!




